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『恋と憧れの狭間で』
ノゾミ・エルロードla0468


 夏まっさかりのエオニアの首都エオスは、祭りの熱に浮かれていた。
 ミーベルステファノスに初めて訪れた九条雛姫(lz0047)は、物珍しげにキョロキョロと街を見てしまう。
 そんな微笑ましい様子に来栖・望(la0468)はくすりと笑みを浮かべ指を指す。
 小鳥の絵とミーベルをあしらった看板が目印だ。

「雛姫さん。あの店です」
「ああ、あそこが『止まり木』ですか。望さん達が作ったんですよね」
「私に内緒のご相談があると聞きましたので、一番安心できる所をと思いまして。パンケーキが有名なんですよ」
「パンケーキ……! わぁ、食べてみたいです」

 目をキラキラと輝かせる振り袖姿の雛姫へ小さく頷く。
 望にとっても実家のような安心感のある家。だからこそ連れてきたかった。
 まだ何の相談か聞いていないが、自分を頼ってくれた事が嬉しい。
 今日の望は蝶の襟があしらわれた上品な白いブラウスに、ボルドーのスカート。赤銅色の髪はきちっと結い上げてお姉さん風だ。

 扉を開けると、カランとベルがなった。祭りのせいか、止まり木も盛況で店は混み合っていた。
 アンティークの家具や、コルクボードの写真を見てふわりと雛姫は微笑む。

「望さんが作ったのはどれですか?」
「あのタペストリーや、テーブルクロスでしょうか」

 席についてテーブルクロスをじっと見る。普段から使い込んで、何度も洗濯してるのだろう。少しだけ色あせ、けれどそれもまたこの店の歴史という感じがする。
 ミーベルジュースとアイスティーを飲みながら、パンケーキが届くのを待つ間、ゆったりと話す。

「海岸でやるお祭りに、望さんも参加されるんですよね」
「はい。飲み物をお出しする予定です」
「絶対に飲みに行きますね」

 笑ってそう答えた後、雛姫の表情がふと曇る。
 どうしても思い出してしまうのだ。二人が関わった狂った鳥を。

「望さんはあの方に、帰ってきて欲しいと呼びかけていましたね」
「はい彼の罪は赦されないかもしれませんが、それでも私は赦したいし、幸せになってほしいと願います」

 聖女の如き微笑みで、彼の罪ごと受け入れる望の姿に、雛姫はぼーっと見とれた。

「望さんは凄いですね。私は……正直、あの方がちょっと怖いのです」
「殺されかけたのですから、無理はありません」
「それもそうなのですが……まだあの方の知らないこともいっぱいありますし、それに、私にはよく解らないのですが『悪い事』をする人らしいです。特に女性には」

 雛姫にそう忠告したオネーサンを想い浮かべて、望は眉根を寄せた。
 彼女の懸念はその通りだし、純粋無垢な雛姫にとても説明しきれない『悪い事』をするだろうと想像がついた。
 雛姫は真っ直ぐに望を見る。その目には憧れが滲んでいた。

「あの方と真っ向からぶつかり合って、一歩も引かない望さんが、カッコいいなって思います。私もそうなれたらいいな」
「雛姫さんなら、なれますよ」

 二人で事件について語り合っているうちに、パンケーキが届いた。

「おまちどうさまです」
「わぁ!」

 分厚いパンケーキの上に、アイスとミーベルのコンポートがふんだんに盛られ、クリームとチョコレートソースで飾られたプレートは、見るだけで美味しそうだ。
 思わず二人の乙女は「きゃぁ」と小さな悲鳴をあげる。
 暗い話は後回しとばかりに、フォークを手に取った。
 フォークを突き刺すと、吸い込まれるように柔らかく、小麦とバターの香りがふんわり漂った。

「望さん。パンケーキが、ふわっふわです」
「ミーベルの甘酸っぱさと、ひんやりアイスの組み合わせがさっぱりしてて、夏にぴったりですね」

 甘いスイーツを食べると、アイスティーがぐびぐび進む。
 メイドの性分でついつい、何の紅茶か推測してしまうが、美味しい物の前に、あれこれ言うのも無粋である。
 パンケーキの美味しさに、きゃーきゃー言いつつ、最後まで食べきって、二人のお腹はいっぱいだ。
 冷房の効いた店内で、冷たい飲み物とアイスを食べて、少し冷えてしまった。温かい紅茶を頼む。
 望はストレートで、雛姫はミルクティーだ。

「ストレートも美味しいですが、母の入れる紅茶がミルクティーだったので、こっちの方が馴染んで」
「お母様……ああ、英国の方だから」
「はい。紅茶を淹れるのとっても上手で、教えてもらいました」
「雛姫さんは茶道だけでなく、紅茶を淹れるのも上手なのですね」
「望さんもお上手だと聞いたことが。もし良ければ、いつか飲んでみたいです」
「私でよければいつでも」

 紅茶談義に花咲かせ、食後の時間をまったり過ごす。
 そのまま和やかに終われば、楽しい一日で終わるはずなのだが、雛姫は真剣な表情で問いかける。

「それで……ここからが本題の相談なのですが」
「そういえば、そういうお話でしたね」

 彼の話が相談なのかと思ったのだが、少し趣が違うらしい。

「あの……望さんに『恋』について教えて貰いたいのです」
「恋?」
「はい。あの方への想いが、恋か、憧れか、迷ってて……恋じゃない気もするのですが、自信もなくて……」
「……えっと。頼りにして相談していただくのは嬉しいですが、何故その相談を私に」
「だって、私が知る限り、最高のカップルですから」

 雛姫の素直な言葉に、望の顔は赤くなりかけて、ぱっと手を押さえる。

「え? ……あの、恋人と、お話、したことありましたでしょうか?」
「紫陽花寺でお蕎麦を食べたとき、とっても仲良しでした。それに主従で戦う姿は何度も拝見してます。信頼し合った恋人同士で、とてもかっこいいです」

 雛姫の初依頼から、彼が関わるあの事件に至るまで、確かに何度も主従は雛姫と任務を共にした。
 けれど真面目に戦闘任務に励んでいるのであり、甘い恋人関係のような姿を見せた覚えはないのに、見抜かれてどぎまぎしてしまう。

「それに望さんは大人ですから、きっと恋愛経験も豊富なんだろうと思って」

 ガチャン。思わずカップを落としかけて、大きな音を立ててしまった。はしたない。
 雛姫の無垢な笑顔を見ていられなくて、思わず俯く。

「いえ……その……あまり、恋愛経験はないというか……主が初めてですし……」

 俯いて耳まで赤くしながら、望はポツポツ答える。
 元の世界では、純潔な巫女であり、恋愛などしてこなかった。
 これくらいのことで、動揺して赤くなるほど恋に不慣れだ。

「初めての恋……なのですか?」
「恥ずかしながら……。ですので、あまり参考にならないかもしれません」
「いえ。その、驚きましたが、嬉しかったです」
「嬉しい?」

 望がやっと息を整えて顔をあげると、雛姫がもじもじとしていた。

「あの方への想いが恋ではないとしたら、私は恋を知らなくて。17歳で、女子高生ともなると、恋をしてて当たり前なのかな……と焦っていたので。でも望さんみたいに、素敵な大人になってから、最高の恋に出会えるなら、その方がずっと良いなって思います」
「最高の恋……そう、かもしれませんね」

 また赤くなりそうになって、すぅと深呼吸をする。
 他の人だったらからかわれてるか、フォローされてるかと思うが、雛姫の言葉は素直にそのままの意味で受け取れる。

「この世界にまだ馴染めなかった私に、色んな事を教えてくれて、守ってくれて、導いてくれた主との出会いは、確かに最高であったと思います」
「わぁ。素敵ですね。どんな所が好きなのですか?」
「どこが……というと、全部ですが。やはり優しいところや、頼もしい所も魅力で」

 こっそり主の匂いを吸ってるのは内緒だ。

「やっぱり優しさって大事ですよね。あの方は……たぶん、優しい、と思うのですが、守ってくれる気がしません」

 べしょりとへこむ雛姫を見て、望も頷いた。
 こんなにウブな少女の初恋には、彼は難易度が高すぎて、とてもオススメできない。

「雛姫さん。無理に恋だと思わず、新しく、素敵な恋を見つけた方が良いのではありませんか?」
「そうですね。あれは『恋』ではなかった。『憧れ』と思うことにします」

 中途半端な想いで触れたら火傷しそうな、危険な男への思いは恋愛経験からノーカンにして、いつか出会う新しい恋を夢見よう。
 そう、初恋は特別で、乙女心は複雑なのです。

「でも、雛姫さんに信頼して、相談いただけて嬉しいです。その……勝手ながら妹のような存在だと感じていましたので」
「……妹?」
「はい。護ってあげたい、悩みやお話を聞いてあげたいそう思えるような」
「私も望さんみたいなお姉さんがいたら、とっても嬉しいです。優しいだけでなく、私がダメな時は、きちっと叱ってくれる、頼りになるお姉さんです」

 あの夕焼けの海辺で、彼と再会してショックを受けた雛姫へ、厳しい言葉で叱咤した望の姿を、雛姫は今も覚えている。
 優しく甘やかすだけではなく。時には厳しさも見せられる。芯の強さもまた、望を慕う理由だ。

「兄はいますが、姉はいなかったので、望さんがお姉さんだったら良いな。綺麗で、上品で、優しくて。芯が強くて、かっこいいです」
「だいぶ褒めすぎな気もしますが、そう言っていただけるのは嬉しいですね」
「泣いても良いんだって言ってくださったとき、凄く安心したんです」

 紅葉の茶会を想い浮かべて、雛姫は目を瞑る。
 兄の死と、自分の誕生日が重なった複雑な日に、堪えていた気持ちを見透かされ、心が楽になった。

「いつも、望さんの言葉に、導かれている気がします」
「良き未来へ、導いているのでしたら良いですね」
「はい。そうだ。この後、港に行きませんか? エオスの港を一度見てみたいんです」
「ええ、もちろん。ご一緒しましょう」


 止まり木を出る頃には夕焼けが近づいていた。二人でエオスの港までのんびり散歩する。
 二人が歩く姿は親しげで、まるで姉妹のようだ。
 レティムノの砂浜とまるで違う、活気のある港なのに、二人は彼と雛姫が再会した日を想い浮かべていた。

「あの日、望さんは『自分の物語を他人に委ねてはいけませんよ』と言ってくださいました。あの時諦めなかったから、あの方と戦える自分になったのだと思います。ありがとうございます」
「雛姫さんが、自分の足で立って努力した結果です」

 望に甘えるように、雛姫はこてんと肩に寄りかかる。望はそっと肩を抱いた。

「一人では辿りつけませんでした」
「私達と共に進みましょう。そう言ったはずです。一人ではありませんよ」
「はい。望さんはいつも一緒です」

 雛姫ははにかむ笑顔で、御守り糸を取り出した。雛姫を導く糸になれと願って望が編んだ糸だ。

「本当は、ずっと、怖かったんです。戦いの果てに、あの方を殺してしまうかもしれないと」

 糸をぎゅっと掴んだまま、雛姫は一歩前に出て、夕陽に手を伸ばす。
 朱色の太陽は彼の瞳に似ていて、金色の髪を靡かせる雛姫は、まるで太陽に焦がれる向日葵のようだ。
 彼を想う気持ちは、恋ではないかもしれないが、それでも今の雛姫に欠かすことができない、大切な想いなのだろう。
 その背を押してあげたい。そう思った望はふと思いつく。
 先日星空の下で彼に唄った歌を。少しだけ詩を変えて贈ろう。
 望は胸に手を当てて、目を閉じて雛姫を想いながら歌う。
 飴のように甘く、羽のように柔らかな声が、唇から紡がれる。

 ──優しさで編み続けた、絆の糸に祈り込めて。
 ──どうか孤独な咎人が、笑う日よ来いと願い。
 ──憧れの人との戦いも、救いがあると信じて。
 ──私の願いは一つだけ、未来のあなたの幸せ。

 詩女の唄は、夕暮れの港に優しく響き、雛姫を包み込んだ。

「望さん……」

 振り返った雛姫は泣きそうな笑顔を浮かべていた。

「恋ではなくても、雛姫さんにとって大切な人なのは変わりありません。彼をこちらの世界に連れて帰りましょう」

 雛姫は俯いて、その瞳に涙を浮かべていた。

「あの方は本気で殺し合おうとしていらっしゃいます……私達が勝つということは……」
「もしも彼が死ぬ物語だったとしても、結末は塗り替えられます」

 きっぱりと言い切った望の声に、はっと雛姫は顔を上げる。望は微笑んで雛姫の涙を優しく拭う。

「最後の刻まで、共に運命とあらがい続けましょう」
「はい。よろしくお願いします」
「これからも、よしなに」

 望と雛姫は微笑みあって、手を繋ぐ。
 苦しむために闘うんじゃない、取り戻すために闘いにいくのだと誓って。
 鷹を追う雛鳥に寄り添い、共に歩く。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【来栖・望(la0468)/ 女性 / 22歳 / 恋の先輩】


●ライター通信
お世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。
たっぷり字数を頂いたので、欲張りに色々詰め込みました。

2つの【祝夏祭】シナリオの間の時期をイメージしています。
「狂鳥・正義の道標」のラストで、望さんと雛姫を話させたかったけれど、字数の都合でリプレイに入れられなくて悔しかったので、そこを膨らませてみました。
恋も「はじめてのおしごと」からずっと、雛姫は何度も主従が戦う姿を見てきましたので、その絆に惹かれるだろうと。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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2021年01月12日

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