『初夢は朝露に消え』

桃簾（la0911）＆磐堂 瑛士（la2663）

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「そうだ御来光、拝みに行きましょう」
　お気に入りを並べ立てるような声音で桃簾(la0911)は言った。
「え？」
　磐堂 瑛士(la2663)は目を瞬かせた。するとどうだろう……気が付けば、登山道具一式を背負って夜の山道を登っているではないか。ご都合主義のショートカットすご。
「どうしてこうなった」
「瑛士、何をもたもたしているのですか？　頑張って登りますよ」
　身軽な桃簾はすたすたと瑛士の先を行く。下から彼女の脚を見上げることになる瑛士は、彼女がリュックの他にもう一つ、バッグのような物を持っているのを見てその中身を悟った。
「桃ちゃん、そのバッグは」
「これですか？　アイスです」
　案の定であった。保冷バッグらしい。
「御来光を拝んで食べるアイスは格別でしょうね」
　もはや、アイス教徒と言うよりもアイス狂徒。否、凶徒かもしれない。このクソ寒い中で身体冷やそうとしてんだから……。
　山には他にも大勢の登山客がいた。その人たちが持っている灯りで、光の道ができている。これに続いて行けば、頂上に着くのだろう。
「御来光も美しいでしょうけど、こうやって光が続いているのも綺麗ですね」
　桃簾の黄金の瞳に、その無数の光が反射してきらきらしている。瑛士はぼそりと、
「人魂みたい……」
「もう、何を言っているのですか」
　桃簾は雰囲気を台無しにされて一睨みする。いつものように軽口を叩き合いながら、二人は登山道を上がって行った。

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　山の天気は変わりやすいものである。さっきまで晴れて星が見えていた空には、いつしか分厚い雲が姿を現していた。これは、吹雪くぞ……瑛士のその予感は当たった。外れて欲しかったものだ。ひらり、と雪片が落ち、見てください、雪の結晶ですよ。なんて言っている間に、どんどん雪の量は増えていった。強い風も吹いた。白く大きな雪の塊が縦横無尽に吹き荒れ、あっという間に視界不良。あんなにたくさんいた、他の登山客の気配すら感じない。これ以上の登山は危険だ。命に関わる。
「救助を依頼しよう……って電波ないのかよ！」
　圏外になっている。とにかく、この吹雪をしのがなくてはならない。どこか、屋根や壁のある場所はないか……。
「瑛士！」
　桃簾が声を上げた。
「見てください、あれは山小屋ではないでしょうか？」
「こんな都合良く山小屋が……あった……」
　確かに、目を懲らすと、吹雪の向こうに山小屋が見えた。
　……こんなに都合良く山小屋に辿りつき、この吹雪で見えるものだろうか……？
「わたくしの目を疑ったのですか？」
　ぎろり、と睨まれた。吹雪の中でも、その眼力の迫力たるや。瑛士は前を指し、
「さ、時間が惜しいから早く入ろう」
　桃簾を促した。

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　山小屋には誰もいなかった。閑散とした屋内は冷え冷えとしている。それでも、吹きさらしよりは全然マシだ。と、思っていたのも最初の内だけで、段々、屋内での寒さも堪えるようになっていく。
「ささささ寒い……」
　薪ストーブはあるが、燃やす薪がない。ガッデムどうなってんだ。御来光シーズンだぞ。瑛士は内心で溜息を吐きながら、
「とりあえず、頑張って救助を待……桃ちゃん？」
　何やら、しゃがみこんでごそごそと荷物を漁っている。毛布だろうか。いや、毛布が入っている筈のリュックは傍らに放り出されている。という事は……。
「桃ちゃん？」
　暖かいどころか、氷点下を維持しているアイスを取り出すところだった。
「良かった、無事だったのですね……」
「はぁ？」
　溶けるわけねーだろ。桃簾は、自分の背後で仁王立ちになっている瑛士の気配を察して振り返った。
「……アイスは万能ですので」
　流石の桃簾も無理があると思ったのか、目を逸らしながら言う。
　瑛士にしては大変珍しいことで──おそらくはこの破天荒な放浪者の美女と出会って初めて──彼女の所業に怒りの表情を見せた。そんなこと言っている場合か己は。
「いや、凍えるから。桃ちゃん、マジで言ってんの？」
　ふxっきゅーあいす。声にすら滲む怒気に、彼女は身体を震わせた。
「そこまで言わなくても、良いではありませんか」
　くすん、と泣きそうな桃簾。
「アイスが役に立たないだなんて、認めたくありません。わたくしは、いかなる時もアイスは有用であると、アイス教徒として証明せねばならないのですから……」
　涙目になりながらもぶつくさ言っている。桃ちゃんブレないねぇ……。怒りと呆れを通り越して、いっそ憐憫の情すら湧いてくる。
「瑛士だって、アイス教の広報として」
「俺は広報なだけで教徒じゃないから」
　瑛士は頑として認めない。
「瑛士、もっと自分の気持ちに素直になるべきです」
「そのアイスを窓から捨てろってこと？　とりあえず、それを食べるのはあまりにもあんまりな暴挙だと思うよ、桃ちゃん……」
「わかりました……」
　すごすごと引き下がる桃簾。ひとまず、身を寄せ合って朝が来るのを待つが……一時間くらい経ったかと思って時計を見ると五分しか経っていなくて軽く絶望する……ということを何十回と繰り返した。気温が下がっていくのか、それとも自分たちの身体が冷えているのか、それすらわからない。
　突然、桃簾の額が瑛士の肩に付いた。はっと身体を起こす桃簾。しかし、またうとうとし始めている。
「桃ちゃん？」
「瑛士……眠いです」
「寝たら死ぬぞ！」
　思わず一喝する瑛士。桃簾は眠さと寒さで虚ろになりつつある目で彼を見上げ、
「寝たら死ぬぞ！　ってドラマとかで見るの、まさか体験するとは……」
　何か温める方法は。瑛士は桃簾の肩を抱いた。けれど、互いに分厚いウェアを着込んでいるのでは……。
　ウェアを着込む？
　その時、瑛士の頭に、雲間から見える陽光の様にアイディアが差し込んだ。
「桃ちゃん、ウェアを脱ごう」
「な、何を言っているのですか」
「人肌で温め合うんだよ」
　瑛士は真剣な眼差しで桃簾を見つめた。彼女の唇が寒さで青くなっている。いつも健康的な桃簾の肌が、血の色を失いつつあった。それでも美しい。死者にも女王がいるならば、きっと彼女は死後、その地位に就くだろう。そう確信させるほど。
　自分の顔も同じような色になっているに違いない。足の指先は感覚がなかった。
「……わかりました」
　桃簾は決心したように頷いた。もしかしたら、瑛士の顔色を見て決めたのかもしれない。ウェアのボタンに手を掛ける。了承を得た瑛士も同じ行動に出た。
　指先がかじかんでいるのか、それとも、これから見るものへの期待で手が震えているのだろうか？　両方か。桃簾は青くなり掛かった指先で、一つ、また一つボタンを外していく。ウェアの下、インナーをも脱いでしまうと、恥じらうように両腕で胸を抱いた。
（ごくり）
　腕で覆うことによって、ますます、その……おっぱ……胸部が盛り上がって見えてしまうことに桃簾は気付いているだろうか。いや、どうか気付かないで欲しい。俺だけが知ってれば良いからね。
「桃ちゃん……着やせするタイプだったんだね……」
　薄暗い山小屋の中。少ない光源で、ぼんやりと浮かび上がる桃簾の白い柔肌。こんな状況でなければ……否、こんな状況だからこそ、目を惹く美しさ。
「瑛士……温めてください。わたくし……とても寒いです」
「もちろんだよ、桃ちゃん……」
　桃簾の細く、けれど痩せぎすではない、豊満ですらある身体を抱きしめる。柔らかな肌が指先に触れた。冷たかったのか、桃簾は少し身体を強ばらせる。けれど、桃簾もすぐに瑛士の背に手を伸ばした。彼女の指先も、また冷たい。
「桃ちゃん、寒かったね……」
「瑛士は温かいですね」
　桃簾は顔を瑛士の胸に預けた。ぴったりと正面から抱き合い、密着している。
（柔らかい……）
　何が、だなんて、言うだけ野暮というものだ。
（柔らかい、あったかい、いいにおいする）
　さんきゅーあいす。
　瑛士は目を閉じた。吹雪の音も遠くに聞こえる。眠りに落ちようとして……。
（ああ、寝たら死ぬ……けれど……）
　今なら、死んでも構わない。瑛士は向こう側に行こうとする意識を、そのまま見送った。

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「……という初夢を見たんだ」
　それは少し遅い初詣の帰りのことだった。「アイス教が世界中に広まりますように」という絵馬を掛けた桃簾と一緒に参道の茶店に入った瑛士は、緑茶を飲みながらそんなことをしみじみと語った。桃簾が食べているのは、バニラアイスに汁粉を掛けたアフォガード風である。
「またですか」
　最初はチアガールの桃簾に密着する夢、その後はカジノで盛大にお触りする夢、そして海で泳ぎを教えるという名目で身体を触る夢……そして今回はこれか。そもそも、接触しているところより露出するところの方が多いのだから、脱いだ時点でアウトなのではないか。桃簾のこめかみに青筋がぴきっと浮かび上がったとて、致し方ないだろう。彼女は息を吸い込むと、
「分かりました。夢に見るほど御来光を拝みたいのでしたら、山へ行きましょう。万全の態勢で！」
「え、ちょっと、いや、夢だし、本当に行くのは寒いからちょっと……」
「そうと決まれば、これから登山グッズを買いに行きましょう。異論ありませんね？」
「いや、あの、その」
「あ・り・ま・せ・ん・ね？」
「は、はい……」
　瑛士は縮こまる。桃簾はアイスを一口食べると、すっと穏やかになった。アイスは怒りながら食べるものではないのだろう。しかし、食べ終えるや、
「では、行きましょう」
　有無を言わさぬ口調で告げた。
「あのさ、桃ちゃん」
「何です？　今から用事が、などと言われても騙されませんよ。今日はあなたも予定がないから、こうして初詣に行くことにしたのです。さ、行きますよ。本当に万全にしなくては」
「……クーラーボックスも買うの？」
　瑛士が目を細めて尋ねると、桃簾は振り返ってこちらをキッと睨んだ。
「御来光を拝みながら食べるアイスは格別に決まってるではありませんか！」
「遭難した時に取り出さないでね」
　夢の中ですら強烈な怒りを覚えた。実際に取り出されたら、自分はどんな顔をしてしまうのだろう。ふぁっXゅーあいす。今度こそ口に出してしまうかもしれないし、口に出したら最後、逆にめちゃくちゃ怒られそうだけれども。
「ですから、遭難しないように万全の準備をするのです。瑛士の分のアイスも用意しておきますね」
「ブレねぇ」
「万が一遭難して、薪のない山小屋に行ったとしても安心なさい。身体を動かせば温まります。わたくし、格闘戦が得意ですし、良い機会なので伝授してあげますね」
「エッ」
　やばい、死ぬまでジャブ打たされるのでは？　瑛士は震えた。なんとかして逃げ出す方法はないかと思案していたが、そうしている間に、桃簾の細いながらも力強い手が、自分の腕を捕まえた。
　瑛士は引っ張られるままに彼女に付いていく。
　冬の太陽は燦々と輝き、二人の行き先を照らした。

　後日、鴇色の髪の美女と、彼女に連れて行かれる男子高校生の姿が山で目撃されるのだがそれはまた別の話。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
今回登山についてちょろっと調べましたが、割と巷説に流布している話は厳密でなかったりするようですので、登山される際はお気を付けて。私も登山は詳しくありません。
夢とは言え桃簾さんに強く出る瑛士さんは書いてて結構新鮮でした。実際キレたらどうなるんだろう……とはちょっと思っちゃいますね。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。

イベントノベル（パーティ）

三田村　薫

グロリアスドライヴ

2021年01月12日