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『この世界で得た物と、置いて行く物について』
桃簾la0911


 その日、地蔵坂 千紘(lz0095)はSALF本部のロビーにて、憂い顔で溜息を吐いている桃簾(la0911)を見掛けた。
「やあ、桃簾。どうしたのそんな顔して。アイスのストックがなくなったの?」
「ああ、千紘ですか。いえ、そう言うわけではないのですが……これから予定はありますか? その荷物は?」
 布に包まれた、彼の背丈を軽く超す細長い物と、黒い筒を背負っている。
「これ? 弓と矢筒。弓道場行こうかなって思ったけど、約束じゃないし。何かあるの?」
「お茶でもどうでしょうか」
「良いよー」
 二人はカフェに入った。ピアノを半円状に囲むような客席配置の店だ。千紘はメニューを見てコーヒーと即決。
「僕コーヒーにするけど、桃簾は決めた?」
「もちろんです」
 店員を呼んで注文する。
「アイス、この四つを頼みます」
 バニラ、チョコ、ごま、抹茶の四種すべてを注文した。
「だよね」
 千紘は肩を竦める。
「最近はどうですか?」
「寝正月してたよ。僕、これが本業だからその後もお仕事は多少したけど。桃簾は?」
「先日初詣に行って来ました。それから御来光を拝みに」
「元旦に行ったの?」
「いえ、最近です。友人が御来光を見に行く夢を見たと言うので。ああ、マダガスカルに野生のバニラを探しにも行きましたね」
 などと、とりとめのない雑談が一段落したところで、桃簾は店主に、ピアノを弾いても良いか尋ねた。快諾されると、椅子に座り、千紘も知っている有名な賛美歌を、滑らかな演奏で聞かせる。驚くべき恩寵。
 演奏が終わると、店内でまばらに座っていた他の客も拍手をした。桃簾は彼らにもにっこり笑顔を見せて席に戻る。
「上手だね」
「ありがとう」
 桃簾は謙遜しない。褒めてから、変に卑下されるより良いと千紘は思う。
「少し、過去の話をしても良いですか?」
「どうぞ」


 丁度二年ほど前の話だ。漁港に翼の生えた人魚が出た。人魚の常だが、歌って相手の行動を封じる事ができるので、耳栓をしてハンドサインをするなどして対応に当たった。しかし……依頼は失敗に終わってしまったと言う。要救助者を助けることができたのが、救いであった。
「恐らくは、わたくしのミスです」
「自分一人が戦局を変えられるって思わない方が良いよ」
 千紘は肩を竦めた。
「責任感が強いのは桃簾の良いところだけど、ほどほどにね。僕たちは皆で戦ってんだから」
「ありがとう」
 けれど、桃簾はその時の失敗をバネに、ライセンサーとして成長したのだろう。だから千紘もそれ以上は言わなかった。
「その、要救助者という彼は、その一年ほど前に恋人を亡くしていたのです」
 それで、人魚の誘惑に乗ってしまったそうである。
「その後、また会う機会がありましたので、この曲を弾きました。慰めになればと」
 桃簾の故郷にはピアノがなかった。だから猛練習したのだそうだ。
「拙い演奏ではありましたが……」
「そうは言っても、人があなたのために練習しました、って言って弾いてくれたら誰でも嬉しいよ」
「彼女の好きな曲だったそうで、気に入ってくれました」
 目に涙を溜めた彼の顔を、忘れないだろう。桃簾の心に焼き付いている。
「大切な思い出なんだね」
「ええ。それに、良いきっかけとなりました。今ではそれなりに弾けるようになったでしょう?」
「それなりって言うか……」
 普通に元の世界で習っていたのだと思った。振る舞いからして、上流階級だったのだろうことは想像に難くない。お嬢様は大体楽器ができる、と千紘は勝手に思っているので、桃簾もそうなのだと千紘は勝手に思っていた。まさか、ピアノのない世界から来たとは思わなかった。なお、今の快活な振る舞いもこちらの世界に来てからなのだが、千紘はそんなこと知らないので、普通におてんばお嬢様だったのだなと思っている。
「人間、訓練すればどうにかなるもんだね」
「そうですね」
 桃簾は頷いた。千紘はその顔を見ながら、
(て言うか、そいつに一回聞かせてから、その後もずっと練習してるってことだもんな。えらいよな)
 などと考える。一日弾かないとかなり下手になるというし、今でも時間を見つけて練習しているのだろう。
「そう言えば、さっき何であんなに暗い顔してたの? その失敗を思い出して落ち込んでたの?」
「いえ、これは今ふと思い出しただけ。全てのインソムニアが攻略され、故郷へ帰る日もそう遠くないのかと思うと……」
 ああ、やっぱり、桃簾も寂しいのかな。一緒に初詣とか御来光見に行った友達もいるし、ヴァルキュリアのあの子とか、この前結婚して姓が変わった彼とか、その他アイス教徒として認めた各地の人間と別れるのは名残惜しいのかな……などと考えていた千紘、
「……あとどれだけのアイスを食べることが出来るのでしょう」
 続けられた桃簾の言葉に椅子から落ちそうになった。最初に、アイスのストックがなくなったのかと尋ねたが、もっとスケールがでかかった。
「どうしたのです? 袴の裾でも踏みましたか?」
「僕はドジっ子で売ってないから気にしないで」
「そうですか? とにかく、そう言うわけで、わたくし、帰るその日までに地球のアイスをできるだけ多く食べたいのです。新規店舗や新製品など、心当たりはありませんか?」
「えー、そんなこと言っても、僕アイスあんまり食べないもんなー」
 言ってから、前に勧められたアイスも食べていないのか、と詰め寄られるかと思ってひやりとしたが、
「それは良くありません。では、これから開拓に連れて行ってあげましょう」
 桃簾は陰湿とは正反対の性格をしているので、前向きな提案がなされた。
「え? 今日の最高気温十度行かないんだけど。そんなに寒い日もアイス食べるの? マジ?」
「マジです。アイスは季節を問いません」
「うーん、まあホラーも皆夏だって言うけど、年中観て良いやつだしな。仕方ないな。じゃあお供しようかな」
「よろしい。では行きましょうか」
 桃簾は頷いた。食べ終えたアイスの器を並べ、伝票を取る。そこで千紘ははたと思い出した。
「アイス四つも食ったのに、まだ食べるの? お腹壊さない?」
「これくらい、まだ序の口です。さ、行きますよ」
「はいはい」
 新春アイス巡りツアーが、今始まる。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
依頼の失敗についてはNPCの見解です。
私は勝ち星を上げる桃簾さんをお見かけすることが多かったのですが、意外な一面を見たような気持ちになりました。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月15日

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