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『冬の一瞬』
LUCKla3613)&アルマla3522)&ソフィア・A・エインズワースla4302

「今日、おまえたちを家へ通した理由を説明する」
 ブリーフィングよろしく、LUCK(la3613)は固く直立不動、鋭い声音で切り出した。
「ぎゃわん! ぼくのおなかをぽんぽんするさぎょーがちゅーだんしてますが!?」
「たいちょー、このお茶って普通にお湯入れるだけでいいのー?」
 説明されるべき相手――LUCK宅のリビングに転がり、じたじたするアルマ(la3522)と、キッチン方面からひょいと顔を出したソフィア・A・エインズワース(la4302)。うん、どちらもまるでLUCKの言葉を聞いていない。
 まあ、そうだな。これは俺のミスだ。
 自省したLUCKはアルマを片手でつまみ上げて鼓のごとくに打ち鳴らし、刻むリズムを縫ってソフィアへ「一応、ポットで抽出するほうがいいだろう。カップでは蒸らしがうまくいかん」と返答した。
 そしてソフィアが淹れてきたペルー産アプリコットティーのティーバック――ペルー国内ではコーヒーはほぼ飲まれない。紅茶やハーブティーが一般的だ――のカップを受け取り、ソファの上へふたりを集合させるが。
「……」
 右膝の上に香箱座りを決めたアルマと、左膝の上に腰かけたソフィアを見比べ、なにも言わず、茶をすすった。
「わふ? ラクニィ、ツッコまないですね」
「あきらめた? たいちょー押しに弱いから」
「ということは、いまならかたのうえまでいけるです?」
「チャレンジする価値はあるよね。じゃ、あたし背中で」
「不穏な相談を聞こえるようにするな。承認も黙認もしてやらんぞ」
 まるで似ていないながら双子であるというアルマとソフィアを膝の上から追い出し、LUCKはあらためて言った。
「今日はおまえたちを観察しようと思う。ふたりの存在が俺の喪った記憶を刺激している気がするのでな。ただ、思い出そうと強く意識してもだめなんだろう。そこで何気ないことからきっかけを得られるように」
 ほとほとほと。アルマが人間サイズを遙かに超えたつぶらすぎる瞳から玉そのものな涙を流し。ソフィアはソフィアで青ざめた顔をうつむけ、呆然と音にならない譫言を唱え続けていて。
「どうした」
 無視できない状況へ追い込まれたLUCKが渋々訊ねれば、アルマはきゅうん、世にも悲しげに鼻を鳴らしてみせる。
「ぼくはラクニィにあそんでいただきたくて、ちゃんとおでんわしていいよっていってもらってわくわくやってきたですのに……ぼくをちょっとはなれたばしょからかんさつするなんて、とんだなまごろしですううう」
 ソフィアが、冷めた面に皮肉な笑みを刻んで続く。
「あたしたち、たいちょーにとっては昔のこと思い出すきっかけでしかないんだよ。初めからわかってたことだけど! こうやって突きつけられると……やっぱり辛いね。ううん、わかってたことなんだけど、ね」
 アルマはともかく、ソフィアのセリフが芝居であることはわかっている。が、こうして言われてみれば、確かに自分は酷いことをしているのかもしれない。とはいえこれは、LUCKだけの問題ではないのだ。
「過去を思い出せば、必然的におまえたちのことも思い出すだろう? ふたりがあえて言わんことと言えんことを抱えているのは、俺もわかっていることだしな」
 言いながら彼はふたりを右と左に座らせ、薄笑んだ。
「とにかく好きに過ごせ。相手が要るなら付き合ってやる」
「わっふ! ではさっそく!」
 LUCKの肩へ乗るべくよじ登りにかかるアルマ。その額へ右手を押しつけ――すでにアルマはLUCKの右、ソフィアは左を自分の“側”と決めているらしかった――落としておいて、こねるこねるこねる。
「……だからといって登っていいとは言っていない」
「わふふほほわふふほほ! これはこれでゆかいですー!」
 左からLUCKによりかかったソフィアは、マグカップを傾げて甘香薫(くゆ)る紅茶を味わい、足をぱたつかせる。
「兄貴ね、これでも我慢してたんだよ。たいちょー、騒がしいの嫌いでしょ」
 こんなときにこそ女優力を発揮すればいいだろうに、ソフィアの言葉はただの本音で、故に裏側へ潜めた思いもまた透かし見える。
「二度は言わんぞ」
 あたしも我慢してるんだよ。言外で思いきり主張せずにいられないソフィアへ、だからこそLUCKは言ってやるのだ。
「元々静けさを好む質でもないが。それ以上におまえたちと過ごす賑やかな時間は悪くない」
 言い終えた瞬間、ジッ。LUCKの視界の端にノイズがはしった。視覚回路の誤作動か?
 その間に、ソフィアは弾みをつけて立ち上がる。
「兄貴、こねられてる場合じゃないでしょ! 今日の目的思い出して!」
「わふ!? そうでした!」
 にるにるLUCKの手から抜け出たアルマはでんぐりがえしからの立ち上がりを決め、ソフィアの腕の中へぽいーっと飛び込んだ。
「目的?」
 当然、LUCKは謎行動の理由を尋ねたが、双子はそろって「ふふふ」。
 答えないものを問い詰めるのは、ここまでの展開を思えば野暮だろう。LUCKは息をついて双子の行動を見守ることとしたのだが。
「たいちょーって実はセンスいいよねー。っていうか、増えたモノってほとんど調理器具だし! ここに潜り込んでも秒でバレるでしょ」
「わふー。ラクニィのおへやには、いやしがたりてないのです。おなべをよそおうことはかんたんですが、ぼくはやっぱりキュートなぬいぐるみでありたいです!」
 ……目的は、アルマがバレずに潜伏する方法を考えるための偵察か。
 とりあえず放っておくことにして、LUCKは紅茶を口に含んで香りを楽しむ。どうにも騒がしく、しかしなにより心地よいBGMへ身を任せて。
「こうなったら鍋の中に隠れるってどう?」
「きゅう、うっかりとにこまれたらおいしくなってしまうですよ。ぼくってなぞせーぶつですので」
「兄貴の姿煮はやだ……。んー、じゃあここは? たいちょーの死角になるし」
「わふー。ほんとうはラクニィのおはようからおやすみまでゆかいにみまもりたいぼくですが。ここはひとつ、だきょーするです」
 と、LUCKが和んでいる内、なにやらアルマのポジショニングが決まったらしい。なので胸の内で声をかけてやることにした。
 これから不穏な気配を感じたら、真っ先にそこをチェックするからな。

 昨日から押し寄せ来た寒気のせいで室温が低い。そこでLUCKはエアコンの温度設定を上げる代わりに石油ストーブへ火を入れた……その瞬間、アルマを抱っこしたソフィアが真ん前に滑り込んできて。
「この前も同じ絵面を見た気がするんだが」
「欲を言ったら暖炉がいいんだけどねー」
「わふん。だんろはロマンですー」
 暖炉か。最近流行っているらしい薪ストーブもだが、煙突を通してやる必要があるので住宅事情を考えると難しい。しかし、うまく使えば野菜を煮溶かした本物のシチューが作れる。それは実に魅力的だが、冬以外の季節にはそれこそ邪魔になるわけで――ジジッ。
「ロマンはいいが、今日は焦げるなよ」
 再びはしったノイズを無視してふたりのとなりへ座り、ストーブの熱を浴びるLUCK。
 セルフチェックで異常は感知できないのだが、どうも義体の調子が悪いようだ。とはいえ遊びに来ているアルマの手をわずらわせるのも悪いし、明日にでもあらためて話をすることにしようか。
 それに、こうしてふたりを横に並べているだけで、不思議なほど心が落ち着く。この時間を終わらせるのは、あまりに惜しくて。
「……しかし、俺の家に来てもすることがないだろう。暇を潰せるものひとつ置いていないからな」
 とりあえず言ってみれば、ソフィアの腕から這い出してLUCKの膝に乗り移ったアルマが腹を出してむふー。
「なにもないがあるですよ」
 観光業者が考えたキャッチコピーめいたことを言い切った。
 とりあえずその腹をこねてやりつつ、LUCKは次いでソフィアを見る。
「エインズワースは? 友だちが少ないようには見えんし、遊びに出かけたくなるだろう」
「んー、友だちはいっぱいいるけどね?」
 LUCKといっしょにアルマをこねこね、何気なく言い添えた。
「なんにもないが結局、いっちばん落ち着くから」
 よくわからんが、双子だから趣味も似ているのか。LUCKはわずかに首を傾げて思う。
 それしてもだ。双子の様を見、こちらの思惑を伝えた上で話もしているのになにひとつ、まるで思い出す気配がない。そろそろ的外れなことをしているのかもしれないと思い始めたところだが、それでも打ち切らないのは結局、彼自身がこの「なにもない時間」をかけがえなくジッ感じていジジッればこそジだジッ。
「……せっかくの冬だからな。ストーブで餅でも焼いてみるか」

 LUCKがストーブの天板に焼き網を乗せると、アルマとソフィアがその上へ餅を並べていく。
 餅はいわゆる切り餅で、見た目は意外と厚い。しかし、10分も炙っていれば、やわらかく熱せられた中身が固い皮を破って膨れ上がるのだ。
「わふわふ。おもちはふーりゅーです!」
「兄貴近づき過ぎ。また焦げちゃうよ」
 背伸びして餅を上からのぞき込むアルマを引き戻しつつ、ソフィアは苦笑した。
 つい、思い出してしまう。あのとき火から引き戻されたのは自分だったし、そこにあったものは餅ならぬシチュー鍋だったのだが……本来は親となり、子を相手に繰り返すものだろう。
 なのにあたし、兄貴相手にやり直してるもんね。
 本来の姿ではないアルマ。しかしこの謎生物としての形は、今度こそLUCKとなった兄の弟を全うしようという強い願いあればこそなのだ。
 と。今度は彼女が、やさしくも力強い手で引き戻された。
「おまえは焦げても脱皮できんだろう」
 LUCKの腕は機械。当然冷たいはずなのに、ストーブに温められたからかあたたかくて。
 あたしは、兄貴とちがってブレブレだ。たいちょーに思い出してほしくて、でも思い出してほしくなくて――このまま謎生物と似てない双子の妹のまま、みんなでいっしょにいたくて。だって、たいちょーが思い出しちゃったらあたしは、
「あたしも謎生物になっとくべきだったなー」
 思考を無理矢理に断ち切り、顔を笑ませてアルマを抱きしめる。火に炙られていや増したぬくもりで冷えた指先をあたためて、ごまかすために。
「フィーはフィーでいいです」
 ほかほかした体でソフィアの指をくるみ込み、アルマが言う。
「ああ。さすがに俺も2匹は面倒見切れんからな。いや、竜尾刀と創星剣で1匹ずつは行けるのか。駄犬が5匹に増えさえしなければ」
 アルマの言葉にうなずきつつ、妙なことを悩み出すLUCK。
 なにそれ、あたしも結んで、お散歩しちゃう?
 想像してみるとそれはそれで悪くなくて。それどころか強く望んでしまわずにいられなくて――ソフィアは泣きそうになる。
 泣かないけどね。うん、絶対。
 それを自分に赦すほど、彼女は自分に甘くないのだ。
 かくて彼女はアルマをストーブから適度に離れたポイントに据え置き、枕代わりに頭の下へ敷き込んだ。
 すると、むにるる。低反発ウレタンよりあっさり沈み込む。
「うわ! 兄貴これどうなってんの!? 骨は!? 人体がしていいへこみかたしてないんだけど!」
 胴体全部をひしゃげさせたアルマは「うぎゅ……」と絞り出し、両手をぱたつかせる。有様はともかく、命に別状はないらしい。
 それをあきれた目で見ていたLUCKは、程よく膨れた餅を手際よく回収、皿へ移してふたりを呼んだ。
「餅が焼けたぞ。熱いうちに食え。東方の流儀では」
 ビジジ! 唐突に強いノイズが視界を揺るがす。
 東方!? いや、確かにここは世界の東端ということになっているが、そんな言い表し方をする必要があるのか!? 東ジジジジジ方ジ。
 LUCKの視界の内、金属フレームのストーブが石を積んだ暖炉へ様を変え――周囲の闇より忍び寄る寒気が――寒くないよう俺にくっついて――約束しただろう、右と左を分け合え――ア――フ――
 セピアに褪せた見知らぬ光景の中、倒れ込みそうになる体を必死で押しとどめ、LUCKはこちらへ向かってくるアルマとソフィアを仰ぎ見た。
 ああ、俺はもう、倒れかけているのか。それよりもおまえら、そんな顔をするな。心配ない。俺はふたりの……なんだから。
 見たことのない光景がスタッカットにまたたき、LUCKをさらに引きずり落とす。どこへ? 底へだ。心の底、それを越えた底の底、底の底の底。その果てで、見知らぬ子どもがふたり同時に振り返り、LUCKをあどけなく見上げてきた。黒髪と金髪の――あれは、ああ、俺は――
 危ういところで滑り込んだアルマが、そのもっちりボディをもってLUCKの頭部を床との激突から救い。同時に駆け込んできたソフィアがLUCKの重い体を必死に掬い上げて速度を緩めた。
 もっちりやわらかく、沈み込んでいくこの感覚は、そう。自分の深い場所へと落ち込んでいくそれによく似ていて。
 LUCKは辿り着いてしまった。
 いつかの厳冬、幼い双子と暖炉の前で「なにもない」を分かち合った一瞬にまで。
「俺は、いたんだな。アルを右膝に、フィーを左膝に乗せて、あの冬の夜に」
 譫言のようにうそぶき、LUCKはふと顔を上げ、
「……俺は今、おまえらをなんと呼ん」
 言い終えるより早く、アルマが彼の顔にしがみつき、その上からソフィアが覆い被さって。
「わん。いそいでおもいださなくていーです。ぼくとフィーはラクニィといっしょにいたいだけですので」
「たいちょーがなにもなくて辛いのはわかってるけど、でも。あたしはもうちょっとだけ、なにもないままでいたいよ」
 双子の訴えがLUCKの胸を打つ。
 なぜ、俺がおまえらを思い出すことを止める? ――いや、訊いたとしても、おまえらは言えず、言わんだろうが。しかし、そうか。
「もうしばらくの間は、犬とエインズワース。それでいいんだな」
「わん」
「うん」
 ジリッ。こちらも応えるようにノイズが閃いた。
 ふん、俺が気づかないはずはないだろう。いくらノイズに隠したところで、おまえという黄金を。
 どうやら双子にまつわる記憶の端を引きずり出せた理由には、人ならざる者の支援があったらしい。
 手向けのつもりか? 俺はおとなしく見送ってなどやらんがな。
 起き上がった彼は、冷めてしまった餅をもう一度ストーブの上に戻し、なんともいえない顔をしている双子を招き寄せた。
「餅はどうやって食うんだ? 醤油と海苔。砂糖醤油、きな粉、餡子でもいい」
「わっふー! ぼくはつぶつぶあんこをしょもーするです!」
「あたしお醤油と海苔ー!」
 それぞれに用意をしてやりながら、LUCKは決める。
 夜はシチューにするか。暖炉のようにはいかんが、俺たちの冬の夜にはなによりふさわしい。


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2021年01月15日

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