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『小さな贈り物』
若菜la2688

「いってらっしゃーい。滑らないように気を付けるんだよ」
 窓から乗り出し若菜(la2688)は弟に手を引かれ保育所に向かう末の双子へと手を振った。
 降る雪もなんのその。元気一杯手を振り返し双子が応える。
 レインコートを頭からすっぽり被った姿は遠くからみると可愛らしいてるてる坊主だ。
「うぅ、寒いっ」
 三人を見送るとふるりと肩を震わせた。空を見上げれば雪は当分止みそうもない。
 天気予報では積もるようなことを言っていた。
「夜はシチューにしようかな?」
 ポカポカと体も温まる事だろう。
 自宅で一人になる今日、若菜には目的があった。
 しかしその前に家事を終わらせてしまおう、とエプロンを結ぶ。
 部屋の掃除、洗濯もの、夕食の下拵え――一通り終わらせると、いそいそと部屋から一抱えある紙袋をキッチンへと持ち出した。
「さてと……」
 紙袋の中身を取り出しテーブルに並べる。
 間もなくクリスマス。そう、今日の目的とは両親へのサプライズプレゼントを作ること。
 作るものは決まっている。フローティングキャンドルだ。
 以前母とドライフラワーを使ったボタニカルキャンドルを作ったから大丈夫……と言いつつプリントアウトした作り方をもう一度確認する。
 鍋で湯を沸かしている間に、クッキングシートを敷いたバッドに三日月と星の型を置く。それぞれ二個ずつ。
 芯を割箸に固定しておくことも忘れない。
 沸いた湯に容器を入れ湯煎で蝋を溶かしていく。
 ダマが残らないように焦らず、ゆっくりと、ゆっくりと。
 蝋が次第に形を失い透明な液体へと変化していくのをみているとわくわくしてくる。
 何かを作るのはとても楽しいものだ。
 手作りが好きな母に似たのだろう。
 幼い頃から父の誕生日の押し花で栞を作ったり、母に手伝ってもらいながら色々と作ってきた。
 溶かした蝋を型に流す。蝋が固まり始める前に芯を立てる。
「よしっ!」
 我ながらなかなかの手際だと自画自賛をし軽く拳を握った。
「手先の器用さもお母さん似かな?」
 言ってから言い過ぎた、と耐え切れなくなって笑みで肩を揺らす。
 まだまだあらゆることで母には敵わないが、目標は高い方が良いに決まっている。
 そしてアロマオイルを数滴。
 優しい柑橘系の香がキッチンに漂う。
 どのアロマオイルにしようか散々店で悩んだ結果、リラックス効果があるベルガモットにした。
 芳香療法的には本人が一番心地よいと感じる香りが良い、などというのを授業で聞いたりもしたのだが。
 それではサプライズにならない。
 固まったのを確認してからゆっくりと型から外す。
「ふぅ……」
 どうやら型から抜く際緊張で息を止めていたらしい、可愛らしいキャンドルを前に深く息を吐いた。
 ここで気を抜いてはいけない。
 まだ仕上げが残っている。
 キャンドルに手書きで模様を入れるのだ。
 皿の上で金と銀のグリッターをそれぞれグルーと混ぜる。
「ここで失敗したら台無しだよ……」
 自分に発破をかけて椅子に座り背筋を正す。
 まずは星型キャンドルから。
 星型を選んだのは母と父の両親の想い出話から。
 大人になったらね、とあまり詳しく話してくれなかったが、互いに目を合わせた両親の笑みがとても優しく自分まで嬉しくなったのを覚えている。
 細い筆で繊細な雪の結晶を描いていく。
 やはりここでも息を止めていたらしく、手を止めるたびに深呼吸を繰り返す。
 次は三日月。描くのは繋がり伸びていくつる草モチーフ。
 それはまだこの世界に来る前の話。お散歩の時は母と手を繋いでいた頃。
「おつきさま……やわらかいね」
 ちょっとした用事の帰り道、空に浮かんだ三日月に若菜は手を伸ばした。
 月を包む淡い光がふわふわの綿のようにみえたのだ。
 母が笑って頷く。温かい光ね、と同じように手を伸ばして。
「おひさまみたいに?」
 太陽と違って月明りに温度は感じられない。だから不思議そうに首を傾げる若菜に母が教えてくれた。
 月は父と母を繋いでくれる大切な光なのだ、と。
 それに……と内緒話のように続く潜められた声。
 どんなに離れていても、どんな時でも、自分を見守り優しく照らしてくれる――まるで月のような存在なのだ、父はと。
 だから温かい……。
 胸に手を当て、そこに広がる温もりを確かめるように。
 母が目を細める。愛し気に。誇らしさとほんの少しの気恥ずかしさが混ざったような表情。
 いつもの優しい母の笑み。でもそれは自分たちへ向けるものとは少し違うと幼い若菜にもわかった。
「いつか私も……そんな人に出逢えるのか……な?」
 両親のように深い愛情で結ばれる相手と――。
 たとえ離れていても想いは繋がっていると感じ合えることのできる相手に。
「…………」
 手が止まる。
「え、……っと、うん、今はプレゼント、プレゼント……」
 頬に感じた熱を振り払うように頭を左右に振った。
 もしも弟(末っ子たちと同じく自分たちも双子なのでどちらが上かは長年の問題だ)がこの場にいたら笑われていたかもしれない。
 やはり一人の時にやって正解だと思う。
「恋かぁ……。学びたいことも沢山あるし私にはまだまだ先の話かな」
 乙女として恋に憧れが全くないと言えば嘘になるが。
 今はこうして何かを作ったり、勉強したり、可愛い小物を探して雑貨屋を巡ったり――やりたいことが沢山あるのだ。
 そういえば……と思う。
 自分にとって母と父が仲睦まじいのは当然のこと過ぎて今まで話題にしたことがなかったが、母が自分と同じくらいだったときはどうだったのだろう。
 医学を学んでいたことは聞いたことがあるが――それではなく恋の話。
 今度母と話してみるのも悪くないかもしれない。
 美味しいケーキとお茶を用意して。
「あ、そうだ」
 先日友達に教えて貰ったパンケーキ屋さんに行くのもいいな、と思いつく。

 完成品を手に取って灯りに翳した。
 敢えて色をつけなかったキャンドルの生成りに近い仄かに温かみのある白にきらきらと金と銀のグリッターが控え目に輝く。
 色を抑えたおかげで落ち着いた仕上がりだ。
 お気に入りの雑貨屋でみつけた硝子の器にキャンドルをそっとセットする。
 それを薄い白のオーガンジーと重ねた透明な袋へ。
「……喜んでくれる、かな?」
 たとえどんなに不格好でも、想いを込めて作ったものを喜ばない両親ではない、ということは知っている。
 でも作った本人としては心配になってしまうもの。
「……お父さん、お母さん……ありがとう」
 二人への感謝を声に出してリボンをかけていく。
 このキャンドルの小さな灯が少しでも二人の心を癒してくれたら――と願いながら。

 ちょうど後片付けを終えた頃に、保育所から末の双子が帰ってきた。
「おかえりなさい、温かいココアとお菓子があるよ」
 わぁい、とリビングにかけていく双子に「おやつの前にちゃんと手洗い嗽をするんだよ」と声を掛ける。
 洗面所から大きな雪だるまを作った――君、カッコイイ、とかそんな双子のおしゃべり。
「……あれ?」
 ひょっとして妹たちに後れを取ってる?と思わなくもなかったがそこは気にしないことにした。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【若菜 / la2688】

この度はご依頼いただきありがとうございます。

冬の贈りもののお話いかがだったでしょうか?
若菜さんの背景にご家族がいる、ということを意識して描いてみました。
そういえば若菜さんの理想はどんな方なのかなぁ、と思ってもみたり。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。

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2021年01月15日

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