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『お疲れ様と、これからと』
詠代 静流la2992


「はぁ、疲れた」

 実を言うと肉体的な疲労感はもうないので、それは精神的な問題だった。
 人類とナイトメアとの、尊厳を懸けた決戦が『人類の勝利』という形で幕を下ろし――詠代 静流(la2992)は今、グロリアスベース内のライセンサー用の病院に入院している。終末竜ゴグマ(lz0136)との激しい戦いによる酷い火傷、そしてXN-01『星竜』のコード「666」を激しく起動させたことによる心身への過剰な負荷。重体状態の静流がベッドの住人となるのは当然の流れだった。

(勝ったのか、俺達……まだ実感がねぇなぁ)

 ゴグマとの戦いで力尽きた静流は、その後に繰り広げられたザルバとの決戦に立ち会っていない。報告書や知り合いの話で経緯は詳しく知っているものの……身を投じた戦いが激しすぎたあまりに、どこか現実感がない感覚だ。頭では分かっているのだが、心が付いてきていないというか。
 そういうわけで、実感を得る為にもあの戦いを思い返してみる。

(思えば……ゴグマとのあの決戦は、ずっと続いてきた戦いの帰結、なんだよな……)

 完全焦土にて、命懸けで逃がしてくれたレオポルト騎士団の10名。
 グロリアスベース近海での戦いにおいて、支援をしてくれたライセンサー達。
 多くの人々に生かされ、静流達はゴグマと戦い抜くことができた。倒せた、というよりは向こうが自壊しただけだが――しかし自壊速度を早めて被害を最小限に抑え込めたのは揺るぎない功績である――「彼らの想いを無駄にせずに済んだかな」、と心の中で独り言つ。
 繋いでくれたのは彼らだけではない。SALFの多くの職員、EXIS開発やアサルトコアの修理を行ってくれる各メガコーポの関係者、そして信じて応援してくれた名前の知らない世界中の人々。本当に……本当に多くの手が、静流の背中を押してくれたのだ。今ここで傷を負ったライセンサーを治療し続けてくれている医療スタッフにしたってそうだ。

「ほんと……感謝してもしきれないよな」

 ベッドの上でやることもなくて暇だから、ついついそんな独り言が漏れてしまった。
 と、その時だった。病室のドアが開いて、足音が近付いてくる――「静流さん」とカーテン越しに呼んだ声は、ソラリス(lz0077)のものだった。

「おられますか?」
「ああ、いるいる。どうぞ」
「失礼します」

 しゃ、とカーテンが開く。そこには中身の詰まった手提げ鞄を持ったソラリスがいた。

「こんにちは。お怪我の具合は?」
「おかげさまで暇地獄だよ。お見舞いに来てくれたんだ? サンキューな」

 座って座って、と簡易な丸椅子を包帯まみれの手で示した。ソラリスはそこに座ると、鞄をごそごそ。

「じゃん、リンゴです。お見舞いと言えばリンゴですからねっ」
「おー。ありがと、うれしいよ」
「今むきますからね!」

 ソラリスは笑顔で意気込み、果物ナイフで器用に真っ赤なリンゴをカットしていく。機械のような精巧さ……と思ったが、ソラリスは実際にアンドロイドだった。ほどなく、うさぎリンゴが紙皿の上に置かれた。爪楊枝も添えられている。

「いいねぇ、うさぎリンゴなんて最後に食べたのいつだ……? いただきまーす」

 爪楊枝を刺して、しゃくりと一口。甘味たっぷり蜜リンゴだった。「おいしい」と伝えると、待てをされた犬のように静流を凝視していたソラリスはパァッと笑顔になる。
 そんな笑顔を見て。【堕天】事件の始まりの時は、精神錯乱状態にまで追い詰められていたソラリスが、こんな風に笑えるようになって良かった、と改めて静流は感じた。同時に、こうしておいしいリンゴをベッドにいるまま平和に食べられているのも、ひとえにゴグマとの決戦を自分達が生き抜いたからだ。

「そうそう」

 回想もそこそこに。リンゴを飲みこんだ静流はソラリスの方を見る。

「【堕天】事件の時、ソラリスに必殺技の名前を考えてもらったろ? あの星竜の切り札にもそれを含みたくてさ――『流星光底<ブレスクミチオール>』って名付けたんだ、輝く流星みたいな雰囲気で。ロシア語的に正しいかは知らないけど」
「そうだったんですか、なんだか光栄です。……ふふ、ささやかなものでも静流さんのお役に立てたのならば幸いです」

 ソラリスはあの戦いでは後方支援に徹しており、戦場にはいなかった。だが多くの命を焼き尽くしていったゴグマに思うことがないわけではなく――こうして技の名前としてでも、ゴグマ討伐に関われたのであれば胸がすく思いだと静流に伝えた。「ならよかった」、と静流は少し照れ臭い。
 ふと、静流は自分の掌に視線が留まった。護る掌でありたい、そう思ってきたけれど。掌は護るだけでなく、手と手を繋いで未来へ繋ぐものでもあるのだと噛み締めた。

(俺は多くの人達と、手を繋いできたんだな……)

 父のように、大きな掌でいろんなものをまるっと護る、にはまだ修行不足かもしれないけれど。
 手と手を繋いできた数なら、少しは自慢できるんじゃないか?
 父に会えたら、話したいことが山ほどある。

(そういえば……)

 残ったうさぎリンゴを齧りつつ、静流は思う。

(これからナイトメアとはどうなっていくんだろうな……)

 呟きの終わりに思い出すのは、あの水底の問答。
 人類とナイトメアの間に、子孫ができる可能性――……現時点においてナイトメアが生殖行為を行うというのは確認されたことなどないが、そういうことができる進化種が絶対に現れない、という保証はない。

(人とナイトメアの子孫か……果たしてどこまで人の機能を再現してるのか……クラインとかぐらいしっかり人間の姿をしてればやれないことはない――)
「って何をだ!」

 色々想像しそうになってしまい、壁に頭をガッゴッと連続でぶつけた。「大丈夫ですか!?」と驚いたソラリスが慌てて止める。

「よ、よくわかりませんがどうか落ち着いて……」
「おう……落ち着いた……」

 はぁ。溜息一つで閑話休題。
 最後のリンゴを食べ終えた頃、ソラリスが待っていたかのように鞄をごそごそ。

「実は本題はこちらでして。久遠ヶ原学園から静流さんへ、緊急のお届け物です」
「緊急の……学園から?」

 受け取ったのは書類だ。緊急と言われ静流にわずかな緊張が走る。一体なんだろう? そこに書かれていた文字に目を通し――静流の顔色がさぁっと青くなる。簡単に言うと、「追試を受けないと留年ですよ」といった内容だった。

「チクショ〜〜〜! どんだけナイトメアを倒して戦果を挙げても、単位の一つになりゃしねえってか〜〜〜!?」

 ぐあー、と資料を放り出して頭を抱える。ソラリスは苦笑した。

「あの、それから各教科の先生から宿題も預かってきましたので……がんばってくださいね」
「マジか……マジか……」
「こちらです」
「プリントの数多いなチクショー!!!」

 どんッと置かれたプリントの束。「ファイトです!」と渡される鉛筆。
 それから静流は、退院するまで宿題三昧の日々だったという。「知恵熱で入院が長引いたらどうしてくれるんだ」とぶつくさ言いながらもがんばりました。

 ちなみに、追試の結果は神のみぞ知る。



『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました!
【DD】でもお疲れさまでした、本当に静流くんにはいろいろなシナリオでお世話になりました。
無事に卒業できることを祈って……!!!!
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グロリアスドライヴ
2021年01月18日

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