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『心が決まればLovey-dovey』
狭間 久志la0848)&日暮 さくらla2809

「いかがですか?」
 正座した背を反り返りそうな勢いで伸ばし、日暮 さくら(la2809)は茶卓の向かいに座す家主、狭間 久志(la0848)へ問うた。
 久志は慎重に脳内で言葉を探す。ヘタに熟考した言葉は込めた本音よりも付け足した装飾のフリルが目立ち、凄絶に嘘くさくなるものだ。ワードは素朴に、その代わり感情表現は豊かに。うん、これでいこう。
「うまい!」
 眼鏡の端っこキラン! 口の端上に向けてぐいー! サムズアップびしーっ! どうよ!? 俺のこの完璧なやつ!
 完璧な“やつ”というあたりが実に怪しいが……今、彼はさくらが持ってきてくれた手製の大福を食しているんである。

 さくらと付き合うことになったきっかけは、心に刻まれた深い傷のせいで風情も空気も解せない自称“おじさん”の久志ですら、「あれはドラマティックだった」と認めざるを得ない代物だった。
 しかし。
 始まりがどうあれ、その先に続くものは普通の恋愛譚なわけで……しかもただでさえ我が強く、言ってしまえば面倒な質のふたりが普通の恋愛を普通にしていくにはまあ、いろいろ面倒なことが出てくるのだ。
 で、その代表的なひとつがリアクションである。
 してもらったことに「ありがとう」、そこに「ごめん」と「頼む」をプラスした“最小限”で万事を済ませようと企めば、「あなたの意見を聞きたいのです!」と叱られる。それで大げさな動作を足してみたのだが、結果はイマイチ。
 女って共感の生き物なんだろ? だってのになんで伝わんねーんだよ。
 まあでも、大福は本当にうまい。生地はどこまでもなめらかで、口の先にほどよい粘りの糸を引いておもしろい。
 そこにえんどう豆の食感だ。噛めばぷちりと小気味よく弾ける煮加減は絶妙で、邪魔にならぬよう詰められたこし餡のほどよい甘みとよく合って、共に口溶けていく度惜しくなる。もう少し居座っていてくれてもいいのに、と。
 ただ、それをいちいち口に出して褒め称えるのは無粋な気がするし、自分のキャラでもなかろう。
 だから。
「ほんとにうまい!」
 眼鏡以下略。

 本体(眼鏡)の輝きっぷりからして、久志が本心を表わしていることはわかる。わかるのだが。
 さくらはむぅ、眉根を引き下げた。
 本当はもっといろいろ感じているはずですね? なのにどうして、そのひと言に押し込めてしまうのですか。
 久志はいつも最小限の表現で済ませようとする。面倒だからというより、なんというか程よさというものを考えて、考えて、考えすぎて……結果としてこうなるというか。
 いくら思ってみたところで口で言わなければ伝わらない。両親からそう教えられてきたさくらである。だからこそ、思ったことは全部伝えているつもりだ。中でも「好きです」は、付き合い始めて一月半の間に千回は言っているはず。
 久志だって言われれば「俺も好きだ」と言う。でも、彼から「さくらがいちばん好きだ」、「さくらを愛してる」、「俺はもうさくらしか見えねぇ」、「さくらがいなきゃ俺は生きていけねぇから」、「さくら、俺は(久志の名誉のため、あえて伏す)」といった、さくらが久志に本気で言ってほしいことランキングベスト5が語られることはなくて。
 いえ、久志が努力してくれているのはわかっているのですよ? でも、もう少しこう、あるでしょう?
 もやもやといっしょに大福を噛み締めれば、豆の弾ける歯触りが餡に洗われ、得も言われぬ後味を残し去(ゆ)く。この甘やかな儚さをもう少し味わいたいと思ってしまうのは無粋だろうか? 久志にもっと甘い台詞を語ってほしい――もっと自分へのめり込んでほしいと願ってしまうことも。

「夕飯は俺が作るから。男の手料理だし、期待されっと困るけどな」
 そんなレベルだからいちいち褒めてくれなくていいぜと予防線を張るのは、久志の悪い癖だ。それを自覚しながらつい言ってしまう自分、実に面倒臭い。
 ほんと、こういうとこだぞ俺。
「久志の腕では任せきりにはできません。私がきちんと確認します。食材はもう用意してあるのですか?」
 ひとりで待っているなんて寂しいです! だからいっしょに作りたいです! どうして自分はこんなふうにかわいらしいことを言えないのか。つくづく自分の面倒臭さが嫌になるさくらである。
 本当に、こういうところですよ私。
 互いに自分へ絶望しつつ、ふたりは競り合って台所へ向かう。
「おまえだって料理は菓子ほどじゃねぇだろ」
「それでも日々学んでいる分、久志よりは上です」
 と、ここでさくらは久志へ流し目、声音を落ち着けて、言うのだ。
「それでも私は久志を愛していますからね」
 さくらに横目でにらまれた久志は苦笑。
「俺もそんなさくらが好きだぜ、愛してる」
 好き+愛だから、愛ひとつのさくらより上。久志の得意顔を見上げて、さくらもまた苦笑した。
「でしたら私より先に言ってください。そうすれば、負けを認めてあげないこともありませんから」
「いいんだよ。別に勝つ気ねぇし」
 おまえが俺を好きでいてくれる気持ちに負けてねぇんだって、それだけ伝わったらな。
 思ってみて、また落ち込んだ。って、俺はこんなことも言ってやれねぇのか。
「では、遠慮なく勝利をいただいておきます」
 応えたさくらもまた落ち込んでいる。正しい女子はこんなときこそ、「私はもっともっとずっと愛していますけど?」と抱きついたりするべきなのでは!? それができないから、久志との距離感が詰め切れず、“べたべた”できないような気がしてならなくて。


 そろって受けた任務は激戦だった。
 最前線の維持を担った多くのライセンサーがシールドを割られて骨肉を傷つけられ、後方へ搬送されていく。中にはシールドを削りきられる前に修復が間に合い、戻ってくる者もあったが、とても「幸い」とは言えない状況である。
「本部より通達! 前線を100メートル下げて中衛と合流、火力を集中させよと!」
 丁寧に通信を妨害されていることで、SALFは戦場へ古式ゆかしい伝令を行き交わせるはめに陥った。そしてその糸電話のひとつを請け負ったライセンサーがさくらだ。単独行動に長けた忍であればこその役割である。
 思った以上に戦局がやばいってことか。
 こちらは最前線を縫い止める楔の一本を担った久志が、口に出さぬよう胸中でうそぶいた。
 中衛は支援攻撃を任とした連中だ。それを前線の穴埋めに使わなければならぬ状況が、やばくないはずはない。
「さくら、手分けして伝えるぞ」
「はい!」
 互いにそれ以上の言葉は必要なかった。為すべきを成し、そして、転進した前線の殿として肩を並べ、押し寄せるナイトメア群と向かい合う。
「私が先に?」
 逝けばいいですか――まで言わず、言葉を切ったさくらへ、久志はかぶりを振ってみせた。
「我儘言うぜ。1,2の3で、いっしょに死んでくれ。スキルで20秒、気合であと10秒稼いで、あとは“せえの”で」
「いきなりですね。意味がわかりません」
 先頭のナイトメアを横蹴りで飛ばし、後陣の前進を寸毫止めるさくら。
 その間に久志は踏み出し、腰を据えたその瞬間――雷刃の三条(みすじ)を閃かせてさらに時間を稼ぐ。そして。
「……残してくのも残されちまうのも嫌になっちまった。1秒だって離れたくねぇ、おまえと。好きで好きで好きで大好きで、本気で愛してるからよ」
 これまで言えなかった言葉を伝える。うまく言えないから言わないなど、この期に及んでありえない。いや、この期に及んだからこそ、言っておきたかった。次の世へ辿り着く前に愛想を尽かされてしまっては困るから。
 ったく、俺ってヤツはほんとにめんどくせぇな。最初っから言ってればいいだけだったのに。でも、滑り込みセーフってことで許してくれよ。
「わ」
 私はもっともっとずっと愛していますけど? 今こそ言うべきときなのに、言葉がつかえて出てこなくて。さくらは自分にあきれ果てた。
 この期に及んで、用意までしていた言葉を伝えられないなどありえませんよ、私!?
 いや、久志が言ってくれた言葉が、それほどうれしいのだ。自分の言葉で塗り潰してしまいたくないほどに。最期まで噛み締めていたいほどに。そんな自分のいじらしさが疎ましくて、愛おしい。
 ああ、私は本当に面倒な女ですね。でも、そんな女に惚れられたのは久志の業です。あきらめていただきますので!
「30秒後に“せえの”、ですね」
 万感を押し詰めて応えたさくらは守護刀「寥」舞わせ、敵の中心となっている個体の眉間、顎、鳩尾へ正中線三連撃を突き立てた。
 ポジションは、変わることない久志の左。言葉にできないのならせめて、この思いを足へ込める。
 ただし。私についてこられなければ置いていきますよ。ですから……私から目を離さないで。最期の最後まで、ずっと。

 果たして。殿に残ったふたりを放っておけないと奮起したランセイサーたちは、合流後に命令無視して再転進。倍以上の数で攻め寄せ、ナイトメア群を押し返す。後衛もまた、無理を推して支援砲撃を降り注がせて前方の仲間の先を拓くのだ。
「こりゃあ俺たちもぼーっとしてらんねぇな。行くぜ」
 呆けた声音を引き締め、踏み出す久志と並び、さくらは朱に彩られた薄笑みを投げた。
「生き延びましょう。先ほどの言葉をもう一度、きちんと心の準備をしてお聞きしたいですし」
「マジか……」
「マジです」
「じゃ、しかたねぇな」
「ええ、しかたありません」
 決めた覚悟を覆された気まずさはなかなかのものだったが、それ以上に久志とさくらの心は浮き立ち、躍っていた。生き延びた今日をふたりで越え、明日もまた共にあることのできる喜びに。


「ハンバーグ……つくね……餃子もいいな」
 久志は空いているほうの右手の指を折り折り、料理名を挙げていく。全部、挽肉をこねる系のやつだ。
「その中でしたら餃子ですね。お野菜をたくさん摂れますから」
 空いている左手の人差し指を立てて振り振り、さくらが応えた。
「餃子は皮がめんどくせぇんだよなぁ。市販のやつにしようぜ」
「却下です! 市販の皮では、薄力粉と強力粉の配合比がわかりませんので!」
 計量命のさくららしい面倒臭さだ。思いながら、久志は左手に力を込めた。
「相変わらずめんどくせぇお嬢さんだけど、俺には最高のお姫様だ。好きだぜ。世界でいちばん、愛してる」
 突然の甘いささやきにきゅっとすくみ上がったさくらはあわてて周囲を見渡し、誰も聞いていないことを確かめたが。
 いえ、久志は戦場での約束をきちんと果たしてくれたのですから――わざわざ隙を突いてくるあたりは本当に子どもっぽくて面倒ですけど!――私もまた私が返すべきを返しましょう。
 久志に負けないだけの力を右手へ込めて、さくらはすました顔で言葉を返す。
「本当に面倒なおじさん気取りの男子ですけれど、私にとって久志はかけがえのない王子様です。愛していますよ、世界中どころか異世界中の誰よりあなたを」
 わざわざ俺の名前言うかよ! 俺はちゃんと匿名にしといたってのに――いや、やられたら倍返ししてくるオンナだよな、さくらって。
 と。左手の指の間にさくらの指が割り込んでくる。結果、普通に繋いでいた手が、1秒余りで恋人繋ぎに!
「私が皮を練りますので、久志は野菜を刻んで水出しをしてくださいね」
 耳まで赤くなるくらいならしなきゃいいのになぁ。久志があえて口に出さなかったのは、シンプルにうれしかったからだ。なのでそのまま、言葉を継いだ。
「いやいや、こねるほうが力要るだろ? 分量だけ計ってくれたら、俺がやる」
「これは一種の餌付けですので」
 ぴしゃりと撥ね除け、さくらは固い声音で続ける。
「久志が私のこさえた皮でなければ餃子が食べられなくなれば、たとえ喧嘩をしても仲直りせざるをえないでしょう?」
 久志は一瞬呆然として、我に返って心の中で手を打って。
 あ、こいつ超かわいい。
「やばいな。またちょっと好きになっちまった」
「! まだ好きになりきっていなかったのですか!? 私はもうこれ以上ないくらい好きですけど!?」
 ……しっかりと手を繋いだままあれこれ言い合いつつ、ふたりはスーパーへ向かう。
 まわりの目など気にしていられる余裕はなかった。だから、気づかなかったのもしかたない。居間の自分たちが俗に云う「バカップル」に成り仰せていることに。


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2021年01月18日

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