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『恋の傷跡』
柞原 典la3876


 年末ともなるとSALF支部も大掃除に励むらしい。
 職員達が掃除で忙しい最中、柞原 典(la3876)はぷらりと支部に張り出された任務一覧に目を通す。

「あんまり美味しい依頼はあらへんね。しゃぁないんかなぁ」

 つい先日最後のインソムニアが陥落したばかりである。
 まだ世界にはナイトメアの残党が残り、完全に仕事がなくなるわけではないが、選べる仕事が限られている。

「あ、これええな」

 カイロへの護衛任務に目星をつけて、支部で手続きだけすませる。
 出発はまだ後日だから、もう用はないと建物を出た。
 何か美味い物でも食べて帰ろうか……とぼんやり歩いていた所で、聞き覚えがある声が上からした。

「典君!」
「ん?」

 立ち止まって見上げると、上からバケツが落ちてきた。
 バシャリ! 咄嗟にバケツは回避したものの、バケツの水で全身ずぶ濡れだ。
 緒音 遥(lz0075)が慌てたように、建物からでてきた。

「大丈夫……?」
「水も滴る良い男のできあがり……やねぇ……へくち」

 髪をかき上げて雫を振り落とし、笑みを浮かべたら、小さなくしゃみが洩れる。

「じゃないわね。すぐ着替えて。風邪引くわよ」
「緒音嬢さん。この支部に来てたん?」
「大掃除の手伝いにね。窓掃除は下に気をつけてって言ったのに……」

 ぶつくさ文句を言いつつ、緒音は典の腕を強引に引っ張り、ロッカールームへ案内する。
 ぽいっとタオルを投げてから、備品のSALF制服を探しにかかる。
 典は大人しく服を脱いで、タオルで体を拭く。用意された制服のズボンを履いた所で、緒音が缶コーヒーを差し出した。

「温かい物飲んだ方が、良いでしょ」
「なんや、おおきに」

 ありがたく珈琲を受け取って、素直に口をつける。
 ごくりと、白い首筋が動く。温かさでうっすら肌が赤身がさした。
 上半身裸状態の典の体を一瞥して、緒音は淡々と言う。

「左肩の銃創だけ新しいけど、他はずいぶん古傷ね。これは刺し傷かしら?」
「詳しいんやね。流石医大卒やわぁ」
「専門は外科だから。怪我の跡には詳しいのよ」

 典はへらりと笑って、傷を指して説明する。右手は高三、背中は二十歳頃、左脇腹は二十代半ばと、いつ頃どんな怪我だったか話していく。
 女性に刺されたこともある。親が示談金を積んできたから、警察にもいかずに罪を闇に葬った。
 表向き愛想よく振る舞ってただけで、その実、愛情なんて欠片もなかった。そんな不誠実さだから、仕方がないのかもしれないと、どこか冷めた目で傷跡を撫でる。

「ライセンサーになってからの方が、意外と傷負うてへんのよね」

 サラリーマン時代なら、どうしてこんな傷をと不審がられただろうが、今なら『ライセンサーだから』の一言で、傷跡さえも納得させられる。
 典の麗しい顔と、禍々しく残る傷跡のギャップが、魔性の色気をはらんで、傷さえも妖しい魅力へ昇華してしまう。

「ライセンサーの方が一般人より頑丈なのかしらね」
「お給料がようなって、治療も気軽に受けられるのも、大きいかもしれへんね」

 そう言いつつ左肩の傷に触れた。愛しげに『ほうっ……』とため息をつく。
 楽しい、寂しい、という感情を教えてくれた彼を想う。

「これは初恋の人に撃たれたんよ」

 微笑を浮かべると、彼との別れの刻の記憶が鮮やかに蘇る。
 約束通り目を差し出そうとしたのに、銃で撃ち抜かれて止められた。
 命が燃え尽きる刹那の、最後の力を振り絞って。
 そうまでして、この顔を守りたかったのかと思うと、ブレなさ加減に思わず笑ってしまう。

「相手が逝ってから気づいた初恋だから失恋やね。食べ物も美味くのうなったり、兄さんが夢の中まで追いかけてきたり、忙しいんよ。でも不思議と悪い気はせえへんなぁ」

 ぽつぽつ語る典の顔は、本人が気づかぬほどに柔らかく、見守る緒音も自然と笑みが零れた。
 一通り話して、典は苦笑いを浮かべる。

「知り合いに、アラサーで初恋なら重いやろ言われたけど……重いんかな」
「恋に年は関係ないでしょ。良い恋ならいつしても良いわ」
「良い恋?」
「拳銃で撃ち抜かれたっていうのに、その彼の話をする典君が、良い顔してるんだもの。それは良い恋だったのよ」

 良い顔をしていたと言われ、気づかずぺたりと顔を撫でる。どんな顔をしていたのか。
 照れくさい気持ちを愛想笑いで押し隠し、軽く問いかける。

「相手がエルゴマンサーでも? もう死んでてもええの?」
「今でも、典君の心の中で生きてるんでしょ? それなら良い恋よ。ちょっと羨ましいわ」
「ほな、それならええか。なあ、嬢さんは初恋、いつやったん?」

 気軽な世間話気分で話をむけると、緒音は困ったように指先で頬をかきながら、答える。

「幼稚園の男の先生がかっこいいなとか、同級生の女の子が可愛いなとか、そういう憧れだったら、小さい頃からあったわね」
「男女どっちでもいけるんやね」
「好きになったら性別は関係ないわよ」
「ほんま、それは解るわ」

 それから、緒音は缶コーヒーをぐいっとあおって、盛大にため息をつく。

「でも……気づいた時には勝手に落ちてたって意味では、中学かしらね。あれはもう、事故よ事故。ろくでなしだし、女癖悪いし。ああぁぁ!! 忘れたい黒歴史。あんなの私の恋愛歴にノーカウントよ」

 ぶつくさ文句を言って、睨んでいる緒音の表情がイキイキして見えて、これが恋する人の顔だろうか? と首を傾げる。
 たぶん、きっと、違う。

「嬢さんも、なんや知らんけど、大変なんやね」
「まあね。……って、ほらほら、さっさと服着なさい。いつまでも裸でいると風邪引くわよ。濡れた服は洗濯しておいてあげるから。明日取りに来てね」

 お節介なお姉さんを気取るのは、照れ隠しなんだろうか。ちょっと試してみたくなる。
 緒音の手をぐいっと引いて、ぺたりと自分の胸に当ててみる。
 間近でじっと緒音の瞳を見つめて、こてりと首を傾げ、艶やかな笑みを浮かべる。

「俺の裸見てると、困るん?」
「ぜんぜん。医者として裸なんて老若男女見慣れてるもの」
「そらそうやねぇ」

 真顔で即答されて、からかわれてもくれない緒音の強さに、頼もしさを感じる。
 何を言っても赦してくれそうな懐の深さと、深入りしてこないドライさが居心地が良い。
 へらりと笑って、緒音の手を離した。そのとき、ふっとルージュを引いた唇から、ぽろりと言葉が洩れた。

「……顔が良い男の怪我には慣れてるのよ」
「その初恋の人やの?」
「恋じゃない!」

 簡単にムキになる辺り、その男のことは、何であれ特別なんだというのが解った。
 着替えの制服に袖を通して、濡れた服に触れて気づいた。胸ポケットに入れてた煙草が水で湿気ている。

「もったいないなぁ……」
「うちの支部のバカがやらかした迷惑料に、煙草くらい奢るわよ」
「ほんまに? おおきに」
「美容に良くないから、私は吸わないけど。煙草に煩い男がいてね。詳しいのよ。銘柄は?」
「奢ってくれるなら、何でもええよ」

 そう言いながら、濡れた服から取り出したライターだけ、丁寧にタオルで拭った。
 このライターさえ無事なら、煙草は何でも美味いだろう。

 喫煙室について、奢られた煙草を口に咥える。ふと窓硝子に自分の顔が映っているのに気づいた。
 虚像の向こうに彼がいる気がして、一言呟く。

「兄さん、火」

 返事がないと解っていても、呟かざるを得なかった。
 典の心に残った恋の傷跡は、一生消えないのだから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【柞原 典(la3876)/ 男性 / 29歳 / 罪作りな男】


●ライター通信
お世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

緒音と典さんの距離感がぼんやりと見えてきました。
典さんの上っ面の愛想も、重い過去も、悪ふざけの冗談も、全てを軽くいなして、恋する姿も肯定して、受け入れる。
緒音の懐の深さと、踏み込みすぎないドライさが、典さんにとって居心地が良いのかな。緒音も典さんとの関係を居心地良く感じてて、つい本音をぽろりと零してしまうのかなと想像しながら書きました。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月18日

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