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『きらきらひかるおほしさま』
桃簾la0911


 それはとあるデザイナーズマンションでの一日。

「今日はダメです。お客様が来ているのですから。遊びはあとに」

 じゃれつく二匹の猫を桃簾(la0911)は叱ったが、顔は猫の愛らしさにメロメロ寸前だ。

「僕は後でも良いよ。その子達と遊んであげたら」
「いけません。アイザックが大人しく休むなど、珍しいのですから。この機会は逃せません」

 桃簾はアイザック・ケイン(lz0007)を手招きし奥の部屋へ進むと、そこにピアノがあった。猫達を部屋の外に閉め出す。
 ここは桃簾の自宅で、猫達は桃簾の飼い猫である。
 アイザックは笑いながらぼやく。

「ピアノはね……練習してたんだけど……」
「サボっていたのですか?」
「最近仕事が忙しくて、支部を出る時間もなくってね」
「無理もありませんね」

 オリジナルインソムニアに続き、西アフリカのインソムニアの攻略戦まで、連戦続きで後方勤務の仕事は山のようにあった。アイザックが活躍したのは間違いないだろうが、そのためにまた休みなしというのはよろしくない。
 残務仕事が一区切りした頃、息抜きにアイザックを呼び出して、ピアノを弾く約束をしていた。

「今日は久しぶりの休みなのでしょう。仕事は忘れなさい」
「桃簾君はどれくらい弾けるの?」
「試しに弾いてみせましょう」

 ピアノの前に座って、すっと背筋を伸ばし、白魚の指を鍵盤に滑らせる。
 ぽろんと柔らかな音色が零れ落ちた。
 ピアノの練習を始めたのは、ここ2年くらいだ。しかし桃簾は一度始めた練習は欠かさない。
 初めは不器用で、拙くても、コツコツ努力を続けて、難しい曲でなければそれなりに弾けるようになっていた。
 弾き終わった時、思わずアイザックが拍手するくらいに。

「凄い上手だね」
「まだまだですが、努力し続ければ、これくらいアイザックにもできるようになります。けれどできないことは罪ではありません。今できる全てを出して見せなさい」

 桃簾に促され、アイザックはピアノの前に座る。
 無骨で大きな手から響いたのは、意外に可愛らしい曲だった。

「きらきら星……ですか?」
「うん。僕、この曲好きなんだよね。本当はモーツァルトのをやりたいのだけど、まだそこまでは」

 アイザックはシンプルな初心者向けのアレンジを素直に弾いた。
 なるほどと頷いて、桃簾は棚から楽譜を取り出して、譜面台にのせる。

「それでは連弾をしましょう。通して弾いたら長いですが、触りだけなら1日でもできます。アイザックが左で弾いて、私がそれに合わせます」
「良いの? 実は連弾って憧れてたんだよね。止まり木で皆が弾いてるの、とっても楽しそうで」
「わたくしに任せて、アイザックは自由に演奏しなさい」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 譜面を見つつ、最初はシンプルな主旋律に、音を重ねて。
 曲が進むと少しづつ変化して、音数も増えていく。アイザックが主旋律を弾く間に、桃簾は曲を盛り上げるようにドラマティックに彩った。
 アイザックが弾き間違えても、ユーモラスな曲調にカバーされて、自然と2人に笑みが零れる。
 序盤を何度か繰り返し、弾き終えて、ふぅと息をつく。

「あー楽しかった。一人で練習するより、誰かと一緒の方が良いね」
「私も、一人でコツコツ練習を続けていたので、新鮮です」

 アイザックは片手で主旋律を弾きながら、小さく歌を口ずさむ。

「聞いた事がない歌詞ですね」
「英語だからじゃないかな? 僕は日本語の歌詞を知らないけど」
「私が弾きますから、合わせて歌いなさい」
「ちょっと待って、それ恥ずかしくない?」
「ほら、早く、はい、1,2」

 まるで幼稚園の先生になった気分で、どやぁと桃簾が弾くと、恥ずかしげにアイザックが歌う。
 ちょっとちょうしっぱずれな歌は、あまり上手くない。最後の一音まで歌い終えると、顔を背けた。

「アイザックにも苦手なものがあるのですね。意外でした」
「誰にでも欠点はあるものだよ」
「でも自分から歌うのは、好きなのではありませんか?」

 少しだけ寂しげに微笑んだ。

「僕、小さい頃から星が好きでね。母が良く弾いてくれた曲なんだ」
「お母様もピアノをしてたのですか?」
「うん。ずいぶん小さい時に死んでしまったから、あまりよく覚えてないんだけど。あのピアノの音だけ、強く記憶に残っててね」

 古い記憶を思い出すアイザックの横顔を見てると、桃簾も家族の顔が思い浮かんでしまい、心の奥底がきゅっと絞られる。
 あちらの世界にピアノはなかった。帰ったらもう、ピアノを弾くこともできないだろう。
 故郷の家族にこの音色を聞かせてみたかった。

 二人とも何となくしんみりしている。これは良くない。桃簾ははっと気づいた。

「アイスを食べましょう。アイスは全てを解決します」

 暗い気分も、吹き飛ばすアイスパワー。アイザックを伴って、キッチンに向かい、冷凍庫の扉を指さした。
 それだけでアイザックは察する。恭しく開けると、桃簾は嬉々としてアイスを取り出す。

「やはり王道のバニラ。季節のフルーツにキャラメル、チョコもあります」
「じゃあ僕はチョコミントを貰おうかな」
「良いセンスをしていますね。流石アイス教名誉顧問なだけはあります」
「あはは、まだ名誉顧問になるとは言ってないよ」
「アイザック!」

 ぷんすこしつつも、アイスが溶ける前に食べる方が重要事項だ。アイスを食べると桃簾はぱぁっと笑顔に変わる。
 アイザックが1つ食べる間に5つくらい食べる。黙々と食べる。

「美味しいね。そういえばこの前マダガスカルに行ってきたんだって」
「はい。野生のバニラが発見されたのですが……」

 そこで、桃簾は酷くしょんぼりする。種子の持ち出し禁止の条約違反になると、持ち帰りは禁止された。

「けれどまだ諦めません。人の手で栽培されたものなら、許可を取れば可能だと言われました」
「じゃあ、まずはマダガスカルに人が戻れるように、平和を取り戻さないとね。僕もアフリカ南部で行きたい所があるし、お互い頑張ろう」
「はい。バニラ以外の食材も確保しなければいけません」
「チョコは難しいかな? カカオの入手はともかく、カカオマスを作るのが大変だよね」
「それ、もっと、くわしく」

 桃簾は思わず真顔で言い放つ。言葉が乱れるほどに興奮しつつ、チョコレートの製造方法を聞き出す。
 さっそくメモをとり、これも故郷に持ち帰るようの経典に書き加えねばと心に留める。

「やはりアイザックはアイス教名誉顧問になるべきです」
「それは考えておくってことで。アイスごちそうさま。ピアノの練習に戻るね」

 そう言ってアイザックはささっとピアノの部屋に戻ってしまう。すぐ追いかけたい所だが、まだ食べ終えてないアイスがあることに気づく。
 アイスを溶かすなど、万死に値する。いそいそとクーラーボックスに収めてから、アイザックを追いかけた。

「良い休憩ができたし、また連弾をやろうよ」
「今日はアイザックの休みですし、仕方がないですね。帰りの時間まで付き合いましょう」

 その時アイザックはふふっと微笑んだ。

「桃簾君も、僕の星の一人かもしれないな」
「星?」
「そう。僕が迷わず道を歩めるようにしてくれる、道標だよ」

 その『星』に名前をつけるなら『友達』なのだろう。桃簾はふわっと微笑んで、ピアノの前に座る。
 その後二人は何度もきらきら星を弾いた。
 夜空に輝く星のように、きらきら光る音色と共に、休みの刻はのんびり過ぎていった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【桃簾(la0911)/ 女性 / 22歳 / 夜空に輝く星】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

時期は今月のどこかくらい。
桃簾さんの方がピアノは絶対上手いので、先生になるだろうなと思いながら微笑ましく書かせていただきました。
前からアイザックが好きで練習してる曲は決めていたのですが、リプレイの字数不足で書く余裕がなかったので、書く機会をくださって嬉しいです。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月18日

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