『ロトルアのアイス王国』

桃簾（la0911）

　2061年1月某日。南半球のニュージーランドでは夏の強い日差しが降り注いでいる。
　桃簾(la0911)は旅客用の水上機から、ロトルア湖の湖畔にある木製の発着場に降り立った。
　良質な布で仕立てられたスカートを軽く整え、陽光に目を細める。

　2060年はナイトメアとの戦況が激化し、歴戦のライセンサーである彼女も多忙な日々を過ごした。
　世界各地のインソムニアを陥落させ戦闘に一段落ついた今、ふと桃簾の脳裏をよぎったのは彼女を魅了して止まないアイスクリームのこと。
　もとい、アイスの布教を行ったニュージーランドのロトルアのこと。

「桃簾さん！」

　太陽の眩しさに目が慣れてきた頃、桃簾の耳に青年の快活な声が届く。

「久しぶりですね」

　桃簾は上品な微笑みを浮かべ、ロトルアの警備を担っているライセンサーの青年・ウィリアムが駆け寄ってくるのを迎えた。

「お久しぶりです。来てくれてありがとうございます。この町、かなり人が増えたんですよ。きっと驚くと思います。あ、荷物持ちますね」

　ウィリアムことウィルは、水上機から下ろされた桃簾の旅行鞄を軽々と持ち上げる。そして建物が建ち並ぶ方向へ桃簾を先導しながら歩き出した。



　暑い屋外から、冷房の効いた高級ホテルのロビーへ入る。
　ホテルの制服を着たポーターに、ウィルが桃簾の旅行鞄を預けた。

　見れば、観光客らしき薄着の人々が広大なロビーを行き交い、ホテルは繁盛しているようだ。
　桃簾はここまでの道中で、ロトルアの観光業が順調に盛り上がってきていることをウィルから聞かされていた。
　彼女の目から見ても、以前はなかった宿泊施設や商店が建設され、通りを多くの観光客が楽しそうに行き交っていた。
　どの顔を見ても明るい。
　ロトルアの復興は着実に進んでいる。

「よく頑張りましたね」

　桃簾が労うと、ウィルは嬉しそうにはにかんだ。

「ところで、アイス教ロトルア支部長としてはどうですか？」

「もちろん、ご期待に添えるよう精進しています！」

　ウィルが仰々しく胸を張る。

「僕が代わりにチェックインをしてくるので、そちらのソファで待っててください。多分そこら辺に――」

「桃簾おねーちゃん!!」

　座り心地の良さそうなソファが並んでいる方角から元気な女の子の声。
　7歳になったリーネがぶんぶんと手を振っている。
　桃簾の記憶にある少女よりも背が伸びたようだ。
　動きに合わせて跳ね回るサイドテールは、桃色の花のヘアゴムで上手に結ばれている。

　桃簾がゆっくり近付いていくと、リーネは喜びのあまりその場でぴょんぴょんと飛び跳ねだした。

「落ち着きなさい」

「リーネだっておねーちゃんをお迎えに行きたかったのに！　がまんして番をしていたんだから！」

　優しい声で桃簾がとがめると、リーネは口を尖らせながらも横長のソファに座って大人しくなった。
　見れば、ソファの前のテーブル上に大きなクーラーボックスが置かれている。
　これを見張っていたのだろうか。

　リーネが自分が座っているソファの隣をぽんぽんと叩いて催促してくる。
　桃簾はリーネの隣に少し間を開けて腰かけた。

「あのね、あのね、お勉強もがんばったんだよ！」

　上機嫌にリーネは自分のことを語る。
　桃簾と会えたら話そうと決めていたことがたくさんあるのだろう。

　ロトルアの復興が進み人口が増えた結果、リーネは自宅で通信教育を受けるのではなく、近所の学校に行って他の子供達と共に教師から勉強を教わるようになったそうだ。
　最近は何を習ったか、友達とどんな遊びをしたかを淀みなく桃簾に語る。



　しばらくして、ウィルが2人の近くに戻って来た。

「お待たせしました。荷物はホテルの人が部屋まで運んでおいてくれるって。これ鍵です、どうぞ」

　温和な笑顔を浮かべたウィルが、桃簾にホテルの部屋の鍵を差し出す。
　現代のホテルにありがちなカード型の電子キーではなく、鍵穴に差しこんで回す古式ゆかしい鍵だ。
　ウィルは桃簾の特性をしっかり考慮に入れてホテルを選んだらしい。

「僕が来るまでお披露目は我慢してくれたんだね。ありがとう」

「しぶちょーの頼みなら、おやすいごよう！」

　リーネは親指を立てている。
　ウィルはテーブル上のクーラーボックスに軽く手を添えた。

　桃簾の表情こそ微笑みを浮かべたままだが、視線はクーラーボックスに釘付けだ。

「ロトルアのアイスクリーム、ご覧あれ」

　ウィルなりに格好を付けながら、丁寧にクーラーボックスの蓋を開ける。
　桃簾から見やすいように箱を傾けると、中に桃簾も見たことのないパッケージに包まれたアイスが山ほど詰まっていた。
　ロトルアクイーンという商品名が書いているそのアイスのパッケージには、ロトルアの放牧地で草を食む牛のイラストが描かれている。
　牧歌的な雰囲気と、ミルクの豊かな風味が売りであることが伝わってくる。
　フレーバーはバニラ味の他、いくつかの果物の味もあるようだ。

「アイス教ロトルア支部より、教祖様にお納めします」

「しまーす！」

　ウィルとリーネの満面の笑み。
　桃簾も2人を労うように、今日一番の美しい笑顔を返した。

おまかせノベル

錦織 理美

グロリアスドライヴ

2021年01月19日