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『灯籠アパートの1207号室のファム・ファタール』
柞原 典la3876


 まるで、均等に立て並べたドミノの牌みたいや。

 案外。
 存外。
 意外――。

 そんな類義語を並べるだけで、どんな人生を送ってきたかが垣間見えたりしてしまうもんなんやろうか。せやかて、“我ながら”しゃあないなぁとは思う。
 ほんまに。俺――柞原 典(la3876)が言うんやから。

 生と死が共存する世界を終えても、名も、利も、“最期”も、思いの外忘れてへんもんやったわ。
 俺という存在。
 他人という存在。
 “  ”という存在。
 俺が歩んだ道。
 誰かが歩んだ道。
 “  ”が歩んだ道。
 これらの示す意味、主張する物語――。

 雑多に列べてはみたものの、俺が唯ひとつ言えることは……言えたことは、起こりうることは実際に起こるっちゅうことやな。
 良い結末も、悪い結末も、や。
 ほんま、平穏は道徳とは無縁やで。叶わんかったもんは騙せんし、理想の縁は簡単に綻びる。
 滑稽な夢見て、繰り返し笑てしまうんや。
 何度祈ってももう決して届かんのなら、せめて、最期にした最後の約束は必ず誓ったる――ってな。何度も、何度も。
 それは確かで、俺の人格に顕著に反映しとったと思う。別に戸惑いや不満なんてもんはなかったで。

 別れを育てながら……なんて言うたら、未練がましく聞こえるかもしれへんな。けどな……“  ”。彷徨う覚悟はあったんやで。
 其処が地獄であろうと、“此処”であろうと――……な。



**



 コツン。



 星屑が俺の胸を弾く。

 ――あ。別に鼓動が高鳴るとか心臓が波打つとか、そんなロマンティックなもんは一切あらへんで。言うてしまえば、物理的なもんや。

 星のリングが流れ星のように落下し、足下でキィンとひと鳴きして石畳を転がっていく。その様子を只、あー……と眺めとると、自分の指に嵌めとったリングを俺目掛けて放った女性が早口で何やら捲し立て、その勢いのまま踵を返していった。
 そん時もし通りに通行人がおったら、俺の表情は腑に落ちんっちゅう感じで首を傾げとる風に見えとったやろうな。まぁ、実際そうなんやけど。

「俺、反感買うほどのことしたやろか……?」

 確か、彼女さんとは二週間前に街で声をかけられて食事をしたんやったか。
 そん後も彼女さんから連絡が届いたから二回程会うて……揃いのもんが欲しいっちゅうからジュエリーショップで彼女さんが選んだリングを買うたんやな。せや、そん三日後くらいやったか? バーの裏路地で狼女さんに歯形つけられたり、そん翌日は雪女さんに氷漬けんされそうになったり、そん次は確か……あぁ、一反木綿の嬢さんに絡め取られたりしとったなぁ。

「……」

 ――で、何やったっけ?

「…………」

 ――あぁ、せや。まぁ、よぉ聞ぃてへんかったけど、彼女さんが言うてたんは多分そこらへんことやったんやろうなぁ。

 せやかて、なぁ。別にそん彼女さんとは付き合うてたわけやないし、例え「裏切られた」思われても、信じてくれだなんて言うてへん。信じる信じないに鍵開けるんも閉めるんも、自分の加減次第やないか。

 やー、そんなん主張したところで彼女さんにとっての事実が潤うわけでもなし、今更何も意味あらへんけど。

「……捨てられるん為に作られたわけやないのにな。付喪神さんにしばかれてまうわ」

 一瞬、「どの口が」――なんて囁きが聞こえた気ぃしたけど、空の耳さんに飛ばしとこ。

 俺は地面に落ちた星の煌めきを追い、無機質な石の造りからリングを拾い上げた。ふぅ、と塵を払い、何とはなしにそのリングを俺の指――片割れの星に重ね付けする。……今思えば、部屋出る前にちゃんと付けとったんやなぁ。

「……そこまで薄情やあらへんかったんやで?」

 誰に言うともなく、頭に浮かんだ言葉が唇から滴り落ちる。

 俺の薬指ではペアリングのセンターストーンのリラの輝きが寄り添い合い、鮮やかなミモザ色に溶けとった。そん星の砂が、俺の紫水晶の双眸を寓意に含ませ、夜空に瞬いとる。まるで、民謡のきらきら星みたいやな。

 予定ののうなった足を当てもなく進める。浅い夕底に沈む兎の穴公園を抜け、大通りを横切ると洒落たキッチンカーがあった。夕冷えのする指先に珈琲を一杯買う前に、レジ横スペースに設置されとった募金箱にチャリン――ミモザの星を双つ入れ、珈琲を手にその場を後にした。

 玲瓏な夕空に灯されていくランプの光。
 程よい雑踏。
 様々な生活が奏で、流れていく音。

 一見普通なようで普通やないこの風景も今ではすっかり見慣れた。やけど、ひとつめんどいことがあるとするなら――

「……ふぅ」

 珈琲で濡らした唇から、思わず吐息が漏れる。
 直後、短い間を生じて、幾つもの射るような視線が俺目掛けて注いできよったのを感じた。

「ほんま……死んでからも難儀なもんやわ」

 艶かしい熱らに火照る前に、俺は揺れる人の波に紛れて脇の路地へ滑り込んだ。
 早足にそん通路を抜けると唆された愛欲が霧散する。

 ファム・ファタール――俺みたいなもんはそう呼ばれるらしいわ。
 吐息は毒香、眼差しは蠱惑となり、温度は相手の全てを魅了する。それが俺の理性お構い無しに魅惑してまうらしいからなぁ……。無意識っちゅうんは意識しとるよりもおとろしいわ。

「(来るもん拒まず、去るもん追わず――……なんて、傍から見たら心無く映るやもしれへんけど、この精神は今も昔も変えようがあらへん。なら――)」

 信用なんてしーひんのが一番や。
 したところで、利用されんのが落ちなんやから。
 裏切られて、しまい。
 約束を結うて重ねても、破られる――。

「……」

 せやろ?

「……“俺の命の使いどころは、俺自身が決めるわ”」

 なぁ。

「ほんま……俺の時間、未だに止まってもうたままなんやで?」

 俺が誰ともなしに呟いとると、朝焼けの光と柑橘類を溶かして混ぜたような金毛の猫が一匹、飄々と俺の前を横切っていく。軽快に壁を登った後、そん猫が不意にこちらを振り返りよったんで、俄に瞼を膨らませた俺と視線が交わった。時間にして僅か数秒やったと思う。空中でじっと交錯した意識が、そうや……まるで“同調”しよったような瞬間、猫が、ふん、と、鼻を鳴らして建物の影へ消えていった。

「何や、つれへんなぁ」

 ちょい気抜けするも、口元には自然と微笑みが浮かんだ。久しく忘れとったような不思議な感覚に、何故か“昔”の自分が重なる。

 他者と深く関わろうとせず、正確な意志疎通も諦めとった“記憶”。言葉と感情を交わし、色彩のある日々を繋いだ“縁”。未だ忘却ん彼方に消えることのない――“欲”。

「相手に執着して泥沼ん嵌まっても、物事を手放せんのが人間の性なんやろなぁ……」

 ほんなら存外、俺がこの世界に落ちたんも必然やったんかもな。
 なら、

「果たされへんかった約束も、この世界でなら叶うやもしれへんな」

 何時かでいい。
 俺の時間は止まったままや。

 そん“何時か”が流れる時まで――





「期待せんで待っとるわ」










 茜を溶かした夜風ん乗って、何処からか猫の鳴き声が聞こえたような気がした。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
初めまして、ライターの愁水です。この度はご依頼、誠にありがとうございました。
期日までのお時間を目一杯頂戴してしまい、申し訳ありません。
当方オリジナル奇譚の灯籠アパートノベル、お届け致します。

典さんは嫋やかで儚げなビジュアルとは裏腹に、芯のある心強い印象が非常に魅力的でして……怪異選定は過去最高に悩ませて頂きました。
実はモルフォ蝶に姿を変えることが出来たり呪術に通じているという設定も考えていたのですが、文字数の都合で書くこと叶わず、悔しいです……!

典さんの様々な想いを汲み取り違えていたら申し訳ありません。僅かでもお楽しみ頂けたら幸いです。
この度の貴いご縁に感謝し、あとがきとさせて頂きます。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2021年01月19日

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