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『残念も我儘も生きているから』
狭間 久志la0848)& 音切 奏la2594

「ディナーは俺ん家で鍋とかどうだ?」
 初めてのデート相手であるところの狭間 久志(la0848)がお姫様抱っこした音切 奏(la2594)へ言うので、彼女は精いっぱい虚勢を張って言い返したものだ。
「お部屋っ!? の、望むところですわ! 私が腕によりをかけた私料理をお喰らいなさい!」
 久志、これを生暖かく拒否しておいて。
「いやだから鍋だっつーの」
 などというやりとりはあったものの、結局この日は奏が「殿方のお宅へ御招待いただくには、それ相応の支度というものが必要ですので!」と言い出し、さらに久志も緊急で入った依頼に駆り出されて強制お開き。大晦日の夕方、今日と同じ集合場所で落ち合うこととしたのだが。

 ほぼ同時に集合時間へ到着したふたりは顔を合わせ、ごく普通に挨拶を交わした。
「よお」
「ごきげんよう」
 このままするっと話が進むかと思いきや。奏はなにやら周囲を見回し、くわっと久志を返り見て、
「熱を入れれば大体のものは食べられますわ! なにを狩りますの!? それから刈りますの!?」
 鍋については図書館で存分に調べ上げてきた。海の幸、山の幸をぶちこんだ、要は煮込み料理だ。それなら故郷でも野営中によく食べていたし、あとは新鮮な食材をどうするかだけ。
 美味を! この世界の美味を全部混ぜておいしくしちゃえば美味だから! ちなみに私のオススメ食材は、鶴! よく合う野草も存じていてよ!?
 ひとり盛り上がる奏をそっと止め、久志は穏やかにツッコんだ。
「買いますの。おまえだって三食現地調達じゃねぇだろ」
 そして奏へ手を伸べる。ここは街中で、当然狩る肉も刈る草もないのだが、彼女を野放しにしておくと本当にどこからか狩り、刈ってきそうな気がして――正解である――怖い。
「手。ああ、手、ですわね。まあ、よろしくってよ」
 てれてれしつつ手を出し、途中でぴくっと引っ込めてまた伸ばして、ためらって止めて……
 そんな奏に、久志はつい思ってしまうのだ。そういうとこだぞ、奏。
「お手をどうぞ、姫」
 あらためて言ってやれば、奏は迷わせていた手をようやく久志へと預けた。
「社交界の流儀ではありませんので、どうしたものか悩んでしまいましたわ!」
 当然、言い訳ではあるのだが、事実でもある。エスコートする紳士は腕を貸し、淑女はその腕を支えにするものだから。でも。
「私、こちらの流儀が好きです。素朴な趣があると言いますか、普通にうれしくなりますから」
 うつむけた顔にこらえきれない笑みを躍らせ、足まで跳ねさせる。正直、かわいい。今日のためにおろしてきたんだろうもこもこのコートもかわいいし、がんばりすぎないように気を遣ったのがわかるナチュラルメイクもかわいい。つまり! 信じられないくらいかわいい!
 あー、くそ。そういうとこだぞ奏!
 くぅ。萌えの滾りを手に込めてしまわないよう必死で自分を抑え込み、久志は噛み締めていた奥歯を全力で緩めた。
 こちとら一端の男だ。歳下のかわいい女の子に目を細めるだけで満足できるほど枯れていない。
「奏、マジでかわいい」
 繋いでいないほうの右手で眼鏡を押し上げクールに決めて言ってみたらば。
 いつものように息巻くことも残念を晒すこともなく、奏は肖像がさながらの微笑みを見せる。
 なんとも肩をすかされた顔の久志を見やり、奏はふふん、心の内で鼻を鳴らすのだ。
 ミスしたわね久志様! 私は姫! 社交ならお手の物! いくらでも飾れるしごまかせるしかっこつけられるし! 「かわいい」なんて赤ちゃんにだって言っちゃうみたいなセリフで私の社交モードが崩れるはずないでしょ?
 ふふんふふん。気取る奏に、久志はなんとも言えない顔を向けて。
「じゃ、かわいくねぇってことで」
「私かわいいですわ!?」
 ……言われるまでもない。
 そういうところだよ私ぃ!


 スーパーで食材を物色する久志。
 そのまわりをちょろちょろしていた奏がふいに指差して。
「久志様、ウニですわ! あのほろ苦、大人の味わいですわね!」
「出汁にウニ入れたら溶けちまうぞ? 食いたいんなら別皿にするけど」
「あー、いえ。今日はお鍋をいただくのですから、お鍋に集中しなければ」
 ふんすと気合を入れる奏に、久志はやっぱかわいいなと思う。――と、閃いた。かわいいのはまったく関係ないが、味わい尽くせるひと鍋といえばアレだろう。
「本で見ただけの鍋なんだけどな、女子にも評判いいみたいだし、試してみるか」
 そうして買い求めた食材は、干し椎茸と白菜、春雨、手羽元に豚バラ。調味料の胡麻油と岩塩、細かに挽いた一味唐辛子である。
「久志様。お鍋とはその、別のお腹用なのですが――」
 ちょっと恥ずかしそうに奏が差し出したラムレーズンのアイスクリームも快くカゴに入れ、年末の買い出し客に混じってセルフレジでお会計。
「ま、鍋が終わった後に別腹まで残ってるかは保証できねぇけどな」
 思わせぶりな久志のセリフに、丸くした目をしばたたかせる奏だった。


「お邪魔いたしますわ」
 玄関でコートを脱いだ奏の服装はニットのワンピース。奏のすらりとしたボディラインを程よく飾り、実にかわいらしかった。
「かわいいな。よく似合ってる」
「ありがとうございますわ」
 なんでもない感じで応えたくせに、語尾に動揺を示す「わ」がついてしまったことでうれしい本音が透けて見える。こういうところも実にかわいい。
 ほんわりする久志を横目で見上げ、奏は安堵の息をついた。よかった……DTを殺すセーターにしなくて!
 もっとも、そんなセーターは恥ずかしくて着れない! しかし久志に女子力を見せつけるにはそれしかないのでは!?
 ――待って。全身タイツ下に着て、その上からなら、いける?
 悪魔のささやきに屈さなくて、本当によかった。
 なにやらニヒルな笑みを浮かべた奏をリビングへ案内し、エアコンをつけた上で炬燵を進める久志。
「これは! テーブルなのにあたたかくてだめになりますわ!?」
「鍋が仕上がるまで遠慮なくだめになっとけ」

 鍋の作りかたは簡単だ。
 まずは干し椎茸を戻した汁をそのまま出汁にして、葉を切り取った白菜の芯の部分を食べやすい厚さにそぎ切り。旨味担当の手羽元といっしょに煮込む。
「すごくこんもりしていますけれど、大丈夫ですの?」
「煮込んでる内に落ち着くから」
 いい具合に煮上がったら豚バラと取ってあった葉も投入、胡麻油を回しかけてもうひと煮立ちさせ。最後に戻しておいた春雨を加え、それが出汁を吸ったら胡麻油をもうひと回しして、完成。
 最初の一杯をよそってやりつつ、久志は奏に塩と一味唐辛子の瓶を示した。
「味つけは自分でするのがこの鍋の流儀だぜ」
 ピェンロー。こってりしていながら食べやすく、見た目は素朴ながらインパクト抜群の中国式白菜鍋である。
「おいしい! 白菜と春雨にお肉と椎茸の旨みが染みてて……それに胡麻油、いい香り!」
 思わず言葉を崩してしまう奏。
「入ってるもんはウニみてぇな“うまいもん”じゃねぇんだけどな。でも、こうして合わせて煮込むだけで、最高にうまいもんになる」
 不思議だよな。久志はしみじみと言う。
「故郷の戦いで空っぽになりながら生き延びて、こっちに流れ着いてまた戦って、やっぱ生き延びて。でも、今の俺は空っぽなんかじゃねぇんだ。なに食っても砂噛んでるみてぇだったのが、こうやって誰かにうまいもん食わせたくて鍋なんか作ってよ。自分もうまいって思ったり……なんか、うまくまとまんねぇな」
 苦笑した久志の後を、同じくその目に万感を移した奏が引き継いだ。
「私もずいぶんと美味を味わってきました。社交界では贅と創意を尽くした美味を、そして戦場では冷えたお腹をあたためてくれる滋味深い美味を。でも、広間でも戦場でもないコタツでいただくお鍋、なによりおいしく感じるのです」
 私もうまくまとめられませんけれど。奏は赤らんだ頬をぱたぱた扇ぎ、照れ笑い。
「久志様が作ってくださったものだからですわね!」
 冗談に紛れさせた、本音だ。
 勇気や覚悟はしきれていなかったけれど、それでも伝えたくて、言った。生き延びてくれて、鍋を作ってくれて、うまいと思ってくれて――本当は姫ならぬ奏に、それでも姫だと言ってくれて、うれしい。そんなうれしいを全部込めて、ありがとうございます。
 でも私。
 ひとつだけ、我儘な不満があるの。

 奏の迷いを知らず、久志はうんうんとうなずいて。
「口に合ったみてぇでよかったわ」
 自分の心を込めた料理をおいしく食べてもらえることはうれしい。ましてや家に招きたいほどの相手が喜んでくれたなら最高にだ。
 そう思ってみて、はっきりと自覚した。

 俺、奏のこと好きだわ。

「今度さ、奏の料理食わせてくれよ」
「のぞむところですわ。宮廷風でも戦場風でも、お望みの私料理を」
「いや、そうじゃなくて」
 久志は苦い顔を左右に振った。
 ……こんなまともに誰か好きになるの、実は初めてじゃねぇか? でも、だからって言わねぇことまで察しろなんて身勝手過ぎだろ。
 真剣勝負だ。拗ねて斜め向いちまった俺の心を突き抜けて、姫だけど姫じゃねぇ、ほんとの奏に伝える。
 俺は。
「奏の作ってくれた奏料理が食いたい。好きな女の子の手料理なんか食ったら泣いちまうかもだけどな」

 久志の言葉が胸へ突き立った。心の真ん中に、まっすぐと。
 これ、私がいちばん欲しかった、言葉だから。
「私が今から泣きます!」
 あわてて「おい、どうしたんだよ!?」と訊いてきた久志にかぶりを振って、奏は宣言通り泣き出して……それでも必死で絞り出した。
「だって! 好きな人が好きな女の子って――姫じゃなくて、奏の奏料理って――」
 私、不満だった。久志様が私のこと姫だって言ってくれるの、すごく。
 姫じゃ、大事にしてもらえてもいっしょにいてもらえないもの。だから姫じゃない私のこと見てほしい、好きになってほしいって、気がついたら思ってて。
 偶然見た図鑑の花、オトギリソウでいいやって、適当に名前にして……でもいろんな人から呼んでもらったこの名前は今、私にとってかけがえのない宝物。だから、久志様に奏って呼んで欲しいの。そしたら私、もっとうれしくなって、もっともっとピカピカできるから。

 我儘でもいいですか?
 もっと我儘になっても、いいですか?

「私、久志様のこと大好きでもいいですか?」
 がんばったお化粧は涙でぐしゃぐしゃで、ムードもなにもありはしなくて、なのに鍋はやたらといい匂いがして、なにひとつ決まらない残念っぷりで……でも、久志が強く抱きしめてくれているから、幸せで。
「ああ。だからその、泣くなよ。……ただ俺、こういうのよくわかんねぇし、だからうまくできてねぇとは思うんだけどそこは目ぇつぶっといてくれよ」
 久志様、必死だ。好きな私が泣いてて、だから困ってる。早く言わなくちゃ。今泣いてるのはうれし涙だから大丈夫ですって。うれしくてうれしくて、止まらないだけですからって。ちゃんとまっすぐ届けるの。私の気持ち全部!
 そして奏は止まらないあたたかな涙を指先で払い、くしゃりと笑んで、
「結果オーライですわ!」
 戦慄と沈黙が掛け合わされた末に訪れたものは、虚。
「……そういうとこだぞ、奏」
「いっそ殺してくださいですわ……」
 でも、久志は腕を緩めなかったから奏は生き延びて、そのことを3分後に感謝するのだ。そう、久志が間を埋めるため全力で用意した、鍋の旨味を全部吸い込んだ雑炊を食したことで。
「生きてるってすばらしいですわね!」
「うん、そういうとこだぞー」
 ちなみにこの後、奏はアイスまでちゃんと平らげた。


 点けておいたテレビから、高く重い鐘の音が流れ出た。
「年明けたな」
「はい」
 炬燵の天板に肘をついて向き合い、久志と奏は一礼を交わす。
「今年もなんとか生き延びてく予定なんで、ひとつよろしくな」
「久志様が死ぬ気でも私が死なせませんから。まだ私の得意料理も食べていただいていませんし」
 奏の言葉に久志は思わず口の端を上げ、
「奏の得意っていや、故郷の料理だろ? なに食わせてくれんだ?」
 奏はぐいっと胸を張り、告げたものだ。
「“鶴と野草を煮たやつ”です! 冬の戦場に欠かせない命の素ですわ!」
 まあ、いろいろ問題は尽きないわけだが、それでもふたりの「これから」は始まって、先へと続いていく。


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2021年01月19日

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