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『花葬』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785


    大輪の花が散る

    赤い

    紅い

    うつくしく

    はかなく

    みずみずしい

    ばらばらと花弁が舞う

    赤い

    紅い

    誰かの悲鳴

    誰の?

    私の?

    どうして?



「仙火!!」
 不知火 仙火(la2785)の鍛えられた肉体が宙を舞った。
 恐らく、本人にも何が起こったのか分かっていないだろう。
 当然、その現場を目撃した日暮 さくら(la2809)も同様だった。
 目を見開き、一拍置いて声にならない悲鳴を上げた。



 戦いは熾烈を極めていた。
 ナイトメア達との決戦から数ヶ月後、また新たに現れた異世界からの脅威……彼らは“御使い”と名乗り、この世界を彼らの神に捧げることが決まったと一方的に蹂躙を始めた。
 当然、そんな決定を受け入れられる筈もない地球側はSALFを筆頭として抵抗を開始。
 ナイトメアとはまた違う能力を使う彼らに、SALFもまた苦戦を強いられていた。

「それでも戦うしか無い」
 そう仙火は仲間を鼓舞し、幾度となく戦場へと赴いた。
 さくらはそんな仙火の一歩後ろで控えるようになっていた。
 いつからだろうか。
 決戦の後、仙火の背を観た後からだ。
 遅れを取った覚えはない。自分もまた常に強く在ろうと鍛錬を積んで来た。
 今も、変わらず。
 だが、“ただひとり”に気付いたその日から、仙火は変わった。
 彼女を守り、共に戦う為に更に一回り人間として大きくなったと思う。
 何処か不安定で頼り無げだった足元が地に着いたように安定した。
 そして、その背には本当に大きな翼が生えたかのように大らかで余裕が感じられるようになった。

 ……それをさくらが喜びの反面、寂寥感を抱かなかったといえば嘘になる。
 そして、これは巣立つ子を見送る心境に近いのかもしれないと自分を納得させた。

 ――自分が得られなかった物を得た仙火を羨ましいと思ったこと、自分が選ばれなかったことについての感情には蓋をしたまま。

 作戦の都合上、仙火とさくらが50人規模の小隊を率い、奇襲部隊として迂回進軍することとなった。
「頼んだぞ」
 ――そちらこそ、と信頼し合う2人を見て、チクリと刺さった棘を無視した。
「万事完遂させるためにも、敵の引き付けをお願いしますね」
 “もちろんだとも”と笑う彼女と別れ、仙火とさくらは作戦遂行のために旅立った。

 ――そして、背後から敵に襲われた。

 何が起こったのか、理解が追いつかなかった。
 何処からの攻撃なのか?
 敵の正体は?
 敵の能力は?
 強敵だ。数も多い。素早い。力も強い。油断するな。殺られる――

「落ち着け! 1班はこの場で敵を引き付け、2班は1班へ、4班は3班へ合流!」

 混乱する部隊を仙火は戦いながらも鼓舞し、隊列を整え、反撃の機会を窺う。
 しかし、次の瞬間には敵の特殊能力で部隊はまず半分に分断された。

「まさか特殊結界……!?」
「この人数を一度に飲み込めるなんて……」

 合流を促した3・4班25人全員との連絡が突如途絶えた事から、ここ最近で噂になっていた敵の能力が浮上したが、その能力の解析は遅々として進んでおらず、打開策は無いに等しかった。
 本部隊へ作戦中止、緊急退避の連絡を入れるだけ入れ、敗走を決断。
 殿を務めていた者から連絡が途絶え、ついに10人が消えた所で部隊を率いていた仙火が立ち止まった。

「殿は俺とさくらに任せて、全員退避! 決して振り返らず走り抜けて、本部に自分達が遭遇したモノを一つ残らず報告しろ!」
 隊員からは自分達も残るという発言が出たが、仙火はそれを許さない。
「死ぬつもりはねぇけど、1番後ろのヤツから消えてる。この事実を1人でも多く持って帰らねぇと次に活かせねぇだろ!? ヤツらは1人ずつ消す事を楽しんでいやがる。俺とさくら相手にそれが簡単にはできねぇって事を教えてやる」
 反対者の背を押し、13人の背を見送って仙火は囁くように零した。
「ごめん。さくらを巻きこんだ」
「構いません。俺は残る、お前は行けと言われていたら許しませんでしたけど」
 むしろさくらはこの場に共に残る1人に選ばれて喜びさえ感じていた。
「背中は預けた」
「お任せください」
 その時間は僅か1分にも満たないやり取りの後、今までの経験が互いに何をどう動けばいいかを明確に教えてくれた。
 敵は黒い人影に似ていた。
 仙火が斬り込み、追従したさくらが空いた胴へ止めの一撃を放つ。
 仙火への攻撃をさくらが剣先で逸らし、その隙を突いて仙火が一撃を入れる。
 また、さくらへの攻撃は届く前に仙火が“八重の遠”と名付けた一撃で葬る。
 見事な連携で敵を翻弄し塵へと還す2人は、まるで剣舞を踊っているようですらあった。
 しかし、敵の数は多く、終わりが見えない。
 人型の影の中に、異形の影が混じるようになった。
「無限湧きかよ!?」
「……嫌なことを口にしないで下さい」
 スキルを使い果たしてもなお、敵の数が減る様子は無い。
 肩で息をしながら自分達の持つ技量だけで攻撃をいなす。
 それでも躱しきらずに徐々にイマジナリーシールドは傷付いていく。
「さくら」
「何ですか?」
「ありがとうな」
「……何を、突然」
「お前には助けてもらってばっかりだったな」
「止めて下さい、こんな時に……」
「『誰かを救う刃であれ』」
「……」
「お前との誓約のお陰で俺はここまで強くなれた」
「仙火!」
「いいから聞け! 俺は弱くて、狡くて、役立たずだって全部諦めそうになった。でもそんな俺をさくらが変えてくれたんだ」
 刀を振るいながら、敵を屠りながら、肩で息をしているにもかかわらず、仙火の声音はただただ静かだった。
「仙火……」
「だから、ありがとうな。ずっと、言わなきゃって思ってた。言えて良かった」
「……どうして……っ!」
 どうして、今なのか。こんなタイミングで、そんな事を言われたら、まるで――
 さくらの声は音になる前に、敵の攻撃に阻害される。敵の圧に負けて吹き飛ばされると、地面を転がった。
「さくら!!」
 仙火の声が響き、さくらは「大丈夫です」と答えながら直ぐ様立ち上がり、刀を構えたところで、周囲の空気が変わった事に気付いた。
「特殊結界……!? 仙火っ!」
 咄嗟に仙火へ手を伸ばす。
 仙火もまた、さくらへと駆け寄り手を伸ばしていた。

 2人の指先が触れあう寸前。

 仙火の身体が血飛沫と共に宙を舞った。



 そこは桃源郷の様だった。
 花という花が咲き乱れ、ぬるい風に花弁が舞う。
 小鳥が囀り、枝から枝へ飛び回る。
 蝶々はひらりひらりと優雅に花々を巡る。

 悲しいことなど何もない。
 そんな世界で、1人この世界の絶望を背負ったようにさくらは泣いていた。
「仙火……せんかぁっ」
 外套を刃で切り、傷口を縛り上げる。
 みるみる血の気を失い蒼白くなる仙火に向かって名を呼び続けた。
 仙火はさくらの泣き顔に驚いた様に目を見張った後、さくらを優しく見つめ……そのまま瞳から輝きは消えていった。
「仙火、嘘でしょう? 嘘だと言って下さい、仙火!! 起きて、ねぇ、仙火!!」
 名を呼び、身体を揺する。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔のまま、その死を受け入れられず泣き叫んだ。
 嫌だ、認められない。どうして、仙火が。仙火が死ななくちゃならない。
 何で、どうして、違う。ここで仙火が死んではダメだ。
 泣いて、泣き暮れて。
 どうして、どうしよう、“彼女が悲しむ”。
 己の思考にさくらは驚き、仙火の傷口を押さえ続けていた手を離した。
「あぁ、私は……何て、愚かな……」
 仙火の事は好きだ。だが、それが男女の仲という意味かと言われれば今となってわかる。違う。
 兄妹のようで兄妹で無い。誰よりも近くて遠い他人。お互いが平行世界の“if”の存在。誰よりも魂の在り方が似ている唯一無二の存在。
 出逢った頃、不甲斐なさに落胆したことも、その後、共に幾つもの戦いを切り抜け、共に成長していく中で特別だと思った事も、今、仙火を失ってハッキリした。
 『身内』だったのだ。恋情ではない。
 何故なら彼女の事もさくらにとっては特別で、その想い人である仙火の態度が煮え切らない事に一緒に腹を立てた事もあった。彼女の願いが叶えば良いと本気で思っていた夜もあった。
 ――どうして、忘れていたのだろうか。
 ――どうして、自分の感情を取り間違えたりしてしまったのだろうか。
 仙火の“ただひとり”に選ばれた彼女の事を羨ましいと思った事。
 それは、いつも一緒にいた3人から自分だけが除け者になってしまったという子供じみた感覚に近かったのだと言う事に気付いてしまった。
「私は……愚かです……ねぇ、仙火、馬鹿だなぁって、笑って下さい、仙火……」
 涙ながらに微笑みかけ、乱暴に拭った両手で仙火の開いたままの両眼をそっと伏せた。

 重たくなった仙火の頭部を膝枕して、さくらは呆けたようにその場から動けずにいた。
 陽が沈み、欠けた月が見えた。
 降る様な星空が広がり、さくらに語りかけるように星々は瞬く。
 不思議な事に空腹を覚えず、排泄の欲求もさくらからは消えていた。
 ただ、仙火の髪を撫で、2人の出逢いから今日までを何度もなぞるように思い出していた。
「私がこの世界に来て初めて食べた郷土料理はきりたんぽでした。とても美味しかったですね。そう言えば貴方と恋人のフリをしたこともありましたね。私がヴァイオリンを演奏したときには驚いてくれましたね。貴方に貰ったバレッタはちゃんとアクセサリー入れの中に大事に仕舞ってあるんですよ」
 一語一句思い出せるわけでは無い。それでも、この数年は今まで生きてきた中で最も濃密な時間を過ごしたことに違いはない。
 ぬるい風が吹いて、花弁が舞う。
 顔にかかる後れ毛を耳の後ろにかけて、仙火の髪についた花弁を摘まみ取る。
 別に疲れてなどなかったし、眠たくもなかったが、そのまま仙火の上に覆い被さってみた。
 そうすると、なんだか安心出来るような気がして、さくらは両眼を閉じた。



「……という夢を見ました」
「なんで俺死んでるの!?」
 初夢は何だった? というたわいない問いに、『無限涌きの敵と戦っている中、仙火が死んだという夢を見た』というざっくり過ぎる衝撃内容に仙火は固まった。
「油断でもしたんじゃないですか? うっかり」
「うっかり?! うっかりで死ぬの、俺!?」
 マジかーと天を仰ぐ仙火の横でさくらは雑煮のモチに食らいつき、うにょーっと伸ばしていた。
「ところで仙火の初夢は何だったんですか?」
 もぐもぐとモチを咀嚼した後、さくらが問えば仙火は「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに胸を張って答えた。
「俺は鷹と一緒に富士山に登って焼きナス食べてた」
「……とても縁起が良さそうで何よりです」
 家には今、2人だけだ。他の者はそれぞれ余所からお呼びがかかったり、新年早々緊急招集をかけられて出払っていた。
 見るとも無く付けているテレビからは正月特番のNG特集が流れている。
「……なんであんな夢見たんでしょうね……」
 当然ながら、自分が仙火に惚れていたかも知れないとか、ヤキモチ的な物を抱いていたかも知れないとかいう部分とか、当然号泣して仙火にすがりついていたとかいう所は仙火には伏せている。
「まーでも、身内が死ぬ夢って、吉夢って言うからよかったんじゃねぇ?」
「……そうなんでしょうか」
 アレが吉夢だというのなら、大層趣味の悪い吉夢だとさくらは思う。
 目覚めた後、暫くはもしかして精神型ナイトメアに襲われたのではないかと武装して周囲を見回ったぐらいにはなかなかのトラウマものだった。
「さて、仙火。腹ごしらえは終わりましたね?」
「おぅ? まぁ、雑煮たらふく食ったしな」
「では、道場へ行きましょう。鍛えて差し上げます」
「なんで!? え? 夢の中で俺が死んだから!? さくらの夢なのに!?」
「夢の中でも完全勝利を得られるぐらい、現実で強くなって頂かなければ安心できません」
「マジかよ……」
 ブツブツ言いながらも仙火はコタツから立ち上がると大きく伸びをした。
「何賭ける?」
「……久しぶりにハーゴンゲッツのチョコミントが食べたいですね」
「それなら俺はクリスピーチョコバナナだな」
 軽口を叩きながら2人が道場へと向かった後、誰もいなくなった居間では消し忘れたテレビがいつまでも笑い声を上げていた。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【la2809/日暮 さくら/失いそして得る】
【la2785/不知火 仙火/賢く強く無事、事を成す】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 お待たせいたしました。
 初めて身内が死ぬ夢が吉夢と聞いた時には全く納得がいきませんでしたが、何にせよ、良い夢で良かった、悪い夢から醒められて良かったと思うのかが重要かなと。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。


おまかせノベル -
葉槻 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月19日

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