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『彼が護った平和』
霜月 愁la0034


 霜月 愁(la0034)はSALF東京支部に任務を探しに行って驚いた。

「任務がない……のですか?」
「はい。今日は1つもありません」

 常に切らすことなく任務をこなし続けた、少々ワーカホリック気味な愁は、ふぅとため息をつく。
 ライセンサーの任務がないというのは、それだけ世界が平和になったのだと思う。

「これは、良いことだよね」

 愁はずっと、自分の手が届く範囲だけでも、助けたいと手を伸ばし続けた。
 多くの戦場を駆け抜け、幾多の危険を乗り越えて、その結果が仕事がない平和な時間なのだ。

「さて、今日はどうしようか」

 仕事をするつもりでいたから、特に何も決めていない。支部を出て、ぷらりと街を歩き始めた。
 こういう時、趣味が少ない愁は、何をしていいかわからず困る。
 服はもう既に十分すぎるほど家にあるし、他に買いたいものもない。
 どうしようかと悩んでいたとき、ふっと良い香りが漂った。

 くんっ。

「香ばしい……お肉の匂い?」

 ステーキ屋の看板が見える。硝子窓の向こうでは、肉汁したたる分厚いステーキを切り分けて、むしゃむしゃと美味しそうに食べている人が見える。
 あまりに美味しそうに食べているから、愁も何だかお腹がすいてきた気がした。

 くんっ。

「今度は、甘い匂いが……」

 ステーキ屋の隣はケーキ屋だ。ショーケースには色鮮やかなフルーツとクリームたっぷりの、ケーキ達が美しく飾られている。
 甘い砂糖とミルクの香り、香ばしいバターの香りが食欲をそそる。

 くんっ、くんっ。気づくと街は、美味しそうな匂いに溢れていた。

「何を食べようかな」

 何か食べたいが、特に食べたい物が思いつかない。いつも人に合わせて優先してしまうから、いざ自分の希望だけで選ぼうとすると迷う。
 あるいは、材料を買って帰り自分で作るか。料理は愁の数少ない趣味である。

 立ち止まって考えると、脳裏に浮かぶのは、友人や大切な人の顔ばかり。
 特に彼を思い出すと、ほんのり頬に赤みがさす。
 幸せになることを諦めていた愁に、幸せをくれた人。
 大切な、大切な一番星。

「そうだ。今度二人で食べに行く店を探そう」

 大切な人と分かち合う食事はそれだけで幸せだが、できればより美味しい物を食べさせてあげたい。
 こうして愁の休日は『食べ歩きツアー』となったのだった。

「彼と中華街に行ったよね」

 そんな理由で最初に選んだのは、蘭州ラーメンのお店。牛肉麺が売りらしい。
 ラーメンというから、こってり系をイメージしていたのだが、良い意味で予想は裏切られた。
 ずずっ……とスープを啜ると、牛骨と牛肉を煮込んだ旨味がしっかりしているが、澄み切っていて上品であっさりしている。
 上に乗ったパクチーの爽やかな香りと、ニンニク香るラー油が強いアクセントになって、食欲をそそる。
 つるん、つるつる。
 麺は柔らかい平麺で、もちっとして、あっさりスープによく絡む。
 牛肉のチャーシューが肉肉感をアップしているが、全体的にしつこくない。ベトナム料理のフォーを思わせる味だった。
 汁が美味しいので、つい最後まで飲み干しそうになって、ぐっと我慢してお店を出た。

 ラーメンを美味しく完食して思う。
 味は大満足だったが、予想外にペロッと食べられてしまったので、まだ入る気がする。
 しかし、ここから重い料理を食べる気はしない。軽めに食べられる物を……と探して見つけた。
 ベトナムのサンドイッチ・バインミーを売るカフェだ。
 カフェで珈琲と一緒にテイクアウトして、公園に立ち寄る。
 ばくり。むしゃむしゃ。

「凄い、色んな味がして美味しい!」

 細長いフランスパンの間には、たまねぎ、パクチー、にんじんのなます、レバーパテに、ハムが入って、バターの風味と魚醤の旨味がしっかり効いていた。
 塩気、酸味、辛味、甘味、コク。この5つの味が揃う、5味のバランスが整うのがベトナム料理の特徴らしい。
 口の中で色んな味が弾けるのに、不思議と調和している。
 ラーメンでお腹はそこそこ満たされているはずなのに、思わずパクパク食べてしまうほどに。
 食後の珈琲を飲んで、ふーっとため息をついた後、ぽつりと呟く。

「まだ入るかも。甘い物が欲しいな」

 ここまできたら、胃袋の限界に挑戦してみるのも良いかもしれない。
 中華、ベトナムとアジア系が続いたので、ちょっと方向性を変えてヨーロッパも良いかもしれない。
 目について入った店のオススメは、そば粉のガレット。
 ベーコンや目玉焼きが乗った食事系もあったが、今は甘い物が食べたい。林檎のガレットを頼んだ。
 砂糖で炒めてキャラメル状にした所に、スライスした林檎を入れて絡めるたのが乗っている。
 シナモンの甘い香り、ミルクの香りが漂うクリームと、濃厚な蜂蜜と爽やかなレモン汁。
 見てるだけでもキラキラ輝いて美味しそうに見えた。
 一口食べる。
 カリッとキャラメリゼされたほろ苦甘酸っぱい林檎の香りに、思わず頬が緩んだ。
 ふわっとシナモンの香りがするクリームに、蜂蜜とレモンの爽やかな共演に、舌が喜ぶ。
 一口食べるたびに、美味しさで、足をバタバタさせたくなる。

「ああ……美味しかった。もう入らないなぁ」

 満腹のお腹をさすりつつ、食後の紅茶を口にする。
 ミルクに負けないしっかりとした力強さのある味。ケニア産らしい。もうケニアの紅茶が世界に出回ってるのかと驚く。
 そば粉のガレットというのはフランスのブルターニュ地方の伝統料理らしい。
 今日は本当に色んな国の料理を食べた。

 腹ごなしにのんびり散歩をしていたら、優しい赤い光に包まれる夕暮れ時になった。
 帰りがけに夕食の材料を買って帰る。
 ボルシチと一緒にチリワインを飲もう。ロシアと南米も欠かせない気がしたのだ。

 チリワインをくいっと飲むと、芳醇な香りが口の中に溢れた。
 今日は、初めて食べる物ばかりだったが、いずれも美味しかった。
 中国、ベトナム、フランス、アフリカ、ロシア、南米。食で世界を旅してる気分だ。
 世界にはこんなに色んな料理があり、それを食べている人々がいる。
 美味しい物をお腹いっぱい食べる。そんな当たり前の幸せは、平和でないと生み出せない。
 世界中で戦い続けた愁は、気づかぬうちに、こんな美味しい料理達も護っていたのかもしれない。

 きっと、もっと、世界には色んな美味しい料理があるんだろう。
 それを二人で探しに行くのも楽しいかもしれない。スマホを手にし、メッセージを送る。
 次の休みに、一緒に食事に行かないかというお誘いだ。
 もちろん、相手は彼だ。初めて食べるものにびっくりする彼を想い浮かべるだけで、自然と笑みが零れた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【霜月 愁(la0034)/ 男性 / 16歳 / 食で旅する】


●ライター通信
お世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

幸せな感じでというご指定でしたので、雪芽の考える最高の幸せ「美味しいものを、お腹いっぱい食べているところ」にしてみました。
愁さんの護った平和は、料理という豊かな文化も護った……というこじつけで、雪芽が飯テロしたかっただけです。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月20日

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