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『乙女とメイドの狭間で』
ノゾミ・エルロードla0468


 エルロード邸の朝のミーティング。各自の役割分担を確認し、来栖・望(la0468)は優雅に一礼した。

「今日も一日よろしくお願い致します」

 スカートの裾を摘まんで、仲間達に背を向け、優雅に歩き出す。
 ふわり、風でスカートの裾がひらめかせつつ、華麗にしずしずと歩く。
 こんなに清楚なメイドさんのどこに、天然水セット+干し葡萄=7kgの装備が隠されているのか。それはエルロード七不思議の一つなのだが、きっとスカートの中だろう。
 メイドさんのスカートは神秘にして宇宙なのだから。
 筋トレ代わりに7kgの装備を抱えて、涼しい顔で家事に精をだす。メイドとは、つまりゴリラである。

 今日の最初の仕事は洗濯。大きなお屋敷ともなると、洗濯物の量も膨大だ。
 一度目の洗濯機を回して、二度目に向けて洗濯物を回収して回る。
 次はリネンの交換しなければならない。ベッドからシーツをはがし洗濯籠に入れると、エルロードの猫達がぽふりと入り込む。

「そこで遊んではいけませんよ」

 元気いっぱいの猫をそっと持ち上げて、洗濯籠から出す。
 ふんわり毛並みと、どこまでも伸びそうな柔らかい体が愛おしい。思わずぎゅっと抱きしめて、猫吸いしてしまう。
 しばし猫を堪能して降ろし、また歩き出した。
 猫達はめげずに望の後をついてまわり、足下にまとわりじゃれつく。

「危ないからダメですよ」

 望はふふっと微笑んで見せる。
 そうだね。スカートの中から天然水がごとりと落ちてくるかもしれないから、危ないね、にゃんこ達。
 微塵も重さを感じさせずに、軽やかな足取りで、猫を引き連れ屋敷を一回り。最後に主の寝室に辿り着く。
 ここもとうぜんベッドメイキングをしなければいけないのだが……。

 右見て、左見て、後ろ見て、窓の外を見て……誰もいない。よし!

 望はぽふんとベットに座り、そのまま寝転がった。枕に顔をつっぷして、くんかくんか。
 ああ……主の残り香が。
 望は至福の笑みを浮かべて枕を抱きしめ、ベットの上でゴロゴロ悶える。
 ご本人が至高なのは当然だが、主を目の前にすると、その瞳の輝きから目が離せず、触れられると心臓が早鐘をうち、匂いを嗅いでる心の余裕などないのだ。
 こうして主のいない間に、こっそり残り香を吸うのが、密かな楽しみなのである。

 なお、この行為について、主から許可が出ており、つまり主従合意の健全なプレイなので無問題だ。いいね。

 とはいえ、端から見れば危ない人なので、他の従者達に見られぬように、いつもこっそりと。
 ああ、心の中の望が葛藤する。
 「これを洗うと主の香りに数日間触れられない……洗うべきではないのでは?」VS「でもエルロード邸のメイドとしてそんなの許されなくない?」
 乙女とメイドが拮抗し、心揺れながら、布団にくるまって、主に包まれた気分を味わい、くんかくんか。
 残り香というのは、儚く消えるものであり、だからこそ尊さがあるのだ。
 何を言ってるか解らない? 大丈夫。私も解らない。
 
 主の残り香を堪能しつつ、乙女とメイドの狭間で葛藤していた時、のしりと重みを感じた。
 目を開けると、つぶらな瞳のにゃんこと目があう。

「にゃー」

 ぞくぞくと猫達が寝転ぶ望の上に乗ってくる。布団をふみふみする子。望の上でごろごろする子。ぽかぽか陽気に誘われて、うとうと寝始める子。
 その全てが愛らしい。

「お猫様の僕として、ここは逆らえませんね」

 そう、猫が乗ってきたから仕方なく起き上がれないんだ。そんな言い訳をして、望は主の残り香を吸う。
 遠く小鳥の囀る声が聞こえた。窓から降り注ぐ日の光に包まれて、お猫様に添い寝され、主の匂いを嗅ぐ。
 望の白い頬がうっすら赤みを帯びて、薔薇色に染まる。
 ああ……至高の時間。

 その時、ぴぴっとタイマーがなる音がした。
 洗濯完了の時間に合わせてアラームをセットしてあったのだ。
 猫達を一匹づつそっとおろし、大人しくのろのろと起き上がり、未練がましくシーツを変える。
 主のシーツを洗濯籠に入れるのを、5度ためらって、2度吸った末に、そっと入れた。

「……仕事に戻らないといけませんね」

 ほうっとため息1つ零して、部屋を出た。
 洗濯機から洗い上がった服を取り出し、回収したリネンを入れる。
 最後に主の枕カバーをぎゅっと抱きしめて、顔を埋めた。猫達に、にゃーにゃー言われながら、最後のくんかくんか。
 その後、しおしおとなりながら洗濯機に枕カバーを入れた。

「もう少し……もう少しだけ、吸っていたかったですね」

 残念に思いながら、洗剤を入れてスイッチをいれる。ぐるぐる回る洗濯機を眺め、小さくため息をつき、洗い上がった洗濯物を持って、外へ向かう。

 望のスカートが風に揺れる度に、じゃれつく猫達を相手しつつ、黙々と洗濯物を干していく。
 せっかく洗った洗濯物に触れようとする悪いにゃんこさんには、肉球ぷにぷにの刑に処す。
 手を離してっと嫌がる猫の手を掴み、ぷにぷに、ぷにぷに。

 そんな平和な午前中。穏やかな日差しが眩しくて、思わず目を細める。
 日の光を浴びて、左手の人差し指が光って見えた。瞬きをしたあともう一度左手を見る。何もない。
 いや、気のせいだ。平時は、アレは、宝石箱に封印してある。戦闘に赴く時だけ身につけている、宝物なのだから。
 脳裏に浮かぶ青年の姿。剣と杖が交差して、彼は力尽きた。最後に指輪1つ残して。
 思い出すだけで涙で視界がぼやけそうになる。
 ぐっと堪えて仕事に戻るけれど、一度思い出してしまうと止まらない。洗濯を干しながら色々と物思いにふける。
 望が歩いてきた道は平坦ではなく、幾度涙を零し、歯を食いしばり、強い想いをこめて物語を綴り続けたことか。
 闘いたくはなかったが、倒さざるを得なかった憎めない青年。
 絶対に赦すことができない、名を名乗ることさえ汚らわしかった老人。
 人を信じられなくなったひねくれ者へ、帰ってきてと願った偽悪者。
 多くの敵との因縁の全てが望の物語であり、心の中に綴られている。
 数々の試練を乗り越え、因縁に決着をつけた末に、今、望は平和を手にしていた。

 ……つまり、主とメイドのイチャイチャタイムだ。
 これから永遠に続く幸せな物語のヒロインである望は、寂しげに呟いた。

「やはり、もう少し嗅いでおくべきでした」

 敵との因縁より、主の残り香の方が優ったらしい。
 ぴぴっ。
 スマホから通知音がした。メッセージの発信者は主だ。
 文面を見る前から、望の頬が薔薇色に染まり、うっとり笑顔であふれる。
 急いで読むと、予想より用事が早く終わりそうだから、夕食は一緒に出かけないかというお誘いだ。

 残り香なんて気にしてる場合ではない。尊きご本尊とのデートへいざゆかん!

 まだ午前中だけど、今日中に終わらせなければいけない仕事はまだ残っている。
 デートに行くなら一度シャワーを浴びたい。ああ、何を着ていけば良いのかしら?
 恋する乙女モードは忙しく、心の中は乱れたまま、屋敷の隅々まで綺麗にしていく。
 テキパキとメイド仕事に励む望の姿を見ているのは、元気な猫達だけだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【来栖・望(la0468)/ 女性 / 22歳 / 残り香に未練を残して】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

発注文がギャグっぽかったので、雪芽なりに全力ではっちゃけさせて頂きました。
書いてる間は楽しかったのですが、納品するときこれで大丈夫か少しためらいました。
乙女の矜持だけは護ったつもりですが、望さんのイメージを壊してないと良いのですが。
今までたくさん描いてきた望さんだから、大丈夫だと思いたい。
雪芽的にはこういう望さんも愛らしいと思います。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月20日

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