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『黄金の標』
LUCKla3613

 グロリアスベースの最下層に位置するシミュレーションルーム。
 シミュレーションルームとは言っても仮想空間ではなく、対物理、対知覚コーティングが施された複層合金製板で鎧われた250×250メートルの“密室”であり、指定によってあらゆる地形と環境を再現できる実践型施設である。
 その使用者、LUCK(la3613)が対戦相手として選んだスノーマンタイプを破り、奇襲に備えて構えたとき、管制室より通信が入った。このシチュエーションはこれで終了するが、次をすぐ始めるか?
「いや、1時間休憩する。……ハンガーノックを起こしては目も当てられんからな」
 ハンガーノックとは、激しい運動を長時間続けることで低血糖を起こし、動けなくなる症状を指す。
 異世界技術を用いた機械体であるLUCKにとって、食事は全体からすれば極々一部である生身、中枢神経系を生かすためだけのものだ。そしてそれは、あらかじめ一定量を摂取しておけば全力稼働状態を48時間以上続けても尽きはしない。無論、必要外に食を楽しむことは可能なれど。
 だからこそ、管制官は笑みを含めた声音で了解を告げた。LUCKは冗談を言っているのだと、当然のように思い込んで。

 一方、休憩場へ引き上げてきたLUCKは自分の機械の体を見下ろし、息をついた。
 最終決戦後、激戦を生き抜いた代償としてオーバーホールを余儀なくされた彼。
 それに際して技師は、ある事態に備えるための新機能を加えると言い、おかげで5日間も寝たきりで過ごすはめに陥った。ちなみに1週間の安静を言い渡されていたところを2日短縮した理由は、とある猫問題による。
 と、話が逸れた。安静が解除された後さらにひと月の慣らし期間を置いた今日、その新機能を確かめるたにLUCKはシミュレーションに臨んだのだが。
 なにひとつ、変わっていない。
 いや、これは言い過ぎか。機能を追加するのは性能を高めるためのものであるはずが、むしろ性能は低下している。いやいや、それも言い過ぎだろう。金で造られた神経糸を伝う電気信号が、どうも輪郭を丸くしているというか……デジタルの鋭さをアナログの鈍さが侵しているかのように思うだけで。
 ように思う、という曖昧さがまた問題なんだが。
 戦闘中に摂る食事は最少で済ませる。なんならブドウ糖と、それを素早く血流へ溶かす成分調整液だけでいいくらいだ。それをあえて、あたためた缶詰のミネストローネとクロワッサンにしたのは気分的問題からのことである。
 気分? そもそも戦士が気分に左右されるなどあっていいはずがない。戦場で為すべきは効率化された戦術的勝利を重ねることなのだから。
 しかし。
 造りものの胃に感じるこの熱は、なんだ? 五臓六腑に染みると云うが、そんな感覚を今、彼は覚えているようで。
 思えば、先のシミュレーションでもそうだ。肌が粟立つ、圧から逃れる、さらにはハンガーノックを心配する……すべて、生身の感覚ではないか。
 それにだ。
 新機能を積まれて後、固く閉ざされていた記憶の門が、きしみながらもかすかに開きつつあることもまた、気のせいなのだろうか。
 疑念を思考へ乗せた途端、視界にノイズがはしる。
 すでに思い出していた光景が――両親をこの手で殺したあのときがフラッシュバック。あのとき母は俺を呼んだ! ザ………、LUCKになる前の、俺の真名を!
『斯様に囚われては手を、剣を鈍らせん。其は汝(なれ)の戦士たる心へ障り、思わぬ泥を食(は)ませよう』
 LUCKの向かいに顕われた黄金のエルゴマンサー、イシュキミリ(lz0104)が、小首を傾げて笑みを投げる。
 いや、わかっている。イシュキミリがスノーマン同様、バイザーに写し出された映像であることは。この体を巡る神経糸、それを張った主は彼女である。この程度の芸当は、それこそ朝飯前であろう。
『今の俺になにが起きているものか、訊いてもかまわんか?』
 LUCKは何事も起きていない顔のまま、思念で問うた。思考とは電気信号、それを読み解くのはイシュキミリにとって容易い作業だ。
『いかにも唐突よな。そも、妾が知るものと思うてか?』
 LUCKは小さく肩をすくめてうなずいた。
『俺が思うのは、おまえが意味もなくこんな形で顕われるはずがないという、それだけのことだ』
 おまえは俺を見透かしているつもりだろうが、俺もそれなりにはおまえを見透かしているつもりだ。そんな思いを込めてイシュキミリを見やれば、彼女は両手を軽く挙げて降参を示し、くつくつと喉を鳴らす。
『さて。語ってならぬとの約定は交わしておらぬ故、語るはよいが』
 直ぐにLUCKを見据え、イシュキミリは言葉を継いだ。
『汝は己を捨て、汝と成り仰せた。其の己を取り戻したくば、つまるところ汝を捨てねばなるまいよ』
 意味がわからない。いや、わからないように言っているのだ。イシュキミリは嘘をつかず、沈黙でごまかしもしない。その代わり、語るべきことではないと判断したことはけして語らない。
『元々持っていたものを取り戻したいだけだ。俺を捨てる必要がどこにある?』
 と、イシュキミリの様が変容する。もっとも遭遇頻度の高い、映画鑑賞仕様の姿へ。
『選ばなくちゃいけないんです、ラクさんは。そのままのラクさんで幸せを探すか、それとも全部思い出して、ラクさんじゃないラクさんの幸せを追っかけるか』
『……捨てようが捨てまいが、俺は俺だろう? なら俺は』
 言い募るLUCKを制し、イシュキミリは静かにかぶりを振った。
『今はわかんなくていいんですよ。でも、これだけ。新しいものを掴むには、今まで握ってたものを手放さなきゃいけない。ラクさんはそうして今、ここにいるんです』
 イシュキミリは自らをノイズに紛れさせ、
『ま、どうなったってラクさんはラクさんですけどね。だからうちは、どっちを選んでもいいようにしとくだけです――ラクさんが』
 言い残して消え失せた。

 呆然としていたLUCKは詰まっていた息を吹き抜き、今の出来事について考えた。
 新機能と、俺が覚えたこと、イシュキミリの言葉、全部繋がっているんだろう。しかし、どうしてイシュキミリはわざわざ姿を換えた? ラクさん、やけに強調していた気がするが……
 その意味を知るためにも、選ばなければならないのだろうが、しかし。また、新たな疑問が沸いてくるのだ。
 今の俺として幸いを探すこと、昔の俺を取り戻して幸いを追うこと、そのふたつにどんな違いがある?
 ここで一度考えるのを止め、LUCKは立ち上がった。
 おまえは約定を交わしていないと言ったな。つまり、このことに関わる誰かがまだいるわけだ。そして俺は、それが誰かを知っている。
 どちらを選ぶにせよ、知っておくべきなんだろう。俺のこの体に、いったいなにが足されたものかを。
 そして、あらためて思い知った。おまえは教えるために来たんだな。言うべきではないことを言わんまま、俺を正解へ導くために。
「おまえは俺の標だ。その黄金の導きに従って、俺は進む」
 この世界で目覚めた彼を導いたあの声音が、彼の神経糸を依代としたイシュキミリのものであることは確信している。だからこそ、あのときのように駆けるのだ。先にある幸いへ向けて、まっすぐと。


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グロリアスドライヴ
2021年01月20日

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