『Ex.snapshot 015 柞原 典』

柞原　典（la3876）

■side 翡翠の蓮

　まだまだルーキーライセンサーやていいたいとこやけど、何やかやでそうもいかへんのよなぁ。

　おとろしく――つまり面倒やいう事な――とも飯の種。
　元々はただのサラリーマンやいうても、今こうなっとるんやから戦いかて何とかしやなあかんねんな。
　死んだら死んだ時て思ぉては来たけど、自分の命の懸け所を他人に任せとうはないからなぁ。ほら、自分が気に入らない死に方はしたくないやん。
　せやからな、何もせえへんて選択肢はまぁ、ないわな。
　……幾らおとろしくても流石にサボらんわ。

　まずは全体の戦況見極めてから動くんが大体いつもの立ち回りやね。え？　そうとも限らん？　すぐ敵さんの前出とる？　そうやったっけ？　でもメインのクラスがセイントやし、お味方さんの回復も忘れてはおらんよ？　特に今日なんかそんな感じやろ。自分の仕事はきっちりこなすで。……まぁこんな地獄行き決まっとる様な俺が“セイント”やて事自体何や笑えて来るともいうんやけども、そんな適正あったんやからそこはしゃあないよな。人生ままならんのは毎度の事やしね。
　俺は生まれた時から大概そんなもんやからねぇ。生まれてすぐに雪山棄てられて、施設で育って……ってわざわざ今ここで訳もなく思い返す事でもないねんな。何やそれを聞かせる甲斐のある、おもろい反応してくれそうな誰かがおるなら別の話やけど。……語れるネタならぎょうさん――たくさんな――あるんよ？
　せやけどまぁ、どうもこっちの戯言に付き合うてくれる敵さんとちゃうのよな（一応初めの内に試してはみたんやけど）、なぁんか回復役に徹してる訳にもいかへん感じになってきとるし。天罰使うても何や間に合うてへんみたいでなぁ。まぁ元々、回復よりは攻撃の方が性に合っとるんやけど……せやけどやらんで済むならねまる――疲れてだるいとかそういう感じな――事わざわざしたくもないねんよ。俺もうアラサーやし。筋肉痛とか後から来るの嫌やー、てこの気持ちわかるやろ？

　いうても飯の種やからね。報酬の分はきっちり働くで。……うーん。一応人間食らって成り代われるだけの力はあるみたいやけど俺の知っとる兄さんとは程遠い感じやなぁ……何や物足りひんて思うてまうのは贅沢やろか。
　ほらそこもう、ちぃと蹴りでも入れたら上手い事イイのが入りそうやん。……いやいや、近付かん方がええな。素直に阿迦奢のスキルでも使うて間合い取りましょ。五大の一、天空であり虚空。色もなく形もなく、しかし全てが存在する場所より現れし氷の楔。頭上より降り打ち砕け。されど死は繋ぎ止めよ――なんてな？　楔は、壊すも繋ぐもどっちもありや。まぁ、俺はええもんとは、繋げへんけどなぁ？　……それで何とかなりそうやったらEXIS直に使うてトドメとかな。
　いうてもどの武器もまともな使い方習っとる訳でもないから殆ど無手勝流の喧嘩殺法になるんやけどな。そんなド素人に毛が生えた程度の俺でも何とかなるんやからイマジナリードライブて“保険”は優秀や。ライセンサー万歳。
　……お、ここでいけそうやな。んじゃやらして貰うわ――って折角のEXISをどうにも雑な扱いにしてもうてる気もするんやけどね。まぁ、敵さん倒すのに有効活用はできとるんやから、その辺の雑さは堪忍したってぇや。

　何やかやとこれで受けた任務は無事完遂、ひとまずおまんまの食い上げはなくて済む。
　……ほやけど、やっぱり何や物足りひんね。
　何やろ。どうしても兄さんが比較対象になってまうんかな。
　重ねた約束全部破って、先に逝ってもうた兄さんの。
　俺は兄さん以外に殺されたくないんよ？　今でも。
　せやから、他の誰にも殺されん様、生きられるだけはきばっとくつもりやで？

　……幾らえらいおとろしくてもな？
　こん位の拘りなら、持ってたってええんとちゃう？



■side 無明の悪夢

　初めから酷く気になった。

　すぐに前には出て来ない。だがその割に、口の方は先に出て来る。選んだ顔について問われた。気に入りか、関係無いのか。戦いの最中、敵に対して戯言を吐くのに恐れも無い。挑発にしては何処か捨て鉢。捨て鉢にしては隙も無い。頼りないのか頼れるのか、どちらとも受け取れる不思議な佇まい。これがSALFのライセンサーか――いや。前衛の連中はそうでもないな。こちらは戦いの場としては充分に有り触れた態度だ。ならこいつ特有か。
　戯れを吐いたそいつの貌が――また、酷く印象に残る顔立ちだった。思わずこちらも戯れに名乗り、名を問うてみる。ほそはらつかさ――柞原典（la3876）と隠す様子も無くすんなり返って来た。……俺は敵なんだが。肝が太いのか鈍いのか――お話聞いてくれるん？　などとゆったりとした笑みまで見せて来た。

　思わず、内心で息を呑む。

　その身の周囲には幻想的な青い炎の蝶が舞っている。紫水晶の如き瞳は見ているだけで吸い込まれそうな危うく揺らめく色を湛え。白銀に煌くさらりとした真っ直ぐな短髪。右目の下に泣き黒子。服装ばかりは何故か日本の会社員らしい有り触れた地味なスーツ姿だが、そんな地味さはその“素材”を少しも損ないはしていない。
　何処かぞっとする程の繊細な美貌。いや、そうあっさり形容してしまう事すら憚りを覚える程の、過ぎた魔性の美貌とも言えそうで。更にはそう思ってしまう事自体に何処か背徳染みた物すら感じてしまっている自分が居る。
　……幾らSALFのライセンサーだとは言え、相手は人間に過ぎないと言うのに。訳がわからない。

　振り切る様に目的に専念する。目的を果たせばあの柞原典と言うライセンサーも食える。なら、惑わされている場合では無い。それでもどうしても青い炎の蝶がちらつく。隙は無いように見えてもあれは後衛だ。先に倒すべき奴を倒す。そう決めて戯言に付き合うのを止めたら、柞原典は何やら残念がっている様にも見えた――何故そこで残念そうにするのか。

　随分と無茶な回復手段を取る。あれは己の生命力を分け与えているのか――連携相手が居るならではの方法か。だがぎりぎりだ。何か支援を仕掛けて来もした様だが、それも大して効きはしない。前衛はもう保たんぞ。どうする――……

　……――銃か。その程度の物が効くと思われるのは心外だな。いや――なんだ、これは。何が降って来た。氷の楔？　――っ……！

「楔は、壊すも繋ぐもどっちもありや。まぁ、俺はええもんとは、繋げへんけどなぁ？」

　柞原典の声が唐突に耳に入って来た。いや、それまでも喋ってはいたのかもしれない。ただ、俺は意識から遮断していた筈の声。痛みを堪える中で見えたのは、先程同様、ゆったりとした艶やかな笑み。気が付けば柞原典の姿がすぐ側にある。俺を見下ろしている――まるで強く踏み付けられている様な重みが頭にある。どんな位置関係になっている？　柞原典の口元には煙草。億劫そうに振り上げられる旗の様な槍。いや、振り上げる程の大仰な動きまではせず、ただ力尽くの様に。

「俺は兄さん以外に殺されたくないんよ。今でも」

　致命的な衝撃と共に最期に聞こえたのは何処か詰まらなそうな囁き。但しその奥に何か、強い感情が覆い隠されている様な言い方――けれどそれでも、もっと聴いていたくなる声。……ああ、こうなるならば初めの戯言に付き合っていれば良かった。そうしたなら、もう少し位は。

　この声を聴いていられたのに。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

　柞原典様には初めまして。
　今回はおまかせノベルの発注有難う御座いました。
　果たして初めましての当方で本当に良かったのかと思いつつ。お待たせしました。

　内容ですが、おまかせ、となるとキャラクター情報やら過去作品からして「こういう事あるんじゃないか」と考えてみたキャラ紹介的な日常、がまず思い付く所なのですが、気が付けばこんな形になってました。戦闘任務中にて、前半が御本人様の独白、後半が敵視点、な同時系列場面です。
　致命的な読み違え等無ければ良いのですが……如何だったでしょうか。

　少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
　では、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

　深海残月　拝

おまかせノベル

深海残月

グロリアスドライヴ

2021年01月21日