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『とどのつまりはStill inseparable』
狭間 久志la0848)&日暮 さくらla2809

「今日は冷え込みますから、ちゃんとあたたかくしていてくださいね」
 日暮 さくら(la2809)に言われた狭間 久志(la0848)は、軽く挙げた右手を頷かせて答えた。
「手を挙げると危ないです。こちらの手が狂いかねません。そもそも人とは言わなければ伝わらないものなのですからね。言わなくてもわかるだろうと思わず、声に出してきちんと伝えてください」
「しゃべると気が散るって言うから黙ってるんだけどな」
 今、久志は正座したさくらの腿を枕にして寝転んでいる。そしてさくらは古式ゆかしい竹製の耳かきを持っていて――ふたりは今、耳掃除をしてもらっている/している状況なわけだ。
「物事へは常に臨機応変をもってあたるべきでしょう」
 すました声で応えておいて、さくらは音のトーンを甘やかに下げ。
「久志の声が聞けなくて、少し寂しくなってしまいました」

 自分が素直じゃないことは誰より知っている。だからこそさくらは、気持ちの刃を正眼に落ち着けることなく、大上段にまで振りかぶるのだ。結果、なかなかに甘々してしまって恥ずかしいのだが。
 でも言わなければ伝わらないは日暮の家訓ですので、私は伝えます! 力の限り恥ずかしく!
 握ってしまいかけた右手からあわてて力を抜き、久志の耳へ集中し直す。耳は脳まで続く急所。それを預けてくれた久志の信頼に応えたい。そして弟妹を使って鍛えた耳かきの技で、久志を蕩けさせたい。
 久志はどうにも慎ましいと言いますか、固いところがありますからね。私がその、かわいらしく……リードしてあげなければいけないのです!

 一方の久志。
 なあ俺、歳下の女子にここまでがんばらせてていいのかよ?
 これがまた難しい問題なのだ。過去、身と心を通わせたふたりの女はどちらかと言えば独立独歩な猫タイプで、気がつけば寄り添ってくるような感じだった。しかしさくらはこう、すぐ膝に乗ってきて香箱座りで居座るというか――今膝に乗っているのは久志なのだが――なので、タイプがまったく違っていて。
 いや、ここは全力でお任せした上で乗ってくとこだろ? 歳上のくせに情けねぇとかナシ! だって俺、さくらと付き合うの初めてだし!
 肚決めろ。
 いらねぇもんは全部棄てちまえ。
 剥き出して、曝け出して、ぶつかる!
 狭間 久志、出るぜ!

「声なんて出ねぇって。さくらの耳かき、すげぇ気持ちいいし」
 きゅん! ときめきにすくみあがったさくらの手が耳から離れたのを確かめて、久志は反転、さくらの腹に顔を埋め。
「今の俺は、赤ちゃん言葉で甘えまくるやつだってためらわねぇぜ?」
 この行動のポイントはふたつある。音がもぐもぐするから相手へ正確に伝わらず、結果としてとんでもないことを言っても歳上男のプライドを保てるのがひとつ。甘え力をフルパワーで発揮しながら、好きな女子の体温と感触を味わえることがもうひとつだ。
 これが俺のっ! パーフェクト甘えチャージだああああああ!!
 しかしさくらはしっかりと久志のセリフをかなり正確に聞き取っていた。なぜかはもちろん不明だが、多分、恋愛力の作用とかなんだろう。
 赤ちゃん言葉!? それはつまり、でちゅまちゅばぶぅの三段活用ですね!? ……いえ、現実の赤ん坊は使いません。弟も妹も、拙いながら普通にしゃべっていましたし。って、なにを思っているんでしょうね私は!?
 いえ、冷静になりましょう。久志はこう言いたかったのです。「いまのおれはでちゅね、あかちゃんことばであまえまくるやちゅだってためらわねぇでちゅばぶぅ」。
 はい、まったくもって冷静ではありませんでした。私は凄絶に混乱していますよ。心を落ち着かせなければ。その上でかわいらしくリード、それです!
「そんなに甘えたかったのですか? 本当に困った久志でちゅね」
 あ。
 久志がおそるおそる体を起こし、腫れ物も触るような顔をして、
「これはあれか? 俺がさくらにママみを感じてオギャるとこか? それともこう、お互いバブみ全開で相打つとこか?」
「これはただの手違いですっ! 久志があんなことを言うから私はその、受けて立ちましょうと、思ってしまったのでしょうか?」
 自分の心情に自信が持てないさくらへ、久志はぐいっとサムズアップ。大丈夫だ。ここは俺に任せとけ。
「大丈夫でちゅよ、さくらたん。俺はおまえのどんな性癖だって受け容れまちゅ!」
 無駄歳上力を滾らせ、最高の決め顔で言い切る久志。
 さくらは赤黒く染まった顔をうつむけたまま、久志の首に手をかけてバランスを崩しつつ引き倒し、元の通りに耳かき姿勢へ固めておいて。
「久志のあらぬ癖を広い心ですべて受け容れるのは私です! どうぞ久志は好きなだけバブみを発揮してくだちゃいませ!」
 お互いに面倒な性(さが)は変わらなくとも、これはこれでうまく収まっている割れ鍋と綴じ蓋なんであった。


 最終決戦の後にもナイトメアはこの世界に居残っており、ライセンサーはそれなりにいそがしい日々を送っている。が、有力なエルゴマンサーが失せていることもあって、ルーキーの世話役以上の役割を先達が担わされることもなく。だからこそ久志とさくらは共に過ごす時間が増えていて。
「グロリアスベースに詰めてりゃ、飯の心配はしなくていいんだけどぁ」
 EXISならぬエコバッグを手にした久志は、長々続くアーケード商店街を行きながらため息をつく。
「悩まずに済む代わり、ふたりでお買い物もできませんよ」
 応えたさくらはうんと背を伸ばし、ふと鼻をひくつかせた。
「おいしい匂いがします」
 そういえば、ここに並ぶ店の中にはメンチカツが売りの肉屋があることを久志は思い出した。揚げ上がり時間が不定なので「幻」とまで云われる逸品、せっかくだし味わってみたいところだ。
 と、思っている内にさくらが駆け出していて、久志もあわてて後を追った。
 さくらも同じ情報を思い出し、即行動に出たのだろう。こうして同じことを思い、同じ先へ向かえることがなんともうれしい。たとえ目標が揚げたてメンチカツという、極々ささやかなものであろうとも。
 こういうの、ちっちゃい幸せって言うんだろうな。って、さくら速くねぇ? 追いつけねぇっていうか置いてかれてんだけど俺!

「――冷めてもうまいだろうけど、やっぱ熱々だよな」
 ひとつのメンチカツを半分に分け、ふたりは味わう。
 ふたつ買わなかったのは、他の客の分を少しでも多く残しておくためだ。まあ、これから昼食なので、量を食べたくなかったこともあるが、それよりなにより。
「こうして同じものを分け合っていただくと実感するのです。私、本当に久志と恋人になれたのですね」
 ほろりとこぼれるさくらの本音が、久志の男心を加速させる。おいおい、言ってくれるじゃねぇかおい!
「勘違いすんなよ。さくらが彼女になってくれたから、俺は今熱々メンチで幸せいっぱいなんだぜ」
 この言い様にさくらは唇を尖らせ、久志の手からメンチカツを取り上げた。
「うれしみをメンチカツでくくらないでください。やりなおしです」
「えー? あー、うん。さくらが彼女になってくれたから、俺は今幸せいっぱいなんだぜ!」
「よくできました」
 今度は満足げにうなずいて、さくらは久志へメンチを差し出す。久志が食べていたほうではなく、今まで自分が食べていたほうを。
 あらあらまあまあ、さくらさんてば大胆ですわね? 久志の生暖かい視線を受け、さくらは赤らんだ顔を逸らす。
「交換するのも恋人ならではかと! それ以上私をからかうなら、お膝に乗せたあげく口移しで食べさせますからね!?」
 が、叱られたはずの久志は眼鏡の奥の両眼を輝かせ、両手を握り締めて歓喜を表わして。
「え? マジ? やべぇ! おじさんうきうきしちゃう! お膝に乗っかる準備しねぇと! あ、今こそバブるときか!?」
 後に引けないさくらが往来で久志になにをやからしたものかは、ご想像にお任せしよう。とりあえず、公共良俗に反するようなことではけしてなかったことだけは保証しておく。


 久志宅の小さなキッチン。
「久志は子どもっぽくて困ります」
 怒りの余韻を引きずりつつ、包丁でサラダ用の野菜を両断していくさくら。切りかたには大まかに分けて押し切りと引き切りの二種類があるわけだが、剣士だからなのだろう、さくらの包丁は引き切りである。
「俺もちょっと驚いてる」
 作業台を使うさくらのとなり、久志はコンロでリングイネを茹でていた。切り口が楕円のロングパスタはソースとの絡みがいい。しかし、久志はソースの類いを一切用意しておらず、その脇に置かれたものは、片手に乗るほどの大きさの缶詰がひとつきり。
 茹で上がったパスタの湯を切り、フライパンに開けた缶詰の上へパスタを放り込む。あとは缶詰の油とよく和えて、大蒜と生姜を漬け込んだ出汁醤油で味をつけて完成だ。
「牡蠣のオイル漬けと特製出汁醤油の和風リングイネ。シンプルだけどこれがうまいんだ。酒にも合うしな」
 酒飲みは、料理の基準が酒に合うかどうかに偏りがちだ。それほど大酒を飲むタイプでもない久志ですらそうなのだから、酒好きの家系に生まれたさくらなど、20歳を越えたら凄まじいことになってしまうかもしれない。
 そんなことを思いつつ、さくらは燻された牡蠣とそれに絡んだ特製醤油のほろ苦い芳香に思わず笑んでしまった。
「いい匂い。上品で、でも程よく下品で」
「息は超下品に臭くなるけどな」
「この後誰に会うわけでもありませんし、気にしません」
 食べることは営むこと。同じものを食べ、営みを共にする久志相手に、余計な気を遣う気はない。そんな気持ちを込めてさくらは言い、
「じゃ、せっかくだしもうちょいニンニク効かせとくか。熱入れると味が飛んじまうんだよ」
 大蒜絞り器に生大蒜をセットしつつ、久志も返す。気持ちは概ねさくらと同じだが、もうひとつ。これだけ臭くしてやれば、さくらも気が変わって外へ出るとは言わないだろうという小さな独占欲を込めて。
 本当に子どもっぽいのですから、久志は。
 全部見透かしておいて、さくらはやれやれと息をついた。まあ、そのくらいのことで久志が安心するならいいけれど。
 ――周囲が若い連中ばかりなせいもあるだろうが、これまでは自らへ、必要以上に大人として振る舞うことを課してきた彼だ。さくらもまた、その大人げにずいぶんと救われてきたことだし。
 そうであればこそ、さくらの側でくらいは力を抜かせてやりたい。――きっと以前の恋愛の中でも演じてきたはずの、思慮深い大人の男の仮面を外して安らげるように。
 私の姉気質の悪いところが出ているような気もしますけれど。それでもこうして共に営んでいく内、程よく収まっていくのでしょうから。それこそ私の両親のように。
 共に過ごす時間の重さと価値を教えてくれた父母へ感謝し、さくらは久志へ言葉をかけるのだ。
「いつでもバブみを感じてオギャってくださってかまいませんからね?」
「……どういう流れで引っぱり出してきた、それ?」


 オイル漬けの燻製牡蠣がアクセントになったパスタは、実に上品且つ下品で、たまらなく美味だった。
「なんか、今出動要請来ても行きたくねぇな」
 残しておいた牡蠣をつまみつつ缶ビールをすする久志。歳上の男を通り越し、おじさんそのものの有様だ。
「休日申請してありますから、よほどのことがなければ大丈夫ですよ」
 香りのいいジャスミン茶をすすり、さくらが応える。
 こうした手配りはさくらの得意だが、今日に限って言えば我儘でもある。久志との休日を邪魔されたくないという、ささやかな我儘。
「あー、じゃ、行かねぇでいいのか」
 だらだらと久志はビールを呷り、ふとさくらへ目を向けて。
「さくら送りにも行きたくねぇ」
 面倒臭そうな顔の裏に本気が潜んでいることは明白で、さくらは眉根を困らせる。
 こういうときにばかり、大人の手口を使うのですね。でしたら私は――
「帰りませんよ。大蒜臭い息を撒き散らすようなはしたない真似はできませんし」
 そしてさくらは久志の耳元へ唇を寄せて、
「久志にだけです。私が恥ずかしい真似とはしたない真似を晒すのは」

 これ以上、伝えなければならない心はなく、だからこそ帰らないさくらと帰さない久志は言葉を止めて、互いだけで満たされた今日を過ごすのだ。


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2021年01月21日

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