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『春よ来い』
神取 アウィンla3388


 愛する妻の病を癒やすため、神取 アウィン(la3388)は医者を志した。
 まずは大学受験を受ける資格を取る、高認試験の合格に挑む。
 放浪者であるがゆえにゼロからの学習だったが、元より勤勉で頭が良いアウィンの勉強は進んでいた。平行して大学受験用の勉強もしていたくらいだ。

 そして高認試験は無事合格した。
 医大の受験は来年が当然だったかもしれない。けれど一日でも早く医者になって、妻と釣り合う存在になりたい気持ちが大きい。

「受験機会は多い方が良い」

 そう覚悟して、公立大医学部を受験した。
 医大出身者の緒音 遥(lz0075)にアドバイスを受け、受験対策の勉強もしっかりして挑んだ。
 無茶かもしれないが、全力で挑む。それがアウィンらしい生き方だから。


 2061年3月上旬。
 医学部前期試験の合格発表を見て、アウィンは酷くしょんぼりしていた。
 落ちて当然とはいえ、初めから負ける気で勝負するつもりはなく。受けるからには受かるつもりで全力を尽くした。
 それなのに落ちてしまった。やはりショックは隠せない。
 緒音はアウィンの勉強にアドバイスをして、応援し続けていたから。アウィンが落胆する姿を、そっと見守っていた。

「まだ、まだもう一つ機会はあるはずだ」

 最後の最後まで諦めない。コケの一念岩をも通す。愚直にまっすぐに挑み続ければ、叶うと信じて。


 3月下旬。
 医学部後期試験。結果は……やはり不合格。
 SALFの支部のカフェで、緒音と向かい合ってお茶をしながら、アウィンは深い溜息をついた。

「やはり今年受験は無謀だったのだろうか……」
「自己採点の結果は良かったのでしょう? 時間がない中で勉強して、惜しい所までいけたのは凄いじゃない」
「手応えを感じたからこそ、よけいに悔しい」
「まあ、それもそうね。でも今年受けておいたら、その経験は来年にも生きるわよ」
「来年か……」

 1年の足踏みがじれったく、もどかしく。
 アウィンの焦りや、医者の道を志す覚悟を良く知る緒音は、愚痴を聞いて頷き続ける。

「頑張っていたものね。落ち込むのも仕方ないわ。今日はゆっくり休んだら」
「いや、だからと落ち込んではいられんな。来年こそが本来の予定なのだから、合格を目指し勉強に励まねば」

 ひとしきり落ち込んで、愚痴を吐き出したら、すぐに顔を上げて前を見据える。
 立ち止まっている暇はない。気持ちを切り替えて、来年に向けて今から勉強する。

「俺は医者になる」
「それだけ強い意志を持っていれば必ずなれるわ」
「緒音殿には感謝している。こんな落ち込む姿を彼女には見られたくなくてな」

 きっと家に帰れば、愛しい妻が慰めてくれるだろう。
 けれど夫として、頼りない姿をあまり晒したくないという意地もある。
 今、ここで気持ちを切り替えて、家では妻にあまり心配をかけないようにしたい。

「話を聞くくらい、いくらでもしてあげる。『頑張れ』なんて言葉、言う必要がないくらい、アウィン君が頑張ってることは私も知ってる。だからもう一度言うわ」

 そう言って緒音は肩を叩いて、力強く言い切った。

「アウィン君は必ず医者になれる」

 それは魔法の言葉のように、アウィンの心に染みた。
 クールな表情が、一瞬照れたような小さな笑みに変わる。

「ありがとう。とても心強い」



 それから数日後の3月末。
 アウィンは粉雪がちらつく寒空を走っていた。
 3月末ともなると寒さも厳しくなく、雪は地面に落ちるとすぐに溶け、積もることはないだろう。けれど油断すれば転ぶかもしれない。
 それでも、アウィンは走ることを辞められない。その顔には満面の笑顔が浮かんでいた。
 SALF支部の建物が見えた時点で、もう待ちきれないという感じで叫んだ。

「緒音殿ー!」

 SALF支部の休憩室で珈琲を飲んでいた緒音は、アウィンの声に驚いた。
 窓の外を見ると、遠くから傘も差さずに呼びながらアウィンが走ってくる。まるで雪に喜び庭駆け回る犬の如き駆け足だ。
 アウィンの背後に、黒いラブラドールレトリーバーの幻が見えそうなほど勢いがある。
 慌てて緒音は休憩室から駆け出して、支部の入口に向かうと、ちょうどアウィンが入口に辿り着いた所だった。
 髪や肩に白い雪が付着している。よほど焦ったのか呼吸も乱れている。

「どうしたの? アウィン君」

 普段クールな表情が多いアウィンが、今までに見たことがないほど嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「合格っ! ……合格したっ!!」
「え?」
「奇跡だ。追加合格したと知らせがあった」
「医大……受かったの? おめでとう。でも、こんな所にいていいの? 彼女に……」
「妻には最初に報告した。問題ない」

 全身で喜びを表現するアウィンは、珍しくはしゃいでいた。一度は諦めた夢が奇跡的に叶って、嬉しくて、嬉しくて。
 それからやっと深呼吸をして、落ち着いて告げた。

「でも、次に貴方に早く報せたかった。直接礼を言いたかったのだ」
「ありがとう。そんなに急いで報告に来てくれて嬉しいわ」

 照れたような笑顔のアウィンを、微笑ましく見守る緒音は、教え子を見守る教師の目だった。
 緒音の手を両手で包み込み、深く頭を下げる。心からの感謝を告げたかった。

「ありがとう。貴女が応援してくれなかったら、奇跡は起こらなかった」
「アウィン君が頑張ったからよ」
「だが、緒音殿は言ってくれた『必ず医者になれる』と。むろん、大学に合格しただけでは、まだスタートラインにも立ててないかもしれない。けれど、最初の難関を突破できたのは緒音殿の言葉があったからだと思う」
「……言霊ってことね」
「そうだ」
「じゃあ、次は医大の勉強を頑張って、医師免許を取らないとね。アウィン君なら大丈夫だと思うけど、勉強で解らないことがあったら、私で良ければ力になるわ」
「頼りにしている。よければお礼に奢らせて欲しい」
「祝杯ね。でもそれはまた今度、今日は彼女と祝杯でしょ?」
「ああ。また今度。必ず」

 そう言って、何度も礼を告げて、アウィンは駆け出した。
 走ることを辞められない。それは自分を追い込み続けるアウィンの呪いのようなものだった。けれど今日のそれは違う。
 嬉しくて、嬉しくて、じっとしていられない。そんな無邪気さが滲み出ていた。

 将来への不安という名の雪は溶けて、温かな春がやってくる。
 新しい学び舎で薔薇色の学生生活が待っている……などと考えるほど医大は甘くない。また苦労を重ねるだろう。
 けれどそれを支える最愛の妻がいて、追いかけるべき先輩がいて。
 誰よりも努力するアウィンであれば、何も心配いらない。

 祝い酒にあわせる肴を、あれこれ買い漁り、走るわんこの速度で家へ向かう。
 見えないしっぽを振るように、ご機嫌で家へ飛び込み、玄関の扉を開けた。

「ただいま。ふ……」

 愛しい人にしか見せない、甘く柔らかい笑みを浮かべて。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【神取 アウィン(la3388)/ 男性 / 24歳 / 医師への一歩】


●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

アウィンさんが医者を志すきっかけを作り、その努力の過程を知るものとして、結果が実を結ぶ瞬間を描かせていただき、光栄です。
3月末に雪が降るかなとも思いましたが、記録的には4月の雪もあったようなので。
努力が降り積もる。雪解けの春を演出させて頂きました。
入学おめでとうございます。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月21日

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