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『鎮魂の旅路』
吉良川 奏la0244


 ヨーロッパの大地を横断する豪華寝台列車が走る。
 列車から水無瀬 奏(la0244)はフランスの豊かな牧草地帯の風景を眺めていた。
 もうじき英国とフランスを繋ぐ海底トンネルへさしかかる。大陸の景色は見納めだ。

 怪人事件。そう呼ばれる事件があった。
 グレイ伯爵(lz0121)の液状化ナイトメア『血茶』を飲まされた人が、1ヶ月かけてゆっくりと捕食された悲しきファントム。
 一番悲劇的な点は、彼ら、彼女らは、怪人になると、愛する物を喰らいたいという本能を持ってしまうことだった。
 1ヶ月の間、ゆっくりと変質し、やがて愛する人を喰らってしまう。

 奏が最初にこの事件と関わったのはフランスだ。
 先ほど会ってきた女性の事を想い浮かべる。愛する恋人を失った痛みを抱えたまま、懸命に生きようとしていた。
 仇であるグレイ伯爵が死んだと告げると、小さく頷いて礼を言われた。
 心からよかったと思える。

 ドイツの少女の笑顔を想い浮かべ、奏は唇を噛みしめる。
 父と妹を同時に失い、孤独の中で懸命に生きようとする彼女の笑顔は、どこか無理があった。
 奏は直接見ていないが、報告書によると父親から『幸せに生きなさい』と遺言があったらしい。
 だから彼女は必死に幸せになろうとしているのだろう。

 その後、ちくりと心に刺さった棘が痛み、思わず胸を押さえた。

「覚悟はしていたけど……やっぱり辛かったな」

 オーストリアで親友を目の前で殺され、ライセンサーを憎んだ彼女は、いまだに奏を許していなかった。
 帰れと怒鳴られ、まともに話も聞いて貰えず、グレイ伯爵は死んだと告げても、それが何だと言わんばかりだ。
 たぶん、彼女は誰かを憎むことでしか、生きられないのだろう。ライセンサーに八つ当たりしてるだけだと解っていても、止められないほど。
 それだけ彼女の心の傷は深い。
 せめて時間が彼女を慰めてくれたら。そう願わずにはいられない。

 雪降るオーストラリアを想い浮かべ、きゅっと目尻に力をいれて涙が零れるのを押さえた。
 幼子達が何人も犠牲になった悲劇的な事件。
 あの孤児院は閉鎖されたらしい。残された孤児達は方々に引き取られた。無理もない。あんな悲劇があった場所で平和に暮らせるはずもない。
 けれど生き残った子達には、幸せになってほしい。
 
 列車はトンネルへ入った。ドーヴァー海峡を渡ってもうじき英国へつくだろう。
 怪人事件の最初の犠牲者は英国だった。残念ながら手がかりがなく、犠牲者が誰だったか解っていない。
 けれど奏の親友が己の身を囮にして作戦に挑んだ地を、訪れてみたかった。



 霧の都ロンドンは、今日もどんよりとした空模様だった。
 港の倉庫街は昼休憩なのか、人気が少ない。コンクリートの地面に、そっと一輪の花を置いて小さく祈る。
 誰かは解らないけれど、怪人の悲劇に遭遇した男。そして彼に喰われた女性達へ。どうかその魂が迷うことがありませんように。

 奏は多くの任務を通じて、何度も悲劇を見続けた。だからこそ、救われなかった人、残された遺族への思い入れは深く。被害者や遺族に匿名で贈り物を贈り続けていた。
 クリスマスには子供へ玩具をプレゼントしたり。大人ならエオニアへの旅行を贈った。
 彼の地の優しさと温かさで、少しでも心が癒やされますようにと願いながら。
 お金はずいぶんかかったが、ライセンサーとして戦い続けた報酬は貯金してたから、それで賄える範囲だ。

「こんなことしかできないけど……それでも、何もしないより、良いよね」

 そう言い聞かせて駅へ向かった。


 墓場鳥(lz0135)を崇めるレヴェル集団、クックロビンの構成員の名簿は出てこなかった。
 どんな人が、何人犠牲になったのか解らない。けれど一番多く活動していたのが、英国だったというのは突き止めた。
 ロンドンから列車に揺られ西へ、コッツウォルズ地方に向かう。その地にあるウェストンバート国立森林公園は、墓場鳥との因縁をつけた地だ。
 クックロビン達は彼女に喰われた。だから彼女の死んだ土地に祈りを捧げれば。あるいはクックロビン達に届くかもしれないと信じて。
 墓場鳥がした残酷な行為を、許すことはできず、憎むべき敵なのだと思う。
 けれど、不思議と奏は怒りより、悲しみを覚えてしまう。
 歪んだ愛にすがりついた、悲しき女性。彼女が唯一救った男にも、たぶんもう忘れ去られているのだろう。
 だから、自分だけは覚えておこうと思う。

 紅葉はすっかり落ちて、枝だけになった寂しい森で立ち止まり、一輪の花を捧げて祈った。
 歪んだ正義に惑わされた悲しき人々へ。せめて死んだ後に迷わず天国に行かれるようにと切に願って。
 美に拘って狂った墓場鳥の顔を思い浮かべ、想いを馳せる。

「彼女は……間違っていた。でもきっと、知らなかったんだよね。人の愛し方を」

 ナイトメアに『愛』という感情を教えるのは難しいかもしれないけれど。
 生まれ変わったら今度こそ、共に笑い合える人に出会えますようにと願って。



 ロンドンに戻って一泊した奏は、列車に乗って北のノーサンバーランド州へ向かった。
 ナイトメアのグレイ伯爵は、人間のグレイ伯爵を捕食した。だから元の伯爵を弔いたい。彼の地にグレイ家の墓があると聞いた。
 ナイトメアに襲われて死んだ時点で、遺体はないが遺品を墓に収めて埋葬されたらしい。
 あの伯爵は人間を理解するため模倣に拘った。だから、あの傲岸不遜の態度は、元のグレイ伯爵由来のもので、あまり良い人物ではないのかもしれない。
 それでも、犠牲者であることに違いはない。さぞ無念だっただろう。

 海沿いの田舎道を歩いて、墓場に辿り着く。こじんまりとした墓に花束を捧げて告げた。

「貴方の仇を討ちました」

 アイスブルーの瞳の老人を想い浮かべる。生前の姿もあれだったのだろうと思いながら小さく祈りを捧げる。
 貴方の無念は晴らしたので、穏やかに眠ってくださいと心の中で告げて。

 あれだけ強く追いかけ、打ち倒した宿敵であるのに、奏は伯爵を憎みきれない。
 ナイトメアは亡くなったら墓が立てられる事もなく忘れ去られていく。それが何故か寂しく思えて。
 SALFに「ナイトメアの慰霊碑」を立てられないかと、交渉するつもりだ。
 ナイトメアの犠牲になった人達から、大きな反発を受けるかもしれない。だから場所は慎重に選ばなければならないけれど。いつか、そこでまた弔いたいと願う。

 全ての弔いを終えて、奏は海へ向けて歩き出した。
 海沿いは岩盤になっていて降りられない。だから柵の前に立って海を見つめる。
 曇り空だった空の合間に日が差して、空と地上を結ぶ太陽光の柱、天使のはしごが見えた。
 あのはしごを辿って、死者達が皆、虹の向こうへ旅立てるようにと願い、鎮魂歌を歌う。

 柔らかく透明感のある声が、桃色の唇から紡がれる。
 優しき歌姫の想いを風に乗せて、草原を駆け抜けるように伸びやかに、美しい歌声が広がって、海に消えていく。
 想いよ、世界に届けと願い、奏は歌い続ける。
 ナイトメアの犠牲になった者も、ナイトメア自身も、傷つけ合った悲しい争いは終わった。
 全ての犠牲者よ、穏やかに眠れと強く願う。

 海と風に乗って、弔いの歌は死者達に届くのだろう。
 そう信じて、奏は歩き始める。前に、前に。後ろを振り返って泣くより、笑顔で前に進む。
 その方が自分らしい気がして。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【水無瀬 奏(la0244)/ 女性 / 17歳 / 弔いの歌姫】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

とても素敵な発注文を拝見して嬉しかったです。
1つ1つの事件を思い出しながら書いている間、雪芽も色々こみ上げるものがありました。
参加された全てのPC様が作り上げた物語。その終焉をありがとうございました。
奏さんの優しさとせつなさが表現できてると良いのですが。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月21日

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