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『四季が巡ろうと、想いは変わらずそこにある』
不知火 あけびla3449)&不知火 仙寿之介la3450

 目覚めた瞬間身震いする寒さが布団の隙間から忍び寄ってくる。忍になるべく鍛えられた身だ、元より、二度寝を決め込むのは朝の予定がないときだが所帯を持ってからは今のこの早く起床する行為が、苦にならなくなった。
 不知火 あけび(la3449)は、隣にいる夫の不知火 仙寿之介(la3450)の眠りを妨げないように、音もなく共寝をしている布団を剥がすと、するりと抜け出してすぐさま枕元にある羽織を取り袖を通した。その際に衣擦れする音も少しも立てない。とはいえ剣のお師匠様だった仙寿之介が相手では、全て見抜かれている気もした。というか眠る振りなだけで本当は起きているのだろうと思う。妻は夫よりも早く起きて云々と新婚のとき言ったのを記憶していて――とか。
(そんなことないのかな?)
 思いながら人間離れした、確かに天使なので間違いはないが、綺麗過ぎる寝相をした夫の顔をじいっと見つめる。実は瞼がぴくぴくしないか眺めたが、そんなこともなく早起きする目的を思い出してあけびは部屋を出た。
 廊下を進み向かったのは洗面所で、次は台所で昨日補充出来た食材を用いて朝食を支度する予定だ。大所帯なだけに、一品作るのも大変だがそれは今に始まったことではなく、少しも負担にはならなかった。今誰と誰がいて夜にはどうかと記憶を辿りつつ冷蔵庫の中身を見れば、今日一日の献立が思い浮かぶ辺り、立派な主婦といえるのではないだろうか。顔を洗って、台所に行って軽く袖を捲ったところでとてとてと床を踏む可愛らしい音がして、見れば今日は誰の部屋で眠っていたのか飼い猫の船君がその先端だけが白い尾をゆらゆらさせて近付いてくるところだった。そして、足元に来ると行儀良く座り、じっとこちらを見上げてくる。控えめだけれど判り易いご飯の催促。ふふとつい、笑顔が零れた。期待にうねうねその尾を揺らしているところに活発さが窺え微笑ましい。
「一番乗りの船長にはご褒美をあげなくちゃね!」
 普段通りのご飯に奮発をして――とすると早起きをする癖がついてしまうか。いやでも利口であるが故にかえってその行動は遠慮をするかもとそんなふうにも思う。ともあれ夫や子供たちが起きる前に人間の食事の支度もある程度は済ませたいところだ。あけびはてきぱきとまず船君の分を、後に続いて皆の朝食を作る為気合を入れた。

 愛妻が作る料理はいつも旬の食材を使っていて、そのとき一番美味しいだけではなく、季節を堪能出来るところがまた素晴らしい。人の世界に降り立ってもうそれなりの年月が流れたとはいえ、不意に過去が脳裏をよぎり過ぎ去った昔に着物の袖口を引かれるような錯覚を覚えるが、季節の移り変わりやこちらにしかないものが今ここにいることこそ現実と教えてくれる。今は本来いるべき世界と違う所にいるわけだが。
 今日もあけびが作ってくれた朝食を味わうと、これから学校や任務に赴く子供ら――この場合の子供は実子だけでなく同じ小隊にいる未成年も含む――を見送って、仙寿之介は夫婦水入らずの時を得た。といっても現在ではあけびと共に、隠居生活を送る身である。大所帯なので誰かがいることも多いが変に気を回されて二人になる機会もあり、子供たちがいなくても新婚さながらにいちゃついたこともなく、誰がいようがいまいが、全く変化しない。前線に出るつもりはなくとも鍛え上げた己の刃を鈍らせまいと、彼女を妻とする未来が、まだ見えなかった当時に戻ったように、道場で剣を合わせた後汗を洗い流す。師弟関係だった時代と比べてもあけびの技は比べ物にはならないし、彼女の叔父で、仙寿之介にとって親友である男よりも互いに剣を合わせた数は上だろう域にも至ったので、己が手の内も相手の手の内も全て筒抜け。剣技の切れ味で上回るか或いはどう動くのかの心理戦は脳の使われない部分を呼び覚ますようだった。
 息子と並べば兄妹もしくは姉弟と間違えられる程に若い姿を保っているあけびは外見に違わず気力体力に満ち溢れていて目的の為なら、この場合は勝つ為ならば表情を消しどんな搦手さえも辞さない、先程までと打って変わって意気揚々と東屋側の掃除に行き、せっせと箒で掃いている様子が映る。と仙寿之介の視線に呼応するように春一番が垂れた髪をはためかせ、同時に、向こう側にある桜の木から花びらが散って足元に模様を描いた。土がこびりついた指先でそれを一摘みし息を吹きかけたら頭の上を過ぎて消える。
「あー! せっかく掃いたのに!」
 という悲鳴が聞こえそちらを見れば、先程の強風に掻き集めた花びらが吹き飛ばされたが為に、元の木阿弥になったのを見て、箒を手に怒っている姿がある。あけびはもうと風相手に文句を言うように、空を仰ぐも、努力家の一面が違う方向に発揮されたらしく風に負けじと奮闘する。
「程々にな」
 本人に聞かせる気もない短く呟いた言葉はもしかしたら風に逆らいあちらまで届いたのか、ここにいるのは視認していたのだろうが全く知った素振りも見せない彼女が不意に振り返って目が合った。そしてまるで解ったと言うかのように笑顔を浮かべると、仙寿之介が反応する隙も与えずに掃除を再開し、遠目にも鼻歌でも歌いそうな上機嫌になっていると判る。彼女は彼女で頑張るようなので、自身も菜園の手入れを続けた。

 昼下がりは掃除に洗濯と朝の内に家事に奔走した分、ゆっくり過ごせる。食事前に収穫したトマトやズッキーニなどは夕食に使うとして、ふと頭に浮かぶメニューだけで色々あるから、慣れれば料理も苺以外を使う菓子作りもまた楽しいものだ。あけびは元の世界で当主として一族を束ねていただけではなく皆で興して頼れる者に任せた会社の会長も務めていて自分なりに家族と向き合ってきたつもりだが、やはりどうしても手が届かずにいた部分は否めず、どのみち帰れないなら妻と母、どちらも精一杯頑張ろうと考え今に至る。
 これが冬に差し掛かる頃だったら、とうの昔に日暮らしい空が広がっていたであろう。しかし今はそれとは真逆の季節だ、家庭庭園に咲き誇る真夏の花には蝶や蜂や虫が留り、何故だか梅雨明け後の現在も枯れない、紫陽花も見られる。
(昔は平気で触れたのになぁ、もしいざというときが来たらそのときは何とかするけど!)
 いけるいけると手をにぎにぎするも、虫を触る日は訪れない。そうこうしている間にあけびは道場へ足を踏み入れた。日本中を駆けずり回って入手した最高級の杉板はまだ建材として見る分には新しく特有の香を伝えてくる。とはいえ自身が打ち合うよりこうして適合者ではなく戦いも知らない人に護身用の剣術を指南する用途が多いあけびからしたら、中々に嗅ぎ慣れた匂いではある。中に入っていって、夫が素振りをしている子供の型を確かめ教える様子を横目に軽く辺りを見回すと、目的の相手を見つけて、彼に近付いていった。
「お待たせ」
 隅に縮こまるように座った少年はあけびに気付くと安心したように硬い表情を崩した。そんな彼と向き合う形で床に座りそして差し出す腕を取れば、袖の下に青痣が覗いた。その患部に氷入りの桶に浸したタオルを絞り当てると丸い輪郭が歪むのが見える。
「ごめんね、守ってあげられなくって」
 護身用とはいっても怪我は付き物で、相手が悪人だとしても自分が他人に与える痛みの重さは理解しておくべきだとは思うが。人間は痛みを嫌う生物で、度が過ぎたならトラウマに繋がる。もし自ら望んでのものでなければ尚更だ。あけびは連れられた少年の物憂げな表情を思い出した。しかし彼は健気に首を横に振る。
「平気。先生に教わって、上手く出来るように頑張るから」
 言葉を聞いてあけびは思わず目を瞠った。勝手に嫌々しているのだと思っていた彼がはっきり自らの意思と判る言い方で迷わずに言ったものだから。自分の教えたことが命運を分けるだなんて大袈裟かもしれない。それでも自分自身を、それに、誰かを救う力になれるかもしれなくて。こんなにも嬉しいことなどない。
 わっ、という声がして見つめると骨張った手が少年の頭を撫で顔を上げればそこには仙寿之介が立っている。自然と目が合い何も言わず頷いた。近付いてきていると判っていたし、感情を共有するのに言葉が必要ないことも知っていたから。

 ほんの数週間前までは空が真っ暗になってもエアコンなしでは寝つけない暑さだったのに、今では日中にまだその名残があるくらいで夜の外気温は相当マシにはなったと思う。例えば縁側と室内とを隔てる障子と硝子戸を開けっぱなしにしていても団扇はいらない程度に。仙寿之介は口に運びかけた杯を持つ腕を唐突に静止し、今、座卓越しに正面に座った妻のあけびを見返す。彼女は彼女で晩酌に付き合うと、自分のお猪口へと日本酒を注いでいるところだったが、こちらの視線に気付くと器用に見返したまま止め、それがまた丁度いい具合で妙な器用さに内心感心する。と思いきや少し彼女の手前側に零れていたらしく、慌ててティッシュで拭いている。
「あー勿体ないっ。折角奮発したのにー」
「零してしまったものは仕方がない。……別に、啜ってもよかったのではないか?」
「むむ。そんな行儀の悪いことはしません。サムライガールは礼儀作法も完璧なので!」
「ふっ」
「あっ、笑った! いい歳してガールはないって思ったんでしょ、仙寿様」
「いや。あけびは幾つになっても昔と一切変わることもなく美人のままだ」
「……お世辞言ったって、何にも出ないよ。でも嬉しいな!」
 しょんぼり落ち込んだかと思いきや、唇を尖らせて可愛く怒り、もじもじしたかと思いきや、ぱっと満面の笑みが浮かぶ。花が綻ぶような、というフレーズが脳裏によぎって、彼女の名前と照明の下で仄白く見える髪色に心ごと、引き寄せられた。
「縁側に出るか」
「縁側に出ようよ!」
 言ったのは同時で、相手も何か言っていると解ったが一度開いた口は止まらず結果まるで示し合わせたように語尾が違うだけの言葉なので、すんなりと聞き取れ、ものの見事に意見が揃ったことにはこそばゆさを感じる。照明の色味を差し引いても愛妻の顔に朱が引かれて見えるのは気のせいではない。一滴も呑んでいない為、自ずと要因は明白である。
「そうするとしよう」
 と仙寿之介が一声掛ければあけびも頷き、自分の酒を持ち、酒瓶も己が持つことにした。座敷を離れて開けっ放しにした障子戸の脇を通り抜けると、縁側に腰掛ける。仙寿之介は胡座を掻き、あけびは持ってきた酒とつまみを横に置くと沓脱石に置いてある下駄を引っ掛け、何度か足を揺らしたのちに大人しくなって頭上を見やる。それにつられたわけでもないが今日という日に酒を呑もうとしているのに敢えて見ずに済ませるのは捻くれ者のすることだ。中秋の名月。幸いにも晴れて雲がない夜空に浮かぶ月は古より人々が愛でたが為に美しいか、或いは知識を持たず見ても果たして良いと感じるものか。よくは解らないが綺麗に感じることに変わりはない。あけびが腕によりをかけて作った月見団子がきな粉やずんだなどのバリエーションを施されて並んでいて、ひとまず酒を一口分、その後から月見団子を摘んだ。
「……美味いな。お前の料理が上手いのはもうとっくに解り切っていたが」
「だから褒めても何にも出ないってば。明日のご飯……仙寿様は何が食べたいの?」
「食事の話ではないが時々はあけびが作る苺のデザートも欲しい」
「……仙寿様のほうが上手でも?」
「あけびが俺のために作ってくれることが何よりも美味く感じさせてくれるからな」
「なら頑張る!」
 その即答を受けて、仙寿之介は僅かに口角を上げた。気付けば出会って早二十年以上。天使と人間、その寿命の違いを思い知らされるが、次第に忍び寄る絶望は鮮やかな記憶とこちらにいるのは長男だけだが五人の子の存在が掻き消すから、どうにか飲み込める。酒を含めば同じ味の筈なのに先程より美味しく感じられて月見団子は尚のこと。しかし、月見酒を楽しむ予定がより強く惹かれるものに視線ごと奪われ、あけびもこちらを見て幸せを隠せないというふうに微笑み、何も言わずに目を閉じれば仙寿之介も自ずと、杯を置いて思うまま、彼女が望むまま動いた。
 秋の深まりと共に訪れるは夫婦の時間。どの世界にいても何度季節が巡っても変わることなく続く未来を二人は信じ口付けを交わすのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
欲張りした結果全体的に駆け足気味になりましたが、
四季と一日を絡めながらの日常生活を描きました。
過去や未来とおまかせなので振り切ったのもありと
思いながらもグロリアスドライヴの世界のお二人が
書きたい、けれど色々なシーンもと詰め込んでます。
作中では新婚さながらのやり取りはしない的な文を
書いてますが、実際には無自覚でのラブラブな感が
あるイメージです。子供から見るとまたかとなるも
周りの人達から見れば何だか微笑ましく感じる的な。
それがこの先何年何十年も、変わらないんだろうなと
そう思えるお二人のことが大好きです。
今回も本当にありがとうございました!
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りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月25日

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