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『幸か不幸かさえも勝敗さえも当人だけに意味がある』
更級 翼la0667


 ネオンが灯る摩天楼を影が走る。
 一つ。
 二つ。
 三つ。
 それは常人の目には文字通り瞬きするほどの僅かな間。
 ゆえに、気付く者は皆無に等しい。
 ただ一人、影を追う者がいた。
 更級 翼(la0667)は 額に締めた白い長鉢巻をなびかせながら人々の間を駆け、障害物を飛び越え、違法駐車されている車のボンネットからフールを踏み台に跳躍。すれ違う大型トラックの荷台を渡って大通りを抜け、ひたすらに影を追う。
 暴風の如き翼に、すれ違う人々は時に小さな悲鳴を上げ、時に後ろ姿へ悪態を吐き、その剣幕に道を譲る。そして『何だあれは?』とその背を一瞥した後、何事も無かったように歩を再開する。
 当然、翼にはそんな彼らに構う余裕は無い。
 影は5mほどもあるバリケードを易々と越え、都市再生計画の再整備区域内へと入って行く。
 翼もまた、ゴミ集積所の屋根を足がかりに跳躍すると街頭の支柱に両手で掴まり、棒高跳びの様に弧を描きながらバリケードを越えた。
 衝撃を殺す為に全身を猫のように撓らせ、片膝を付いて着地すると周囲を伺う。
 たった一枚のバリケードを越えた先は、人類が死に絶えたかのように暗闇と静寂に支配されていた。
 街の灯りが灯らず、人の往来が無くなっただけだというのに、まるで別世界に飛び込んだ様な違和さえ感じる風景。
 だからこそ、僅かな音が敵の居場所を知らせる。
 真冬だというのに流れ落ちてくる首筋の汗を拭い、呼吸を整える。
 常に敵の姿を追いながら、動く人々、車、障害物を避け、信号機に左右される事無いように計算し、常にトップスピードを維持した状態でここまで来たのだ。
 ここまでの道中でかなり体力を消耗させられていた。
 それでも見失うわけにも、立ち止まるわけにもいかなかった。
 アスファルトの上に石が転がる、その微かな音を聞き付けた瞬間、翼は再び走り出した。

「しつこいですねぇ」
 かったるい、と言わんばかりの口調。
 3つの影を自分の影の中に仕舞い込んだ男――エルゴマンサーは走り込んできた翼の一撃を、一歩足を引くだけで躱すと、次の瞬間引いたその足で翼の背を蹴った。
「ぐ……っ!!」
 粗雑な動きだったにも関わらず、その一撃はイマジナリーシールド越しでも翼の骨を軋ませるほどの威力を秘めていた。
 走り込みの勢いに加え、背中からの一撃に、翼は自ら前転する形で地面を転がり威力を削ぐ。
「しつこい男は嫌われるって知らないんですかぁ? 貴方、女性にモテないでしょう?」
「……煩い」
 立ち上がった翼は2mほどもある両刃剣を構える。
「貴様は俺が殺す」
「バクチャンカワイイ」
「!!」
「ただこの言葉を呟いただけで、こんなに執着されるとは思いませんよ、普通……」
「……コロス」
 珍しく顔面を茹でタコを思わせる程に赤面させた翼は両刃剣を構え、敵を見据える。
「まぁ、特殊な例ではありましたし、だからこそ私の『耳』にも入ってきたといいますか……」
 敵の足元で夜より濃い影が動く。
 敵の能力は『視』『聴』『声』をそれぞれに分けて自律活動させることが出来るというもので、この能力を活かし諜報員のような活動をしていた。
 様々なナイトメアの動きを調べ、それらがどうやって退治されたか、またはどうやって勢力を拡大したのかを調べるのだという。
 その調査の中で問題のバクの存在を知っていた敵は翼の顔を見た瞬間に「あぁ、“バクチャンカワイイ”」とあろうことか本人目の前で“禁句”を口に出したのだ。
「私の能力は素直にお伝えしたわけですし、今の所貴方達と敵対するつもりも無いわけですし、出来れば戦いたく無いのですけれども、私」
「ナイトメアは全て殺す。エルゴマンサーも殺す。例外はない」
「えー」
「そもそも、俺は答えたら見逃してやるとは一言も言っていない」
 事実、「何故それを知っている」と問うただけで、勝手に敵が自分の能力をしゃべっただけだ。
「そりゃそうですけど……そこはほら、暗黙の了解とか、お約束っていうやつで」
「黙れ」
 横薙ぎに一閃からの連撃。その猛攻さえ敵はバックステップで避ける。
「分かりますよ、人にはね、そりゃ他人には知られたくない秘密の一つや二つあるものですからねぇ」
「……」
「だからこそ、私はこの力を使って情報屋みたいなことをやっているわけで」
 翼の剣技は尽く届く前にかわされて、翼は苛立ちを募らせる。
「黙れと言っている」
「貴方がこんなにも私達を憎む理由なんて数えるほどしか思いつきませんけど」
 更級心刀流の技を両手剣に転用した技でさえ、敵はバック転で軽々と避けた。
「あぁ、その技。元々はそんな大きな剣で使うものじゃないでしょう? 私としたことが古い情報ゆえ引っ張り出すのが遅れましたねぇ。“サラシナシントウリュウ”」
「!?」
 瑠璃色に変化した両眼が見開かれた。
 敵は僅かな翼の動揺を見て取って満足そうに嗤った。
「当たりました? ふふふ、どうです? 凄いでしょう、私の蒐集した情報は」
「何故、貴様がその名を……」
「確かその道場を襲ったナイトメアはまだ討伐されていませんでしたねぇ。どうです? 私を見逃してくれたならそいつの居場所を教えて差し上げますよ」
「なん、だと……」
 翼の声と柄を握る手が震えた。
「私まだ死にたくないんですよ、まだまだ世界には大小様々な情報に溢れていますからねぇ。だから、貴方に情報を差し上げる代わりに、私を見逃して下さい。今回は、ちゃんと取引です。ね? 悪い条件じゃないでしょう?」
 早くに両親を亡くした翼にとって、更級の両親は実の肉親と同等の意味があった。兄弟弟子であった門下生達は正しく兄弟だった。
 翼は左目と同時に全てを失ったあの日を思い出し、思わず左手で左目を覆う。
「……まだ、生きているというのか、アレは……」
「えぇ、ピンピンしていますよぉ」
 敵は三日月のように双眸を細める。
 同時に雲の切れ間から満月が顔を覗かせ、翼の方へと影を伸ばす。
「……そうか、分かった」
 翼の言葉に、敵は口元に描いていた弧を更に深め……そして、夜の闇を切り裂くような悲鳴を上げた。
 敵の『影』を大地に縫い止めるように両刃剣を突き立てた翼は、睥睨し蔑むように笑みを浮かべる。
「それだけ分かれば、俺は戦える」
 背負っていた狙撃銃を構えた翼はその引き金を一切の躊躇無く影に向かって引いた。
 耳障りな悲鳴を上げる敵の側頭部を棺箱で豪快に殴り付ける。
「な、なななななんで!? これはお前にとって喉から手が出るほど欲しい情報じゃ……」
「貴様の能力も情報も、真偽のほども、どうでも良い。今、目の前にいる敵を倒す……それだけだ」
 敵の口に銃口を突っ込むと引き金を引く。
 ゴミ袋が弾けるように敵の頭部が爆ぜ、そして塵へと還っていった。
 敵の影が消えた事を確認して翼は両手剣を引き抜くと、赤紫の瞳で満月を見上げ、そして深く白い息を吐き出した。

 ネオンが灯る摩天楼の下、すれ違う人々は誰もが幸せそうで、翼は襟元を掴み寄せてやや俯き気味に足早に駅へと向かう。
「ねぇ、雪だわ」
 誰かの声に翼は顔を上げた。先ほど見えていた満月は厚い雲の向こうに消え、空からは白い綿雪が舞い降りてきていた。
 手のひらで雪片を受け止めて、溶ける様を見届けると翼は再び歩き出す。
 
 たとえ明日がまた戦いの一日だとしても、全てのナイトメアを殲滅するまで翼の歩みは止められないのだから。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【la0667/更級 翼/獣ゆく細道】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 お待たせいたしました。
 仲の良い方の前と敵の前ではガラリと雰囲気が変わるとの事ですのでそういった場面にするか迷ったのですが……
 冷静に敵の甘言に惑わされずぶった切る翼さんの方を採用しました。
 ご受納頂けましたら幸いです。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。


おまかせノベル -
葉槻 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月25日

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