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『Ex.snapshot 017 マーガレット』
マーガレットla2896

 座る彼女の前にある机には薬研が幾つか置かれている。中身は様々な色味の緑〜黄、茶、白と言った辺りの落ち着く色をした、鼻を近付ければ淡くも複雑な芳香を放つのがわかるだろう何がしか。その正体は刻まれたり細かく砕かれた薬草か種子か実か――恐らくはその辺りだろうと思われるかもしれない。ここは『薬屋‐月うさぎ‐』。その奥まった調薬・作業部屋にて、現在の店主――マーガレット(la2896)と言う名の何処かふんわりとした雰囲気を持つ優しそうな女性が、一つ一つ丁寧に作業を行っている。

 ……所謂、「善い魔女」、と言われて想像される姿に近いかもしれない。

 柔らかく波打つ真珠色の髪に、青みがかった――淡い新芽色と空色の混在する不思議な色を宿した瞳。特徴的な長く尖った耳――数多の世界でエルフと呼ばれる種族なのかもしれない。……特に彼女の場合は花から生まれた精霊族にして、森の民と言う素性ではある。このグロリアスベースのある世界に於いては放浪者に該当し、故郷の世界では神に仕える白巫女の一人にして薬師の任も担っていた、らしい。
 そしてこの世界でも故郷と同じく、彼女は薬を取り扱っている。ちょっとした縁のある老夫婦が営んでいた薬屋の、後を継ぐ形で薬屋を切り盛りするのが今の生業の片方。もう片方の生業であるSALFのライセンサーとしての“戦い”を伴う活動より、こちらの方がマーガレットの性に合ってはいる。……それは大切なものを守って生き延びる為には戦わなければならない事もあるとは理解しているけれど。
 ともあれ、薬屋‐月うさぎ‐の店の中はまるでドライフラワーのブーケか何かの様に精製前に当たる生薬が幾つか下げられていたり、華やかさを求められているのでは無さそうな――薬草らしい植物の鉢植えが置かれていたりと「らしい」店内の様子にはなっている。自然から齎された恵みとしての薬、を取り扱っているのだろう事は、知らずとも店表から見るだけで感覚的にわかりそうなもの。店主のその背後、壁に沿ってある本棚には数多の本――それら多くの文献での研究もまた下敷きに、ここでの薬は調合されているのだろうとも見て取れる。
 即ち、ハーブ、薬湯、漢方薬……の様な、体の調子を整えるのに使う薬を取り扱っている薬屋だ。

 そして今、マーガレットは予約注文のあった薬の調合を終えた所になる。ふぅ、と一息吐いて、お客様が当の薬を取りに来るまで小休止。うーんと伸びをしつつ、さて、これからどうしましょうかねぇ、と何となく思案を巡らせる。
 予約注文を頂いている、今仕上げた薬以上は本日予定らしい予定は入っていない。薬屋が暇なのはいい事である。つまり、それだけ体に不調を抱える人が居ないと言う事なのだから。
 殆ど自動的な思考の流れで鉢植えの手入れをしようとまず頭に浮かんだ。……“うちの子”達の面倒、確り看てあげないとですものね。マーガレットはすぐ側にある鉢植えの植物に笑い掛けると、水は足りているか、枯れや病気の部分は無いか。肥料が足りなくて“お腹が空いて”いたり元気が無かったりしないかと話し掛けつつ一つ一つ丁寧に看て行く。
 ここに置いてある分の“子”達の様子が看終われば、次は温室の“皆”――と、言いたい所だが、そこまで本格的に“皆”の面倒を看始めてしまったら予約のお客様の事を忘れてしまいそうなので、ひとまず我慢しておく事にする。……温室の方の“子”らについては朝の内に普段通りのお手入れは済んでいるから、一応、今は行かなくても特に支障は無い。
 我慢我慢と自分に言い聞かせ、マーガレットは店番にとカウンターに戻る。

 ……お客様は来ない。
 それでも待つ。
 お仕事だから。
 つい、うつらうつらと船を漕ぐ。
 みゃー、と足元から声がしてはっとする。
 声を発したのは、セレスだったのかジェードだったのか。
 マーガレットの足元にいつの間にか来てじゃれついていたのは、白い毛をしたスコティッシュフォールドの仔猫が二匹。それぞれの瞳の色からセレスにジェードと名を取った、双子の仔猫。マーガレット自身の混在する瞳の色をそれぞれ二つに選り分けた様な色の瞳をしていて、とある依頼で出会い、引き取る事になった子達である。
 どうやら、船を漕いでいたマーガレットを起こしに来てくれたらしい。

「ふふ。有難う御座います」

 御礼を言って、二匹の額や喉を撫でてやる。気持ち良さそうにしている貌に暫し和んで目を醒ましてから、今度こそきちんと店番に戻ろうと努めておく。
 ぼうっとしていると、またうつらうつらとしてしまうかもしれない。
 そんな事がしていられる位に平和なのはいい事だが――自分の故郷とは違うのだし、世界はそんな平和な場所ばかりでもない。
 ライセンサーとして、SALF本部に舞い込む任務の数々を見ていれば誰にでもわかる事。
 わたしに良くして下さる人達もまた、そういった危険で大変な任務に赴く事は、多々ありますから。

 SALFでの任務は、選べます。自由裁量が可能な範囲も広く、危険な任務にどうしても出なければならないと言う事もありません。ですから、わたしはわたしでお役に立てそうな任務を選んで受ける事にしています。
 それでも。
 自分は受けなかったとしても、危険な任務を見掛ければ、見知った方々がそういった任務を受けるとなれば。
 気懸かりではあります。
 心配にもなります。
 祈るだけしか出来なくて、歯痒い時も。
 それでもイマジナリーの――想いが力になるのなら、届く物だと信じて祈ります。

 癒す事だけなら、わたしにも出来ます。
 その必要がある任務に参加した事もありました。そういう時は、いつものお薬を出す余裕が無い時もあります――ですからイマジナリードライブでEXISに働き掛けて、セイントとしての癒しの力を代わりに使う事もあります。怪我をした方、疲弊した方に対して。出来る限りは癒します。可能な限り、何度でも。
 ……見知った皆さんの痛々しい姿なんて、見ていたくはありませんからね。
 わたしの癒しのイメージは、ほころぶ花にでもなるのでしょうか。EXISを使う際、足元に色取り取りの幻影の花が咲きます――たくさんの“子”達に、頑張れと背を押されている様な心地にもなります。ですからその分、力が漲る様にも思えるのかもしれません。
 わたしはきちんとイマジナリードライブを扱えているのでしょうか――……





 ……――そんな事をつらつら考えていると、マーガレットの耳に、また、声が届く。今度は猫の鳴き声では無くて、人の声。すみません、宜しいですか――……そんな声は実は結構前から続いている様な気がした。
 つまり、客である。
 気付いた時点で俄かに慌てた。
 いつから居たのだろう。

「っ、えぇと……申し訳ありません。お待たせしてしまいました……! って、あら」

 きちんと客人の姿を確かめ直せば、ちょうどつらつら考えていた過去の任務に於ける同行者の一人である。マーガレットが癒した相手にして、前線で後衛を守ってくれていた相手だ。
 マーガレットはそう認識すると、それこそ花の様なふわりとした笑顔を見せる。

「お久し振りです――さん。いらっしゃいませ」

 ……今日は何の用でいらしたのだろう。
 お薬を求めてか、何か他の御用事か。
 どちらであっても――どうぞ、幾久しく健やかに。

 わたしはずっと、そう祈り続けていますから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 マーガレット様には初めまして。
 今回はおまかせノベルの発注有難う御座いました。
 果たして初めましての当方で本当に良かったのかと思いつつ。大変お待たせしました。

 内容ですが、おまかせ、となるとキャラクター情報やら過去作品からして「こういう事あるんじゃないか」と考えてみたキャラ紹介的な日常、がまず思い付く所なのですが、こんな形になりました。本来はっきり決まっていそうな薬屋の内装等も捏造してしまっている気もしますが……致命的な読み違え等無ければ良いのですが、如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
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グロリアスドライヴ
2021年01月26日

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