▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『私が貴方の好敵手になります、と彼女は言った』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785

 満月みたいだ、というのが目が合って最初に抱いた感想だった。大きくてまあるい金色は卵の黄身程濃くはなく、薄紫色の毛髪と共に淡く儚げな印象を与え、一瞬この子は女の子なのだから自分が守らなければ、とそう思わせた。それは唯一己に対して普通に接するあの幼馴染が知らない人間からは男か女か迷われるような容姿と格好をしているせいもあるかもしれない。何はともあれ不知火 仙火(la2785)の日暮 さくら(la2809)との出逢いが鮮烈なものであったことは、明白なる事実である。次元を渡る天使の能力を用いて何処かへと消えた父親が漸く戻ってきたと思いきや、くっついてきたのが見知らぬその少女だったのだから当然だといえば当然の話。しかし見覚えがないかと問われればむしろ逆で、仙火はその少女の容貌を写真を通して見たことがあった。それは幼少期の母親。生写しのようによく似ている。だからこそ、妹達や一族の誰かということは有り得ずに異様な光景だった。状況を飲み込めないまま、親子であるが故に判る困惑顔の父親を見上げてぽつり呟くのはある一言だった。
「とうさん、ゆうかいしてきた……?」
 若干引き気味で口にしたその台詞に、普段堂々としている父親の表情が引き攣り、それを見て何とも言えない感情が湧いてきたが、その正体に仙火が気が付くことはなかった。自分より年下の女の子がまるで恐れを知らない、勇猛果敢な戦士のように凜然として足を踏み出してくる。反射的に腰が引けてしまったのは、自分のものとは明らかに違うが確かに剣術を習う者の動きだったから。本能的に力の強さを悟り怖気付く。しかし目を逸らせない惹かれるものがあることもまた確かだった。満月みたいな瞳がまっすぐに仙火を見据え、言葉を口にする。母のものよりも高い声音が紡ぐそれは仙火にとって、生涯忘れることなき大切なものになるのだった。

 ふわ、と欠伸が一つ零れ落ちる。頬杖をつきつつ眺める先では教授が講釈を垂れているが、今ばかりは聞いた端から次第にすり抜けていく始末。一応学生として真面目にやっているつもりなのだが、近頃は身が入っていない自覚があった。正確にいえば昼が近付くこの時間帯になってくると尚更だろうか。仙火が通う学舎久遠ヶ原学園は人工島であるが故の広大な面積を活かし、幅広い年齢層の撃退士を育成している為裏を返せば行き来もし易い構造になっている。実際屋外に出れば、年端もいかない子供達と出会うこともしばしばだ。
 と現実逃避している間につつがなく講義は終了し、映画を見終えた観客のように一人一人立ち上がって出ていくのを横目で見るも、こういうときに幼馴染がいたらそれとなく逃がしてくれたり、あるいは努めて穏やかそうな口調ながら毅然とやめるように言ってくれるだろうが。生憎今日は姫叔父――補佐役の父親に同行していて遠出するので、カバーが来る期待などはなっからない。いっそこのまま、構内に居残り昼休みが終わるのを待つのもありではないかと、脳裏によぎるのはいつも逃げの一手ばかり。しかし彼女ならその辺であれば無遠慮にやってくることも目に見えていて、仕方なしに仙火は立ち上がり、とうに閑散としたここから離れることに決めた。
「仙火」
 一体いつからだったか、声を聞くことも苦痛に感じるようになっていたのに、けれども彼女の声はどれだけ周囲の声が煩くともよく通り否応なしに仙火の心にさざなみを立てだす。僅かに足が止まりそうになり己を叱咤するように何もない風を装うが、絶対逃げたと思われたくない、ちっぽけなプライドに全力投球で来る彼女を振り切ることなど出来る筈もなく、床を叩く早足のカツカツした音はあっという間に近付き、そして仙火を追い抜いていく。振り返った瞬間、腰を越す長髪が鮮やかに翻り、初めて会った際と違う大人の顔の、同じ月に似た瞳にまっすぐ射抜かれた。口の中に唾液が溜るのが判る。
「先程から名前を呼んでいるのに気が付かなかったのですか? ……はっ、まさか具合が悪いのに無理をしているとは言いませんよね?」
「全然悪かねーから、そんな顔すんなって」
 言ってから体調不良だということにしておけばさしもの彼女も食い下がるだろうと気が付いたがもはや後の祭り。というかどれだけ嫌でも嘘をつき、なかったことにするのは幾らなんでも良心が咎める。逆に嫌味で言っていたのなら、仙火自身も冷たい態度で接せたのかもしれない。彼女――さくらが天然で無用の本来相棒にでも抱くべき信頼を向けていることなど既に、長年の付き合いで理解出来ていた。そして勿論、この後吐き出される筈の言葉もだ。
「それなら、今日の講義が終わった後、私と勝負をしてください」
 絶対臆さずにいる、言い換えれば己が負ける日が来るとは露程も思っていないその声に嘲りの色は見えないことを知っている。あくまでも対等な相手として打ち合うことを望んでいるのだから。仙火は一つ小さな溜め息を零して後頭部をがりがりと掻いた。脳内で言い訳が幾らか思い浮かんで消える。
「悪いが今日も、先約があるんだよな」
「またですか?」
「またもなにも、これで大学生も結構忙しいんだよ。まさか俺の用事よりもお前との勝負を優先しろなんて言わないだろ?」
「それは確かにそうですけど……でも」
「簡単な打ち合いくらいなら夜にでも付き合うぞ?」
 仙火がそう返せばさくらは困ったように言葉を詰まらせた。それでは不満だと顔に書いてある。けれど言えない。何故ならば、あの件以降仙火自ら彼女を突き放しているから。冷たくしないが彼女の思い通りにさせない。いつまで続けられるか解らないが、いっそ、化けの皮が剥がれ失望してくれないかと願いながらも、強さを信じて隣に並んでくれることを、嬉しいだなんて思っている自分がいるのも事実だった。
「なら、それでいいです。ですが次こそは尋常に私と勝負してもらいますからね!」
 珍しく語気を強くして、そう宣言するさくらの指が仙火のこめかみに突きつけられる。出会ったときにはもう礼儀が身についていた彼女としてはらしくもない仕草にいい加減に誤魔化し続けることも限界と悟った。しかし気付かなかった振りをして解った解ったと適当な相槌を打つと彼女の頭に手を置く。癖なく切り揃えられた薄紫の髪はひと撫ですると心地いい。大き過ぎず小さ過ぎないサイズ感が悪いのだと理由付けした。さくらだって嫌そうな顔ではなく満更でもないのだろう。しかしずっとしていられないことも確かだからと名残惜しくも腕を下ろし、すれ違い際に肩を叩いたが目線は合わずじまい。さくらもまた何も言わず、追ってくる気配もなくて安堵した。
 子供の頃並行世界に渡った父親が意図せず連れてきて、不知火家に転がり込んできた八重の娘。両親の代わりに自らリベンジを果たすのだと天使打倒を掲げここに来た彼女にとっては父親のおまけでしかないのに何が宿縁か。幼馴染が拐われた日、無力だった己と顔色一つ変えずに救出した父親の背中と憧憬の視線を注ぐさくらの横顔がまざまざ蘇った。あの日から向き合うのを諦めて、今日に至って。壊れるまでの地獄を今生きている。

 ◆◇◆

 いつからだろうか、女だからと手加減もせず、向き合ってくれていた彼と目が合わなくなったのは。見上げるばかりの彼にも多少なりとも近付けたのかと思えば、引き離されて追いつけなくなって絶対振り向かせてみせると躍起になっていた。
 後で聞いた話だと天使は天使で自分達に子供が出来て、八重のほうはどうだろうとふと漠然とした興味を抱いて思いつきから次元を渡り久しぶりに訪れたらしい。偶然見つけて彼が何者か全く知らなかったのに、ついていった理由は本能で彼が件の天使と察したからか。子供の頃の自身に訊くもよく解らない。ただ一つ憶えているのは父とそっくりの顔をしていても表情やその所作を見て別人であるとすぐ分かって、彼と戦いたいなと思ったこと。ついていって連れ戻され結果として両親を説き伏せて天使の家に厄介になることになったが、まだ頂がどんなものかさえ見ることも出来やしない腕ながらもその天使と妻の力量に遠く及ばないことは、本能的に悟れた。そんな自身にとって期待はしながらも蓋を開くまで分からなかったのが彼の子供の存在。結果的に好敵手は天使の五人と多めの子供の内、目映い炎を宿した長男の仙火だけだ。さくらよりも年上である彼は子供というには色々なものが見えていて大人と称するには我慢は出来ないけれど名は体を表すとでもいうのか、その瞳に灯る炎は意識を惹きつけてはやまなかった。
 夜明けの太陽のように、暗く覆い被さる影が消え、天使よりも白味が強い髪の間から真紅が姿を現した。近付けばそれだけで焼かれそうだと思える程鮮烈な炎だ。今彼と視線が合っているのを自覚し、背筋に震えが走ったのを感じて思わずさくらは僅かに口角を上げた。武者震いか、或いは久しぶりに――いや、初めて本気を見れる喜びか。多分両方共が正解で感情はぐちゃぐちゃになる。きっとこの瞬間を天使の話を聞いてからずっと、待ち望んでいたのだ。だって――。
(私は両親のリベンジを果たすことと同じくらいに、私自身に好敵手が出来ることを望んでいたのだから)
 彼ら両親の世代は、共鳴することによって二人の力を一つに束ねて、それを何倍にもすることが出来た。一生を一緒に過ごすだなんて、言葉にするだけなら酷く簡単。けれど、人の心は移り気で口約束だなんてそれこそ簡単に裏切られる。その点、能力者と英雄の絆は絶対のものだ。何故なら約束を違えることはそのまま英雄の命に直結もするのだから。そして、戦場に出れば互いの命は預けたのも同然だ。生き抜く為に必死になれば自ずと、必要に迫られてではなく、本当の絆というものが生まれるのではないだろうか。両親を見て、その姿に憧憬を抱いたらより寄り添える存在の大きさを知り、それが欲しくて堪らなくなる。
「俺はお前が思ってる程、強くなんかない」
「知っています」
「……ああ。それ程馬鹿じゃなかったよな」
 剣が絡まないときのあの時たま年齢より幼稚な一面を見せるけれど、人誑し故に決して憎めないところ。或いは天使と人間とのハーフであるという出自、一族を背負う日が来る跡取り息子という立場に、ある種の達観を覚えた大人としての精神も併せ持つ。けれど何より彼を彼たらしめていたのは父親に対する劣等感であった。それを目の当たりにしたのは彼の母親がナイトメアに拐われたときだ。鈍った刃とライセンサーの協力を得ても決して浮かばれることのない表情に大凡の事情を悟った。真剣勝負をしたいという希望を裏切られ続けていたことには勿論とっくの昔に気付いていたけれども。なのに、失望することもなく仙火と向き合い続けたのは彼自身が剣術が好きで強くなることにも必死だった過去を憶えているからだった。
「仙火。ここから全てを始めましょう。貴方と私だけの戦いを今」
 切っ掛けが親同士の宿縁であることは間違いない。けれども彼より年下のきょうだいには強く心を揺さぶられることはついぞなく。もしかしたら桐真や胡桃にとってのライバルにはなりうるかもしれないが少なくともさくらに必要なのは、まっすぐさと歪さの中間で揺れ動く自分の鏡合わせになる彼以外にはいないと、そう断言出来る。誤解を恐れずに言えば彼が欲しい。ただその一言に帰結する。
「ああ、いいぜ」
 そう喉の奥から吐き出した声に一つ喜色が混じる。何年も何年も自分から目を逸らしてははぐらかし続けていた彼の瞳さえ弧を描いた。
「俺だってもう、腹を括ったんだ。俺はもうお前からも逃げない。――何をしたって食らいついて追い縋ってやる」
 ――高みに昇る為に。そう続けたような気がした。だから嫌いになれない。焦がれて焦がれてしょうがないのだ。彼は彼でそんなさくらの想いには気が付いていないようだけれども。
(それなら、私が教えるだけです)
 自分の気持ちも知らないような分からず屋にはそれくらい全力でぶつかることが肝心だ。それは今この場が実現したのにも繋がっているのだからと、さくらも笑みを返す。己の腰に携えた愛刀を抜くのはほぼ同時で。後は言葉など交わすこともなく真剣勝負の口火を切る。日暮と不知火、今この一時だけは家を置き去った二人の所縁は、ここから始まるのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
あくまで一個人の考え方ではありますがおまかせで
IFを書くのはなるべく避けたい気持ちがあったので、
躊躇う思いもありながらも、ぱっと思いついた瞬間
わくわくして妄想が止まらなかったので辻褄は絶対
合わないとは思いますが子供の頃にさくらちゃんが
仙火くん達の世界に来てそれ以降もずっと居続ける
(かつ、本筋通りにGLD世界に行く)
というプチ幼馴染な設定で書かせていただきました。
最初はもっと明るい内容にしようと思ったんですが、
IFでも挫折と対面とそこからの立ち直りは必要かな
ということでこうしたお話にさせていただきました。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月26日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.