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『Ghost of a smile』
吉良川 鳴la0075


 吉良川 鳴(la0075)は目覚め、大きく伸びをした。
 今日の予定を思い出そうとして、なんだか頭が上手く働かない事に気付く。
(寝ぼけてるのかな……)
 こういう時は熱いシャワーを浴びるに限る。
 浴室へ向かおうとして、玄関の鍵が開く音がした。
 恐らく彼女が来たのだろうと察し、そのまま脱衣所へと向かう。
「適当に寛いでて」
 いつもならここで何かしら返事がくる筈だが、何の声も聞こえない事に訝しみ、脱衣所から居間へと戻る。
 彼女の見た事も無い、険しい表情に鳴はギョッと足を止めた。
 彼女の足元には身体をこすりつける愛猫の姿がある。
 手慣れた様子で猫の餌を皿に盛り付け、水を替える。
「……」
 名を呼ぼうとして、名前が思い出せないことに気付いた。
「……なんで……?」
 かぶりつくように皿に顔を埋める仔猫を見つめる彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
 そう言えば、昨日は些細な事でケンカ別れしていたのを思い出す。
「なぁ……」
 戸惑いの中、鳴は彼女の肩に触れ……そして手を引っ込めた。
「なん、で……?」
 確かに肩に触れたのに、まるで何にも触った感触が無かった。
 それと同じように、彼女もまた、肩に触れられた事に気付かないようだった。
 銀梅花のペアリングが涙に濡れる。
 愕然とする鳴を、餌を食べ終えた愛猫の翡翠の瞳だけがジッと見つめていた。

 声を掛けても彼女には届かない。
 触れても、触れられない。
「俺、どうしちゃったんだ……?」
 まるで、透明人間にでもなった様だ。
 彼女の後をストーキングするように追う。
 よく見ればその顔は憔悴しきっていて、そんなにも自分が彼女を追い詰めてしまったのだろうかと不安になる。
 そして普段ならば足を踏み入れる事も無い場所に着き、鳴はその建物を見上げた。
(葬儀場……?)
 その、控え室のような小さな部屋に、一つの棺があり、その周囲には何人かの見知った顔がいた。
(誰か、死んだのか……?)
 幼馴染みの姿もあった。元カノの姿も。依頼で良く一緒になるメンツも。
 知り合いしかいないというこの状況に、鳴の血の気が下がった。
(どうして、みんないるんだ……? 誰が、死んだんだ……?)
 一つの予感がある。だが、それは認められない。認めたくない。
 そっと棺の中を見る。
「なんで、俺がいるんだ……!?」
 悲鳴のような声が漏れた。
 棺の中、眠るように安置されていたのは、鏡像などではない、肉体を持った自分自身だった。

 そして、思い出す。
 昨日、デート中にちょっとした口論になって、そのまま別れた後、自分の管理するバッティングセンターへ顔を出したこと。
 ここを愛用しいる草野球チームが試合で優勝したとメンバーが報告に来てくれて、盛り上がったこと。
 焼肉を奢ってくれるというので、喜んで参加したこと。
 楽しい時間を過ごして、あっと言う間に深夜になったこと。
 帰り道、橋の欄干を綱渡りするように歩く馬鹿がいて、笑いながら注意したこと。
 そいつが、足を滑らせたこと。
 咄嗟に伸ばした手を、藁にも縋る勢いで掴まれて、一緒に12月の川の中へと落ちたこと。
 滅茶苦茶に暴れる酔っ払いをそれでも救おうと必死になって声を掛けたこと。
 それでもパニックになった大の大人の暴力はナイトメアより性質が悪かったこと。
 大量の水を飲んだこと。
 濡れた服が纏わり付いて重たかったこと。
 思うように泳げなくなるのを感じて、恐怖を覚えたこと。
 水面に顔を出そうとすると、すがりついてくる手がそれを阻んだこと。
 このクソ馬鹿野郎、二度と一緒に飯なんか行かねぇぞと思って……ヤバイと思った時には、世界が暗転したこと。

「思い出しました?」
 唐突な声に、鳴はしゃがみ込んだまま青ざめた顔を上げた。
 そこには場違いな金髪の女性が立っていた。
 どのくらい場違いかと言えば、まるでステージに立つオペラ歌手のようなド派手なドレスに身を包み、悲嘆に暮れる友人達とは対照的に満面の笑みだった。
「……アンタは?」
 敵ではない。纏う雰囲気がナイトメアのそれとは違う。
「えーと、吉良川鳴さん、で、お間違い無いですよね?」
「……」
 鳴は逡巡した後小さく頷いた。
「この度はご愁傷様でした。いやぁ、まさかあんな所でお亡くなりになるなんて私にも予想外っていうか、何て言うか? なので、第二の人生に御招待に来ました」
「……はぁ?」
 思わず、気の抜けた声が漏れた。
「あー、自己紹介が遅れちゃったけど、私、輪廻転生を司ってます、メ・ガ・ミです♪」
「……はぁ」
 きゃるん☆ という効果音と共に背後に星が飛んだような気がしたが、きっと気のせいだと鳴は敢えて突っ込むのは止めた。
「あー、その顔は信じてませんね? 異世界転生系ってジャンル知りません? 大体40年くらい前に流行ったラノベとか漫画とかアニメのジャンルの一つなんですけどね?」
「……いや、異世界転生は分かるけど」
「あ、じゃあ、まだ自分が死んだことを受け入れられてないとかそういうヤツですね!」
「まぁ、それは確かに」
 未だ目の前にある死体が自分だとは信じられなかったし、何なら「ドッキリでしたー!」と誰かが言ってくれないかと今も縋るように思っている。
「でも、残念ながら貴方は酔っ払った挙げ句に欄干の上を歩くとか言う馬鹿げた行為の結果足を滑らせて川に落ちた男の巻き添えになって死んじゃったんですよ」
 ゴボッ、と自分の肺から漏れた空気と、代わりに流れ込んできた水の冷たさを思い出し、身が竦む。
「ちなみに、貴方が助けようとした男は貴方を踏み台にして岸に辿り着けたので助かりました。なので、貴方は人助けをした結果、自分は死んじゃった悲劇のヒーローみたいな扱いで地方紙の隅っこに載ってますよ」
 何処から取り出したのか、新聞の小さな記事を指差す。そこにはSALFに登録するときに撮った証明写真が丸く載っていた。
「アイツ、助かったのか……」
 小さく、笑う。鳴は自分でも驚くほどその事実に……素直に良かったと思える自分がいる事に安堵した。
「ま、これも含めて様々な功徳ポイントが一定数貯まった状態で、寿命を全うできなかったという事で、貴方には別の世界でリトライの権利が与えられました。強くてニューゲーム万歳。ただし、この世界には帰ってこられません」
「……来訪者とは違う形で別世界に行く、みたいなもんか?」
「似てますけど違います。生まれ変わりですから、貴方は別世界の人間として生を受けることになります」
「断ったら?」
「消滅です。サヨナラ人類、サヨナラ地球」
「記憶は?」
「引き継ぐか忘却するかは運次第です」
「……分かった」
 死んでもそばにいる、ということは出来ないらしい。
 立ち上がり、椅子に座って俯いている彼女の額にキスを一つ落とした。
 何かを察したらしい彼女の顔が上がる。
 目が合った、と思う。
 泣き腫らした顔にすらこみ上げる愛おしさに鳴は微笑んだ。
「ちゃんと、仲直り出来なくてごめん。愛してるよ」
 心残り一つ。それでも死者が生者に出来る事はもう無いから。
 忘れてとも忘れないでとも告げられず、鳴は自称・女神の手を取った。



 ある世界で一つの産声が上がった。
 その小さな手のひらには白い花を模した指輪が握られていたという。

 ――その世界で鳴が出逢う運命――それはまた、別の物語が紡ぐことだろう。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【la0075/吉良川 鳴/銀梅花が繋ぐ別の未来へ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 異世界転生する事になったら鳴さんの場合はどう反応するだろうという妄想が形になったらこんなん出ました。
 一つだけ何か持って行けると知ったなら、是非指輪を選んで欲しいという願いを込めつつ。
 ご受納頂けましたら幸いです。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。


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グロリアスドライヴ
2021年01月27日

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