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『雨降って地固まって、晴天になる』
不知火 楓la2790)&不知火 仙火la2785

 いつも隣にいるのが彼女だった。気付けば共にあるのが当然になり、いなくなる未来など想像したことがないくらいだったというのに。勿論彼女が自分の意思で、愛想を尽かし離れていったのならそれはしょうがないことだ。自分がそれ程誰かに好かれる人間でないのは周囲の態度を眺めていれば解る。それは人と天使の混血である出自からも影響を受けているし忍の一族として長く続いている不知火家嫡男であることも大きい。女当主の立場で、姫叔父と慕っている少女の父親や友の支えがあれど、内外に付け入る隙を与えず自らの責務を全うする母親は勿論、他の才はないなどと親しいが故に忌憚のない評価を受ける父親も剣客としての能力はまさに、一線を画す。――率直にいえば不知火家を継ぐこともあの剣術道場の主となることも全てが重荷に感じられる。しかし、もし彼女が隣にいて支えようとしてくれるのなら頑張れると、そんなふうにも思うのだ。だから、決して手放さないとこれまで努力をし続けていたくらいだというのに、少女はいなくなってしまったのだ。全ては己の力が全く足りなかったせい。その彼女――不知火 楓(la2790)を助けられなかったという苦い記憶はその日から不知火 仙火(la2785)の人生にも暗い影を落とし、そして、再会した今も尾を引いているのだった。

 一つ二つ三つ。意味もなく数を数えている間にも、目前で目まぐるしく状況が動いている。一方が攻勢に出たと思えば次の瞬間には攻守の立場が入れ替わり、如何に相手の意表を突いて動けるかに、意識が傾いているか感じ取れ、だがその攻防が刺激をくれるようなこともなく、退屈で視線を逸らしたくなる。といっても、自分が今ここで最良の結果を残そうとするなら、ひと度戦いに赴けば味方にもなる同期生の癖を知っておくに越したことはない。子供の頃ならば無条件に、自分の強さも信用したが、未来の撃退士が集まる久遠ヶ原学園に籍を置いていれば、所詮は井の中の蛙だと冷静に、自己評価も出来ない程に愚かではいられず、単に能力が足りないのならば、天才と呼べる人間より頑張り続けることで未来をやっと見出せる。
(それでも俺が誰かの足手纏いにしかならないのに変わりないけどな)
 そう胸の内で吐き捨てた言葉は遠いようで未だに鮮明な苦い思い出をフラッシュバックさせる。途端に吐き気が込み上げ出しそれをぐっと飲み込みつつ顔を逸らした。選択肢を一つ間違えていなければ、彼女は今までも側にいて皆まで言わずとも心の声を読み取ってくれる、そんな唯一無二の人でいてくれたかもしれない。そうすれば彼女を少なくとも急な出来事によって酷い目に遭わせることもなかった筈だ。とうの昔に終わったたらればの話を未だ引き摺っている間にやっと同期生の試合は終わったようでそれぞれ得意とする得物を振るい鳴らす音が消えていた。とそのとき、
「次、不知火」
 と、そんな声が聞こえてつい仙火の身体はびくりと跳ねた。背けていた顔を漸く正面に向けて自分の出番だと腰を浮かしかけたところ、半端に静止する。何故ならば、開けたスペースのその更に奥、逆方向の壁に寄りかかるように座っていた、一人の人物が立ち上がったのが見えたから。その名に違わない紅に色づいた瞳が自らを捉える気配を察して咄嗟に視線を外しひゅっと息を飲み込めば、追従するように、汗が吹き出してきたのを感じる。家にいるときには名前で呼ばれることが当然で一方外に出れば今回のように苗字で呼ばれるほうが多いわけだが如何せんこの空白の長さは自分以外にそう声を掛けられる人間がいるという意識をすっかりと忘れさせた。女性にしては気持ち低めの「はい」という声が聞こえて、何故かどうしてもそれを無視出来ず見たい気持ちと見たくない気持ちの板挟みに合いつつ仙火は座り直し、正面に立った姿を漸く見やった。
 髪の長さこそ肩を少し過ぎたという程度だが、すらりとした細身の体型ながらも薙刀という取り回し難い魔具を最大限活かす為にとフェイント目的の装飾はあるとして、しかしそれも込で実用性を重視した服装は彼女の性的魅力を存分にと引き出している。胸元が開いていたりだとかスカートを履いているという露骨なものではない故に外見に囚われるでもなく、本質も含めた良さが感じられるとでもいうのか。実際に同性には慕われて異性に好意を抱かれることを噂で仙火も知っていた。それに意識して視線を逸らし続けていても同じ構内にいれば自然と目に入ることもあったから。
(――ここにいる連中は皆あいつが小さいとき、男みたいな格好してたことなんか知らないし想像もつかないだろうな)
 などと思えば、胸中に湧き上がる感情は、優越感と呼ぶに相応しいものだった。自分は確かに彼女と同じ一族で幼馴染と呼べる間柄だったとどれくらい忘れたくても忘れられない記憶が、現実を証明し、己が手で取り戻せていたならと後悔が押し寄せてくれば息が詰まった。――大切な存在を将来失う心配がないように強くなろう。そう思い拳を握るも握力を込めた肌は痛みを伴って、理由は不明だが微かな震えまで感じられる。もう一度前を見やればいつの間に始まったのだろう、既に駆け引きは行われていた。見慣れない背格好になった彼女が見慣れた技で戦う姿に何か感情を抱くより先に己が彼女の隣にいない現状況に対する違和感ともどかしさが生まれる。そうして今日も仙火は彼女との遠過ぎる距離をひしひしと噛み締めつつも一歩足を前に踏み出せずにいた。

 ◆◇◆

 大切な大切な、家族と同じかそれ以上に思っている彼を生かす為に死ぬのならば、それも本望だと心の底から思っていた。本来ならばもしも嫡男に何かあった際に自らの手で引導を渡すのが今の当主の補佐役の娘として生を受けた自分の役目でありそれに対して、覚悟していたつもりだけれども。その心配はしていないとはいえど、もし叶うのならやはりしたくはないなんて甘い考えが脳裏を掠める程度には親愛の情というものを抱いたのも、確かだ。だから寂しいという気持ちはあっても、自分か彼か、どちらか一方の生きる道しか繋がっていないならば、絶対に迷うことなく自分自身を犠牲にする道を選ぶ。とそんな想像もいざ現実になってしまえば今の状況を冷静に受け止める、余裕なんて微塵もなく痛いような熱いような何もいえない嫌な感覚があったことだけは鮮明に残っている。もしかしたら彼は何か叫んでいたのかもしれない。自分を助ける為に追いかけてきてくれたこと、そして名乗るも当の本人と気が付かずに、邪魔なガキだと怒り狂った誘拐犯に勇敢にも挑んでくれたこと、それが現実に起きた幸福を噛み締めてその余韻に浸りつつ彼こそが目的の次期当主だと告げたときの、鼻白んだ誘拐犯の顔といったら酷く滑稽で次の瞬間には視界の隅に銀が閃くのを見た。一度戦うと決めれば拮抗する可能性は少しだがあって、時間を稼げたら彼の父親が助けてくれるかもとも考えたものの結局何か余計に、誘拐犯のヘイトを仙火に向けさせることが怖くなってさして抵抗もせずその冷たい刀身を体に受け入れた。すぐに意識は途切れ漸く目が覚めた直後に映ったのは最愛の家族の心配から安堵に変わる顔。彼がその中にいないことに疑問を抱きこそすれどどうも彼が重傷を負ったり、はたまた死んだという悪い想像は頭の中に浮かばなかったのを憶えている。だから自身も無事に彼が助かって、嬉しかったというのが目覚めて一番に抱いた感想。一命を取り留めはしたが傷は深くろくに動く状態ではなかったし彼と自分の立場云々を抜きにしてもわざわざ人に彼が見舞いに来ないか聞く気は起きず空白の時間は過ぎ。だがしかし結局我慢し切れず聞こうとした矢先に自らの怪我が撃退士として隣を歩くには酷く大変なハンデになると打ち明けられ、目の前が真っ暗になった。そしてその後会いに来た彼の顔を見た瞬間、自分が側にいると彼の為にならないと悟った。
(あれから何年経ったかな)
 悲しくて悲しくて、涙も出ない心に蓋をして、清潔過ぎてかえって具合が悪くなるような病室を離れ漸く戻った後も前のように彼と会うこともしなくなった。元より父親が当主補佐役の立場で現当主及びその夫と懇意でなければ末端の血を引く自分は彼と幼馴染にならなかったと理由付けし、同姓を名乗って、同じ所で暮らしながらも接点を持たずに生きていた。なのに今目の前には彼――仙火がいて楓を見返していて。その事実に湧き出る感情は一言でいうなら歓喜であった。だが本当は言い表せない。全身が震える感動といえばそうで、古傷が疼く程のぞわぞわした感覚もあった。勿論仙火に落ち度がないことなど、よく分かっているが。何せ意識を失う前に見たのが彼の絶望し切ったような表情だったのだから、怪我と仙火が紐付けられていても、仕方がない話だ。しかしやっと向き合えた事実に万感の想いが胸を焦がす。
「本当はずっとずっとこうしたかった」
 あの頃流し損ねた涙が今更になって溢れてしまいそうになった。声の震えにかそれともその言葉になのか仙火が見開く瞳には驚きの色と一緒に若干の動揺が混じっていた。けれど拒絶や嫌悪といったものはそこには窺えなくてほっと息をつく。
 会いたくてひと目顔を見るだけでは足りなくって、声を聞くだけでなくそれが自分に向けられるものでいて欲しかったし、出来ることなら幼馴染としてあのまま仙火の隣に並んで自分の父親と彼の母親のように、信頼し合える唯一無二の人になりたかった。子供の頃は当たり前に享受していた幸せはこの手から離れて、初めて得難いものであったと知り物足りない日々を生き続ける内に我慢する術を覚えたけれど一度決壊したらもう誤魔化し切れなかった。だから一度は諦めた撃退士への道を沢山の無茶をした末に選んだのだ。
「悪かった」
「どうして謝るの?」
「どうしてって……お前が死にかけたのは全部、俺のせいだろ?」
「謝るのは私のほう。だって、馬鹿みたいな思いつきで君を危険に晒したのは私なんだもの。仙火なら私を助けに来てくれるって解ってたからね」
 言い返せば彼は黙り込んだ。いや俺が悪かったんだと言いたいことは全部顔に書いてある。それが可笑しく思え、短く笑い声を零した。想像通り訝しげな表情になる。或いは子供の頃の変に意固地になっている際の顔だ。彼自身のこととなると強がって平気な顔をする癖に、例えば自分が女なのに話言葉が男みたいだと馬鹿にされたときなど手は出さなかったが怒り心頭で言われた本人の自分が宥めているのに、収まらない程だった。と、そんなことを考えていると結局はこういった意地の張り合いが今この状況を作り出しているのに気が付く。
「ねえ、仙火――私はね、本当に嬉しかったんだよ。あの日君が私を助けに来てくれて。危険なのになんでこんな、馬鹿なことをしたのって思いながらも、君に大事に想われてるんだって思えて、嬉しかった」
「俺はただ単にお前を失いたくなかっただけだ。もしも俺の目の前で楓のことを奪おうとするような奴がいるなら許せないと思ったんだ、それだけのことなんだよ」
「うん、うん……」
 相手のことが大事でその幸せを妨げる者がいるのなら、それが自分自身でも絶対許せなかった。そんなシンプルなことが相手に己の思いを押し付ける一方的な行動になり、何の為にそうしたのかも分からなくなっていた。そんな間抜けで、今なら少し笑える話。
「ただ傷付け合うだけの根比べはもう終わりにしよう。今私は――僕は君とやり直したくて堪らないから。我儘だけど、全部許して」
「許すも何もそもそも俺らは喧嘩すらしてなかったんだぜ。だから、これはやり直しじゃなくて、あのときの先を十何年かぶりに続けるってだけのことなんだろうな」
 漸く、仙火の顔貌に笑みが浮かんだ。にっと歯を見せるそれは子供の頃によく見たもので、時間は経っても楓が彼の為に人生を捧げようと思えた本質は何も変わっていないとはっきり証明している。そうして差し伸べられた手は喧嘩をしたときのものではなく毎日互いの腕を磨く為にと切磋琢磨して、汗水を流した後にしていた挨拶と一緒。その手を握り返せば、熱いくらいの温もりが楓の胸に炎を灯した。二人の人生の続きはこれから。交わった線が再び別れることはないと楓も仙火も無条件に信じられたある日だった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
先日に納品をさせていただいたものと同じく今回は
IFということで、仙火くんのお父さんによる救出が
間に合わず、楓さんが大怪我をした世界線のお話に
させていただきました。目前で一見死んだと思える
重傷を負われたら本編の仙火くん以上に心が折れて、
楓さんは楓さんで迷惑を掛けたくないと気を遣って
お互いを想うのに裏目に出てしまったイメージです。
相手の為に自分を蔑ろにするのが仙火くん楓さんの
関係かなという妄想で。楓さんは仙火くんと対等の
関係でいたくて男性っぽい口調と服装だったけども
一緒にいられなくなって女性的に、でまた戻ったと。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2021年01月28日

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