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『このまま そのまま 突き進むひかり』
桃李la3954


 将来的に憂いとなる芽があるのなら、早めに摘んでしまおう。
 それが桃李(la3954)の基本方針であったし、実際それを基準に受ける依頼を選別してきた。
 ……たまたま、その依頼が自分の身の丈よりも難儀であったというだけのことだ。

「……いけると思ったんだけどな」
 共に依頼に赴いた5人の生死は不明。桃李自身も崖から転落して、たまたまくぼみに溜まった腐葉土の上に落ちたお陰で大きな怪我こそないものの、ある意味底なし沼のようなこの場から動き出せずに途方に暮れていた。
(そういえば新雪に埋もれると抜け出せないまま凍死するって聞いたな……この時期まだ凍死は無さそうだけど、さてどうやって出たものか)
 間もなく冬になろうという時期、不吉なニュースを真っ先に思い出すのも深い森にたった1人でいるからだろう。
 雪ならば踏み付けて出る事も出来ただろうが、上はこの秋に降り積もった落ち葉。下は天然の腐葉土。底なし沼のように沈み込むことは無いが、踏ん張ろうにも踏ん張れず、前に出ようとしても次々に落ち葉が落ち込んできてしまい、滑ってばかりでちっとも前に進まない。
「……これは、困った」
 呆けたように空を見上げる。
 オレンジ色を濃くした木漏れ日が葉や草に反射してキラキラと美しかった。
 時折森の小動物達が木々を渡り、地面を駆ける音が聞こえる。
 野鳥の囀りとむせ返るような山と土の匂い。
 そして這い寄る夜の気配。
 ――と、静寂を破るガサガサと明らかに何者かが近付いて来る音に桃李は直ぐ様反応した。
 獣の四つ足ではないと分かった所で桃李は「おぉい、助けてくれ」と手を上げた。
 その者は驚いた様に一瞬立ち止まり、そして恐る恐るといった風にそろりそろりと桃李のいるくぼみまで近寄ってきた。
 そして、ひょこりと顔を覗かせた。

 黒目がちなくりくりとした目が何度も瞬きながら桃李を見た。
 そして桃李は、その青年の頭部にあるピコピコと動く狐耳を見て目を丸くしたのだった。

「お風呂に着替えまで、有り難うございました」
 狐耳の青年のお陰で無事あのくぼみから脱出した桃李は、案内された古民家で熱いぐらいの五右衛門風呂を頂いて、少し丈の足りない浴衣に袖を通して、改めて青年に頭を下げた。
「いえ、お役に立てて良かったです」
 小さな古民家は隅々まで手入れが行き渡っていた。
 囲炉裏には薪がくべられ、自在鉤には鍋が吊られており、そこからは味噌の良い匂いが立ち上っていた。
 具だくさんの味噌汁、といった田舎料理は一口啜っただけでも空腹と疲労感を一気に薙ぎ払って行くほどのインパクトがあった。
「美味い……!」
「良かった。ご飯もまだありますから、遠慮無く召し上がって下さい」
 桃李は遠慮無くおかわりを頂きながら、情報を交換していく。
 この家に案内されて最初に電話を借りて、SALFに連絡を入れていた。
 SALFの連絡先を知っている彼もまた当然来訪者であり、ある日気付いたらこの集落にいたらしい。
 その容姿から“コンさん”と村人に呼ばれ、世話を焼いて貰った事を切欠にここに棲み着くことにしたそうだ。
「戦う事は苦手な僕でも皆さんが必要としてくれますので」
 そういって彼は笑った。
 圧倒的に若者が足りず、最寄りの家が2km先というこの集落での生活は楽ではないだろうと思うが、「元々の世界もこんな感じだったので」とカラリと彼は笑った。
「でも、無事退治出来ていてよかったです」
 桃李が滑落した後、残った5人でナイトメアは無事退治されたとのことだった。
「全く、カッコ悪いなぁ」
「そんなこと無いですよ。戦えると言う事は凄い事です」
 ピコピコと動く耳とふぁっさんふぁっさんと床を叩く尻尾が、心からの言葉だと裏付けるようにして動くものだから桃李は思わず笑った。
「ありがとう」
 食事を済ませた後、洗い物を買って出る。
 ふと、神棚に供えられている篠笛が目に入った。
「あの笛って吹ける?」
「えぇ」
 神棚から笛を降ろすと、青年は唄口に唇を当て、息を吹き込み。
 一般的にピーひゃららと喩えられる、どこかノスタルジックな音色が木造の室内に響き渡る。
「いいね。お礼に一つ舞わせて頂こう」
 親しんだ篠笛の音。だが、聞いた事のない曲。
 桃李は鉄扇を取り出すとクルリと舞い始めた。
 奏者の表情、息遣い。音色から広がる世界を読み取って扇代わりに鉄扇を広げ、そよがせる。

 高く、澄んだ音が桃李に見せたのは中秋の名月。
 美しい月を意地悪な雲が覆い隠そうとするのを、風を呼んで押し出す。
 足元を見れば月夜に咲く花が、風に吹き飛ばされまいと必死にしがみついていたから、風除けになろうと横に座る。
 そしてすっかり雲の消えた空に浮かぶ見事な満月を、美しい花と一緒に楽しむ。

 囲炉裏で干物を炙り、それを魚に日本酒を酌み交わす。
「貴方にはそういう風に聞こえたんですね」
 くつくつと楽しそうに笑うので、桃李は首を傾げて「違った?」と問うた。
「そうですね……娘が領主の嫁に選ばれますが、娘は嫁に行きたくないのであの手この手で領主を諦めさせようとして、最終的に家も家族も捨てて旅に出るという唄です」
「そりゃまた、全然違ったな」
 額に手をやった桃李に彼は笑って首を振った。
「いえ、貴方は優しい人なんですね。雲を蹴散らすのでは無く押し出して、月夜と花という美しいものを愛でる……『桃李不言下自成蹊』の言葉通りの人だ」
「良く知ってるね?」
「この家の持ち主が古典がお好きだったようで、本が残っていたんです」

 『桃李不言下自成蹊』
 桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す。
 桃や李(すもも)は何も語らないが果実と芳香で人を多く集め、その下には自然に道が出来るという『史記・李将軍列伝』に出てくる諺。
 桃や李は人徳のある人のたとえで、優れた人格を備えた人のまわりには、その人を慕って自然と人が集まってくる、という意味を持つ。

「どうだろうねぇ? そんな大層な人物にはまだ至れていないと思うけど」
「電話でも最初に残された5人の安否を気にされていました。無自覚なのかも知れませんが、そう言った貴方の立ち居振る舞いは、きっと人を惹き付ける」
 真っ直ぐに評価されて、桃李は気恥ずかしくなってお猪口を呷る。
「ただ、カッコつけているだけだよ」
「じゃあ、そういう事にしておきましょう」
 酒宴は疲労からくる眠気に桃李が抗えなくなった事で早々にお開きとなった。
 用意された布団に倒れ込むようにして目を瞑る。
 翌朝まで何の夢も見なかった。


「本当に有り難う」
「僕こそ楽しかったです。どうか元気で」
 桃李はやってきた一車両しか無い列車に乗り込むと、彼に手を振って別れ、流れる風景を見つめた。
「……いやぁ、無理だな」
 来訪者としてこの世界にやってきた異形の彼は、これからもこの小さな集落で彼を受け入れてくれた人たちと暮らす。
 一方で、この世界で生を受けたが異端者としての自覚がある桃李は、これからもSALFに所属し、また戦いへと赴く。
 互いが選んだものは真逆で、だがどちらも自分が選んだ人生だ。
 彼を否定する気は無いが、ただ、桃李には無理というだけ。
 たまにこうやって失敗することがあっても、いばらの道で花が咲くなら、絶対に見逃せないのだから。
 このまま、そのまま、突き進む。
 ジェットコースターのような日々を乗りこなし、楽しむために、桃李は街へと帰っていった。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【la3954/桃李/突き進むひかり】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 宮沢賢治の注文の多い料理店のような話しを最初イメージしていたのですが……ドコイッタ。
 良い名前だなぁと以前から思っておりまして、恐らくお名前の出典は古典だと思ったのでその話題も出しつつまとめてみました。ご受納頂けましたら幸いです。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。


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グロリアスドライヴ
2021年01月28日

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