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『今、手を伸ばせば届く幸福を』
白野 飛鳥la3468

 時計の秒針に空調の稼働音、一人で口を閉ざしても静寂と呼ぶには相応しくない音が絶えず部屋の内側に響いている。勿論普段なら敢えて気にする程煩くはなく、読書したり勉強したりするにしても意識の埒外にあった筈だ。なのに今ばかりはやけに引っ掛かって、仕方がないのは前述のように何か集中をすべき事柄があったりも特にせず、むしろ、退屈を持て余したが故だろう。すべきことであれば何か脳内を引っくり返したら自然と見つかるに違いないけれど。しかしながらもし見つかったとして今の自分に出来ることは、多くはなかった。とそんなことを考えていると室内ならではの音に混じり、ひゅうひゅうと呼吸をする度喘鳴が何ともいえない不快な感覚を伴ってきては思考を千々に、掻き乱した。絶え切れず咳をするよりも先に急に鼻がむずむずとし始めそのままくしゃみが一度、二度と、続け様に出て溜め息まで零れそうになった。直ぐティッシュを引き寄せ洟をかむも、どっと疲労が押し寄せる。白野 飛鳥(la3468)は風邪を引いていた。
 そもそもとして一体何がその原因なのかと問われれば、つい先日の任務の際に海上に赴いたせいと強く断言が出来る。ナイトメアは人の精神や肉体を食らう生物なので本来であれば奴らが現れるのは大抵都市なのだが今回は遊覧船に乗っていた人々を狙い海上での活動に特化したナイトメア達が襲ってきたという話だった為飛鳥達ライセンサーもまた戦艦に乗った上での戦闘を行なうことになったのだ。命の危機がある場面はなかったものの、揺れる足場に苦戦し長期戦になった末に海上はしけって。雨に降られる程度でさえ時間が経てば次第に染み込んでいき、全部片付く頃には皆の体がびしょ濡れの有り様になった。予めそれを想定し直ぐに着替えたはいいが、ぴたと張り付く衣服を脱ぐ際に寒気を感じていたのは事実で、いやそれは気のせいだと自分に言い聞かせてみたが帰る為に、キャリアーに乗ったときにはもう、気怠さを感じたし翌日には起きた瞬間に辛く感じる程度の体調不良にもなっていた。
 勿論風邪を引いたまま放置しても百害あって一理なし、元々あまり好きではない、何も出来ない時間がより疎ましくなって嫌気が差したが、転移をして一人暮らしらしい一人暮らしを漸くしたのもあり、風邪薬を常備はしておらずドラッグストアに買いに行ったのはよかったが、それにより悪化した感もあり、任務後三日目の今日は一度起きたっきりだ。
(――たかだか、風邪で死んだりはしないんだろうけど。一人ってこんな心細いものだったっけ)
 追憶どころか、印象らしい印象すら残っていないのは、三歳の頃両親が殺害されたからだ。写真でしか知らない彼らに深い思慕を抱けたのは周囲に聞いたそのエピソードに愛情を感じた為。それ故に二人が命を落とした原因である欲望のまま暴れる者達のことが嫌いだ、許せないと思う契機になったのも、間違いないであろう。目には目を歯には歯をなどと言いたくはないが、同じ手段を使う復讐に溺れず済んだのはひとえに伯母の存在があればこそ。
 但し彼女もまた飛鳥が十六歳になるまでの間我が子も同然と手塩にかけて育ててくれたが、ある日突如としていなくなってしまい、そのとき初めて、孤独という言葉の意味を痛い程知ったのだった。勿論特段多いタイプではないにしても、友達の存在は大きな支えになってくれたし、厳密にいえば独りではないのかもしれない。ただ家族と友人では全く関係が異なり心の拠り所になるかならないかもまた違っていて、それに書き置きも何も残っていない失踪なだけに何か事件事故に巻き込まれたのではないか、という純粋に生死を案じる思いだけでなく、もしかすると己に何か思うところがあって、そのことに嫌気が差し自主的に失踪したのではないかという考えが頭にちらついてしまいしょうがなくなったのだ。思い出は伯母のほうも大切に想っていてくれた筈と信じさせるけれど。勿論彼女がいなくなっても生き続けなければならないしで伯母の教育の賜物か、炊事洗濯の諸々は問題なかったが為に孤独感は長い間残った。
(とっくに慣れたつもりだったのにおかしいな)
 安否どうこうを横に置けば彼女には甘えるまいと一人暮らしはするつもりだったから、それが早まっただけだと割り切ることは出来た。なのにこちらの世界に転移をして、他にも自分と同じ境遇の人達がいるのを知ると、もしかしたら伯母も、といった想像は脳裏にちらついた。期待は自然と似た格好の人間を見つける度に目で追わせ更には本部でそれらしき人物を見かけて藁にも縋る思いで捜索して、再会をするに至ったわけだが。とはいえこの世界でももう別に生活をしているのもあり、一緒に暮らしたりしなかった結果、今独りの辛さを身に染みて感じている。単に気が弱っているので思い出が突き刺さるのもあるのだろうが。喉の奥に押し込めるように何度か咳をして寒気に布団を被りたくもなるが昔のように心配そうな顔の伯母にせっせと看病されるようなことはない。昨日から飲んでいる市販の薬も然程効き目がないようで仕方なしに飛鳥は上半身を起こした。それだけで疲れが押し寄せてくる。よく回らない脳でゆっくり身支度を整えて家を出たその矢先に寒風が吹き荒び、火照った肌に鳥肌が立つ。歩くことさえ酷く億劫でも幾ら何でも救急車を呼ぶのは良識が咎めて、けれど二百メートル程歩いたところで徒歩と公共交通機関とを駆使しての移動は無理と悟りタクシーを呼んだ。酷く掠れた声で病院の名を告げればまた咳が出そうになってマスクをつけている為特に意味などないと解ってはいても顔を背けてから何度かする。そうする間にやっと病院に到着し、手続きと一時間にもなる待ち時間を経て診察を受けた。頭の隅にインフルエンザやら肺炎の文字が踊るものの特にそんなこともなく診断結果は風邪だった。症状に合う薬を処方して貰い、行きと違うタクシーに乗り家路を辿る。
 無事に家に着くと、コートを脱ぎ薬を飲んだ後早々にベッドに戻ろうとして、だが薬を飲む為に食べる物がないことに気が付いた。既に再び外に出る気力体力のどちらもなく、飛鳥は呆然とベッドに腰を下ろす。途方に暮れ何気なく視線を窓に向けるとそこには伯母が先日贈ってくれた白いポインセチアの花が咲いていた。赤色はクリスマスのイメージが強いが、この白色は一体どんな意味を持ち、何を思い贈られたのだろう。そんなことを考えているうちにまた人恋しさが募り、彼女の手料理を食べたくなる。とそのとき、時計と空調音を掻き消すように音が鳴った。くぐもったそれは考えるまでもなくスマホから。重い体を引きずってすぐ鞄を引き寄せそれを手に取った。その画面を見れば書かれているのは今まさに思い浮かべていた伯母からのメッセージで。更に件の任務を知り、飛鳥の身を案じるものだった。躊躇いはただの一瞬だけ。返信をタップすると、思ったままの言葉を書き連ね、送信を押せば張り詰めた空気と共に不快な感覚が抜けた気がする。
(ちゃんと頼るときは頼ろう。でないと伯母さんに偉そうなこと言えないから)
 自分が出来ないなら人に偉そうなことを言うべきではない――そう教えてくれたのは他でもない彼女なのだから。不思議と薬を飲む前から楽に感じながら飛鳥はベッドに入る。もうじき伯母が来てお粥を作ってくれることを期待して、目を閉じた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
今回は以前書かせていただいたものの逆バージョン的な
微妙にリンクもしている話にさせていただきました。
一人暮らしらしい一人暮らしを〜のくだりは飛鳥さんが
元々、伯母さんと二人暮らしだったお家にそのまま
住み続けていた為日用品等は残っていた(薬もあった)
というニュアンスですが解り難くてすみません。
ポインセチアの部分も妄想が多々あるのでなんちげ
だったら申し訳なく。飛鳥さんは子供の頃にしても
遠慮がちというかあまり甘えないイメージがある為、
体調が悪いときくらいは甘えてもいいんじゃないかなと
勝手に余計なお節介を焼きました。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2021年01月29日

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