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『スナイパーは密やかに、賑やかに』
日暮 さくらla2809)&吉良川 鳴la0075)&珠興 若葉la3805)&赤羽 恭弥la0774)& 陽波 飛鳥la2616)&神取 アウィンla3388)&澤口 颯哉la3728)&芳野la2976)&フェーヤ・ニクスla3240)&柳生 彩世la3341

 SALFがEXISの適合者へ発行するライセンスには、身体適性の計測結果を基に振り分けられた“クラス”が記されている。
 能力を複合的に計った上でのアンサーであるため、各クラスに「この能力に秀でている」という傾向は存在しない。自分としては意外なクラスへ分別されることもしばしばだ。
 そのクラスのひとつに、“スナイパー”がある。
 言わずと知れた狙撃手を指す呼称だが、SALFにおいてはガンナー全般を指して云う。
 ナイトメア待ち受ける戦場は、人員をひとつの役目に固定しておけるほど温い場ではありえないし、だからこそ彼らはプロフェッショナルでありながら実に多彩な個性を発揮してもいて。
 ……そんな個性がひとつ処に集まれば、それはもうただで済むはずはないのだ。


「これよりー、第1回っ! SALFスナイパー親睦会をー! 開催いたしますーっ!!」
 日暮 さくら(la2809)が大きな声を張り上げると。
『いぇー』
 皆月 若葉(la3805)がいつになくテンション低い声で応え。
『それにしても寒いわね。日暮さんは大丈夫?』
 細く絞った声音でさくらを気づかう陽波 飛鳥(la2616)。
『開幕宣言、観測完了したぜ』
 赤羽 恭弥(la0774)は淡々と告げた。
『こないな機会、なかなかありまへんよってなぁ。楽しませてもらおかぁ』
 薄笑みを含めて低く、芳野(la2976)が続く。
『楽しむ……了解、だ』
 吉良川 鳴(la0075)もまた無声音でうなずいて。
『同じスナイパーの皆と交友を深められる機会だからな』
 穏やかにぽそぽそと神取 アウィン(la3388)が合わせた。
『おう、盛り上がっていこうぜ』
 言葉とは裏腹、澤口 颯哉(la3728)の声は盛り下がって低い。
『雪はやっぱいいよな。帰ってきたって気がする』
 と、粛々と盛り上がる柳生 彩世(la3341)である。
 果たして、ラストを飾るフェーヤ・ニクス(la3240)の、携帯端末を使用しての機械音声。
『……いつ、撃てば、いいの?』
 沈黙、沈黙、沈黙。
「撃たなくていいんですよ。今日は親睦会ですから」
 肉声で伝えることをあきらめ、さくらが通信機へ応えると。
『……どうして?』
 どうして!? フェーヤに問われたさくらは思わずよろめき、あわや我を取り戻した。
 いけません! ここで私が斃れてしまえば、この会は瓦解してしまいます!

 ここはとある雪山の中腹であり、前後左右、すべてが他の雪山に囲われた場所。
 なぜこんなところに独りぼっちでさくらが立ち、他の9名と通信でやりとりしているかと言えば――スナイパーだからだ。
 と、それだけでは意味がわからないだろうから、もう少し説明しておく。
 せっかくスナイパーが集まるのだから、スナイパーらしさを大事にしたい! → スナイパーはスナイプするもの。なら、自慢の相棒といっしょに潜伏するのはどうだろう!? → 他のスナイパーに見つかったら負けのルールを追加で! → 音頭を取ったさくらを司会役に置いて、あとは全員、潜めー! というわけで潜んでいるわけなんである。いわゆる『今ココ!』というやつだ。

「……とりあえず、このままでは親睦の深めようがありませんね。今構えているEXISと戦闘スタイルをお題にして話をしましょう。まずは司会の私から」
 さくらはこほんと咳払い、左右の手に握り込んだ二丁拳銃――オートマチック「ヨルムンガルド」を高く示した。
「格闘術と組み合わせた近接射撃が私の戦術です。撃ち、蹴り、捌き、刀に持ち替える……白兵の間合であればこその奇手を利かせること、それを心がけていますね」
『さくら姉は迅いもんなぁ。俺なんかじゃマネもできない』
 素直な賛辞を贈ってくる彩世。
「多分にお師匠様の影響もあるのですけれど。それを完全な私流に磨き上げることが目標です」
 さくらはどこに潜んでいるかわからない弟分へ笑みを返し、9人へ促した。
「では、次はみなさんの番です」
 皆は早速、順番決めを開始する。先ほどの返事はフェーヤを除いて反応力順だったので、今回は射撃命中力順ということで(報告官注:いずれも参照時の能力値)。
『俺の相棒は、LMG-ブラック・ペインA1。命中率の高さが売りの、頼りになるライトマシンガンだ。サブクラスがセイントだから、回復支援しながらの狙撃が、スタイルだな。一応、狙った獲物を逃がしたことは、ない』
 抑えた声音に確かな自信を滲ませる鳴。実際、トップを切るにふさわしい名手なのだ、彼は。
「鳴の腕はよく知っていますよ。間合を問わないピンポイント狙撃の冴え、すばらしいのひと言です」
 同じ戦場での有り様を思い描いてのさくらのコメントを受け、一同、指の先でほとほと拍手。
『次は私だな』と続いたのはアウィンだ。
『フィッシャーM800LTR。今は旧式に分類されるボルトアクション式のスナイパーライフルだが、機工がシンプルであればこそのタフさは新型をも寄せ付けん。私の持ち味、ネメシスの火力を乗せた一射に命を吹き込んでくれる、魂の相方だ』
『銃の故障問題は万が一なんて確率じゃありえないからな。信頼できる相方ってのはそれだけで値千金だ』
 恭弥が戦場でのアウィンの様を思い出しつつうなずいた。
『俺の銃は軍浄銃「狼演」だよ! ――っと、隠れてるとこバレちゃうヤバい』
 三番手の若葉が理上がりかけた声音を鎮め、あらためて口を開いた。
『対高位ナイトメア用の試作ライフルで、命中率だけじゃなくて射程の長さがすごいんだ。それを生かした遠距離射撃と戦局の把握が俺の基本。前衛の負担減らして被害を抑える感じで動いてるよ』
「目配り、気配り、心配り、すべてがそろった若葉らしい戦術ですね」
 公私に渡ってつきあいの深いさくらが相槌を打てば、若葉は『ありがとう』と小声を弾ませた。
 場が落ち着くのを待ち、恭弥は話し始める。
『ライフル「ミーティアAT7」はオレの三代目相棒だ。精度はもちろんだが、総弾数の多さはありがたい。弾数はある意味チャレンジできる数だからな。それにもともと頭使う質だし、後ろから見定めたり見極めたりが商売のスナイパー、天職で適職だと思ってる』
『隊長殿の指揮力があればこそ、コミュニティも小隊も十全に動くことができる。その点で言えば、隊長殿は私たちの曳光弾であるものと言える』
 深くうなずくアウィンに颯哉が通信を合わせ、
『旅先とかじゃまったくアテにならないけどな?』
 次は飛鳥の番だ。
『実は私も「ミーティア」がメインで、しかも二丁備えだったりするんだけど……せっかくだからメテオローム45を出しておくわ。チェーンスライドで跳んで、上から災厄の隕石弾を乗せて精密爆撃。スキルの連続使用ができる飛燕の極意<飛鳥>とロケットランチャーの火力を最大に生かした必殺戦術よね』
 ライフルと拳銃、それぞれに戦術はあるけど。言い添えた彼女に賛意を示したのは、意外にも彩世である。
『俺は守りも固める感じだけど、一発でかいの決めるのは大事だよな。優勢ならもっと押し込めるし、劣勢でも一気にひっくり返せるから』
 銃より砲の理屈ではあるが、中・後衛を担うガンナーには納得の意見だった。
『儂の得物はプリズムミラージュやよ。銃やのうて弓なんは、こっちのがしっくりくるっちゅうだけのことなんやけど。それにほら、弓って音、せぇへんやん? ……たまには敵はんに知られんうち、タマ獲りたぁなるときもあるし』
 芳野のはんなりした声音に凄絶な殺気が閃いて――一同、思わずすくみ上がる。と、フェーヤがぽそり。
『……ぷちょへんざ?』
 芳野が“たま”と“タマ(命)”でラップ的なライム(韻)をしたのだと思ったらしい。やだこの子、天然かわいい!?
『フェーヤちゃんはノリええわぁ。あとで飴ちゃん買うたげよ』
 そしてフェーヤにはとことん甘い芳野であった。
『気を取り直して俺参上。ってことで、拳銃系だとメジャーかな? 銀の魔弾「セレブロ」、遣ってる』
 颯哉はインカムへ、キリキリと小気味よいシリンダーの回転音を吹き込んだ。
『こっちの世界じゃあんまりしてないけど、戦場のありものでトラップ作ったり、それこそ臨機応変が戦闘スタイルでさ。スナイプよりガンカタ、ガンフー系? 動き回って撃つのが得意かな』
『前線で敵を引っぱり回して味方の撃つチャンスを作る。それができるのが澤口だからな』
 恭弥の言葉へ、颯哉は『褒めてもなんにも出ないけどな』。
 かくて9番めは彩世。
『俺のは対物ライフル「EX-V」。拘りっつーか、故郷にいる知り合いが対物ライフル遣いで、それがかっこいいなって。で、育ててくれた人が盾遣いだったから、盾で固めて撃つってスタイルになったんだよな。なんか、影響されまくってるけどさ』
「見て学び、自分のスタイルを確立したのですから、謙遜の必要はありませんよ、彩」
『だよな。俺もそう思ってる。リスペクト+リスペクトで、俺流だぜ』
 幼なじみで姉的立場のさくらに言われ、まんざらでもなさげな彩世だった。
 で。最後はもちろん、能力順関係なくフェーヤである。
『……対物ライフル「EX-III」。狙って、撃つ。当たると、壊れる』
 以上。
 彼女からすれば、銃とは撃ち抜ける威力があればいいだけのもので、戦術とはそれを為すに足るポジショニングを定められればいいだけのもの。
 しかし、さすがに言葉が少なかっただろうかと思ったらしい。少し考えてから、
『いぇー』
 若葉のオマージュなのか先のライムの流れなのかわからないひと言を決めたんだった。
『よぉお話できたわぁ。ご褒美にお菓子の甘いとこあげよなぁ』
 相変わらず芳野はフェーヤにベタ甘い……。

 全員が語り終えて、会はそのままスナイパーがお題の雑談へと移行する。
『ろ? ロックみたいに固い敵、どこ狙うか問題ってあるよなぁ』
 会話の流れに合わせた若葉の言葉へ、一同がうなずいた。
 スナイパーは得物の射程から、実は初手を担うことの多いポジションだ。そしてその初手こそが、続く前衛の攻撃の成功度に影響する。
『あ、あー、あいつらと接敵するまでに動きのクセは読むようにしてる。理想は膝砕いて転がしちまうことなんだが、脚が何本もある奴とか、そもそも膝がない奴もいるしな』
 恭弥の返答を受け、アウィンが慎重に選び抜いた文章を読み上げた。
『なんにせよ、難しい話ではあるな。敵は待ってくれず、しかしこちらが先手をうたねばならん――というわけで』
 危ういところで踏みとどまった彼に続いたのは、彩世。
『で? でってなんかあったっけ? で、で、でも。最初にぶち抜けたら最高だし。ぶち抜けなくてもよろけさせたら上出来だろ?』
 どうだ! と言い切る彩世へ眉根を顰めたのは飛鳥だ。
『また“ろ”じゃない。……弄して敵を追い立てるのもいいけど、私は一気に追い詰めて、決めたいかな。揃えた銃で装填の隙を潰して、磨き上げた体術を利して連射、超火力ですべてを灰燼に帰す。それが私のスピリットウォーリア式スナイパー術よ』
 というわけで、“よ”。計らずも順番が回ってきた芳野は、薄笑みを含めて切り出した。
『芳野やよ。は、冗談やけどなぁ。ようは先陣のお務めができたらええんやろ? やったら簡単な話やわ。儂が儂を間違えんやったら、それで終いや』
 どう終いなのかは訊かないことにして、颯哉はまずお題を処理することに。
『やばいな、それ。でも、俺だって前に出るタイプだし、大枠は同じかな。やりかたさえ間違えなきゃ、後は仲間に任せたっていい』
『……今。ちょっと、キラってした』
 8番めのフェーヤの指摘が場を凍りつかせた。
『ただの、見間違いだろう? ……スナイパーが、そうそう潜伏先を読ませるはずが、ない』
 淡々と返した鳴だったが、その声音はわずかに緊張の度合いを高めていて。
『いやいや、嘘やカマかけはせん子ぉやよ、フェーヤちゃんは』
 芳野がすぐに言葉を添える。
 今さら言うまでもないことだが、このトークはしりとり形式で行われている。全員潜んでいる現状、せめてもの遊び心というやつなのだが……潜伏バレという爆弾を投じられたことでその心は一気に吹っ飛び、一触即発の空気が押し詰まりつつあって。
「はい! みなさん注目をお願いします!」
 ここでさくらがぱんぱん手を打ち、一同へ告げる。
「すっきりとは終われませんでしたが、司会権限でルールを変更します! 各自、訓練用の矢弾は持っていますね!? 今からバトルロイヤル開始! 最後まで生き残った者が勝者ですよ!」
 さくらはトーク中、ずっと思っていたのだ。
 この会、楽しいですか!?
 交流はできているので、親睦は深まっているのかもしれない。しかし、顔を合わせて和気藹々するのが親睦会の醍醐味だろう。どこにいるかもわからない相手同士でしりとりするなら、それこそネット飲み会でいいのだから。
 ちなみに。リジェクション・フィールドをぶち抜く必要がない訓練弾は、銃本来の射程を取り戻す。弾の火薬が少ない分を割り引いても、倍以上には伸びているはず。
 撃ち合うことになるなんて本当に思っていませんでしたけれど! こうなればやるしかありません! この親睦会に、正しい有り様を取り戻させるため!
『よう、負けた奴はどうするんだ?』
 恭弥の疑問にさくらが示したのは、傍らに置いた大きなダンボール箱だ。
「誰も彼も、世界の戦闘糧食食べ放題パーティーへご招待です!」
 ちなみにこの戦闘糧食、さくらが短期バイトで入った店からもらった品々だったり。戦闘糧食は基本的に非売品で、実はレアものなんである。
『すばらしいわね? じゃ、みんなもお腹空いたころでしょうし、私がご案内するわ』
 飛鳥の通信に続いて、ぼぞり。どこぞの山中で雪が沸き立ち、跳び出してきたものは1本のミサイルだ。それは適当に雪中へと落ち、当然のごとく起爆。
『わかった! 飛鳥さんの隠れてる場しょ――』
 若葉の言葉が不穏な轟きに押し潰される。
「――全員、雪崩に備えてください!!」
 さくらの叫びをきちんと聞けた者はない。爆発に揺らされたことで、周囲の山々に積もった不安定な雪が崩れ、大雪崩を巻き起こしたからだ。
「今このときから始めるわよ」
 飛鳥は初手で、全員を潜伏場所から引きずり出すことを決めたのだ。そしてそれを為すには、狙うことも探すことも必要ない。
 抜きん出た戦闘経験を使いこなすトップライセンサーならではの、ぞんざいにして繊細な初手であった。
「ちゃんとパーティー会場の安全だけ確保してるのが怖いな……」
 雪崩の動線を見極め、迅速に移動回避した恭弥が、ついにしりとりの掟を破ってうそぶいた。もう余計なことに頭を使ってはいられない。超火力で押し潰される前に飛鳥を抑えなければ。
「跳んでくるぞ! 狙」
 恭弥がわずかに出した顔の脇に、とん。小さな穴が穿たれて。
『湿気でちょっとズレちゃったか』
 朗らかなのに妙な無機質さを併せ持つ若葉の声。だとすればこれは、超射程を誇る軍浄銃の弾か。
『でも、もう大丈夫』
 次は外さないから。
 言外に含められた宣告に、思わずアウィンと颯哉を呼ぼうとする恭弥だったが――ごばっ。
『隊長殿は生かしておくほど脅威度が増しますからね』
 弾にも個性が出るものらしい。若葉の弾がピンポイントを貫く「鋭さ」ならば、アウィンの弾は対象物を捻り壊す「重さ」。
 そして肝心の颯哉は。
『あ、俺今、日暮さんとやりあってるとこだから。終わったらみんなに加勢するんでよろしくー』
 助けが来ないどころか、敵だらけ。
「上等だ」
 ミーティアで周囲の雪塊を撃ち、氷片をチャフ代わりに撒き散らしておいて、恭弥は素早く移動を開始した。

 恭弥が不敵に笑んだその頃、彩世は雪崩で被った雪をゆっくり掘り進んでいた。
 対物ライフルに隠密性はない。撃てばその轟音と太いマズルフラッシュで確実に発見される。スナイプにはまるで向かない銃なのだが、しかし。
 目標ポイントへ到達したことを確かめた彩世が、雪の中からわずかに頭を出した。長く伸ばした雪白の髪がギリース−ツさながらの偽装を彼へ施し、雪上へ這い出すまでの安全を確保してくれる。
 後は横に寝かせたシールド・オブ・メガロスの縁へ銃身を乗せて狙い――引き金を絞るだけの簡単なお仕事だ。
「っ!」
 彩世に撃たれた瞬間、撃ち返しからのチェーンスライドで上空へ跳ぼうとした飛鳥だが、それをこらえて踏みとどまった。今かすめていった大口径弾は対物ライフルの12・7mm弾。射撃位置を据えて撃ち合おうという者に備えがないはずはない。先ほどの話を思い出せばガンナーは彩世だろうし、だとすれば盾で固めているはず。
 裏を取るにも距離がありすぎるものね。詰めさせてもらうわよ。
 売られたケンカを買わない選択肢などない。真っ向勝負でこの一択、楽しませてもらおうか。
 口の端を吊り上げた彼女はライフル「ミーティアAT7」へ換装したと同時、先に閃いたマズルフラッシュへ破局を乗せた連射を撃ち込んだ。空になった弾倉をリロードすることなく、彩世へ向かいながらもう一丁へ持ち替え、トリガーへ乗せた指先へ災厄を込める。
 これこそが陽波 飛鳥の銃撃戦。自らの有り様を移した幾多のスキルを尽くして敵を圧倒する、女王の戦であった。
「ロケランじゃないのかよ!」
 ごりごり押し込まれ、弾かれそうになる盾を必死で抑え、叫んだ彩世だったが……思い直した。ロケランだったらもうやられてるな。
 我慢して我慢して我慢して、最高の一発を撃ち返す! それができる対物ライフルで盾だろうが!
 ――唐突に頭上が曇った。チェーンスライドで跳んだ飛鳥の肩には元通りにメテオロームが担がれていて。
「大丈夫。峰打ちよ?」
 飛燕の極意<飛鳥>のリミットブレイクが彩世へもたらすものは、極上の災厄だ。
「いやその峰死ぬやつだから!!」

「ふっ!」
 雪を蹴り上げて鳴の視界を妨げたさくらが沈み込み、雪煙の底へと身を隠す。
 と、間髪入れずに颯哉は雪煙へ突っ込んだ。最初から待つつもりはない。命中力で大きく劣るばかりでなく、反応力も回避力もさくらは人外級。後手に回れば手数と二丁拳銃の弾数で削りきられてしまう。
 雪崩で押し出されたあげく、さくらと向き合うことになったのは不幸? いや、むしろ幸いだろう。相手が手練れであればこそ、後手に回りさえしなければ勝機は得られる。
“数”で劣る俺が日暮さんに対抗するには、頭使って後の先の“一”、決めるしかないってことさ。
 体を巡らせ、魔弾を撃つ、撃つ、撃つ。自らの思考を裏切る有様にしか見えなかったが……。
 魔弾をすり抜け、抜き打たれた刃のごとくに伸び上がってきたさくらが、唐突に横へ転がった。転んだわけではない。回避したのだ。颯哉が“一”を決めるためにしつらえたトラップから。
 颯哉は体を巡らせる際に雪を乱雑に踏み固めていたのだ。平らかならぬ圧雪は、そこを踏んだ足を容易く滑らせる。たとえスパイクで転倒を阻止できたとしても、寸毫の硬直までは避けられないのだ。
 シンプルであればこその効果の高さ……容易く倒させてはもらえませんね、颯哉!
 転がった先を狙われているのはわかっている。ここから軌道を変えることも織り込んでいるだろう。
 だからこそさくらは転ずるを止め、無造作に立ち上がった。
 撃ち込まれた弾を、その速さを上回る迅さで置き去り、駆ける。
「迅っ!」
 思わず口に出した颯哉。
 さくらは忙しなく、しかし狙い定められた弾を一気に跳び越え、「ふっ」。呼気に紛れてかき消えた。タネを明かせばもちろん消えたのではなく、音で颯哉の注意を引きつけておいて、駆ける際に蹴立てた雪片の下へ体を引き落としただけのことなのだが。人の目が追いかけにくい縦の動きではあれど、それを魔法レベルで実行してみせるのがさくらという“忍”である。
 まだ集中が足りていませんが、すぐに清ませます。あなたの不屈を越えるために――見ずとも見、聞かずとも聞き、触らずとも触るほど清ませて。
「日暮 さくら、推して参ります」

 寸毫の勝機を奪い合う颯哉とさくらより、数百メートル離れた雪原のただ中。
 鳴は愛銃を手に腰を据え、雪風の音に耳を傾けている。
「用意してきたお茶とお菓子あるよって、はよう火ぃに当たり行きましょいなぁ」
 風に乗り、どこからか芳野の声音が流れ来る。自らのにおいを相手に嗅がせてしまう風上に位置取っているのは、彼女の得物が弓であればこそ。放たれた矢は直ぐに飛ぶばかりでなく、自在に弧を描く。わざわざスキルを乗せるまでもなく、敵の虚をつけるのだから。
 つまり芳野は、あえて自らの居場所をにおわせ、惑わしているのだ。
 ……ただ強いだけじゃないのが厄介だ、な。
 一対一では特に、まっすぐ首を刈りに来る恐さよりも心を凍らせにくる怖さのほうが辛い。仲間と分かち合うことができないだけに、それは容易く思考を濁らせ、詰まらせる。
 鳴は聴覚に障らぬよう静かに息を吹いた――と、芳野の矢が真上からするすると落ちてきて、彼の脳天へ襲い来る。矢尻がゴムとはいえ、まともに食らえば大きな瘤ができるのは確実だ。そう、当たればの話だが。
 芳野の矢が、その矢尻から矢頭まで一気に裂け、微塵に砕け散った。撃ち抜かれたのだ。鳴の銃で。
 LMGの射程、35メートル。鳴がその内にあるものを撃ち逃すことはない。ただ落ちてくる矢頭から矢尻までを撃ち貫くなど、容易いことだった。
 ――一方、鳴の様を視認した芳野は口の端を吊り上げる。
 鳴が回避に出た瞬間、二の矢で降り落ちる矢をこすって角度を変え、追い射るつもりだった。それを防ぎ、さらに二の矢で直接射られることへも備え、彼は限界まで動き出さずに待ったのだ。
 前衛がおったらまた違うやりかたもあったやろけど……やること決めてはるスナイパーはんはほんま、怖いわぁ。
 かくてプリズムミラージュへ次の矢をつがえた、そのとき。
『……芳野、見つけた』
 通信機から漏れ出すフェーヤのか細い機械音声が、対物ライフルの野太い轟音でぶつ切れる。
 フェーヤは元々待つのが得意だった。最少の呼吸と最少の鼓動さえ確保できていれば、それ以上必要なものはない。ナチュラルボーンスナイパー、それが彼女なのである。
 そして、そのフェーヤがついに引き金を絞った。しかも、母のような存在である芳野へ向けて。
「フェーヤちゃん、儂狙いなんてお目が高いわぁ」
 くつくつと喉を鳴らし、消していた気配を露わす芳野。伸び出しかけた角を元の通りに収め、彼女は息と共に殺気を吹き抜いた。
 さあ、どないしようねぇ?
 スナイパーに見つかった以上は潜んでいても意味がない。たとえフェーヤの銃撃をかわし続けたとて、鳴ほどのガンナーがそれを見逃してくれるはずもなかった。
 芳野は鳴とフェーヤを視線と弓とで牽制しつつ、楽しげに肩をすくめ、
「いっしょに鳴はん負かして、そん後やりあうっちゅうんはどうやろ?」
『だめ』
 提案を一蹴したフェーヤは言ったものだ。
『……芳野に、お菓子とお茶、用意してもらう。お腹……空いたから』
 そう、フェーヤにはフェーヤの都合がある。
 常に腹を空かせている彼女だが、今日は潜伏していたせいでそこそこ以上の時間、なにも口にしていなかった。故に摂取しなければならないのだ、食べ物を。それも保護者的立場であり、心まで預けられる人がくれたものを。
 だから――一刻も早く、芳野に退場してもらわなければならない。
 芳野のじゃなきゃ、だめ、だから。
 胸中でうそぶくフェーヤだが、ただひとつ、自覚できていないものがあった。先の完璧なスナイプを外した理由が、芳野を撃ちたくないという無意識に邪魔されたせいであることだ。
 虚しかなかった心に芽生えつつある感情は、彼女の指を幸いにも鈍らせる。

 雪崩を利した数少ないスナイパーのひとりが若葉だった。
 現状を正確に見定め、場の混乱へ乗ることなくポジショニング、けしてひとつ処へ留まることなく動き続け、撃つ。
 しかし前衛との連動がないことで、採れる戦術は大きく狭まっていた。それも“的”である恭弥がただのスナイパーではないとなればなおさらに。
 それでも負けたくない――いや、負けない! 若葉は心を据えて、
 アウィンさん、頼みます!
 テレパシーを送って潜伏場所から狙撃。それと同時に立ち上がり、恭弥へと駆け出した。
 その若葉の意図を、アウィンと対していた恭弥は2歩めで察する。
 皆月は自分を囮にした。こっちの有効射程に入らないところまでなら、見られてようが構わないってわけだ。ああ、くそ。あれも射程の利だな。しかもこっちは、今の射撃でかがんじまった。ここから動きゃ、出足をノ――いや神取に狙い撃たれる。動かなくても皆月に撃たれて終いだ。どうする!?
 疑問符を自らへ投げかけておきながら、恭弥は無意識の内に踏み出していた。冒険者は見切りが命だぜ!
 ――さすが隊長殿だ。冒険者としての経験が、一条の勝機を正しく辿らせている。
 アウィンは胸中でうそぶき、ライフル弾を撃ち込んだ。
 狙うは恭弥ならず、その足が踏み出す先だ。アウィンのメインクラスはネメシスフォースであり、その能力は中遠距離に特化している。これまで数多の仲間の行く先を拓いてきた彼は、敵の行く先を塞ぐことにもまた長けていた。
 それにしても、楽しい。若葉と言葉ならぬ思いを交わして動きを合わせ、敬愛する恭弥へぶつかっていけることが。
 次の機会があれば、澤口殿とも今少し心を交わしてみたいところだな。
 奇しき縁で結ばれた“義弟”をちらと思い、砕かれた足場を逆に利して転がりこんできた恭弥へ銃口を突きつけた。若葉の射線をアウィンの背で塞ごうとした恭弥の意図を、体を開くことで封じながら。
 よしっ!
 駆ける足を止め、一瞬で射撃姿勢を整えた若葉が引き金を引く。アウィンと囮役を交代していくことで恭弥のクレバーな判断力を潰す作戦、成功だ。
 が、その恭弥は余裕の表情で、
「オレが勝てないのは確定してるんだけどな。でも、負けたとも言わないぜ?」
 ブラフか、それとも密かになにかしかけたのか? アウィンは思わず動きを鈍らせて……

 火薬が爆ぜる発射音が撃ち鳴らされ、その不規則なリズムの合間に防具と防具が打ち鳴らされる。
 詰めていた息を急いで吐き出して酸素を吸い込み、颯哉は体を丸めてしゃがみ込んだ。
 頭上に置き去られるさくらの二丁拳銃の銃口。しかし、すでに颯哉の鼻先には彼女の蹴りが迫っていて、なんとか額でこれをブロックする。
 赤羽さんか、せめてノルデンさんじゃなくて神取さんと共闘しとくべきだったな。
 後悔してみたが、それこそ後で悔いてもしかたない。やってやる。
 的を外さずに撃ち抜く! そのチャンスを作って逃がさないのがガンナーだ!
 さくらは颯哉の不屈に感銘し、そして感銘しなかった。すでに心は清みきっており、空(くう)と化していればこそ。
 心を離れた遠い処に在る“さくら”は、淡い思考を紡いで告げた。
 最大の敬意を込めてあなたを撃ちます。この二丁拳銃がもたらす二条(ふたすじ)で、あなたの強さの芯を。
 撃ち出した弾を標にさくらは踏み出し、目線、挙動、呼吸、反応、颯哉があらゆるものを重ねて綴るフェイントのすべてを置き去って間合を詰める。
 弾をくぐってあと3歩。投げられた氷玉をすり抜けてあと2歩。蹴りをやり過ごしてあと1歩。ゼロ距離に達すると同時、颯哉の“芯”へ二丁拳銃の銃口を伸べて……

 姿を晒したそのとき、芳野が鳴に勝つ機は消失した。
 だからこそ彼女は鳴を牽制しつつ、フェーヤへと向かう。
「フェーヤちゃんにやいとすえなぁかんものなぁ」
『芳野……怒ってる』
「怒ってへんよ」
 笑みながら、フェーヤの12・7mm弾をふわりと避けて、迫る、迫る、迫る。
 鳴はその背に狙いをつけたまま撃たず、後を追った。芳野を撃つは容易いが、次の瞬間フェーヤに撃たれれば、結局負けが確定してしまう。そこまで見切って芳野がこちらを放っているのは明白だ。
 撃つべき機は、もうすぐに、来る……

 彩世はなんとか生きていた。そう言うよりない有様である。
 でも、降参だけはしない! 俺にだって意地がある!
 とはいえ、盾にすがって荒い息をつくばかりで、その体はもう1ミリも動けはしなかった。
 彼を追い詰めた飛鳥は、手にしていたレスティヒクーゲルM7をメテオロームへ換装し直し、小さく息をついた。
 そして狙いを彩世の後方へ向け、
「気合の入ったいい戦いぶりだったわ。ほかのみんなもね。でも、これ以上競い合って、勝ち負けを決めるのは野暮じゃない?」
 先だって恭弥から送られてきた合図の意図は読んでいたし、賛同もしている。だから彼女はトリガーを引くのだ。
 果たして飛び出したミサイルが雪山へ吸い込まれ、轟。共振した山々が低い唸りをあげ。
「また雪崩が――」
 さくらの警告を全員の勝敗ごと、遠慮も惜しみもない大雪崩が押し流して押し潰したのだった。


「……始まりも終わりも、飛鳥でしたね」
 ヒートパックであたためたレトルトパウチをプラスチックのスプーンといっしょに配りつつ、さくらは苦笑する。
「作りたくなかったのよ、勝者も敗者も。でも、どうせならEXIS本来の性能を発揮して戦いたかったわね」
 スキルを中心に立ち回りを組み立てた彼女だからこその言だ。
 ちなみに彼女が味わっている濃厚なチキンのクリームソース煮はオランダ陸軍の糧食だが、同じパックに含まれているシトロン風味の紅茶の爽やかさとよく合う。
「個人戦は久々だったが、自分の立ち回りに関しての課題は見えたな」
 うなずいた恭弥が食べているのは、固形燃料の直火で熱したカーシャ――穀物や豆をブイヨン等で煮込んだ粥――の缶詰だ。蕎麦の実と牛肉をまとめるシンプルな塩味が滋味深い。
「スナイパーらしさって結構難しいよな。俺とか日暮さんみたいなタイプもいるし」
 恭弥と同じロシア系の糧食である肉のオイル煮込みの缶詰を味わう颯哉が続き、
「スナイパーで混戦を演じるよりは、いっそ前衛を呼んでのチーム戦にするべきかもしれない。そのほうが持ち味を生かせるだろう」
 その颯哉となかよく(?)肉を分け合うアウィンが言った。
 過分なオイリーさも、寒冷地ではこの脂が命の火の燃料へ変わる。
「実際、スナイパーが射程生かすも奇襲かけるも、仲間と連携できてればこそだもんな」
 これは若葉の言。
 彼は今、戦闘糧食のアクセサリーパックから集めたインスタントコーヒーを試飲している。どれもまあ、いつもの味わいなのだが、粉末の量が各国(というかメーカー)で違うのはおもしろい。
「とにかく、今日みたいなのはもうやだな。もう死ぬって思うより、まだ死ねないのかよって思うほうが辛いとか、知りたくなかったぜ……」
 アメリカの国民食マカロニチーズを口へ運びつつ、げんなりと息をつく彩世。安心安定のチープなうまさが、疲れた体に染み入ってくる。
 その横では、芳野がフェーヤに、欧米の糧食によく入っているエネルギーバーを剥いてやり、食べさせていた。
「約束通り、甘いとこやよ」
「……おいしい」
 フェーヤは杏味の甘いバーを、これまた砂糖を大量投入した紅茶で胃へ収めていく。表情こそ淡いが、漏れ出すオーラは実に楽しげで、だから芳野もまた薄笑んで、丸いパックに充填されたチーズを食してほっこり。
「フランスのお人はほんま、チーズが好きやねぇ」
 先ほどまで、鬼さながらの芳野と対していた鳴は彼女の落差をおもしろげに見やり、ぽつりとうそぶいた。
「また、こんな機会があるといい、な」
 パン代わりに詰められていたクラッカーへハチミツを塗ったものをかじり、思いと共に噛み締める。
 そんな鳴に微笑みを返し、さくらは「そうですね」。
 次いで彼女は、雪崩を引き起こさないようそっと手を打ち鳴らし、
「糧食はまだまだありますからね。レア中のレアだというブラジル陸軍のものは皆で分け合いましょうか」
 極冷の山中で繰り広げられるあたたかな会合は、まだまだ終わらない。


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グロリアスドライヴ
2021年01月29日

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