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『君と地上を歩きたい』
不知火 楓la2790)&不知火 仙火la2785


 不知火 楓(la2790)と不知火 仙火(la2785)はエオニア王国のリゾート施設、ランテルナのスイートコテージに案内されていた。
「二回目でも感動が褪せないな」
 仙火は室内を見回してしみじみと言う。それがなんだかおかしくて、楓は笑ってしまった。それは君、前回来た時とは事情が違うからね、と言うことは黙っておいた。
(仙火は、同じ関係で来たとしてもはしゃぐだろうからね)
 そこが彼の良いところだと楓は思う。それに、一緒に来たのに退屈そうにされるのも悲しい(仙火に限ってそれはないと思ってはいるが)。楽しんでくれるならそれが一番良いのだ。

 以前も、二人はこのリゾートのスイートに泊まった。オープンしてあまり経たない頃のランテルナのモニターとして、招待されたのである。希望すればシングル二部屋にもできたが、スイートの魅力に抗えなかった仙火がOKを出して、恋仲ならぬ間柄ではあったが、スイートで宿泊したのだ。
 あの時は、「互いを守る」という思いこそ同じではあったが、仙火を守るためなら死んでも構わない楓と、自分にそんな価値はないと信じていた仙火はすれ違っていた。小さな衝突も起こった。何より、仙火は恋愛に興味がなかった。女子に告白された後、難しい課題を出されたような顔で考え込んでいるのを見たことは一度や二度ではすまない。事実、彼にとっては課題のような物だったのだろう。「やる気はあるのですが及第点には至りませんでした」と書かれた成績表のような「恋愛」だったようである。

 楓が仙火を口説くと宣言した事実上の告白。それを受けた彼が告白を返す形で二人の「恋人」としての付き合いは始まった。だが、生まれた時からの付き合いの幼馴染、かつ楓を神聖視している節のある仙火は、あまり恋人として振る舞ってくれない。もう少し、変わった関係を意識して欲しくて、彼女の方からアプローチを続行している。自分たちはもう恋人なのだから。もう少し「触れ方」を意識してくれたって良いんだよ。楓の方からせっついてやっとキスしたくらいなのだ。

 そんな折に、仙火が改まった顔で彼女に尋ねた。
「なあ、楓。お前は俺とどんなデートをしたいんだ?」
 その時、彼女の脳裏に浮かんだのが、両親がしたという温泉デートだったのである。この世界でそれが叶うところ、なおかつ「恋人」として特別なデートで行くとしたら……。
「また君と、ランテルナのスイートルームに行きたいな。今度は、恋人として君と行きたいんだけど、どうかな?」
「勿論構わないぜ。そうしよう」
 以前訪れた時は、まだ二人の関係は「幼馴染」だった。だから、関係が変わってからまた行くのも悪くない。それに、楓に行きたいところがあるのなら、仙火がそれに反対する理由はないのだ。

 当日、楓はスカートで現れた。丈の長いスカートは、タイツを穿いた足首の細さを際立たせている。胸に巻いていた晒しもやめ、ゆったりとしたセーターでも身体の丸みがわかった。セーターはモヘアで、ふわふわの質感を纏った彼女は兎の様でもある。
 かつて「姫若」と呼ばれていたその出で立ちは「姫」を思わせるものになっていた。そう、元来スタイルは抜群なのだ。
「やっぱり寒いね」
 楓はそう言ってマフラーを巻いた。いつも襟巻きで隠していた、ほっそりとした白い首。首を出すのに慣れてないからさ、などと言って、慣れた手つきでマフラーを巻いている。

 仙火が驚かなかったと言ったら嘘になるだろう。楓が女子であることはわかっている。けれど、ここまでの「積み重ね」は、仙火が楓を「女」として意識するのを妨げていた。


 楓は幼少の頃、仙火の身代わりになって殺されかけた。彼はずっとそれを「俺のせい」と自責の念を持っている。
 また、元世界の久遠ヶ原学園では、天使も悪魔も冥魔も、両親がそれぞれ別種族という者もいて種族の坩堝状態だった。が、やはり元々異世界からの侵略者である天魔はマイノリティだ。久遠ヶ原の外、それも閉鎖的な忍の世界で、人間の母と、天使の父の間に生まれた仙火は、同世代から腫れ物の様に扱われていた。彼らの間から醸し出される、あの子は自分たちとは違う……身分ではなく、存在が……という空気は感じ取っていた。理屈を紐解いたわけではないが、幼心に誰も悪くないのだろうと思って、周りを恨んだりすることはなかった。

 その中で、唯一他と変わらぬ態度で接してくれたのが楓だった。親同士が親しいこともあり、幼馴染かつ親友。平等という態度は、なかなかできることではない。だから、仙火は無意識に楓を神聖視していた。そして過保護になっていた。
 また、天使の血を引く仙火は、父ほどではないが長命である。だから、見送る者として他者に深入りせず、誰かを守り抜く立場であり続けようとしていた。「大切」以上の枠なんて考えたことがなかった。
 そのことを自覚したのは、この世界に来てからだった。以前は告白してくれた女子と、感謝の気持ちで交際していた。付き合ってから好きになっていけば良いと思っていたのだ。彼らしい誠実さではあったが、好意がスタートではなかった。

 という事で、仙火は楓に手を出すハードルが非常に高かったのである。雲の上に置いていたのに、本人がそこから降りてきてしまった。君の隣で地上を歩きたい。そう言われても、俺なんかで良いのか、と思うレベルで自己評価が低い。

「……確かに、こんな格好は珍しいかもしれないけど、そこまで驚かなくたって良いじゃないか」
 そんなことを思い出していた仙火に、楓がからかう様に声を掛ける。彼ははっと我に返り、
「別に悪い意味じゃねぇよ」
「うん、わかってる」
 楓は手を差し出した。いつもは気にしていなかったのに、今日は服装とも相まってその手が小さく、細く見えた。強く握ったら折れてしまいそう。だから、そっと手を取る。握ると、いっそうその細さを思い知らされた。最初は少し冷たかった手は、しばらくすると仙火の体温が移ったかのように温まった。

 チェックインすると、「不知火様、二名様でスイートですね。ご案内します」と告げられた。付き合いたての恋人だと思われているようで、スタッフの眼差しが少々温かい。いや、それで間違いではないのだが、だが……!

 けれど、どこか満更でもない居心地の悪さも、案内される間に吹き飛んだ。前回来た時とさほど変わらぬテンションで仙火ははしゃいだ。楓がその様子を見て嬉しそうだったので、少々安心したのであった。


 楓がランテルナで求めた「温泉」とは、部屋に備え付けの半露天風呂に薔薇をたっぷり浮かべることを指す。
 この日は水着を着ての入浴になった。プライベートゾーンを隠すのみで、腕や足の肌は惜しげもなく晒す。仙火は少し狼狽えているようにも見えた。
「どうしたの?」
 わかっていて楓は尋ねる。
「いや、何でもねぇよ」
「そう?」
 楓は機嫌良く、湯船に足から入った。湯が揺れて、薔薇が香る。それがまた、心をくすぐった。初恋を叶えたことが感慨深く、また彼女を昂揚させてもいる。
 恋の成就が彼女にもたらした変化の一つが、服装だった。身代わりになりたいと思った過去が過去であるし、今までは「女」を見せずに補佐役に徹し、男装までしていたのに、ここに来て「女性だと思ってくれ」と言うのも我が儘な気はするが……。
(恋愛なんて我が儘なものだよ)
 と、開き直っている。この心境に至れた理由の一つには、仙火が気持ちに応えてくれたこともある。彼の愛を手に入れて大胆だ。もっと恋人らしくしたい、と彼女が願ったとして誰が責められようか。
 もう、女性らしい服装だって躊躇なくするし、こうやって水着姿も彼に晒せる自分に悪い気はしない。前向きな変化だった。何しろ、昔は女に生まれたことが口惜しかった。彼の身代わりになれない。けれど、今は良かったと思っている。
「さて」
 持ち込んで、浴槽の脇に置いてあった瓶を手に取った。ミーベルリキュール「女神の雫」だ。小さなグラスに注いで仙火にも渡す。エオニア王国の、桃に似た特産品を使った酒は、口当たりは良いが度数は高い。酒の為なら割と何でもやろう、と思っている程度に好んでいる楓は、良い気分で味わっていた。こちらの様子を窺うような仙火に、にこりと笑って見せる。
「嬉しいなぁ。君とこうしてお酒が飲めるなんて」
 楓の喜びに彼がいること。それを惜しみなく伝える。もう一口飲んでから、
「父様と母様がね、温泉旅行で、こうしてお酒を飲んだんだってさ」
 それを聞くと、仙火は納得したように頷いた。
「それでここに来たかったのか」
「うん。だから、君が了承してくれて嬉しい」
 微笑んだ。気持ちを伝えたい、という思いもあったけれど、やはり、憧れのシチュエーションを希望して、仙火がそれを承諾して叶えてくれたことはとても嬉しく、顔は自然と笑みを形作ったのだ。
「そう言えば、君にはどんなデートをしたい、とかあるの?」
 今回は楓の希望を聞いて貰ったが、仙火にはないのだろうか。彼の両親は大変に仲睦まじいので、思いつくデートプランの一つや二つ、両親からの影響でありそうなものだが。
「ある」
「どこか聞かせてくれる?」
「楓の母方の実家にある、瑠璃唐草の花畑」
 それを聞いて、楓は目を瞬かせた。
「楓の母さんが言ってた。瑠璃唐草の花言葉と、姫叔父の温もりに救われたって」
 姫叔父とは、要するに楓の父である。仙火の母がそう呼んだのが始まりらしい。
「前、ここに来た時、お前は俺の為に死ねなかったことを悔いていると言ったな」
「今はそんなことないよ」
「知ってる」
 もう一緒に生きようと思ってくれていることは、仙火も知っている。けれど、問題の根幹はそこじゃない。
「俺達が前に進んだ証として。自分自身を許してやりたいんだ」
 目の前で肋骨を一本ずつ折られて傷つけられる楓を見て、何もできなかった。自分の身代わりになって攫われた彼女を前に。あの時は結局、天使の父に助けてもらった。
「俺も、出来たらお前にも」

 瑠璃唐草の花言葉に乗せて。

 一緒に生きようと思っているとは言え、彼女の内心にくすぶる意識は消えていないのだろう。仙火はそれを感じ取っていた。楓の心が発するわずかな軋み。それは彼に届いていた。
「瑠璃唐草なら、こちらの世界にもあるよ」
「いや、向こうじゃないと」
「訳を聞かせてくれる?」
 楓は穏やかに尋ねた。仙火のこだわる理由が知りたい。
「楓は、向こうの家の唯一の直系だろ」
 彼女は戦闘能力も高い。なおかつ、当主補佐として学んでもいる。母方の家は鎌倉時代から続く由緒のある家系だ。楓の嫁入りを望んでいる可能性が高い。
 だから、楓の両親の思い出の場所で、
「俺のだってちゃんと示しておかねえとな」
 不知火仙火がもらい受ける、と。楓はしばらく仙火の顔を見つめて、やがて表情を緩めた。
「嬉しいよ、仙火」
 今は入浴中だからわからないかもしれないけれど、これが街を歩いているときであれば、きっと自分の頬が赤くなる過程が見て取れたことだろう。
 楓のルーツから考えてくれていたことが、ただただ嬉しい。

 あの時は君のために死んであげられなかった。
 でも、今は君と一緒に生きていたいと思うよ。
 残りの命を君の為に。身代わりとは違う意味で。
 だから、あの花畑へ一緒に行こうね。

 薔薇の香が湯から滲む。ミーベルリキュールは甘く、二人の距離を少し縮めた。



 今はまだ、口付けもためらう仙火が、いずれ楓を翻弄するようになるのだが……それはまた別の話。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございます。
楓さんの女性らしい服装ってどんなのだろう……! ってものすごくウキウキしながら考えたんですけど、楓さんの足元がひらひらしてたら可愛いと思ったのでロングスカートにしました。
恋愛に奥手と言うか、まだ関係の変化に慣れていない仙火さんはちょっと新鮮な気持ちで書かせて頂きました。いつもどっしり構えている印象の仙火さんが……!

本来、入浴しながらの飲酒は大変危険だそうです。リアルではご注意下さい……!
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月29日

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