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『優しさに包まれたなら』
ジュリア・ガッティla0883


 慰霊祭の夜。ジュリア・ガッティ(la0883)はアイザック・ケイン(lz0007)と酒を飲む約束をした。
 一人居残って家の中を見て歩く。古い家を丁寧に手入れし傷跡さえも愛おしい温かな家。どこか自分の家に似ていてほっとする。
 薪のくべられた暖炉の上、額に飾られた絵を見てジュリアは苦笑いを浮かべる。
「ずいぶん立派な額を買ったわね。絵が負けてしまわないかしら?」
「僕の宝物だからね。良いの奮発したかったんだ」
 二人が見る絵は、ジュリアがアフリカで描いたアイザックの誕生日プレゼントだ。
「誕生日の日に渡せたら良かったのだけど、加筆が間に合わなかったのよね」
「カイロではアイシャ君と街を巡ったんでしょ?」
「……ええ」
 アイシャ・サイード(lz0130)を思いだし、ジュリアは少し照れた。
 親友になりたい。その気持ちに偽りはないけれど、改めて口にすると気恥ずかしい。でも彼女も笑って喜んでくれて嬉しかった。
「今度、イタリアを案内する約束をしたわ」
「良いね。ジュリア君は人物画は描かないの?」
「どうして?」
「アイシャ君なら、きっと良いモデルになるだろうなと思って。君の家のアトリエで一緒に描くのも楽しいと思うよ」
 家に招いて空き時間に描く。それはちょっと魅力的かもしれない。
 アイシャが頷くだろうか? 頷いてくれたら良いなと思う。
「僕が写真を始めたきっかけはジュリア君なんだよ」
「え? そうなの?」
「サマーパーティーの時、アフリカの景色を絵にしたいって言った。あれが凄く良いなと思って」
 そう言いながらアルバムを開いて、眺めた。
「僕が生まれた時にはアフリカは占領されていたのに、エジプトに憧れられたのは、先人が残した記録のおかげだ。僕も今のアフリカを形に残したいって思ったんだ。絵は描けないからせめて写真でってね」
 ジュリアは予想外の影響に、少し照れながら微笑んだ。
「アイザックの未来の参考になったならよかったわ」

 テーブルの上にエールの瓶が並ぶ。酒豪なアイザックに付き合ったら、ジュリアは酔い潰れてしまいそうなので、軽めの酒でよかった。
「温かみがあって良い家ね。一人で住むには広すぎるけど」
「そうなんだ。だから皆が来てくれて、久しぶりに賑やかになって嬉しいよ」
 かつて、この家であった家族団らんの時間を思い浮かべ、ふとレヴェルの姉妹を思い出した。
 彼女たちにとって、ナイトメアに支配された西アフリカこそ大切な家だった。
 最後まで「あの景色を護りたい」と願って死んだ彼女を忘れられない。
 ジュリアは窓の外を眺めつつレヴェルの少女を弔ったと告げた。
「彼女を偲ぶ人は少ないと思うから」
「でも僕は彼女に感謝してる。折れぬ牙がいなければ、西アフリカ攻略はできなかった」
「……彼女がレヴェルでも?」
「僕はレヴェルと取引したんだよ。人それぞれ事情があるのは解ってるさ」
「そうだったわね。貴方は家族をナイトメアに殺されてるのよね。なのに憎くはないの?」
「僕はナイトメアを憎んだことはないよ。僕もナイトメアをたくさん殺した。互いに殺しあうのが戦争だ。憎しみの感情で目を曇らせたくない。敬意を払うべき敵には敬意を持ちたい」
 それは軍人の家系故の誇りかもしれない。
「じゃあ……あの赤竜のことも、許してくれる?」
「彼女は降伏したし、もう敵じゃない。憎む理由はないね」
 ジュリアはその言葉に救われた想いがした。
 アフリカ巡る戦いを通じて色んな敵を見続けてきた。憎らしい敵もいたが、仲間になりたいと思える敵もいた。だが人によってはナイトメアと仲良くすることを快く思わない人もいる。
「最初の1杯のお酒は、彼女の死を悼んで捧げてもよいかしら?」
「もちろん。はい、どうぞ」
 つまみも用意しエールをグラスに注ぐ。なみなみつがれた細かい泡の浮かぶエールを手に取って、二人は折れぬ牙の少女を思い浮かべる。
「ありがとう。じゃあこれは、献杯」
 エールの入ったグラスがコツンと鳴る。その透明な音が、彼女へ届けば良いのにと想いながら。

 二人でエールを飲みながら、食事の話題で盛り上がる。
「このエール美味しいわね。ちょっとコクがあって、香ばしい香りがして」
「気に入ってもらえてよかった。アイルランドのお酒なんだ。もっと良いつまみがあればな。簡単なつまみしか用意できなくて」
「フィッシュアンドチップスって、英国らしくて良いじゃない」
「冷凍品をあげただけだけどね」
 肩をすくめて笑う。ジュリアも釣られて笑った。
 ビネガーをかけて食べるのが英国式と聞き、試しにかけてみる。脂っこい味がビネガーの酸味でさっぱりして、確かに食べやすく美味しい。
 エールをぐびぐび飲み干したアイザックは2本目に手をつけて、ポツリと呟く。
「ハギスが食べたいな……」
「ハギス?」
「スコットランドの伝統料理でね。羊の内臓に野菜とかを詰めたの。独特の癖が酒に合うんだ」
 聞いただけでは味の想像がつかない。けれど、いつか食べてみたいと思えた。
「そういえば英国料理ってあまり種類を知らないわね」
「何せ世界一飯マズで有名な国だからね。イタリアの方が美味しい物いっぱいあるよ」
「英国料理が悪いとは思わないけど、やっぱり故郷の味は良いわね。カプレーゼとワインが欲しくなるわ」
「次はイタリアでイタリア料理と一緒に飲むっていうのも、良いね」
「飲む機会があれば、何でも嬉しいんでしょ」
「うん」
「もう、飲み過ぎはダメよ」
 ジュリアに窘められて、あははとアイザックは笑った。
「叱られても楽しそうね」
「僕を想って叱ってくれるのって、なんか嬉しいんだよね。まるで家族みたいで」
「そうね。相手を想って叱るって、親しくないとできないわね」
 部屋を見渡して想像する。子供時代のアイザックはイタズラしては親に叱られる、そんな子供だったのではないか。
 けれど今は一人だけ。それが少し寂しく感じて、ジュリアはぐいとお酒を飲み干した。
「……ジュリア君? 大丈夫? あまりお酒に強くないよね」
「酔い潰れても、ここに泊まれるのでしょ。今日は思いっきりお酒を楽しむことにしたわ」
 死者を想って嘆いて生きるより、生者と共に酒を飲み交わし笑顔で生きる方がずっと良い。
「じゃあ、ワインも開けちゃう? イタリアワインも酒蔵にあるよ」
「酒蔵がある家……流石ね」
「僕だけじゃなく、ケイン家は代々酒飲みの家系でね」
 クスクスと笑いながらワイングラスとボトルを用意する。アイザックは楽しそうにコルクを抜く。
「ジュリア君にあまり心配かけないように、一人で飲む酒は、ほどほどにしておくよ」
「ほどほどね。人と飲む酒は?」
「一人より、ずっっと美味しいから、いっぱい飲む」
「確かに人と一緒に飲むお酒は美味しいわね」
 誰かと共有する時間が、より美味しくさせるのだろう。
 グラスに注がれていく赤いワインを眺めると、イタリアの温かな日差しを思い浮かべた。
「じゃあ、幸せな未来を祝って、今度は乾杯」
「乾杯」
 二人の飲み会はジュリアが酔い潰れるまで続いた。

 ふと夜中に目覚めたジュリアは、一瞬どこだったかと考えてすぐに思い出した。ベッドの上で寝返りをうつ。これはアイザックの母が使っていたベッドらしい。
 陽だまりの匂いがするシーツに包まれると、家族の笑顔が浮かんだ。
 家族の笑顔と故郷の風景。それをもっと描きたい。そう想いながらまた眠りにつく。
 幸せな眠りに包まれながら。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【ジュリア・ガッティ(la0883)/ 女性 / 20歳 / 分かち合う一杯】


●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

「死者がために鐘は鳴る」の夜のシーンで、リプレイに書き切れなかった部分、過去のシナリオで書ききれなかった分を、書かせて頂きました。
ジュリアさんというと、やはりアフリカを巡る戦いを抜きには語れない気がしています。それに家族を大切にされてる方だなという印象です。
そういうイメージで描かせていただきましたが、お気に召していただけたら幸いです。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年01月29日

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