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『紅蓮の猟犬、未完成の天然色』
cloverla0874


 今にも雪が降りだしそうな寒さ。鈍色の空。
 あの日も、こんな天気だった。
 あの日から、ずいぶんと変わってしまったけれど。自分も彼も状況も。
 clover(la0874)は、冷えた指先に息を吐く。雪のように白い髪が頬に触れる。しくりと胸の奥が痛んだ。

 ――来春にオープンを控えた遊園地の、プレオープン招待状が届いた
 ――せっかくだから、この機に会おう 楽しみにしている

 ライカ(lz0090)から届くことなんて、ほぼほぼなかった連絡。
 cloverが確認した直後に『取り消し』された、メッセージ。
(誤送信先、誰だったのかな)
 フォローのメッセージは無かったし、cloverから訊ねることもしなかった。
(楽しみに……してるんだ)
 自分ではない、誰かとの約束を。
 それがとても悲しくて苦しくて、cloverは指定された日に来てしまった。
 誰と、どんな顔をして、どういった時間を過ごすのだろう。
 それさえ知ることができたなら、そっと帰るから。

 


 自然豊かな山間の地方都市。
 キャンプ場や牧場などを併設した、自然一体型のレジャーパークは来春オープン予定。
 冬には冬のアクティビティを用意しており、現在プレオープン期間中だ。
(ぜったいデートじゃん、こんなところっ)
 赤みがかったボアコートに身を包むcloverは、怒りとも哀しみともつかぬ感情を抱きながら、入口の陰に隠れていた。
 入り口前の街灯時計に背を預け、ライカは待ち人を待っている様子。
 いつもの黒のハーフコートのフードには、冬仕様なのか暖かそうなファーが取り付けられている。
(よそゆきモードだっ。ずるい!)
 cloverが見たことのない、ライカの側面。
 こちらの視線にはつゆほども気づかず、少年は顔を上げる。
「待ち合わせ30分前。合格ですわね」
「あんたに合否を言われる筋合いはないがのう。まあ、誘った手前な」
 ブーツを鳴らして現れたのは、金髪美女であった。年齢は20代後半あたり、美しいお姉さまだ。
(だれ……? うんんんん、見覚えあるよーな……夢の中とか)
 Aラインのチェスターコートは、肩上で揃えた金髪が映えるライトグレー。
 スリムなシルエットながら、豊かなボディラインが浮き上がっている。
 しなやかな脚は厚手のストッキングに包まれ、そのままミドル丈の黒革ブーツに収まっていた。
 『金髪年上巨乳美女』。cloverにとって、完璧な理想のおっぱい美女と言えよう。
 以前の男性型ボディだったら、素直に両手を挙げて歓喜し、輪へ加わったかもしれない。
 しかし四葉のボディへ戻った今、cloverの内心は穏やかではなかった。
(こんな美女がライカの近くにいるって、どーゆう事だろ……)
 会話の詳細までは聞き取れない。
 不遜なライカへ、笑み返す程度に余裕のある女性。どういうことなの。
(でもおっぱいは素晴らしいと思う。正義。あと巨乳羨ましい)
 自身の胸に手をあて、決して乏しくはないのに敵わぬそれへcloverの心はジリジリと焦げる。
「あっれー! 遅いよ2人とも! 俺なんか1時間前から待ってたし、暇すぎて施設5周くらい走りこんできたんだけど」
 コーヒー色のダウンジャケットを着込んだ青年が、言葉に反し息一つ乱さず姿を見せた。
「暇人か」
「暇人ね」

「すっちー!!」

 第三の人物が登場したところで、cloverはたまらず飛び出してしまった。
「クロ……!? おぬし、何故ここに」
「お嬢ちゃん、久しぶりー! 元気だった?」
「うん、元気ー」
 スティーヴ(lz0110)とハイタッチしてから、cloverは我に返り後ずさる。
「えっと、その……この前のメッセージ、ライカが削除する前に見ちゃって……それで」
「メッセージ?」
「ライカ。あなた、誤送信したの? 削除しても記録は相手側に残るわよ?」
 金髪美女は真顔でライカへ問うてから、これ以上ないというくらい愉快気に笑った。
「ふぅん。こうして会うのはハジメマシテ、ね。わたくしはヘヴンよ。可愛いお嬢さん、あなたの名前を教えてくださる?」
「えと、cloverでっす」
 ヘヴン(lz0089)は目の端に涙を浮かべながら、cloverへ握手を求めた。
 白い指先は、ひんやりスベスベしている。
「ヘヴンおねーさんは……ライカやすっちーと、その……どういう関係……です、か?」
「2人とも、わたくしの忠実ざる下僕よ」
「誰が下僕じゃ」
「姐さん、すぐ設定作る」
 堂々としたヘヴンの返答へ、被せ気味にライカとスティーヴが否定する。
「クロは知らぬ、か。わしらがこの世界へ来た時に使ったインソムニアが『ネザー』でのう」
「探知に引っかからない移動手段を用意してもらった経緯がね。あるんだけどさ」
 ロシアのインソムニア・ネザー=エンピレオ。
 エルゴマンサーにしてインソムニアというイレギュラー中のイレギュラー『エヌイー』は、アルターエゴとして複数のエルゴマンサーをも存在させた。
 ヘヴンは、複数あるエヌイーの分体のひとつだ。
 異世界よりロシアに降り立ったライカやスティーヴは、ヘヴンの仲介を経てSALFの探知網を潜り抜けながら世界各地を移動していた。
 移動手段提供の借りを、未だに盾にされているというわけだ。
「ま、みんな『こうなった』ワケだし、今さら貸し借りもないんだけど」
 ライセンサーたちに倒され、『ナイトメアとしての力を一切失い、ひとでもナイトメアでもない生命体』になって。
 スティーヴは肩をすくめ、言葉を続ける。その表情は楽しげだ。
「せっかくだし、主催持ち回りで人類研究でもやろっかって」
「わたくしたちは何が足らず、あなたたちに敗北を喫したのか。何処を進化させれば克つことができるのか。いつ果てるかもわからぬ時間ですもの、有効に使いたいと思ったの」
「それが、遊園地なの?」
 ――せっかくだから、この機に会おう
 cloverは、送信されたメッセージを脳裏に呼び起こす。
「これの何が面白いのか、わしにはさっぱり理解できん」
 ライカは半眼でジェットコースターを見やり、
「あのタワーを倒すのに何秒かかるかを競う、という主旨ならわかりますけど」
 観覧車をタワーと呼んで、ヘヴンは小首をかしげる。
「ヘヴン姐さんは脳筋だからなー。テクニカルに行かない? 効率よく破壊していくタイムアタック&ポイント制とか」
 パチンと指を鳴らすスティーヴは輪をかけてズレている。
「そういうところだと思う」
 理解できない彼らを、cloverは理解した。
「そっか……そうだったんだ……そう……」
 やましいことはなかった。
 安堵と同時に、改めて胸にモヤモヤが生まれてくる。
「ずるい」
「うん?」
 ライカが、cloverへ視線を戻す。
「ずるいよ、こんな楽しそうなこと内緒にしてて!! 誘ってよ!」
「楽しいか……?」
「わたくしは毎回有意義と感じてますけれど」
「少しでも成長できる芽があるなら、俺はいくらでも賭けるし」
 ぜったい楽しい。
 方向性の噛み合わない三者の会話を聞くだに、cloverの思いは募る。
「人類を代表して、純情可憐な美少女が参加しまっす! 楽しみポイントをバッチリ解説するから!」


 自分も遊園地は初めてですが!




「遊園地といったら絶叫系だよね!」
 サンタクロースのソリをイメージしたジェットコースターへ、さっそく突撃。
 トナカイがついた先頭車両へ、cloverはライカと並んで乗り込む。
「シンプルに寒い」
「ライカー、火ぃ出して、火ー」
 スティーヴから発火の要望が入り、「そうじゃな」とライカが身じろぎ。
「火気厳禁だよ!?」
 スッとあげた左手を、cloverが止める。
「甘いわね。ロシアに比べたら、この世の春よ?」
 ヘヴンが鼻で笑い飛ばすので、男性陣も引き下がった。
「けど、これ……ほんと、何が楽っ……」
 ゆっくりと動き始めたコースター。不満げだったスティーヴの瞳が、一気に好奇に輝く。
 頬を切るような冷たい風。
 ぐるぐる回る、モノトーンの景色。
 施設を一望したかと思えば底まで落ちる。無重力感に振り回される。
「寒いけど、熱いな――!!!」
「ひゃ――っ!!」
 cloverとスティーヴは歓声をあげっぱなし。
「手持無沙汰ですわ……。この状態で戦えるようになればワンランク上がると思うとっ」
「姐さん、安全装置外したら戦うどうのじゃなくなるからー!」
「なるほど、人類の強化訓練装置か。いずれ適合者以外でも戦える時代が来ると予測して」
「ライカ、それ絶対違うからね!?」
 この状況でノリボケできる!?


 想像と違う方向で、たくさん絶叫した気がする。
 スタート時こそ寒さに震えたけれど、降りた頃には体は暖まっていた。
「おもしろかったー!」
「可能性は感じたのう」
「機械兵の操作ってこんな感じ?」
「俺、あまり使わないからわかんないかも……」
 スティーヴに尋ねられ、cloverは返答に詰まる。
「わたくしもナイトギアは不使用でしたわ。『体感アサルトコア・ムーンフォール』、行ってみましょうか?」
 ナイトギア。ロシアインソムニア司令官『エヌイー』が用意した、アサルトコアを模した対人兵器。燃料は生きた人間。
 肉弾戦を好むヘヴンが搭乗することはなかった。
 アサルトコアは巨大なナイトメアをも制圧する人類側の強力な手札だ。
 常に最新機が送り出され、活躍の場は戦闘に限らない。
 これもまた、彼らの強さの秘密ではないだろうか。
 純粋に火力だけではない何かが、潜んでいるのかもしれない。
 火力として能力を求めたナイトギアは、そこで差がついたのかもしれない。
 かくして一行は、観覧車と双璧を為す高さの塔へ向かうのだった。


 100m近い高度へグングンと上がってゆく。
 足元が自由にされている分、ジェットコースターよりも不安感が強い。
 しかし遮るものの一切ない景色は、非常に美しく感じた。
(さっきよりドキドキする……ライカはどうかな)
 cloverは、横目で隣の少年の表情を覗いた。
「空戦へ特化した機体も開発されていたな。そうなると、相手を自由にできない場所へ制圧を展開するのが最善かと思うが」
「あー、それそれ。俺の頃な。めっちゃ飛んでた!」
「そういって山林を狙ったけれど、木々は吹き飛ばされ空も封じられたのでしょう、ライカは」
「やかましい」
 情緒も何もなかった。
 3人衆がワチャワチャしている間にもカウントダウンは始まっていて、会話の真っ最中に急降下という心の準備も何もない展開を繰り広げる。
「――っ、っっっ」
 ジェットコースターよりもダイレクトに響く重圧。声が出ない。
 落ち切った、と思った次に再び、中ほどまで上昇からの下降。
 二度、三度くり返して、ようやく月は地へ墜ちた。
「心臓に……悪い……」
「具合は大丈夫か」
 よろめくcloverへ、ライカが手を差し出す。
「うん……すごく心臓が痛い!」
 握り返すcloverは、抑えきれない幸せの笑顔である。
「これは人類恐るべしと言うしかありませんわね。わたくしたちが訪れる前から存在していたのでしょう?」
 ジェットコースターといいフリーフォールといい、人類は何を想定してこんなマシンを生み出し娯楽としたのか。
 理解に苦しむ。
 ヘヴンは唸った。
「たぶんねっ。『楽しい』からなんだと思うよ。日常生活じゃ得られないスピードとか、景色とか、無重力感とか……。フリーフォールは宇宙飛行士の訓練にも使われたらしーし」
「宇宙?」
「そう。ナイトメアとどうのする前は、宇宙へ飛び立つのが人類の夢ー、みたいな話は聞いたことあるかも」
「夢……。領地開拓などではなく?」
「辿り着いた先に生命体があるかどうかもわからないし。まずは行ってみる! 的な?」
 知的生命体の捕食。それを目的に掲げていたナイトメアのような、明確なものはない。
 行けない場所へ手を伸ばしたい。
 知らないものを見てみたい。
 純粋な知的好奇心が、人類を動かしてきた……の、かも。
 ヘヴンの抱く疑問から、cloverはそんなことを導き出した。
「あのね。俺もね。知りたかったんだ。ライカが、俺以外と会う時はどんな顔をしてるんだろうって。どんな相手と、どんな会話をするんだろうって」
 知ったから、何かが変わるわけじゃない。
 『知りたい』。それが目的。
「俺より強い奴は、どんな技を繰り出して来るだろうとか。そんな感じかな」
「すっちーは、すっちーだよね」
 ブレない。
 だいたい合ってる気はする。
「戦いを抜きにした、すっちーとライカがどんな風なのかなー、とか。今日はヘヴンおねーさんとも会えたし。俺は楽しいよっ」
「あとは甘いものか」
 cloverとの行動を振り返り、ライカは不足しているものを呟いた。
「ああ。こればかりは本当に、わたくしたちには未知の領域ですわね」
 食事の概念が、ナイトメアと人類とでは全く異なる。
「ライカは、cloverと頻繁に会っているの?」
 ふと、ヘヴンは疑問を口にする。
「おぬしたちより頻度は高いな」
「えっ、そうなの!!!!」
「頻繁に会っていると思うか、これらと」
 繋いだ手で、ライカは二者を指す。
「だって……俺、ライカのことまだまだ知らないし」
 みんなと週一で会ってるって言われたら、そんな感じもするよ?
「俺たちには、わからん領域だな」
「そうね」
 スティーヴとヘヴンは、顔を見合わせる。
 理解できないが、知識としてはある。『そういう感情』だと。
「……えっと、そ、それじゃあ、甘いもの……食べに行く?」
 微笑ましがられている空気だけは察知して、cloverは頬を赤らめながらパーク内のカフェを提案した。




 アイススケートリンクを見下ろす、二階席。
 濃厚フォンダンショコラ。
 ビターなホットチョコ。
 バニラアイスにエスプレッソを掛けるアフォガード。
 フルーツと生クリームを添えた、ふわとろフレンチトースト。
「んっ……まぁ〜〜〜い!」
 フォンダンショコラにとろけながら、cloverは本日一番の幸せな表情。
「ふふ。そういう顔をされると、もっと食べさせたくなりますわね。clover、こちらもどうぞ?」
 フレンチトーストへ生クリームをたっぷり乗せて、ヘヴンは『あーん』とcloverへ差し出す。
 コートを脱いだら、おねーさんのおっぱいはもっとすごかった。
 目のやり場に惑いつつ、cloverは最後に両目を閉じてふんわり甘くて柔らかいそれを味わう。
 温かくて、じんわりと口の中で溶けてゆく、夢見心地。
(あ。目を閉じると更に想像をかきたてられるやつだった)
 まるで、おねーさんに挟まれているような気持ちになる。
「クロ。おぬしが考えてることを当ててやろうか」
「だめーっっ! おねーさんに嫌われるっっっ」
「えー、なになに? 今度は姐さんにメイド服着てもらうとかなの?」
「今度は、ってどういうこと? スティーヴ」
「言ってなかったっけ。それがさー」
「うわあああああ、すっちー!!」
 ライカと2人きりの時とはまた違うドキドキが、cloverの目を回した。




 お腹を満たした後は、ハードなものは避けてホラー系アトラクションへ。
 冬の廃村をイメージした敷地内を、短い板のスキーを装着して進む。
 季節本番になれば本物の雪だそうだが、現在は人工の新雪が積もっていた。
「意外と歩きにくいのう」
「とっさの蹴りには威力つきそうだけど」
「すっちー、係の人を蹴っちゃだめだよ……?」
「あら。ここは廃村なのでしょう? 存在するのは命あるものとは限らないんじゃなくて?」
「だだだだめです、ヘヴンおねーさん そういうの、おれ、だめです」
 完全な作り物ってわかっている映画ならへーき。
 『もしかしたら』が潜んでいる系は、ちょっと苦手。嫌いではないけど、こわい。
「あら、そうなの? あらあら」
 それは良いことを聞いたわ。
 金髪美女の目は、肉食獣のそれになっていた。


 涙目でボロボロになったcloverが、ライカにしがみついて廃村から脱出する頃には陽が落ちようとしていた。




 遊園地を、華やかなイルミネーションが飾る。
 それを見下ろす観覧車で、笑いながらヘヴンはcloverへホットココアを手渡した。
「今日は、いい夢を見れると良いわね?」
「いじわるーっ」
 こんなの絶対、怖い夢を見るに決まっている。
 ヘヴンは裏で手を回し、廃村でのイベントを『生々しく実際にありえそうなこと』へ変更させていた。
 夜に鏡なんて見れない。途中で起きたらどうしよう。見なれない番号から着信があったら……
「添い寝してやろうか」
「嬉しいけどそれもだめーっ」
 ライカまで悪乗りしてくる始末。
「お嬢ちゃんのお陰で今日は普段以上に楽しめたから、俺たちからの感謝だと思ってさ」
「感謝かなー。感謝なのー!?」
 たしかに、たくさんライカに抱き着いたけど。頭もぽんぽんしてもらったけど。
 たくさん呆れられたような気もする。
「じゃあ……次は?」
 こくん。ホットココアを一口飲んで、少し落ち着いて。
 上目遣いで、cloverは3人を見やった。

「人類研究会、次も……参加していい?」

 3人だけで楽しむなんてずるいし。
 3人だけじゃ味わえないことを、たっくさん体験しようよ。
 ね。約束!


 暮れてゆく冬の空。
 ちらちらと、真白の雪の花びらが空から落ち始めていた。




【紅蓮の猟犬、未完成の天然色 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました。
プレオープン・冬季遊園地! お届けいたします。
悪乗りしかなかった!! 全員が全力で満喫させていただきました。
お楽しみいただけましたら幸いです。

NPC3名は、
・ナイトメアとしての力を一切失い、ひとでもナイトメアでもない生命体
・SALFはそのことを把握していない
・衣食住、収入や食生活などは一切不明
という設定でお送りしております。
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2021年01月29日

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