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『素直じゃない猫と素直になれない兎』
アリア・クロフォードla3269)&東海林昴la3289)&柳生 彩世la3341)&日暮 さくらla2809

「ピカピカだー」
 アリア・クロフォード(la3269)は七色のイルミネーションのまたたきに飾られた街を見回し、歓声をあげた。
「クリスマスかぁ。知り合いのスナイパーが来るからって養母さん、七面鳥焼いてくれたっけ。余った肉ジャーキーにしてくれるのがうれしくてさ」
 なつかしげに目を細める柳生 彩世(la3341)。それにうっと顔を顰めたのは東海林昴(la3289)だ。
「雪中訓練用の携帯食だったやつだろ。脂っけねーから体あったまんねーんだよな」
「低カロリーで高タンパク。女子が潜伏する際のお供に最適でしたよ」
 日暮 さくら(la2809)が昂へ薄笑みを向けて言い、アリアと彩世を手招いて、
「はぐれないように固まりましょうか。彩は私のとなりに」
「え? なんで?」
「決まっているでしょう?」
 きらりではなく、ぎらりと両眼を輝かせ、さくらは言い切ったものだ。
「尾をもふるためです。さあ、出し惜しみせず速やかに差し出しなさい」
「いやこれ自由に出し入れできないんだって!」
 鋭いフットワークで逃げだそうとした彩世の先を塞ぎ、追い立てるさくら。実際のところ、なかなかな絵面ではあった。
「なにやってんだよ。さく姉もいいトシなんだから、人目とか気にしようぜ!」
 見かねた昂が割って入り、案の定、さくらに絡まれだして。
「では彩の代わりに昂をもふりましょうか……と、しませんよ」
 猫のように昂が逆立てたくせっ毛を指で梳いてやりつつ、さくらはまた笑んだ。
「男子たるもの、常に清水のごとく己を鎮めて保たなければ。ほら、重心は丹田に据えて、背を伸ばして」
 昂、彩世、アリアは幼なじみである。そしてさくらは3人の姉的な存在として君臨しており、彼らの面倒を見てきた。……3んの獣人たる毛並をさんざんもふりながら。
「いいよ、オレもう小学生じゃねーんだから」
 ぶつぶつ言いながらも、昂はさくらの手を受け容れている――それはいつも通りの有り様。でも、それを見ているアリアの目はなんとも尖っていて。
「なんだよ?」
 彩世が声をかければ、アリアは昂とさくらに聞こえないよう低く潜めた声で応えた。
「昂ってさくらのこと好きだよね」
 そりゃ好きだろ。彩世は漏れかけた答をあわてて噛み殺す。
 昂はさくらのことが好き。ただしそれは、弟が仲のいい姉に対して抱くなんでもない好意でしかない。が、今のアリアにそれを言えば、悪いほうにねじ曲げてしまうだろう。
 っていうかアリア、ほんとにわかってないのかよ!? 彩世は愕然とする。昂がアリアを女子として意識していること、逆もまた然りなことなど、端から見ただけで丸わかりなのに。
 そもそも、先ほどさくらが彩世にじゃれてきたのは、同じように事情を知る――教えたのは彩世だ――彼女が、さりげなくアリアと昂をふたりにしてやろうとしたからだ。もっとも、そんな気づかいすら昂が潰してしまったわけだが。
 あいつ、意外に天然なとこあるからなぁ。でも。
 ぶんむくれているアリアを見て、彩世はやれやれと肩をすくめるよりなかった。
 アリアはもっと天然だよな。
「……そういう好きじゃないって、昂のはさ。ってか俺ら3人ともさくら姉には勝てないだろ」
 言葉を選びながら言ってやれば、アリアはむすとしたまま手をひらつかせ、
「彩世、シッポ出して。ちょっともふって落ち着くから」
「え!? おまえもかよ!?」
「出すのですか、彩世? 出すのですね勢いよくもふーっと出しなさい早く速く迅く」
「お願いだから空気読んでもらっていいさくら姉!?」
「なんだよ、オレばっかのけもんかよ」
「頼むから黙ってろ昂!」


 そんなこともありつつ、4人はクリスマスという一色に染め上げられた街を冷やかしていく。
「このマフラー、昂に似合いそう」
「赤はヒーローの色だからな! ……でもさ、これクリスマス終わったら巻けなくね?」
 針葉樹柄が編み込まれた赤のマフラーを手にしたアリアへ言い返す昂。
 なんか今日、さく姉とか彩世とかヘンな感じだけど、アリアは大丈夫だよな。――オレもちゃんと、大丈夫だよな?
 アリアとは物心つくより早く出会い、ずっといっしょに育ち、いっしょに過ごしてきた。それこそ異世界にまでいっしょに来て、いっしょに戦って、いっしょに生き延びて。
 オレたち、いっしょだったよな。
 これからもさ、いっしょだよな?
 自問はそこはかとない不安に曇らされ、黒ずんだ恐怖へ変わる。
 なあ。ほんとにオレたち、ずっといっしょかよ?
 どうしてそんなことが怖いのかの理由、実はとっくに理解しているのだ。でも、それを心の中で唱えてしまえばもう逃げられない。だから昂は自問で自分をごまかしてしまう。
 いや、今日は逃げない。ちゃんとするって決めてきたんだ。だから――でも――

 アリアは昂の笑顔の翳りに気づかない。彼女もまた、曇っていたから。
 昂って私のこと、どう思ってるんだろ?
“幼なじみ”はクリアしているはず。“幼なじみの女の子”、これもクリア。問題はここからだ。
 昂にとっての私は――幼なじみの、妹みたいな女の子? それとも、幼なじみだけど妹じゃない女の子? ああもう、どうして私、こんなこと気になるのかな!
 決まっている。普通なら妹的な存在であることが当然なのに、アリアはその枠へ自分を押し込めてしまいたくないからだ。では、幼なじみの妹みたいな女の子の枠に収まらない、“だけど”になりたいのか?
 わかんないよ、ほんとにわかんない。だってずっといっしょだったんだよ? 兄妹だって独占欲みたいなのあるし、そしたらこのモヤっとした気持ちもただの勘違いの家族愛かもだし……愛っ!?
 アリアは水を被った猫や犬がするようにぶるりと体を震わせた。
 兎らしくない行動だが、かまっていられなかった。このモヤを払い落とせるならなんでもいい。そもそも今日は、モヤを振り切るため、みんなを遊びに誘ったのだから。

「――じゃあ私が昂にプレゼントしてあげよっか? お値段控えめだし、今日が終わったらそっと捨ててくれていいし」
 開き直る気持ちで言ってみたアリアだが、言われた昂はやけに真面目な顔を左右に振って「そんなことしねーよ」。
「クリプレって特別だろ。もらったら超大事にするから」
 アリアはマフラーをぐしゃっと握り潰しかけて我に返り、わーっと畳んでワゴンへ戻す。動揺していた、酷く酷く酷く。
 どうして今、そんなこと真剣に言うわけ? もしかして、誰にでも言ってるの? それとも――
 一方の昂は、アリアがマフラーを引っ込めたことに妙なほど消沈している。
 なんだよ。オレには特別なプレゼントなんかできねーってのかよ。あー、そうだよな。幼なじみってだけの、背ぇ低くてちょっと猫背なんじゃねーか疑惑ある別になんとも思わねーヤツ、だもんな。
 まるで噛み合わないまま、ふたりは自分のどん底へと沈みゆく。

 後ろから見守る彩世とさくらは、潜めた声音を交わす。
「あんまよくない空気だよなぁ」
「自意識が自覚まで至っていないからこそでしょう。なんとか手助けはしてあげたいところですけれど」
 外から見ればわかる“形”も、中からはなかなか見て取れないものだ。
 さくらの言葉を受けた彩世は唸り、
「昂がアリアに渡すプレゼント用意してきてんのはわかってるんだ」
「昂が無事アリアへそれを渡せるまでの動線を引くこと。それが私たちの任務ですね」
 こういうとき、本当に頼りになる姉なのだ、さくらは。強くうなずいた彩世だったが――
「でも、彩がそればかりを気にしていてはだめですよ」
 え? 思わず上げた顔を待っていたのは、さくらのやわらかな笑み。
「あのふたりも彩も、もちろん私も、今日を楽しめなければだめです。幼なじみが久しぶりにそろった日なのですから」
 同じ故郷からこの世界へ来た4人が、同じ小隊のチームメイトとして最終決戦へ向かい、全員で生きて還った。「決戦も終わったし、みんなで遊びに行こうよ!」と提案したアリアがどこまで考えていたのかはわからないが、今日はある意味で再会の日なのだ。
 やっぱさくら姉にはかなわないな。
 彩世はもう一度、今度はゆっくりとうなずき、さくらの手を引いて踏み出した。


「ゾンビ来るーっ! 狙ってるヒマねーし! アリア、ガード!」
「盾なんてないもんー! こういうときこそ千照流でしょ!? あ、彩世カバーして!」
「こんな軽いピストルじゃ狙いつかないんだって! せめてライフルくれよライフル! さくら姉だったらぁっ!?」
「ああ、やっぱり彩の尾がいちばんふかふかですね」
 ゲームセンターに設置された臨場感ありありのVRホラーゲーム。武器として与えられたプラスチック製のピストルを手にした4人はぎゃーぎゃー騒ぎながら、迫り来るCGのゾンビへCG弾を撃ち込んでいく。
 と。ちょっとちがう方向性でお楽しみだったさくらがアリアから銃を受け取り、二丁拳銃スタイルへ。
「しっかり充電しましたし、ここは私が拓きましょうか」
 3人をかばって仁王立ち、左右の銃を閃かせる。右で撃つ撃つ撃つ撃つ左へ換えて撃つ撃つ右をリロード撃つ右へ換えて撃つ撃つ。
「彩!」
「おう!」
 両手でしっかりと銃を構え、彩世がさくらの撃たなかった個体を撃ち抜いて、
「アリア、昂!」
 呼ばれたふたりが顔を見合わせた。それ以上の言葉はいらない。アリアの肩に据えた銃の引き金を昂が絞り、ラスト1体の眉間をぶち抜いた。
「よっし! 千照流+ウィステリア流、決まったな!」
 アリアとハイタッチを決めた昂が顔いっぱいの笑みで言い切れば、アリアも笑みと言葉を返す。
「どっちもぜんぜん関係なかったけどね」
 言われた昂はふと考え込んで、
「え? じゃあ、新しい流派作っとくか? 千藤流とか」
「藤千流だったらいいけど……って」
 咄嗟に言い返したアリアの頬に朱が差して、ものの2秒で頭の先から首筋まで真っ赤に染まった。
 ちょっと待って! 私たちふたりで新しい流派って、それってあれみたいじゃない!?
 故郷世界にも対侵略者組織があって、アリアや昂の両親は、さくらの両親や彩世の養母と共にナイトメアではない侵略者と戦っていた。そしてその組織の会長令嬢はとある戦士と結婚する際、名字をふたりのそれを合わせたものに改めたのだ。
 男子の昂は特に興味もないだろうが、女子の間ではロマンスとして語り継がれる小話である。
「やっぱりなし! いっしょにしない! ウィステリアは穢させないんだから!」
「なんだよそれ! 千を照らす千照流だぜ!? 光合成止めてヘタらせんぞ!?」
「うるさいうるさい! ひとりで勝手に光ってたらいいでしょー!」
 揉めるふたりの前で新たなゾンビを食い止めながら、彩世とさくらはただただ無言であった。
 昂の素直じゃないとアリアの素直になれないは、ゾンビの大群などとは比べものにならないほど手強い。

 散々騒いでゾンビを狩り尽くし、ゲームセンターを出た4人は少々お高いホテルバイキングで昼食を。
「やはり合いますね、ローストビーフにわさび醤油」
「そういや養母さん、ピリ辛のジャーキーも作ってくれたなぁ」
「じゃオレもぅおっ! わさびイキすぎた!」
「もう少し注意してよね。いっつも突っ込みすぎてケガするんだから」

 次いで架空のライセンサー小隊を主役に据えたアクション映画を見た。
「あんなスキル使い放題だったら、オレだってもっと思いっきり突っ込めてたって」
「盾もダメージ全部止めてくれるわけじゃないし、あんなふうにはできないよねー」
「俺のEX-Vも映画みたいに射程1キロあったらなぁ」
「娯楽に文句をつけるのは野暮ですよ。……それにしても、剣技がもれなく西洋剣術でしたね解せません」

 バザーで細々した物を買い込んだり、ドイツ発祥のクリスマスケーキ、シュトーレンを味見したり。
「本当はクリスマスまでの4週間、少しずつ食べて当日を待ちわびるためのお菓子だそうですけど」
「ナッツいっぱい! 香ばしくっておいしい! 私も作っちゃおうかな」
「いやいや! コレはまだ、早いんじゃね? 腕――じゃなくてほら、時期が!」
「あー、うん。俺もそう思う。作るんだったら来年な。今年じゃなくて、うん」

 教会のクリスマス礼拝に参加し、クリスマスソングも歌ってみた。
「アンドハッピーニューイヤー? なんか新年、ついでみてーじゃね? オレ正月好きだけどなー」
「神様の誕生日がこんな近くちゃしょうがないって話だろ」
「私たちは新年も同じくらい盛大に祝いましょう」
「うん。――4人で集まって、いっしょに」
 アリアの言葉に、3人はぎこちなくうなずいた。
 彩世とさくらがあれこれ気と手を尽くしながらも、まるで近づけなかったアリアと昂。
 そんな時間の中で、アリアは自分の気持ちを少しずつ整理してきたのだ。溢れそうになるものをぎゅっとしまい込んで、このまま変わることなく4人で、と。
 彩世とさくらは弁えてしまったアリアの様に焦り、そして昂は――


 日の落ちた帰り道。
 言葉もないまま、4人はなんとなくばらけて歩く。
 終わっていく、今日という日が。
 かけがえない幼なじみ同士で楽しんだ時間が、ただそれだけで、終わってしまう。

「……終わりにしていいのか?」
 肩を並べた彩世に声をかけられ、昂はむっつりした顔をわずかに振り向けた。
「なに言ってんのか知らねーけど、始まってもねーだろ」
「十二分に理解しているではありませんか。まだ、なにも始められていないことを」
 彩世と逆の側に滑り込んださくらが言う。
「援護射撃したかったんだけど、できなかった」
「そうですね。私たちにできることなど、ひとつもありませんでした」
 できなかった。幼なじみという強固な呪いに縛られたふたりを解き放つことが。同じ呪いに縛られた、彩世とさくらには。
 結局のところ、話は単純なのだ。呪いから解かれたいなら。それを望む本人が振り切るしかない。
「いやだから、なに言って」
 言葉を詰める昂。彩世とさくらの目が語るものを、理解してしまったのだ。いや、最初から理解していた。今のままでいいんだと自分に言い聞かせて、立ちすくんでいることを正当化してきたことは。
「突っ込め、昂」
 彩世に背を押され、一歩、踏み出した。
「骨は拾いますからね」
 さくらにもうひと押しされて、二歩三歩と踏み出して――いつの間にか走っていた。自分を縛る呪いを引きちぎって、ぶっちぎって、そして突っ込む。


「アリア」
 自然と先を歩く形となっていたアリアの背へ、そっと呼びかける昂。
 振り向いたアリアの顔は、完璧なアルカイックスマイル。それはまさに、彼女が構える盾のようで――
 だからなんだ!? 突っ込むしかできねーオレが、こんなとこで止まるかよ!
「ほら、今日ってクリスマスだからよ。その、プレゼント、あんだけど」
 心の威勢に反して体のほうはどぎまぎと、それでも昂はずっと胸ポケットにしまい込んでいた縦長の小箱を抜き出した。

 昂が、プレゼント?
 アリアは舞い上がりかけた心を必死で鎮め、自分に言い聞かせた。
 クリプレは特別だと言ったのは昂だ。でも、仲のいい幼なじみなら、そういう特別とはちがう特別なのだろうし。
 うん。昂がくれるのは、特別じゃない特別なプレゼント。大丈夫。勘違いとかしない。
「ありがと。あ、やっぱりさっきのマフラー買っとけばよかったなぁ。お返しぜんぜん考えてなかったよー」
 なんでもない顔で笑って、なんでもない手で受け取って、なんでもない振りで箱を開けて……なんでもなくない顔を上げた。

「昂、これって、だって、あれ? ううん」
 昂のものすごい顔と箱の中身を交互に見て、アリアはおろおろと百面相。
 なぜなら、贈られたものが、本当に綺麗なネックレスだったから。
 ピンクゴールドの繊細なチェーンで結ばれた青い石。サファイアではないだろうが、この輝きは――
「1月の誕生石ってガーネットだろ? 普通は赤いんだけど、なんか、ベキリー・ブルーっていうんだって。店員さんに聞いてさ、これだ! って、思って」
 値段は5万Gくらいだから、ライセンサーが最初に持つEXISと同じ程度だ。しかし、この5万Gは500万Gのアサルトコアよりも特別。
「アリアの目の色にいちばん近いやつ、探したんだ」
 昂はどこまでもぎこちなく、しかし限りなく真剣に、言葉を添えた。
「クリプレって、ほんとのほんとに特別だからな」
 アリアはうなずいた。何度も何度も。
 声が出ない。体に栓をしておかないと、思いも言葉も涙も、全部全部全部噴き出してしまいそうで。
 勘違いって思ってたこと、勘違いだったのかも。
 昂の特別はほんとに特別で、私は昂にとって特別で。
 じゃあ、私は?
 私にとって昂は――
「大事になんてしないからね。だってずーっと、戦場にだってつけてくんだから」
 そんなの1秒だって悩まない。
 昂は私の特別。
 世界にひとりしかいない、特別な男の子だよ。


 これは素直じゃない猫と素直になれない兎の物語、そのプロローグである。どうなるものかはすべてふたり次第。
 そして助演を務めたふたりはといえば……なかなかに凄絶なドタバタを演じていたりするのだが、猫と兎の幸いなる次章を穢さぬため、ここでは語らずにおこう。


イベントノベル(パーティ) -
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グロリアスドライヴ
2021年01月29日

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