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『桜は薄紅色、椿は真白のままに』
日暮 さくらla2809)&ルシエラ・ル・アヴィシニアla3427

 ルシエラ・ル・アヴィシニア(la3427)は近頃とある悩みを抱えていた。誰かに直接言われたというような決定的な出来事があったわけでもなければ、特に深刻なものである、というわけでもない。もしも強いて一つ理由を挙げるとするならば、周囲の環境――同学年の同じ女子との差異である。
 鏡の前でルシエラはかれこれ、一時間余りも睨めっこを続けていた。角度を変えても髪を押し付けてみても当然だが顔貌が変化するわけではない。そこには毎日朝起きて顔を洗う際や出掛ける前の身嗜みを調整する最中に見るのと同じ、小さい顔に大きな瞳孔やら口唇がある童顔の己の顔が若干だが頬を膨らませた形で映っていた。ルシエラが近頃意識をしていること。それは同じ教室にいて勉強をしたり時には流行りものの話題に花を咲かせたりする同級生と比べ、自分が心なしか幼い外見をしていることであった。本音をいえば最近になるまでは全く以て気にならなかった。先日友達と遊びに行ったのだがバスに乗ったときも遊園地で乗物に乗ろうとしたときもただ一人だけ子供料金でいいと言われても、むしろ得したような気分でえへへと笑っていたくらいの感覚である。しかし勿論詐称するわけにはいかないのできちんと身分証明書を見せて、正規の料金を払いはしたのだが。そんな記憶も印象に残らず薄れた後、元通りの日常を過ごす間に時折会話が上手く噛み合わなくなると気が付いたのだ。勿論程度の差はあるといえ例えば服や下着の趣味で他の子達と同じ物が似合わないなどと言われたり、兎角子供っぽい物が合うと勧められたりする。しかし、ルシエラとしては彼女達がいいと思う物が好みだから、厄介だ。
 ルシエラは母のことが好きだ。勿論父や兄、叔父二人も大好きだが、泰然自若を表したような、その芯の強さは純粋に同じ女性の一人としても心から、尊敬の念を抱いている。エージェントの先達であるその凛々しさも憧れといっても、過言ではないだろう。だから常に戦場では自身も決して慌てることもなく気丈かつ不敵に振舞おうと心掛けているくらいだった。しかしその戦場のみならず日常生活においてももう大人になる日がやってきたかもしれない、とそう思う。
「……でも、母様みたいになるのはまだ、荷が重いの」
 何せ相手は母親だ。自分より全然人生経験が豊富で、英雄であるが為に元いた世界での出来事は朧げにしか憶えていないというが、エージェントとしても或いは母親としてもルシエラが話を聞き断片的に知る限りでもかなりの苦労をしてきたのは子供の自分でも解る。ゆくゆくは大人になって母のような人間になれたらとは思うが、今からそうなるのが大変であろうことは間違いないわけで。今のところはそれこそ、その喋り方に倣うのとどうしても本能的な恐怖が拭えない戦闘の場で気持ちを切り替えることで精一杯だ。他に誰か少し背伸びをするだけで近付けるような気がする身近な人はいないだろうか。などと考えること数秒、ルシエラの脳裏にある少女の顔が思い浮かぶ。彼女はルシエラと同い年でかつ幼馴染でもある為よく見知った間柄。いつも真面目で落ち着き払っていて、まさに“サムライガール”と呼ぶに相応しい女性である。だから見習うべきは彼女のような格好良い人物に違いないのだ。自分の発想に確信を得てルシエラは拳をぎゅっと握り締めては気合を入れる。
「目指すは格好いい淑女だの! 精一杯、頑張るの!」
 そのままえいえいおーと続ければ、それを聞きつけた兄が怪訝な顔をして部屋に入ろうとしてノックをするのであったがそれは別の話なので、割愛をしておく。

 ◆◇◆

 日暮 さくら(la2809)は近頃とある悩みを抱えていた。というのも弟と妹がいたり、先の大戦を共に潜り抜けてきた親を持つ幼馴染連中でも年長者の部類になる為自然と彼らの世話を焼くのが多く見知らぬ相手と連むことが少なかったので今までは気が付かなかったが、自分はどうも初見の人達相手には怖いと思われていることが近頃解ったのだ。直接に言われてはいないが、以前より度々弟妹にはもっと笑ったほうがいいなどと、遠回しに指摘されたことはあったし、さくら自身己が無愛想であることは薄々とながらも自覚はしていた。とはいえ笑顔で人と接するのは中々に難しい。何ぶん表情筋が仕事しないというか、別に笑えないわけではないが、愛想笑いが苦手なのだった。しかし、相手が萎縮しているのも申し訳なく、さくら自身も顔には出ないが内心傷も付く。であるのなら己も多少は無理してでもお互いに円滑なコミュニケーションを築けるようにと努力するべきだと思うのであった。今のさくらの一番の目標は母親のお師匠様でかつ並行世界での父親でもある複雑な経緯を持つ剣客の天使に両親に代わり勝利することだが、彼に会う為には並行世界に行かなければならないし、私的な理由によってワープ装置を利用するにはまだ子供の己では払うのが難しいだけの費用が掛かるのだ。当然ながら手伝いで稼げる金銭はたかだか知れているし自分の能力を試し磨く意味でもエージェントとして活動をする必要がある。最前線にいた頃の両親のような立派なエージェントになりたい気持ちもあり、より両親の顔に泥を塗るまいとして気力が湧き上がってくるのだ。愛想よくしたいのもその一環ではあるが如何せんそういった理屈は分かっていても、すぐ行動に移すのも、難儀である。
(誰かお手本になる人物はいないのでしょうか?)
 戦いも座学を疎かには出来ないが、実戦でしか学べないことも多い。それは勉学以外にも通ずる理屈だ。そう考えて思い浮かんだのは良い意味で未だに天真爛漫さを失わない、母親の顔だが真似が出来る気が全く以てしない。単純にそれが天性の気質というのもあるのだろうが、年の功というと違和感を覚える若い見た目でこの歳の子供がいる、相応の年齢の為、人生経験が豊富でそれ故の余裕もあるのではと感じるのだった。その落ち着きと明るさのギャップが魅力へと繋がっていて、多少の背伸びでは真似さえ出来る気がしない。だが逆にいえば同年代の相手ならば頑張れば見習えそうだ。根拠はなかったが母譲りの、思い込んだら、一直線のノリでそう結論付けると、頭の中に幾人かの名前が想像出来た。と、熟考して数分が経過しさくらの脳裏にある少女の顔が過ぎって、思わず声が漏れ出る程の天啓を得た。その彼女はさくらと同い年でかつ幼馴染なのでよく見知った間柄だ。いつだって明るく元気もいいし、それこそ落ち込むことがあったとき、決して押し付けがましくない、その気遣いと笑顔に何度癒されたか。倣う者は彼女のように無邪気で可愛らしい人物に違いない。まずは周辺の人達に対して聞き込みしどういうところに好感を持つか調べ、見様見真似で実践が良いだろうか。
「これなら私も周りの人に怖がられないようになれるでしょう」
 そしてもしも変われたら嬉しいと心の底から思える筈だとさくらは瞳を閉じ、一人呟いた。その結果周りの人間にどんな風に思われるのか、そんなところまで考えが及ばないままさくらは早速、家族達の意見を求め自室を離れるのだった。

 ◆◇◆

 入口の扉に取り付けられた鈴が、軽やかな音色を奏でる。さくらが顔を向けたその方向にはルシエラがいて、駆け寄ってくるところだった。駆け寄るとはいっても、周りの迷惑になったらいけないと気持ち小走りになる程度だが。
「さくらちゃん、ごめん。少し待たせてしまったかの」
 そう言いつつルシエラは席に近付いて彼女と対面になる席の背もたれの部分に手を置いた。真面目なさくらのことだから、待ち合わせの時間よりも早く来ることは予想済みだったもののつい先程もまた玄関で靴を履こうとしていたところ、兄に捕まった為振り切ることに若干時間が掛かってしまったのだ。自分自身彼に甘えている部分は否めず、兄自身もそれを良しとしている感はあるしで兄妹としての距離感は程良いものだが、近頃は何故か妙に過保護になっているのであった。鬱陶しいなどと思わないが、心当たりがないといっているのに何処か体に悪い所があるのではないかと訊かれるのは困るの一言に尽き、結局約束があると打ち明けて漸く解放してもらったというのがつい先程の出来事。軽くふぅと一息を吐き、座席に腰を下ろした。レトロな雰囲気の喫茶店らしく座ると硬めの感触が伝わる。
「いえ。大丈夫ですから、気にしないでください。そんなことよりもルシエラ――」
「ん? どうかしたの?」
 さくらが中途半端に言葉を切る。ルシエラは訝しげに尋ねた。至って、何事もなかった表情をする、ルシエラの姿に戸惑いつつ言葉を選び、切り出す。
「その……何処か――具合が悪いのではないかと思い」
「どうしてそう思うの?」
 聞き返すのは失礼だと解っていても思わずそうしてしまったのは、つい先程も全く同じ内容を聞いたからに他ならない。一方若干険のある言い回しにさくらはさくらで面を食らった。あんなにも明るく優しい彼女がという衝撃とそれと同時に何か堪忍袋の尾が切れる出来事を己がしでかしてしまったのではないかと思って、顔が青くなる。とそんなタイミングに限り店員が来て、注文を訊かれたルシエラはテーブルの上のメニューにざっと目を通し欲しいものを彼女に伝えた。さくらが視線をおろおろ彷徨わせたとき、思いも寄らぬ言葉が返ってくる。
「そういうさくらちゃんこそ随分疲れているみたいに見えるの。……それか任務のときにイントルージョナーから、何か悪影響を受けたとかかの?」
「……えっ?」
「ううんっ?」
 ルシエラの問い掛けにさくらが戸惑いの声をあげて、その反応にルシエラもまた素っ頓狂な声をあげる。
「何か話が噛み合っていない気がするのは私の思い違いですか」
「ううん、私も凄くおかしい気がするの」
 それはさくらとルシエラの双方に合う認識のようで、面倒だと一から十まで腹を割って話すことに決めた。そうやって、ルシエラの注文も無事届いて片や苺、片やチョコのケーキを突きつつの話は十分に及んで、答えが解った瞬間疑問が氷解していった。
「なるほど……つまりルシエラは私の真似をしようとした結果、人相が悪くなって機嫌が悪いように見え」
「さくらちゃんは私の真似をして引き攣った笑顔を浮かべたり、怖がる風になって、おかしいように見えたと、そういうことだの」
 お互いに火の玉ストレートな言葉が口をつくのはあまりに衝撃的で、逆に清々しいくらい、馬鹿らしいことだったからだ。実際二人とも相手の言ったことを否定する言葉が思い浮かばないのだから、本当に笑える話だと思う。堪え切れずどちらからともなく笑い声が零れ、最早食事もそっちのけで二人ツボに入ってくつくつと笑う。その内お腹が痛くなってきた為どうにか収め、ひーひーと引き攣るお腹をさすりながらルシエラは丁寧にケーキを一切れ取り分けて口に運んだ。綺麗に咀嚼してから言う。
「私もさくらちゃんも、無い物ねだりをしてたのかの」
「隣の芝生は青いとは、良く言ったものです。……ああ道理で、父も母も皆、何か悪いものを食べたのかと訊いてきたわけですね」
「あっ、うちも全く同じだったの!」
「ふふ。確かに客観的に見れば、相当不審な変化だったでしょうね」
 二人ともまるで真逆の性格になっていたのだからと、そう思うと家族や友人を心配させた申し訳なさも出てくる。とはいえ種明かししてしまえば彼らもまた笑ってくれるに違いない。
「ルシエラはこうして笑っているときのほうがずっと、可愛らしいです」
「さくらちゃんだってあんまり笑わなくてもちゃんと、優しいことも相手の為を思って言っていることも絶対伝わるの」
 さくらちゃんは強くて格好いいと付け足せば顔はこちらに向けられたまま、目がテーブルの隅に泳いだ。最早間違い探しのように姿勢は変わらないまま頬だけが淡く色付いているのが映りルシエラは微笑ましい気分で一杯になる。一方さくらも楽しげな顔の彼女を見て嬉しい思いで満たされた。
「では、これからは久しぶりの時間を楽しみましょう」
「そうするの!」
 元々はお互いの事情も知らず、単に会って話をしたくて待ち合わせをしたのだから。家族の反応、実践したこと、それらとは全く関係ない話。話したいことは幾らでもある。たっぷりある時間の使い道は暫く尽きることがないのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
尺的に余裕があれば実際なりきった際の描写なども
書いてみたいなあと思ってましたが全く入れる隙も
なく、二人が合流してから、事態が判るまでの間の
様子についてもあえて想像にお任せするという形を
取らさせていただきました。クールで格好いい系の
ルシエラちゃんと明るく元気なさくらちゃんも
それはそれでまた可愛く面白いのでしょうけど、
やはり本来のままでいるのが一番だと思います。
真逆な性格なだけに付き合いが長いと相手のことを
羨ましく思う時期もあったのかなあと
妄想した結果こういう話になりました。
違うから補えるものもあるかもですね。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2021年02月01日

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