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『他人から見えるもの、自分だけ見えるもの』
ラシェル・ル・アヴィシニアla3428

 乾いた音に遅れること数秒、頬に痛みが走る。それは一秒二秒と経つにつれ刺激へと変化した。勿論短いキャリアとはいえ一応一人前のエージェントとして、要求される水準の仕事は出来ているつもりで親世代とは違う形ながらも適性を持つアメイジングスの優れた動体視力は正面の少女がその手を振り上げて、それから振り下ろす一部始終を捉えてはいた。なのに手首を掴み制止するか、または、躱すも容易なのに全くしなかったのは、行動自体が己の想像の範疇からかけ離れていて、内心は混乱しっぱなしだったからに他ならない。そして、表に出ていない感情が正確に少女に伝わる筈もなく、俯き肩で息をする彼女がさっと顔を上げたとき、両の瞳を濡らしていた涙が一滴ぽろりと目尻と頬を伝い、心当たりのない罪悪感が自らの心を苛んだ。何か言おうとするより早く口を開いた少女が言葉を紡ぐ。そしてそれはやはり思いも寄らないものだった。
「貴方がそんな人だと思わなかった!」
 そう、吐き捨てるかのように言うと返事は元より求めていなかったようでこちらが何か返すよりも早く、ぎりっと睨み付けるとそっぽを向いて背中を見せて去っていく彼女をラシェル・ル・アヴィシニア(la3428)は、呆然と見送る。元からそれ程痛かったわけではないが、余韻が残っているようにも思える、頬に手を添え、関節を曲げるように触れれば叩かれた衝撃が蘇り。立ち尽くしたままの為H.O.P.E.本部の廊下を通る者が怪訝気にしラシェルを見るが、当の本人にはそれがまるで目に入らず、ぽつり本音が零れる。
「俺が何をしたと言うんだ?」
 全く以て心当たりがない辺り怒りを覚える以前の話で、まるで状況が飲み込めず、混乱する他ない。数分後漸く我に返ったラシェルは尚更に解せない感情を抱き、首を傾げるも答えは見つからないまま、理不尽さを抱え歩き出すのだった。

 ◆◇◆

「ふむふむ、そりゃ酷い目に遭ったもんだ」
 一頻りこのラシェルという名の少年の話を聞いた俺は、そんな感想を一言述べた。任務が一つ終わればそれが縁の切れ目――等という程は決して安くない関係だ。何しろ世界の危機から救われても、イントルージョナーなる異界の存在は未だ人の生活を脅かし、身体能力他のピークから落ちた親世代は軒並み後進の育成なり戦闘以外でのバックアップに徹している今、昔と変わらず人手不足は深刻なままだ。だから今回が初の接触でも今後も行動を共にする機会は少なからずあるだろうがまさかまだ付き合いの短い俺相手にこんな大事件と、大層な話題を持ちかけてくるとは予想外だった。この若いが、寡黙な少年が人にそういうことをするタイプだとは思えなかったのもある。最初年齢差を鑑みて、俺に敬語を使っていたのも物の分別がついたイメージに拍車をかけていたしで。つい先程も注文を取りに来た女店員に真面目くさった顔で淡々とながらもきちんと視線を合わせ丁寧に伝えていたくらいだ。
「その――誰が見ても俺が悪いんだろうか」
 歯切れの悪い喋り方には自信のなさが表れていた。相当衝撃的だったんだろうと思う。無理もない話だ。今日日修羅場の男と女でも相手をひっぱたいて泣きながら逃げるなんてリアルでは誰もやらないだろうしな。その相手が付き合っている女でもなく、今回の任務が初対面だった仲間なのだから尚のこと混乱する。無意味にうんうんと悩んだ素振りで意地悪く不安を煽ったが、強張った表情を見て罪悪感が湧いてきたので真面目に答えようと思う。
「いや、あんたは何も悪くないさ。むしろ彼女のほうが――」
 言いかけたものの、言葉を切る。まあどちらが悪いかとか、果たして全く悪くないのかと問われれば強いて言うのなら彼女に落ち度があるとは思う。だが悪気がないというのもまた解るといったら解るのだ。
「なんて言えば、いいんだろうな? 要は彼女は幻想を抱いてたんだ。――優しくて格好いいラシェルくんがそんなことする筈ない、ってな」
 裏声でわざと気持ちの悪い言い方をすれば僅かに彼の眉が寄る。それでも不快さを露骨に顔に出さない辺り立派なもんだ。
 話を聞いていざ振り返れば件の少女はラシェルに対して憧憬の眼差しを送っていたように思う。だが無事イントルージョナーを倒して帰る際には息の合った連携が取れた為か気を許している空気が出ていた。それが急に懸命に話しているのに気のない返事を返され誘いを断られれば、思春期ならば逆上も仕方ないかもしれない。それで出てくるのが何故急に態度がおかしくなったのかという疑問ではなく勝手に決め付けての言葉なのに浅い関係だと答えが解り易い。
「だがまあ、猫が気になって話が上の空になったなんて聞いたら、あの子も申し訳ないと思うだろうがな。いやもう既に頭が冷めてきて謝りの連絡でも来てるかもしれないぞ?」
 それまで普通に話していた相手が唐突に、気もそぞろになった理由。それは、妹から近所の住宅で飼われている猫が具合が悪くなって病院に運ばれたという連絡が届いたから。そんな真実を聞いたら彼女も思わず笑ってしまいそうだ。先程の言葉を鵜呑みにしたのかラシェルが、テーブルに置かれたスマホを手に取る。暫しその目線が左右に動いて逡巡するように指が止まった後何かメッセージを送るのか最小限の動きでタップしているのが対面のこちらからも見えた。と先程の注文が来て、ラシェルは律儀に会釈をする。それから俺を見返し言う。
「……どうやら、言う通りだったみたいだ」
「そりゃあまあ、一過性の激情だしな。災難だったと思うが、どうか俺に免じて許してやってくれな」
「許すもなにも、そういうことなら特に問題はない。……誤解なんてされ慣れているからな」
「へえ……なら、直さないととか、思わないのか?」
 今回のはまあ相当レアケースだったとはいっても、その口振りから察するに、無用な損を顔色の判り難い気質故に幾度も受けたのは間違いない。だが他人に自分の理屈を押し付けるより本人が変わったほうが早いわけで、少年とはいっても精神が成熟した彼ならば摩擦を避ける為に妥協もしそうだが。
「そんなふうには思わないな。もし俺のせいで妹や両親が悪く言われ軽んじられるなら、話は別だが。俺の行動が原因で俺自身が誤解されるだけならそれこそ自己責任、という奴だ」
「何が自分の持ち味かラシェルはよーく知ってるんだな」
「そう、だろうか? そうであればいいんだが」
 ふわふわとした返答から察するに単純に過去の経験からそう判断するに至ったらしい。なるほど苦労した分だけ、同年代の子供より自分を客観視する術を自然と身につけているようだ。
「あんたはそれでいいと思う。――それで、何か埋め合わせをするつもりか?」
 彼女から連絡が来ただろう、と言外に伝えれば少し遅れて気が付いたらしく、さらりと言った。
「いや。また誘われたが断ったよ。気にするなと後は任務で会うことがあれば宜しくとは言っておいたが」
「うん、ラシェルくんのそういうとこ、おじさん凄くいいと思うなー」
 その余りのぶれなさに乾いた声が出たが、彼は意に介していないようで、嬉しそうに若干口角を上げた。大人みたいに落ち着いているのかと思えば、子供みたいな面も窺え何だか次世代も捨てたもんじゃないなとそんなふうに思えた。今もし奢ってやろうと言ったら果たしてどんな反応をするかワクワクしつつ早速俺は口を開いたのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
絶対に勘違いでしか起きないであろう冒頭の一連の
シチュエーションを何となくやってみたくなった為、
こういう感じになりました。勿論過去恋人が〜とか
ガチの修羅場はダメだろうなと思った結果結構謎な
理由になってしまって申し訳なく……猫きっかけは
現在のタマさんを家族みたいに思っているところが
子供の頃猫と縁があってそこに繋がるみたいな風に
したかったというのもあります。また少女のお誘いを
断ったのは単純に、友人とまでは思っていないので
深入りするつもりはないくらいのニュアンスですね。
後半視点主のおじさんともそれくらいの距離感です。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2021年02月02日

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