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『雨の中行く者達』
常陸 祭莉la0023)&梅雨la2804

 数分前に降り出した雨は既に土砂降りの様相を呈している。最早目の前の人物の声も内容を聞き取ることは出来ずにいて、非常用のヘッドセットで会話をと、試みても結局さしたる違いもないレベルだ。成る程、山の天気は変わり易いという。常陸 祭莉(la0023)は大粒の雨が降り注ぐ中、行動を共にする人達の様子を窺おうと目を凝らした。激しい雨に地面は抉られ、凸凹へと水が染み込むのが判った。誰かの靴底が地面を躙るのを見て上を向く。ここで手をこまねいても、勝手に事態が好転してくれるなら、ライセンサーなど必要がない。ヘッドセットを耳に強く押し当てると、祭莉は一旦、深く息を吸い込んだ。大きく張るのは得意ではないが絞り出すように声にする。
「……ボクが行くよ」
「俺が行こう」
 漸く口にした矢先、語尾に被る形で全く同じ趣旨の言葉を耳にして祭莉は声の主を見下ろした。視線の先にあるのはこの任務の以前に知った梅雨(la2804)の雨雲と煙る霧のせいで暗い中、光ったように見える青い瞳だ。もふもふとした黒い毛は今は雨の為にぐっしょりと濡れ元を知る祭莉からしたなら随分と細く痩せぎすのように感じる。話している際の印象的にはどちらかというなら彼の梅雨は狼の外見をしていた。或いは、見る人によっては犬と称するかもしれない。勿論だが人語を話す狼は世界におらず、そして梅雨は放浪者ではなく人工知能を有した機械――俗にいうヴァルキュリアだ。正直にいえば一人では旗色が悪いと予感していた為もし梅雨がいてくれるなら有り難い。話の通じる梅雨が無言で祭莉を見返す。祭莉も黙って頷き顔を上げた。
「みんなは、先に……下山してあの人達を保護してほしい……」
 言って木の下にうずくまるようにして、集まっている民間人の方に視線を向ける。小雨ならば一応雨除けになったのだろうが今はその体裁さえも形を成していない。どれだけ視界が悪くとも不安がいつ爆発してもおかしくない程に緊迫しているのが判る。とりあえずはライセンサーがすぐ近くにいるからもし襲われても大丈夫とはいえど運悪くも自分だけ、なんて想像がよぎったり、それではなくとも少なくとも一体はナイトメアが残存すると確定しているのに居続けるのは、精神的負荷が尋常ではない。先程と同じくヘッドセットを押して口にした言葉は届いたのか、
「分かった。……無事に帰ってきてくれ」
 今回の任務に参加した中で、一番経験が豊富ということで的確な指示を出し、即席のメンバーを上手く纏めていた味方が全員を代表するようにそう祭莉と梅雨を見て言った。声に出さず視界が悪かろうと見える程に頷けば頷きが返り、最後に梅雨の頭部を撫でて一同を伴いながら、民間人のいる木の下に行く。彼らの姿が消えるまで見守りたいがリスクを犯して何故別行動を取るのかと考えればそんなことをしている暇などない。
「ツユ、ボクたちも行こう……?」
「ああ。一刻も早く少女を助け出さなければ」
 誰に対しても変わらないだけで人見知りはしない方だが、皆がいなくなって平時通りの緩慢な調子に変わっても、梅雨は聞き取ってくれたようだ。目と目を合わせ言葉を交わすと一人と一匹――一体と言い表す方が正しいのかもしれないが――は泥濘み、歩く度に濡れた異音を立てる土を踏んで、同じ方向に歩き出した。本来走りたい場面だが先程の戦闘を経て、酷く疲れた身だ。助けに行く側なのに足でも踏み外して二次被害を被れば笑うに笑えない。努めて冷静に、出来るだけ早く。襲撃が起こった際、どさくさに紛れて拐われた少女の救出をこの悪天候と徐々に太陽が沈んで暗闇が差し迫る中、行なわなければならない。

 一応目撃証言があったのでとりあえずはそちらの方向に向かっているが、梅雨以外の味方達と別れたときより緩和されたとはいえ、依然降りしきる雨がその外見の通り優れた追跡能力の高さを鈍らせる。懐中電灯を点け行く道を照らすも、未だ灰色の雲は立ち込め太陽も地平線に姿を隠そうとしているところ。酷く頼りないこの光明を宛てに進むのは精神を弱らせる。
(……こういう状況、何ていうんだっけ? 暗中模索……?)
 四字熟語としても、単純に漢字の羅列としてもそれらしい。おまけに降り続く雨と迫る夜は外気温を下げ濡れた身体を震わせる始末だ。特に祭莉などその冷たさが薄い肉越しに直接触れるかのように突き刺さる。内臓が金属の梅雨とて受ける被害は相当だろう。
「祭莉」
 軽く周辺を注意して見ていた筈だが、若干真横の梅雨に気を取られていた感は否めず、そう指摘されて一瞬身構えた。動揺した為懐中電灯の光が軽くぶれる。前に進むのをやめれば靴の先端が小石を蹴りつけて前方に転がる。と思いきや、頼りない光は小石が闇に消えるのを丁度照らし祭莉の歩幅で五歩分先に柵などもない崖というと大袈裟かもしれないが、今足を滑らせたら無事では済まない程の段差がある。
「ごめんね。ううん、見ててくれて……ありがとう」
「当然のことをしたまでだ」
 素気のない言葉ながらも、今は酷く痩せ細って見える尻尾が少し揺れているのが判り、冷えて薄く開く度に震える唇は微笑ましさに、緩く弧を描く。張り詰めた空気が僅かながらも解けて、だが和んでいる刻ではないと、
「ツユ、引き返そう……?」
 と声を掛け踵を翻しかけたところ、靴底が土を噛んだのと雨音に混じって何かの音が聞こえた。音というより獣の吠え声の方が正確かもしれない。登山客達が襲われ情報がSALFに伝わる程に整備された山ではあったが、獣がいても、可笑しくなどない。がそれならそれで今この状況でも動いているのは不自然ではなかろうか。そんな祭莉の疑念に応えるように再度咆吼が響いた。
「ツユ」
「ああ、行こう」
「……ツユは先に行って。ボクもなるべく早く追いつくから……」
「分かった。気を付けてくれ」
 うん、と頷けば梅雨は即座に地を蹴って駆け出す。先の戦闘で縦横無尽に動き回っていたので、その全身に泥濘が纏わりついているのが見える。とそれもすぐ影に変わり消えていった。梅雨の行く先を首元につけた小さな明かりが仄かに照らしている。雨に濡れた衣服と疲労の両方で酷く重い身体を引き摺るように祭莉も進む。どうにか足を踏み出してしまえば、勢いがついた。――人を、助ける。ヒーロー。今その為にここにいると思えば、己に降りかかる全てを置き去りにすることが出来た。

 ◆◇◆

 より巧みに駆けること。それが、梅雨が父から与えられたトップオーダーだ。本物の狼と違わず振舞い、されど人が想像する狼らしさという表現の偶像を体現するが如く、より速くしなやかに動け、とヴァルキュリアとして覚醒する前に人工知能に刻み込まれた命令たちが囁く。人、或いは動物であればそれを本能と、呼ぶのかもしれなかった。幾度となく行動を共にしている祭莉のことを置いてきたのは若干の気掛かりを残す。とはいえ彼のライセンサーとしての力には一定の信を置いていた。何か不都合な出来事が起きないよう試行しながら走ればじきに獣のシルエットが姿を現した。同じ紛い物の体であることを否定は出来ないが、梅雨は決して人を傷付けたりしないし、そもそも命に関わる行為には自然とストッパーが掛かるようになっている。
 ナイトメアの姿を正確に捉えて、かつその傍に件の少女の姿が見えないことを確認すると梅雨は残していた余力を切り捨てるように全力で走る。リソース全て移動に振る分大した攻撃は出来ないが一先ずそれで充分だろうと判断した。とりあえずどこにいるかも分からない例の少女から自分に注意を逸らせればいいのだ。空中でくるりと身を翻し己の前足に取り付けられたホルスターを口で咥えて外した。梅雨のその長い尻尾を含めた大きな体躯よりも更に長大な槍が宙を舞って、柄を咥え直した頃には既にその真下に獣が――偽物の熊が迫っていた。大きく首を振るようにして急所である眼球目掛け槍を斬り下ろす。がつと鈍い衝撃が顎を伝い梅雨は躊躇わず槍を咥えるのを諦めた。濡れた土の上に、受け身を取りながら転がるようにして着地する。同時に両者の間隙に梅雨が放棄した槍が転がり音が鳴る。白い柄が泥に塗れて、斑模様を描いた。と、一瞬の隙にも熊を模したナイトメアは梅雨に向かい所詮偽物か体重の移動に違和感がある不自然な走りで迫る。動きから攻撃方向を予測、梅雨は冷静に飛び退って回避した。
「――!!」
 梅雨が人であればはっと息を飲んだかもしれない。口は開けども声が漏れることなく、しかし今視界に広がる土の礫に梅雨は己の失態を否応なしに理解した。イマジナリーシールドですぐ弾く。所詮濡れた土が降り掛かるだけなので特に痛手もなかったが、ほんの一瞬遮られた視界と気を取られたのが問題だった。偽物の熊が本物の熊のように唸りをあげる。差し迫るその攻撃を己には受け止められないと、梅雨は戦闘中に限っては決してショートすることのない思考回路で確と理解し――被害を最小限に抑えるべく体の軸を先に意図的に崩したところ、背後から近付いてくる一人分の足音が聞こえた。――盾にならなくていい。いつか言われた言葉が急に記憶媒体から引き出される。そして衝撃が狼と同じ体躯を打った。が、被害は想定より重くない。
「眩め」
 短く、ぼそりと囁くような声は梅雨の後ろから聞こえ、かと思えば足音は真後ろから右方向に移動した。梅雨を絶対傷付けないように動いたことは靴底を擦り減らすスライディングの音が聞こえたことから判る。そして体勢を崩して一瞬宙に浮いた梅雨の眼前で暗く染まった空間を真っ白な光が焼き、弾丸に似たそれはナイトメアに強く叩きつけられた。本当に目が眩んだのかどうか顔を庇いつつ暴れ出したそれを見て梅雨は脚を突っ張り体を何とか奮い立たせた。
 ナイトメアの攻撃によって、祭莉のシールドが割れる。だがすかさず梅雨が修復した。竜を象徴化した魔法陣はこれなら攻撃をまた受けられる。
『頭を垂れよ。光は“慈悲”、竜は冷たい火を以て貴殿らを焼き尽くす』
 こちらからは見えないが楽譜を手にした祭莉が告げた。雨が降る中まるでスポットライトのように光が射し、それを背に負うように飛竜が姿を現す。とはいえこれも、体系化されたスキルを彼らしく仕立てたものだ。実体は伴わないが、されども神の裁きが如く確かな存在感を放つ。――尤もこちらからは背中しか見えず、いつか誰かがした表現を引用しただけで梅雨にはその感性がいまいち理解出来ない。目の部分から出た閃光が、ナイトメアを射抜き悲鳴とつかない咆哮が響く。もがくのを見てナイトメアの足元の土塊を泥濘に変えた。そこから生じた腕が絶対逃がすまいと掴み、咆哮ははっきりした悲鳴に転じる。地を踏み締めて、すぐさま攻撃に転じられるよう身構える梅雨の前で、ナイトメアは漸く倒れ伏した。と同時に彼の体が傾ぎ、想定と違うが、梅雨は急ぎ駆け寄った。衣服が汚れるのも気にするつもりがないか、肩で息をしながら地べたに座り込んだ祭莉は己に目を向けて言う。
「早く、探さないと……」
 祭莉は無事なのだから、その役を果たさなければと梅雨はふらつく足と思考回路を巡るエラーメッセージを無視して辺りを見回す。すると静寂の戻った空間に微かながら啜り泣く声が聞こえた。もう話す気力もないのか、手振りで示す祭莉に頷きを一つ返して梅雨は少女のいる方に向かった。すると、そこには岩陰に潜むように特徴の一致する例の少女らしき人物が座り、彼女がこちらに振り返るのを見て梅雨はつい身構えてしまう。梅雨の混乱など知ったことではないか、その少女は勢いよく梅雨の大きな体へと飛びついてきて、よろけたが踏み留まった。少女は梅雨の首に抱き着くと、わんわんと泣く。まず家族が無事と告げるべきか、或いは宥めるべきか。看板犬及び業務サポートの為作られたAIは会話をそつなくこなせる筈なのにこういうとき上手くいかなくなる。固まる梅雨の耳にふっと笑い声が聞こえた。
(ここに来たのは俺だけではない。ならば適材適所、任せるとしよう)
 適材適所といいつつもそれが正しい評価ではないと梅雨は知っていたが。この際お構いなしだと人間じみた、言い訳をつけた。山での天気は変わり易くいつの間にか晴れ間が覗く。ナイトメアの全滅及び民間人達の救出を果たした今任務がまた一つ終わりを告げた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
あまり自分を大事にしないところがお二人の共通点
かな、という印象だったので今回はそこからお話を
広げさせていただきました。本当は救出出来た後も
何だかんだ山小屋で待機することになってしまって、
祭莉さんの頭痛やら人工皮膚やらに触れたりだとか
少女に懐かれたので一生懸命会話する梅雨さんとか
書きたかったんですが、全然字数が足りず無念です。
それと梅雨さんの槍は背骨に沿わせるみたいな形で
ついていてホルスターを外すと咥え易く飛ぶっぽい
イメージです。装備欄を見てやってみたくなった為、
無理くり感が強いですが戦闘描写も頑張ってみたく。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2021年02月04日

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