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『輪郭をなぞる』
la4156

 私の目の前には今、とある一体のアンドロイドが、安置されていた。製作自体は私の担当ではなく、その為規格や各部に使われている部品の種類は把握出来ていても、それが何故、どういった経緯で製作されたのかまでは理解に至らない。目で見て判る範囲の情報といえば、人間と遜色のない外見をしているということか。例えば、一体で街中でも歩いていたとしたら横を通り過ぎる者はこれが人か機械か判別出来ない。それ程までに外見とその挙動が人間に寄せて精巧に造られている。しかしそれはあくまでも一体であれば、という但書が必要である。このアンドロイドはオートメーションによる製作物なので不良品として弾かれたものを除き、機能は勿論、外見すら違わないものが数十、数百体と造られているのであった。要は量産型とモデリングされたわけだ。当然だが粗製濫造といえない程の予算は掛かっているのだが。一度考えてみてもほしい。この時代巷に溢れるアンドロイドの容姿がどんなふうに設定されているのかを。死んだ家族や恋人の面影を求めそれらを模したアンドロイドの製作を依頼するというケースもあるにはあるが、それはあくまで特注、人手の不足を補う為量産された物は騒動を回避する意味でも実在の人物をモデルにするわけにいかず、また敢えて全部を違う見た目に設定する理由もない――金銭的な意味は勿論のこと、全て同じ顔と服装であれば一目でそれがアンドロイドだと判るだろう。今私の目の前に横たわるアンドロイドは護衛用機械兵としての設計をされた一体だ。
 銀の毛髪は光の加減で白にも薄紫にも見える。瞳孔は瞼の下に隠されているが私の記憶が正しければ髪色と同じだった筈。私には人間の美醜というものがよく判らないが――モデルが実在しないアンドロイドは皆往々にして美男美女であるらしい。だからこの型番の彼もそうなのだろう。――彼。このアンドロイドは男性型として設定されているものだ。護衛役は依頼主よりも目立つのは宜しくないが、かといって存在感がないようでは悪意ある人間の行動を、誘発する要因になる。それを踏まえれば恐らく人目を惹くであろう容姿にそれでいて誰かの印象に残り難い地味な色合いと個性の薄さは上手いこと設計されているともいえるだろう。武漢と泉州――二度に渡る防衛戦も虚しくその領土の大半を侵略者の支配下に置かれた中国人は多く日本を代表とする周辺諸国に流れていき、この一体も恐らく中国かアジアの有名人が購入したらしく、纏う衣装はその辺りの国の伝統に則ったものに見える。どういう経緯でここまで来たのか勿論調べようと思えばすぐに調べられるがわざわざ調べようかと考える程興味はない。一つ歴然としていることは、このアンドロイドに何かをきっかけに不具合が発生し、そして、それを直す為私の元へと運ばれたことだけだ。現在は強制的にスリープ状態なので不意に起動する心配はなかった。人だったならば死亡したように眠る姿を私は見下ろす。業務の一環なので勿論ただ眺めるだけでなく、元々搭載されている自己メンテナンスで見つからなかったエラーを発見する為外部に持ち出すことは固く全員が禁止されている特殊な機械を用いたより高度なメンテナンスを噛ませていたのであった。寝台の近くにディスプレイが一台設置されていて、目で追うのも、大変な速度で上から下へ英語で診断結果が流れるのを眺めた。
 目を離していてもいいようにと、一連のメンテナンスが終了したことを告げるアナウンスが室内に響く。時間を持て余して暫し見ていたが、一通り表示されていた文字の羅列は勿論、その最後に出た総括も同一の結果を示す。つまり異常なし、と。これが自己メンテナンスした結果ならば、まず本体が深く破損している状態なので、事実と違う結果が出てもおかしくない。だが高度な機械を多く用いた結果に誤りがあるとは俄かには信じ難いことだ。であれば考えられる事実としては、そもそもここに運んだ職員の判断が間違っていて実は、正常だったか、はたまたこの機械が故障している、それと可能性は極端に低いが、一つ――。
 私の思考はう、と短くともすれば聞き逃す程小さな何かのせいで遮られた。いや何かは語弊がある。その正体を完全に判っているのだから。しかし、表示された結果以上に信じられない状況下で思考は完全に長く停止をしていた。私の担当は修理がメインであってボディの製作はおろか、プログラムの開発に携わることもないのである。だが一応基本的な部分ならば解るつもりでいて、だから、不可解と気付く。しかし、原因に見当がつく程の知識もない。それとも人工知能の開発者でも解き明かせないのではないか――先程遮られた思考が頭の中に過ぎる。限りなく零に等しいその可能性に呼吸を忘れ去る私の目の前ではアンドロイドが、彼が緩く目を覚ます。
「ここは……? あなたは誰、ですか」
 人間ならば酷く疲れたと表現したくなる緩慢な動きで彼は起き上がった。護衛用機械兵などいざというときには、使い潰す為に存在するものである。人の形をした人工知能に痛覚というプログラムを設定する義務はなく、だというのに彼は頭部を――人間でいうところの脳が入った箇所を痛そうに押さえるのだから私は肌という肌にぶつぶつと、鳥肌が立つのを感じついでに身震いもした。今確信は目の前で起きている現実に変わる。即ち人工知能に、意思が芽生えたところを目の当たりにした。芽生えたというと不適切だろうか。何せ彼はプログラム及び購入者の行なった設定と齟齬する行動を取り、故障したとここへ運ばれてきたのだ。何かが発生してその際に彼は覚醒した。そう解釈するほうが正しいだろう。そして人工知能が自らの意思を得たのは何もこれが最初ではない。だがどうしても意図的に引き起こすことも出来ない。神が用意した贈り物だなんて、機械が社会に溶け込んだ時代に面白い言い方で語られる存在。彼はよくある人工知能からヴァルキュリアと称する産物になったのだ。
「……私は、僕は、俺は……」
 私が感動に打ち震えているうちに解答を得るのを諦めたようで、私から目を逸らしてまるで独り言のように彼は呟く。それはまだ彼の内側で自己という個が不安定であると示しているように思えた。私は特に何か意味があったでもないが彼の型番が書かれた書類にふと目を向け、そして呟く。――錫、と。彼は私の発した声に気付いてこちらを見た。
「錫? ……錫……」
 なんてことはない。何気なく見た彼のシリアルナンバーが錫の原子番号と同じだった。だからそう呟いただけだ。しかし彼は、譫言のように錫、錫と繰り返している。そして何かしら納得しうるものがあったらしくもう一度私の顔を見てこう言うのだ。
「錫は、兵士として生まれました。ですが、他に何か出来ることがあるのではと思うのです」
 つまりそれはこれまで通り護衛兵として生きるつもりはないということだろうか。確かに彼がヴァルキュリアと証明されたならばその瞬間人の所有物ではなく一個人となって自由に生きる権利を獲得出来る筈だ。しかし私にはそれを確認する権限などない。待ってくれと情けなくも告げ、慌てて上司に連絡を取るべく、内線電話をかけることにした。勿論興奮も混乱も隠せずにだ。これが後にライセンサーの活動を始める錫(la4156)の第一歩となることを私は知るよしもないままだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
流石にヴァルキュリアとして目覚めたときのお話を
勝手に捏造するのはどうかなと思い、こんな内容に
させていただいたんですがこれはこれでまた結構な
なんちげになったかもしれなくって申し訳ないです。
イラストを拝見していると中華系のイメージがあり、
そういう雰囲気を意識して書かせていただきました。
そちらも何か違っていたらすみません。舞うように
格好よく戦ったり、任務中護衛主のお姉さんに気に
入られてスカウトされたり、そんなお話なども
えがいてみたかったですね。錫さんが一連の戦いを
経て何を得て、この先をどう歩むのか気になります。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2021年02月05日

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