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『人に尽くし続けた機械の話』
梅雨la2804


 人類とナイトメアとの決戦が、人類の勝利で閉幕し。
 ナイトメアの残存勢力もそのほとんどが討伐され。

 梅雨(la2804)はライセンサーの資格をSALFに返却し、EXIS類の全て・所有アサルトコアを譲渡あるいは破棄し、完全にライセンサーから引退した。
 そしてヴァルキュリアたる自身を制作した会社に『里帰り』し、本業である看板犬兼業務サポートAIとして活動していた。主にライセンサーとしての戦いの日々のデータ提供、実験参加、エトセトラ――梅雨に蓄積されたヴァルキュリアとしてのデータはとても価値のあるものだった。

 ――オフィスの片隅に設置された大型犬用の犬小屋。それが今の梅雨の住居。
 本日の業務も滞りなく終わり、夜、消灯されたそこに社員達は誰もいない。梅雨はオフィスの警備員としての役割もあった。小屋の中で丸く伏せ、省エネモードで、人で言ううつらうつらとした状態で梅雨はじっとしている。
 梅雨が会社に戻ってから残業をする者が減った。梅雨が「人間は夜は休むべきだ、健康に良くない」とデスクの傍に来て鼻をフスフス鳴らすからだ。このオフィスには誰もいない。とても――とても静かだ。

(皆、今頃はそれぞれの家にいるのだろうか)

 その中には家族を持つ者もいるだろう。社員のデスクには家族の写真を写真立てに入れて置いてある者もいる。
 家族。――……SALFにいた頃、結ばれて家族になった戦友達を何人か見てきた。かつての同僚達を思い出しながら微睡んでいく……それは人でいうところの夢に近い、不思議で不随意なデータ再生だった。最近は妙にその『夢』が多い。理由は分かっている。梅雨はロボットだ、機械の体だ。子供を作ることなんてできない。見た目も犬だから、人間と結婚するなんてこともできない。そもそも、電子の心に恋という概念は存在しない。だからこそ、心の奥で焦がれていたのだ。

 ――そんな『夢』ももうすぐ見なくなる。
 今日で梅雨のデータ抽出及び全ての実験予定が終わった。
 会社の方では早速、それらを基にした新型機開発が始まっている。
 新たに生まれる弟、あるいは妹は、全てが梅雨の上位互換になるのだろう。
 梅雨は過去のものになっていく。だから梅雨は決めたのだ。

「本機の破棄を申請する」

 その言葉に、会社の者達は目を丸くした。
 何故を問われても、梅雨は同じ言葉を繰り返した。

 ――俺はヴァルキュリアとしてはもう旧型だ。
 ナイトメアとの戦いが終わり、産業が大きく発展しつつある昨今、俺の各部パーツも次々と生産終了していくことだろう。価値のない道具に無駄に稼働コストを重ねるより、破棄に回した方が得策だ。

 とは、言わなかった。
「そんなことないよ」、なんて甘っちょろい同情で気を引きたいのではないからだ。
「かわいそう」、と見られることも耐え難かった。
「より本物の狼らしく」、と造られたのだ。梅雨は気高い狼として自分を全うしたかった。ボスの座を追われた狼が、独り群れを離れて放浪し、やがて死んでいくように。

「部品は使いまわせるし、データは後継機に生かされる。それが一番いいことだ」

 社員や研究者達の猛反対を押し切って、梅雨はあくまでも毅然として主張を曲げることはしなかった。
 遂には社員達も梅雨の言葉に折れ、反対の意見も消えていった――。

 ――「より本物の狼らしく」。

 嘘だ。
 本当はもっと弱くて、惨めで、浅ましい。
 本物の狼のようになれたらどんなによかったか。

 梅雨はただ、「怖い」のだ。
 怖くて怖くて、堪らなくて、耐えきれないだけなのだ。

 ――「要らない」。

 いつかそう言われる日が、怖い。
 人間のように老いることはないから、いつ終わりが来るのかも分からない。
 自分より先に皆が死んでいき、たった独りきり残されるかもしれない。
 生き続けたとして、コンピュータが老朽化してバグが起きて梅雨が梅雨でなくなってしまっても、可哀想という理由で惨めに生かされるかもしれない。

 孤独が、怖い。
 無価値が、怖い。

 怖い。怖い。怖くて怖くて堪らない。
 なのに人のように泣くこともできない。弱音を吐くこともできない。
 そもそも人間に機械の恐怖が分かるのか?
 日々を重ねる度に梅雨の心は軋んでいく。
 このままだと、何もかもが壊れてしまうような気がしたから。

 だから――人間でいうところの「尊厳死」を選択した。

 これでいい。
 これでよかった。
 ライセンサーの一人として人類の未来を救う戦いにも出て、最後まで戦い抜いて、それなりに価値のある業績を残せたと思う。
 悔いはない。未練もない。やり残したことも何もない。
 夢や希望が一切ないと言えば嘘にはなるが、それは決して届かない遠い空の星だから。

 破棄のことは誰にも知らせなかった。社員の者にも、外部に漏らしてくれるなと釘を刺した。
 誰かに看取られることで、その人の心にしこりや悲しみの影を落としたくはなかった。自分なんかの所為で人が悲しむのは嫌だった。

 破棄は一週間後に決まった。
 別に今からでもいいのにな。そんなことを思いながら、梅雨は今夜も目を閉じる。


 ●


 いつかどこかで聞かされた童話。
 木偶の人形が大冒険の果てに、妖精の魔法で人間の男の子にしてもらう物語。

 これは夢だ――そう分かっているのに、目を覚ました梅雨は人間の姿になっていた。
 鏡の前に映っているのは、黒い癖毛の髪に鋭い青目、浅黒い肌の丈夫だった。

 貴方はナイトメアとの戦いでとても頑張ってくれたから、特別に人間の体にしてあげましょう。

 そんな夢特有の『設定』を理解した。
 頬に触れる。柔らかい。掌を見る。人間の形。
 夢だ夢だ、分かっている、分かっているのに。

「人間だ! 俺は人間になれたんだ! 皆、見てくれ!」

 梅雨は二本の足で外に駆け出していた。そこはグロリアスベースで、知り合いがたくさんいた。

「おおーい! 人間になれたんだ! なあ――」

 男は喜色満面に仲間達を呼んだ。手を振った。
 けれど誰も振り返ってはくれなかった。
 これは夢だから。

 でも、夢でぐらい――都合のいい幸せが、欲しかった。


 ●


 耳を引っ張られて目を覚ます。
 最近は悪夢すら見ないほどに騒々しくて慌ただしくて、目を覚ましたら夢の内容を忘れてしまった。

 陽だまりの中、丸くなった梅雨の体にくっついているのは3人の幼子達。
 ある者は毛皮に涎を垂らし、ある者は寝ぼけて耳をひっぱっており、ある者はずっしりと梅雨に乗りかかっていた。

 一週間後に廃棄が決定した、というのはもう何か月も前のことになっている。
 というのも、見ての通り知り合いから子守を押し付けられたのだ。その夫妻は忙しく、彼らに束の間の休暇を与える為……というのがずるずると続いたのである。
 そういう訳で結局、梅雨は「子供達が手を離れるまで」と廃棄を延期したのであった。

 耳をあんまり引っ張られるので、パタタと犬のように頭を振るって脱出した。
 長い長い溜息。ふかふかのカーペットに顎を置く。
 小さな命の寝息が聞こえる。温かくて穏やかなひとときだ。

 ――まあ、こんな生き方も悪くはないのかもしれない。
 いずれ終わりが来るからこそ、『今』に精一杯を尽くそうか。



『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました!
納得のいける幸せな未来になりますように。
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2021年02月05日

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