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『特別な人』
柞原 典la3876


 柞原 典(la3876)は、SALF本部でグスターヴァス(lz0124)を見つけると、微笑みを作って歩み寄った。
「なー、ぐっさん、俺がこないだ言うたこと覚えとる?」
「なんでしたっけ?」
「失恋の慰めに、何か奢ってくれ言うたやん」
 先日、オリジナルインソムニア絡みの作戦で、彼が大怪我をしたときの事だった。エマヌエル・ラミレス(lz0144)と一緒に、典の「失恋」について聞いた。その際典は、「失恋慰めに何か奢ってくれてもええんやで」と言った。グスターヴァスの返事は「もちろん、何かご馳走しますよ」である。
「ああ、そうでしたね。何が食べたいですか? 食欲は戻られました?」
「んー、まだ旺盛ってほどでもないなぁ。全品大盛りの店とかやなかったらなんでもええわ。おまかせする」
「あら、じゃあおかゆの専門店行きましょ。美味しいところ知ってるんです。おかゆって病気の時のイメージありますけど、レパートリー豊富で普通に食べても美味しいんですよ」
「お、何だ何だ。飯の話か?」
 通り掛かったエマヌエルが首を突っ込む。
「お、ラミレスさんや。ぐっさんとおかゆ食いに行くんやけど、どない? 俺は奢って貰う」
「俺にも奢ってくれ」
「まあ良いでしょ。エマヌエルさんにも奢ってあげますよ。浮いたお金でお嬢さんに何か買ってあげてくださいな」
「やったぜ」


 中華風の看板が掛かった店だった。こぢんまり……よりひとまわり大きいくらいの規模で、席は八割埋まっている。そこそこ名の知れた店なのだろう。店頭の写真を見たが、いくつかは「米部分がおかゆになっただけの丼」と言うようなものもあるので、がっつりを求めた客でも満足できるらしい。角煮が乗っているようなものまである。
 典はシンプルなおかゆを注文した。同行者二人はそこそこ食いでのあるものを頼んでいる。エマヌエルに至っては角煮をトッピングで追加していた。流石、若人はちゃうな……見た目俺より年上やけどやっぱり年下やな……などと思う典である。
 運ばれたお冷やで喉を潤しながら、何気ない雑談を。その中で、典はグスターヴァスに問うた。
「ぐっさんは、女教師と付き合うてそれ用のマンションで押しかけた旦那に切りつけられる高校生とか、同僚の彼女に誘われて関係持って相手も遊びや思うてたら本気で背中刺される男とか、上司の婚約者に誘われて似たようなことになって脇腹刺される男とか、どない思う?」
「一番目は普通に向こうが悪いでしょ。子供に手を出したってことじゃないですか……しかも教師でしょ」
 グスターヴァスは顔をしかめる。
「ほーん……ほんだら他は?」
「絵に描いた様な修羅場って感じですね……自業自得とまでは言いませんが、命知らずですねぇ」
「まぁ全部俺なんやけどね」
 しみじみ頷くグスターヴァスの反応に、典はけろりとして返した。エマヌエルは苦笑している。そんなこったろうと思ったよ、とその顔には書いてあった。なんとなく、典の話の持って行き方が読めてきている。グスターヴァスは眉を上げて両手を開いた。
「前にアフリカ行った時、キャリアーで話したやん? 俺が人でなしやったらーって。ふとそれ思い出してなぁ」
「私の想像する人でなしとはちょっと違うなぁ……話聞く限りだと、向こうも倫理ないじゃないですか。例えば、典さんが女子高生誑かして人生めちゃくちゃにした、とかだったら、それはもうこの世の悪なのでこの場で断罪してあげます。お祈りを済ませてください」
「おお、怖い」
「でも、典さん、女子高生にはそう言う興味なさそう」
「ないなぁ」
 女子高生に限らず大概の人間にあまり興味がない。
「あの時、人類滅亡でも狙ってるのかって言うたやん?」
 典は頬杖を突いた。
「別に、人類滅亡は積極的に狙ってはおらんけどね」
 一拍空けて、
「俺、捨て子やったんよね」
 過ぎた美貌でありとあらゆる被害に遭った。幼い頃から。性的なものもあれば、そこから派生した身体の被害も。四つ残る傷跡の内、古い三つは先ほどグスターヴァスに告げたものだ。最後の一つはエマヌエルが事情を知っている。
「せやから人類の為にーとか全然思わへん。やからってナイトメアがええってのも無いけど……兄さんは特別」
 エルゴマンサー・ヴァージル(lz0103)は、たった一人の特別だった。人類とナイトメア、全部ひっくるめて、典の人生の中で。ナイトメアが良いと言うわけでもない。典に危害を加えると言う意味では、かつての同僚や上司、教師の夫と同じだ。そう言う意味では、典にとって人類もナイトメアも変わらなかった。

 そんなことを考えていた彼は、グスターヴァスがやや困った様に微笑んでいるのを見て、あのキャリアーの中でのことを思い出した。身を乗り出して、尋ねる。
「ぐっさん、何か言いたそうやったの何? 相手はもうおらんし、別に人類の敵にはならへんよ」
「人食いの獣と恋愛するのは勧めないなぁと思っただけですよ……少なくとも、人間には法律が適用されますから……」
「さよか」
 典は形だけ頷いて見せた。法律だって、グスターヴァスが思うほど典を守らなかった。そうであれば、そもそも典は遺棄されなかったのだから。未成年の時分に、性的な搾取を受けることも、その後暴行なり傷害なりの被害を受けることもなかっただろう。グスターヴァスの死角に典はいる。
 でも、それを相手に納得させようとも思わなかった。自分もグスターヴァスの価値観は聞けない。自分と彼とでは、生きていた世界のレイヤーが違うのだろう。
「ただ、あなたに彼を愛するなとは言いませんよ。人が憎むのを止められないように、愛することも止められません。それは内心の自由です」
「ほぉ、思うたより理解があって良かったわ」
 典はにこりと笑う。グスターヴァスが完全に納得していないことは見て取れたが、どうでも良いのでそれ以上は追求しない。
「まあ、俺の話はこの辺でええやろ」
 愛想の良い笑顔を作って身を乗り出した。
「あんたたちの初恋も聞かせてぇな」
「初恋ねぇ。いつだったかしら」
「え、グスターヴァスって恋愛できるのか?」
 エマヌエルが目を丸くする。グスターヴァスはそれを無視して、典はくすくすと笑う。
 注文したものが運ばれてきた。湯気の立つ深皿。れんげにすくい取って、一口すする。柔らかく、温かい米が胃に染み渡る。
 もうしばらく、自分は生きていくのだろう。
 まだまだ、彼を待たせることになりそうだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
グスターヴァスって人類側にいても典さんの敵になりうるタイプなのかもしれない……とちょっとしみじみしてしまいました。人間関係って、そう言う紙一重のバランスで成り立っているものなのかもしれませんね。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月05日

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