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『比翼の鳥の宴』
神取 アウィンla3388)&赤羽 恭弥la0774)& 桃簾la0911)&cloverla0874)&化野 鳥太郎la0108)&澤口 颯哉la3728)&黒帳 子夜la3066)&不知火 仙火la2785)&神取 冬呼la3621


 春の麗らかな日差しが降り注ぐ春のランテルナは、今日も薔薇が美しい。
 2061年4月末日。今日、一組のカップルがここで結婚式をあげる。朝露に濡れた薔薇はそれを彩るように咲き誇っていた。

 ガラス張りの近代的なチャペルには、柔らかな日差しが差し込み、その周囲をぐるりと囲むようにローズガーデンが見える。まるで薔薇に祝福されているかのようだ。
 牧師の前で新郎の神取 アウィン(la3388)が待ち、列席者が見守る中、新婦の神取 冬呼(la3621)と父がヴァージンロードを歩く。
 パリッと仕立ての良いブラックスーツに身を包んだ化野 鳥太郎(la0108)がピアノで「結婚行進曲」を演奏し、二人の挙式を彩った。温かで優しい音色は二人に寄り添うように、優しく響く。
 結婚式に参加するのは初めてなclover(la0874)は緊張しながらも、大きめのかごバスケットを抱えて、ピアノの音に耳を澄ませた。
 かごの中にはお手製のアニマルマスコットが12匹入っている。
 1つ1つ丁寧に作られたのだろうことが伝わってくる温かみのあるマスコットで、表情に愛嬌があったり、クールだったり、個性がくっきり別れる。
 二人へのお祝いとして渡す予定だ。

 新郎新婦の意向で、教会式の流れに新郎の故郷カロス式の挙式方法を取り入れて執り行われる。
 新郎新婦の衣装も、カロス式の風変わりな服装だった。地球でいうならグルジアの婚礼衣装が近いだろう。
 花嫁の冬呼は白を基調に深い青の帯と金の縁取りが彩り、金の輪のような冠とヴェールを身に纏う。
 花婿は白と藤紫を基調に刺繍で文様が描かれたグルジア風に、肩章や飾紐で軍服風なアレンジを効かせた。
 牧師の前で父親から花婿に花嫁は引き渡される。寂しそうな父の表情に冬呼も思わず潤みそうになるが、同時に夫の顔を見ただけで笑みが零れる。
 そんな微笑ましいやり取りを経て、2人並んで牧師に向かって、真剣な表情で宣誓を行う。

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、『死すら二人を分かつことなく』愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」

 アウィンは『死が分かつまで』は嫌だと言って一部文言を変えてある。冬呼も同じ思いで誓いを口にして、二人は向かい合った。
 カロスの結婚式では、互いの額に口づける、「紋の誓い」というのがあるらしい。
 常ならば前髪で隠すアウィンの額が今日は露わになっていて、そこには紋様が浮かび上がっている。
 結婚式ということで故郷での正装と同じく眼鏡も外している。しかし冬呼の美しいドレス姿をしっかり見たくて、コンタクトに挑戦していた。
 冬呼はいつもと違う夫を見上げて、恥ずかしそうに微笑んだ。アウィンも冬呼の美しい姿を間近に見て、思わず甘く柔らかく微笑む。
 先にアウィンが冬呼の額に口づけ、その後白いズボンを床につけて冬呼の高さに合わせる。
 冬呼がアウィンの額の紋に口づけ、生涯添い遂げる証とする。
 しばし間近で見つめ合い、微笑みあい、愛しさを高めていく。

 立ち上がったあとは、いよいよ誓いのキスだ。
 花嫁は花婿を見上げ、花婿は花嫁を見下ろす。目と目を合わせて、それから目を閉じて、そっとキスをする……と思ったら、予想外に長い。
 感極まったあまり、アウィンは離れがたくなってしまったのだ。
 あまりの長さに冬呼は慌てて、参列者から見えないように手でぽんぽんと叩き、小さく抗議する。
(あっくん、ぎぶ、ぎぶ……!)
 はっと気づいたアウィンはゆっくり離れていった。

「……すまない。あまりにふゆが愛らしくて」
「もう。仕方ないな……」

 花嫁の美しさにメロメロな花婿と、花婿の可愛さに許さざるを得ない花嫁。

 そんなやりとりさえも微笑ましく。列席者達は拍手で二人を祝福する。

「相変わらず仲良い二人だな」
「……そうですね」

 アウィンの所属する小隊・遠距離攻撃特化部隊「LRA」の隊長赤羽 恭弥(la0774)と隊員の澤口 颯哉(la3728)も二人を祝福するように拍手を続ける。
 恭弥はフォーマルな席に相応しい黒いスーツで、普段はラフな髪も綺麗に整えている。
 颯哉はシンプルなフォーマルスーツ。平行世界での冬呼の双子の弟でもあるらしい。複雑な思いを抱えたまま颯哉は真剣な表情で二人をじっと見ていた。
「おめでとう!」
「おめでとう。冬呼さん、ノ……アウィンさん」
 小隊での付き合いが長いせいで、颯哉はうっかりノルデンと言いそうになり改める。二人とも神取なのだし、これからは名前で呼ぶべきなのだろう。

「いやーめでたいね! 二人ともおめでとう!」
「おめでとう。末永く幸せにな」

 化野はにこにこしながら力強く手をうつ。
 品の良い濃紺のスリーピーススーツに身を包んだ不知火 仙火(la2785)は快活な笑顔を浮かべて拍手する。胸ポケットに緋色のチーフが見え、洒落た装いな所も伊達男な仙火らしいと言える。
 列席者の中には三木 トオヤ(lz0068)と三木 ミコト(lz0056)の兄妹もいた。飛騨の地で新郎新婦と深い縁を結んだ二人だ。
 彼の地はアウィンと冬呼は想いを育んだ大切な土地だ。
 同じく飛騨の縁で招かれた黒帳 子夜(la3066)は優しく微笑み柔らかく拍手し、cloverは明るい笑顔で一生懸命手を叩く。
 女性物のシンプルで大人の落ち着きを感じる黒いドレスに、紫の羽織を合わせてシックな装いの子夜は、前の世界での義妹の結婚式を思い出し、何とも言えない懐かしい気持ちに浸った。

「おめでとうございます」
「おめでとー!」

 cloverは緑のドレスに四葉がたっぷり描かれ、ホルターネックの黒いリボンがアクセント。そこに白いケープを羽織って、明るく元気いっぱいにお祝いの言葉を叫んだ。

「アウィン君、冬呼さん、おめでとう。お幸せに」

 華やかなドレスに身を包んだ緒音 遥(lz0075)は明るい笑顔で拍手しながら、感慨深い想いを抱いていた。
 二人が出会ったのは、緒音が主催した紫陽花寺での慰霊祭で、二人の恋のキューピッドだと言われた。そんな二人の門出に思わず涙腺が緩みそうになる。

 式場を出て、階段にさしかかった所で新郎新婦は立ち止まった。ブーケトスだ。
 階段下で待ち構える列席者達へ、冬呼はふんわりと放り投げた。
 そのままブーケはcloverの胸元に飛び込む。

「わぁ! ありがとう」

 頭から降ろしたぐれんのわんこに微笑みかけて、ブーケを見つめる。きっとこの祝福は来世で彼と再会する予言なんだと前向きにとらえて。



 挙式を終えて披露宴にうつる。披露宴は窓からの見晴らしが良いレストランで執り行われた。
 華燭の典に相応しく、各テーブルは華やかな薔薇で飾られている。
 何人かで1つのテーブルに座り、列席者が気持ち良くゆったり過ごせるよう、新郎新婦からの心配りが見えた。
 列席者達には、新郎新婦が二人で作ったハリネズミと黒ラブのクッキーのプチギフトも配られる。
 少しでも心のこもったおもてなしをしたいという、新郎新婦の気持ちの表れだ。


 皆が席につくと、ランテルナの従業員達がキビキビと動いて、披露宴を進めていく。
 披露宴の始まりに司会者は一つの手紙を読み上げた。アウィンの義姉予定の桃簾(la0911)からの手紙だった。
 桃簾は真っ先に故郷に帰るべく、すでに故郷へ旅だった。隣国に嫁ぐことが己の役目だから。なにより、アウィンと同時に失踪というのがよからぬ噂になるといけない。
 義弟の名誉を守る為にも、二人の幸せを願うが故に、一刻も早く帰国して疑いを晴らしたかった。
 未だ行先が不安定な転移だが、桃簾ならば豪運を引き寄せて、すでに帰郷したとアウィンも信じている。

『結婚おめでとうアウィン、冬呼。二人の晴れ姿を見ることが出来ないのは残念ですが、遠きカロスより祝っています。多くの困難を二人で乗り越える姿を見てきました。これからもきっと二人ならば大丈夫でしょう。冬呼は体を大事にして、アウィンと長く生きるのですよ。列席の方々も、わたくしの義弟夫婦を今後とも宜しく頼みます』

 祝辞に相応しい言葉の数々に、皆がしんみりした所で、司会者が手紙の主の名前を読み上げると、どよめきが起こった。

『桃簾こと ロゼリン・ノルデン』

 桃簾を知るものは多いが、本名は告げていなかったため、初めて聞く名に皆が驚きを隠せない。
 しかしその後に続く言葉に笑いが起こる。

『追伸:薔薇アイスはおかわり自由です』

 冬呼はテーブル脇に用意されたクーラーボックスに、ぎっしりつまった薔薇アイスを見て、思わず笑みを浮かべる。

「……らしいねぇ」
「姫のたっての願いでな」

 旅立つ前に桃簾がアウィンに指示を残していたらしい。それで指示通り式場へアイスの手配をした。アイス教は教祖がいなくなっても、この世界に残るのだろう。
 司会者がもう一通電報を紹介する。
 大きな赤バルーンに寄り添うように、ゴールドとレッドのハート型バルーンがポットに纏められている。リボンやカラフルなラッピングペーパーでアクセントをつけた、バルーン電報と呼ばれる華やかな品だ。
 彩りは情熱的かつ上品に纏められ、祝いの席に飾るに相応しい。

『ご結婚おめでとうございます! 新しい人生のスタートに心から祝福とエールを贈ります。この日の喜びを何時までも忘れず、末永くお幸せに!』

 祝いのメッセージを司会が読み上げる。これは仙火の家、不知火家からの祝いの品だ。
 今日この席に招待されたのはアウィンの親友である仙火だけだが、不知火邸の縁者達は、皆新郎新婦と縁深い。
 酒豪の一族なのか? という程に酒飲みの集まりであるからして、冬呼とアウィンの飲み仲間でもあるのだ。


 司会者が祝いの手紙を読み上げている間に、食事が運ばれていた。
 ギリシャとイタリアの文化が混じり合うエオニアでは、披露宴で定番のフレンチにイタリアンも混ざるらしい。
 見るも鮮やかで、美味しそうな匂いが漂う美食を前に、皆がごくりと喉を鳴らした。

 最初のアミューズはモッツァレラの生ハム巻きに、ルッコラ、パプリカ、ラディッシュの丸いスライスが彩る華やかな一品だ。
 一口サイズでペロリと食べられ、食前酒もくいっと進む。
 新郎新婦が酒飲みなせいか、列席者にも酒好きが多い。食前酒はミーベルカクテルが配られている。
 もちろんノンアルコールカクテルも用意されていて、そちらはミーベルジュースをベースに炭酸で割ってシチリアレモンを搾った爽やかで飲みやすい。

 次に出てきたのはオードブル。海の幸が豊かなエオニアらしく、帆立と海老のテリーヌに、鮮やかなスモークサーモンと、プチトマト、アスパラガスやスナップエンドウと行った春らしい野菜もあしらわれ、フレンチソースが白い皿を彩った。
 テリーヌの濃厚な味は酒にぴったりで、酒飲み達は歓喜した。酒を飲まない組も、テリーヌのこってりとした味わいを、春野菜達が優しく包み混むバランスの良さに大満足である。



 皆が料理に舌鼓を打つ間に、アウィンと冬呼は各テーブルを回る。
 最初に冬呼の親族が並ぶテーブルに挨拶に行く。両親と弟家族に祝福され、アウィンは温かな家庭の雰囲気を噛みしめた。
 アウィンの家庭は複雑であり、こうも温かな雰囲気にはならない。それでもこの場に家族がいたらと思わなくもないが、残念ながら呼ぶことは叶わない。その分友人達が駆けつけてくれたから気にしないことにした。
 それより、なにより、花嫁が美しい。冬呼のドレス姿にメロメロだ。


 スープはオマール海老のビスクで、濃厚な海老の旨味がガツンと口を刺激する。
 仙火はスープを味わいながら思う。甘いミーベルカクテル以外の酒も試してみたい。

「辛口の酒が飲みたいな」
「白ワインもあるらしいね」
「辛口の白ワインを仙火殿に。俺も頼む」
「私も飲みたい!」

 化野の『ワイン』という言葉を聞いて、アウィンと冬呼ががたっと動き出す。
 披露宴の新郎新婦は忙しい。列席者のテーブルに挨拶して周り、合間に自分の席に戻っては料理を食べ、お酒を飲む。
 大急ぎでぐいっとワインを飲み干したアウィンと冬呼は、そのままワインとミーベルカクテルのボトルを持って、客達を回りお酌していく。



 親族への挨拶をすませ、アウィンと冬呼は腕を組んで挨拶回り。
 最初に向かったのは恭弥と颯哉の座るテーブルだった。

「隊長殿。一杯どうだ」
「んじゃ、貰おうか」

 アウィンに勧められ恭弥はグラスを差し出した。恭弥はアウィンと颯哉が所属する小隊の隊長だった。
 恭弥はアウィンと冬呼の顔を見て、笑顔で祝いの言葉を述べる。

「結婚おめでとさん! いやぁ、二人が結婚するなんて思いもしなかったな。というかアウィンの相談のお相手さんが神取のことだったとは……」
「隊長殿のおかげだ。あの時背中を押してくれたこと、感謝している」

 アウィンは恭弥に恋人のことを相談した経緯がある。2人で思い出話をしていると、恭弥はアウィンの背を押すことができてよかったと、しみじみ思うのだった。
 颯哉の席にやってきた冬呼は、颯哉のグラスに飲み物を注ぐ。

「はい。どうぞ」
「あ、ああ……ありがとう」

 少しだけぎこちなく、しかし颯哉は何とか笑みを浮かべて受け取った。
 二人は実の姉弟ではないが、世界を跨いだ姉弟のような存在だ。
 特に颯哉は重度なシスコンなため、どうしても心から祝う気持ちになれない。花婿であるアウィンは同じ部隊の仲間で、まさか姉と結婚するとは思わず。
 どうにも複雑な感情を持て余し、挙式の間は顔に出さないよう我慢したくらいだ。
 それでも礼儀としてお祝いの言葉は口にする。

「結婚おめでとう」
「ありがとう」

 冬呼はにこっと笑ったあと、一瞬寂しげな表情を浮かべ、颯哉をじっと見つめた。
 何となく察していたのだ。颯哉が思い悩んでいることに。

「……自分自身を、許してあげてね」

 颯哉ははっとしたように目を瞬かせた。
 大切な、大切な姉を守れなかった。その後悔をずっと抱えて生きてきた。他の世界にいけば、姉に会えるかもしれないと世界を渡り歩き、色んな姉弟の痕跡を見てきたが、どの世界においても、片方が死んでいた。
 幸せになれない姉弟なのかと諦めもしたが、この世界の冬呼に諭され、颯哉は目を伏せる。

「……頑張る」

 姉を守れず死なせた罪悪感が見抜かれていたとは思わず、少しだけ気まずい気持ちになって。
 けれど、ほかならぬ『姉』に『許してあげて』と言われたので、前向きに成ろうと決意した。
 ……とはいえ、やっぱり義兄のことはちょっと、いやだいぶもやっとしている。
 八つ当たりに同じテーブルの恭弥の脇腹をつついた。
 恭弥は颯哉の複雑な心境に気づいたのか、にかっと笑ってばーんと背中を強く叩いた。

「せっかくの美味い飯だ。楽しんで食おうぜ」
「……」

 ちょうどその時、魚介の幸がふんだんに乗ったペスカトーレが運ばれてきた所だった。
 颯哉は黙々と口にして「……美味い」と呟く。実際パルミジャーノチーズがたっぷりかかったトマトベースのパスタは美味かった。
 恭弥も舌鼓を打ちつつ、颯哉へ話かける。

「寂しいのか? しっかりしろよな、心配かけちゃダメだぜ」
「わかっているんだけどな……」

 ぼやきながら肩をすくめる。
 今日は祝いの席で、皆が心から祝福し、新郎新婦も幸せそうで、自分も2人を祝うべきなのだと頭では解っている。けれどまだまだ割り切れないシスコンである。



 次にアウィンと冬呼が向かったのは、緒音、トオヤ、ミコトの席だ。
 緒音のグラスにアウィンがワインを注ぐと、祝福の言葉が洩れた。

「改めて、二人とも結婚おめでとう」
「ありがとう。緒音殿が繋いでくれた縁だ」
「私はたいしたことしてないわよ。二人が育んだ愛でしょ」
「育んだというと……やっぱり飛騨も大きいよね」

 そう言って、冬呼はちらりとトオヤを見る。
 飛騨と言えば酒、酒と言えば飛騨という恒例の飲み仲間だ。酒がアウィンと冬呼の縁を結んだと言っても過言ではない。

「そうだな。それに一歩踏み出せたのはミコト殿のおかけだ」

 ミコトの願いの相談をしてるうちに、アウィンは自分自身の願いに気づいた。唐突にこの世界に迷い込んだように、いつかまた飛ばされてしまう不安を抱え、大切な人を作ることに迷っていた。
 その迷いを振り切るきっかけをくれたのがミコトだから、二人の縁結びといっても過言ではない。
 だから秋の飛騨で植林をした際に約束した。

「二人を結婚式に招待したいという約束も果たせてよかった。日本酒でないのが残念だが、良い酒を用意してもらった、楽しんでいってくれると嬉しい」

 トオヤとミコトとが2人に祝いの言葉を述べている隣で、酒好きの緒音は機嫌良く微笑む。

「このワイン美味しいわよ。ミーベル酒もね。ランテルナは初めてだけど素敵な所ね」
「実は……ここも想い出の地なんです」

 冬呼は照れながら緒音に話す。付き合う前、ランテルナのオープン時に二人で薔薇園を散歩した。
 そしてこの地で告白し付き合った。そんな馴れそめを聞き、緒音は嬉しそうに目を細める。

「そうだったの。私の知らないうちに二人が付き合ってるって聞いて、びっくりしちゃったけど、そんな二人の歴史があったのね」

 二人が付き合う直前、偶然一緒に飲みに行くことになったとき、互いに好きなのに気づいて無いじれったさに「……じれってーな。早く付き合ってちゅーしろよ」などと思ったことは内緒にしておく。
 それからほどなくして二人は付き合って、末永く爆発してるのだから、お節介オネーサンとしては大満足である。



 初めは緊張していたcloverだが、今は美味しそうな料理の誘惑に負けて、もぐもぐ。うまー。

「これ、美味しいね」
「……そうですね」

 子夜は味を感じることができないが、見た目や香りを楽しむことはできる。小食な子夜は、食べるペースはゆっくりと。しかしcloverと共に食べる時間を楽しんでいた。
 そこへ新郎新婦がやってきた。三木兄妹と同じく、子夜とcloverは飛騨で縁が深い。
 子夜は穏やかに微笑んで二人に祝辞を述べた。

「お二人がこうして式を挙げるに至った事が大変喜ばしい事ですねぇ。改めて、ご結婚おめでとうございます。アウィン様、冬呼様」
「黒帳さんありがとう」

 冬呼はにこにこしながら、子夜のカップにお茶を注ぐ。お茶好きな子夜のために、薫り高いダージリンが用意されていた。
 茶の香りを楽しみ、温かさに和み、子夜は一口飲んでほっとする。
 飛騨で共に戦った2人が結ばれた事は大変に喜ばしく、子夜は感慨深い想いにふけっていた。
 子夜は飛騨に最も古くから関わり続けた深い因縁を持ち、飛騨に住んでも良いかもしれないとまで思った土地だから。
 飛騨で愛を育んだ二人が結ばれる場に立ち会えるのは嬉しい。

「私、転移をどうするか先延ばしにしておりましたが、こうして招かれ、お二人の姿を見られた事、非常に嬉しく思います」
「そう言って貰えると嬉しいな。そうか。転移については悩ましいな」
「この世界への未練と、元の世界への未練。どちらが重いでしょうか」

 異世界からの放浪者である子夜にとって、帰るか、帰らないか重要な問題なのだが、この世界に留まる未練の一つが解消してほっとする。
 アウィンも放浪者だったから、その迷いが解る気がした。
 子夜と同じく飛騨の縁であるcloverは、二人に大きいかごバスケットを差し出した。

「これ、俺からのお祝い!」
「わぁ、可愛い。ありがとう」

 cloverが差し出したかごにはアニマル達が愛らしくぎゅぎゅっと詰まってる。
 黒のラブラドール、紫の針鼠、赤色の犬、青い猫、黒い顔に白い毛の羊、真っ黒なカラス、黒い蝙蝠、赤いメスのライオン、黒いフクロウ、桃色の子柴犬、青色ベースのキジトラの猫、紫のコーギー。
 新郎新婦とcloverの縁を紡ぐ飛騨の地に関わる人達をイメージして作った。
 冬呼が満点笑顔で受け取ると、ぐれんのわんこをぎゅっと抱えてcloverは微笑む。cloverにとって飛騨はこのわんことの出会いと別れの地だ。
 飛騨とは切っても切れないかのエルゴマンサーとの決着の場に、アウィン、冬呼、子夜もいた。
 あの戦いを共に乗り越え絆を深くした仲間の結婚式。一生懸命祝いたい気持ちを込めて、一針づつ丁寧に縫ったのだ。
 愛情深く作られたアニマル達は個性豊かで、誰がどの子か一目でわかり、アウィンは微かに目を細める。

「良い物をありがとう。料理も楽しんでいってほしい」
「ありがとう。この白身魚の……なんだっけ? 外がカリッと中がふわっとしてて美味しいよ」

 ぐれんのわんこを隣の席に座らせて、ナイフとフォークを手に取り、cloverはぱくりと食べてみせる。
 白身魚のポワレには黄色いオランデーズソースがかかっていて、プチトマトやアスパラガスが添えられ、目にも美しい一皿になっている。

「このソースも、なんかわからないけど、とにかくうまーなんだよ!」

 cloverが美味しそうに食べる姿を見て、ごくりと喉をならし、花婿と花嫁は自席にとって返し、ポワレを食べつつ白ワインをぐびっと飲むのだった。



 メインディッシュの肉料理が来た。香ばしい匂いが漂い、思わず仙火はごくりと喉を鳴らす。
 ナイフで一口大に切って口に放り込む。子牛のグリエはニンニクやハーブが効いたパンチのある味わいで、噛みしめると肉の旨味ぎゅぎゅっと詰まっている。
 これは赤ワインが正義だ。

「……美味いな」
「美味しいね。やっぱり肉は良いね」

 化野はガツガツ食べたくなるのをぐっと堪え、一口大に切ってゆっくり味わう。
 料理を食べに来たのではなく、披露宴なのだから、大人の余裕でマナーを守らねば。
 そこへアウィンと冬呼がやってくる。仙火は明るい笑顔で声をかけた。

「アウィン、冬呼、結婚おめでとう」
「ありがとう、仙火殿。そうだな。あの時はお互いこうなるとは予想できなかった」

 アウィンの家で仙火と宅飲みしたことがある。男同士、年の近い者同士、気の置けない仲で、ざっくばらんに恋バナをしたものだ。
 その時は互いに恋人はおらず、二人とも今は恋愛に興味がないと言い合った。
 それが今ではアウィンは結婚し、仙火には恋人がいる。

「いやー。人生何があるかわからないな」
「ああ、本当に何があるかわからない」
「ほら、アウィンも飲んでってくれ」
「もちろん。貰おう」

 互いに酌をしあい、飲みあい、仙火とアウィンは親友同士、笑いつつ会話に花を咲かせる。
 一方、冬呼は化野へしきりに飲み物を勧める。

「鳥ちゃん、ささ、飲みねぇ飲みねぇ」
「お酒を勧めてるみたいだねぇ」
「ミーベルジュースを炭酸で割ってシチリアレモン果汁を搾った、ノンアルコールカクテルです!」

 冬呼がどやぁとグラスを渡すと、化野は嬉しそうに受け取った。酒が苦手な旧友へ、冬呼なりの心遣いだとわかっているから。
 冬呼と化野は大学の同期で、長い付き合いである。良縁に恵まれ、晴れの日に招待されたことが何よりも嬉しく。純粋に二人を祝福したい気持ちでいっぱいだ。

「改めて、結婚おめでとう」
「ありがとう」
「ノルデンさんも同じライセンサーとして噂はかねがね……あ、そっかもう神取さんか。じゃあアウィンさんのが良いね」
「ああ、そう呼んで貰える方がありがたい」
「二人をお祝いして一曲演奏するね」
「わぁ! 鳥ちゃん、本当にありがとう。頼めて嬉しいんだ」
「いつものことだしね。友人の結婚式は何度も出てるからプロみたいなもんだよ」

 事前に話は聞いていたので、披露宴会場にはピアノが用意されている。
 メインディッシュまで食べ終えて、デザートが来る前のタイミング。皆が料理を楽しみ、お腹いっぱいになった頃合いで、化野は立ち上がった。
 新郎新婦も席に戻り、ピアノを聴く態勢を作る。
 ピアノを前にすると、それだけで化野は幸せだった。
 指ならしに軽く鍵盤を叩いてみる。キチンと調律された綺麗な和音が響いた。

「良い子だ。今日はよろしくね」

 ピアノにそう声をかけて、大きな手を鍵盤の上に滑らせた。
 ぽろんと音が零れ落ちて、軽やかな春風を思わせる旋律が部屋に満ちた。
 優しくゆったりとした曲調に、弾むようなリズムの音が重なる。桜の花弁がはらはら空を舞うように、どこか落ち着かずそわそわしてしまうような。
 その美しい音色に思わず皆が耳を澄まして聞き入った。

 これは「桜の刻」と名付けた化野のオリジナル曲だった。
 化野が大学時代に初めて作った曲で、大学の学食の隅にあったピアノで冬呼達に披露したのを、今もよく覚えている。
 初めて作った曲だったから、あの頃はまだ粗さもあって、流石に今アレンジし直している。それでも少し聞いただけで冬呼もあの曲だと気づき、喜びと懐かしさで涙腺が緩みそうになってぐっと堪える。

「……鳥ちゃん」

 春の日差しのように温かな音色が、会場内を包みこむ。化野は楽しく演奏しながら、過去を振り返る。
(冬ちゃんがどれだけ大変だったか知っているから、救い出してくれたアウィンさんには感謝しているんだ)
 冬呼が弟の戦死で深く傷ついたことも、大学という世界で苦労してキャリアを積み続けたのも知っている。
 苦労を重ねた旧友が、ついに幸せを得たのだとしみじみと喜びを噛みしめる。

 颯哉は化野の友人であり、そのピアノが好きだった。以前こっそり聞きにライブに行くほど熱心だ。今日は目の前で堂々とピアノを楽しめる。

 仙火は化野のピアノを静かに楽しみ、美しい音色に耳を傾け、微笑んでいた。
 ふと仙火は冬呼へ視線を向け、花嫁姿から恋人のことを思い浮かべた。きっとウェディングドレスが似合うだろう。いや、やはり和服で白無垢か? などとあれこれ考えては、思わず照れて目を逸らす。
 そのまま目を瞑って曲を楽しむことに専念した。

 綺麗な和音の重なりが、優雅に舞い遊ぶ桜の花弁の楽しさを表し、二人の幸せな生活を心から願って、奏で続ける。
 音はクライマックスに向けて徐々に複雑に重なり続け、華やかに色合いを増していく。
 身体全体を使うダイナミックな演奏とは裏腹に、音はどこまでも軽やかに優しく響いた。
(願わくば、この先の2人の道が幸せなものでありますように)
 そう願いながら、最後の一音まで丁寧に弾き終え、化野は立ち上がって新郎新婦へ礼をした。

「2人に心からの祝福を!」
「鳥ちゃん。本当にありがとう」
「化野殿。素晴らしい曲だった。感謝する」
「冬ちゃんとの思い出ならこれかなって」

 自然と他の客達からも拍手が響き、アンコールを強請るような声もちらほらと聞こえてきた。

「デザートを食べてから、またね」

 本当はもっとピアノが弾きたくてうずうずしていた。それくらい化野はピアノが好きだ。
 しかしデザートプレートには溶けやすいソルベもある。皆がうっかりピアノに聞き惚れて溶かしてしまわぬよう。デザートまで食べ終えて、落ち着いてからの方が良いだろう。
 白い皿に色とりどりのデザート達が並ぶ。一口大のガトーショコラ、洋梨のコンポートとレモンのソルベ。濃厚なブドウのムースに、ベリーソースが彩りをそえていた。
 一口毎に味が変化する、楽しい一品だ。

「一曲演奏した後のデザートは美味しいねぇ」
「桜をモチーフにした曲だったか? 良い曲だな」

 仙火は曲を目を瞑って聞き入った。聴いてる間、瞼の裏に咲き誇る満開の桜が見えた。
 不知火邸の皆で花見をする景色が浮かぶくらい、良い演奏だった。

 皆がデザートを堪能し終えた所で化野はピアノに戻る。
 求められるままにピアノを楽しんで弾き、皆はそれに聞き惚れた。



 食事を終えると、堅苦しい披露宴も終わりを告げた。
 皆が席を立って歩き回り、気さくに話し合う。列席者の中には友人同士もいて、美味しい食事と美しい景色に話題の花が咲く。
 こうして華燭の典は賑やかに、楽しく過ぎていき、夕暮れの赤い日差しが差し込む頃まで続いた。
 今日は皆、ランテルナに宿泊だから、時間を気にせず、おおいに会話を楽しみ、ピアノを楽しんだ。

「皆、今日は来てくれてありがとう」
「ありがとうございます!」

 アウィンと冬呼がお礼を告げると、皆から拍手が帰ってくる。
 幸せに包まれて、二人の結婚式はつつがなく終わりを告げた。
 比翼の鳥と連理の枝。二人の仲睦まじい時間は、これから永遠に続いて行くのだろう。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

リアルな結婚式の披露宴って、新郎新婦は忙しくて食べたり飲んだりしてる場合じゃないんだよなと思いつつ、しかしお二人ならしっかり酒を楽しまれるだろうと想像して書きました。
テーブル毎に回っていくスタイルで、「1つのテーブルに何人か」としたので、同じテーブルに書いてないだけで他にも客がいたかもしれないと想像していただければ。
お二人の出会いを知っているので、結婚式という晴れ舞台にじーんときました。どうぞお幸せに。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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2021年02月05日

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