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『紅蓮の猟犬、無垢なる琥珀』
cloverla0874


 約束のドタキャンなんて、初めてだった。
 駅前の広場で連絡を受けたclover(la0874)は、全身から力が抜けて、その場へ座り込んでしまう。
 小春日和とはいえ、冬のアスファルトは冷たい。
「え うそ なんで」
 相手はライカ(lz0090)。
 2人きりの他にも、縁のあるおにーさんおねーさんを交えて遊ぶ機会が増えて。
 休日が待ち遠しくて、それが当たり前になってて。

 ――すまん、無理になった

 頬に触れる、cloverの真白の髪先が震えた。
 ライカに会える日はいつだって特別で、最後になるかもしれないっていう恐怖はあって、それを誤魔化そうとしてた。
(無理って、今日だけ? それとも、ずっと?)
 震える手でスマートフォンを支え、そっけない文面を穴が開くほど見つめる。 
(謝ってる)
 約束を守れなかったから?
 だったら、無理になった理由を教えてくれたっていいのに。
(……そういえばライカ、通信機器って使い慣れてないんだっけ)
「えっと……『なにか大変? 手伝えること、ある? 電話でも良いよ。よければ写メ送って』っと」
 最小限の言葉で済ませようとか、文字を打つ余裕がないとか、何かに巻き込まれたとか。
 あるかもしれない、かもしれない。
(あ、あきらめないぞ)
 マイナスに解釈して、膝を抱えて落ち込むのはナシ。
 自分に出来ることを見つけ出して、少しでも可能性に食らいつくんだから。
 ベンチへ座りなおし、返信を待つ。
 5分経過。スマホが鳴動した。
「これは……、なに?」
 画面いっぱいに、ブレッブレの茶色い塊。何?
 ところどころに、赤い何かがにじんでいる。
 送り主がライカであることを確認し、これが約束キャンセルの原因であることは察した。
 続けざまに電話の着信。
「ライカ!? 写真見たよっ」
『毛布と水と包帯とドッグフードを適当に、頼めるか? 場所は――』
「犬?」
『うむ……野生動物に襲われていてのう。放置しておくわけにも、わしが病院へ連れて行くわけにもいかぬしな』
 今はコートでくるんでいるが、どんどん体温が下がっている。
 やせ細った体から、生気が失われていく。
 感情表現が決して豊かではないライカの声から、cloverは焦りを感じ取る。
「待ってて! 今すぐ行くから!!」

 


 友人知人、そのまた知人の伝手まで駆使して、cloverは最短時間で指定場所へ到着。
 それと同時に、犬の手当てに関する情報も集めておいた。


 鬱蒼とした杉木立の下に、黒い塊を抱える紅蓮の髪の少年がいる。
「お待たせっ! クロ君、華麗に登場!!」
 両手いっぱいに荷物を抱えて姿を見せると、紫の双眸がパッとcloverを見上げた。
(うわ)
 ライカも、こんな顔するんだ……。
 迷子の子供が、親を見つけた時みたい。なんて言ったら怒るかな。
「その子、だよね。出血が止まってるなら、先に水分かな」
 黒いコートの中に、血で汚れたブラウンの毛が覗いている。
 痩せてはいるが、大きさとしては中型犬。体を支える水や養分は重要のはず。
 コートの上から更にブランケットでぐるぐる巻きにして、cloverは口元へ水分を近づけた。 
 鼻先で注意深く確認したあと、大きな舌がべろんと舐めとった。
 それからはcloverのサポートは不要で、器へ移した水を一気に飲み干す。
「……よかった」
「うん……よかったよぉ……」
 ドッグフードもカリカリ音を立てて食らいつき、体は、ずっと温かくなった。
「今日は、約束をキャンセルして、ライカ一人でこの子の面倒をみるつもりだったの?」
「……すまん」
「んーん、理由があるなら仕方ないよ。でも、こういうことなら俺だって役に立つんだから」
 馬鹿正直に公共交通機関を利用したなら小一時間ほど。
 コンビニまでは徒歩30分。
 生活感の薄い、山の中。
 この辺りにライカが住んでいるのか、普段の散歩道なのかはわからないけれど。
「野良犬……にしては、綺麗なコだよね」
「野生に慣れとらん感じじゃな。それゆえ、不用意に縄張りへ入ってしまった」
「犬同士なら、わかるんじゃないの? そういうの」
「犬同士ならなぁ……」
 どうも歯切れの悪い返答から、clover、何かを察する。
「……ライカさん。ちょっとこっち見て」
「…………」
「綺麗な顔に傷がついてるぅ!! なにこれ、犬じゃないよね!?」
「……鹿」
「鹿!?」
「と、猪」
「出るの、ここ!!?」
「猿もいたかもしれん」
 『野生動物に襲われて』のレベルが高い。
「さすがに、熊は居ないよねー……」
「人間の話し声がすれば、近づかんとは思う」
「それ、熊だよね?」
 戦ったの?
 公共交通機関を利用したなら小一時間ほどの位置から、待ち合わせ15分前に連絡が入った理由は、そういうことか。
「だったら尚更、呼んでほしかったよー。擦り傷だらけじゃない。ほら、残った水で洗って。消毒するよっ」




 今日は、動物園へ行く予定だった。
 大きな動物から、触れ合える小動物まで。
『檻に囚われた生き物を眺めるなんぞ、悪趣味だの』
『そういう、倫理観みたいなのは、あるんだ』
 そんなやり取りを経て、彼はそう言うんじゃないかと思って、cloverが提案したのは保護センターも兼ねた場所。
 生息地が極端に少ないとか、野生では生きていけないケガを負ったとか。
「ワンちゃん限定触れあい広場も、悪くないかもね」
 一命をとりとめた犬は、大きく尾を振ってcloverの頬を舐めた。次いでライカの周りをクルクル回る。
 琥珀色の瞳をした、愛嬌のある犬だ。
「人の手から離れることが、必ずしも幸せとは限らぬ……か」
 顎から、ピンと立った耳裏にかけて優しく撫でてやりながらライカは呟く。
「あっ。次、俺っ。撫でて撫でて! がんばったでしょ?」
「毛艶の良い犬じゃのう」
「赤いわんこは頼れるねえ」
 ぽふぽふと撫でてもらったら、cloverはライカの髪を揉みくちゃにする。
「明らかに飼い犬じゃと思うが、明らかに飼い主に棄てられただろうに。このままでは野犬として処理されるか自然淘汰されるしかないな」
「そこは任せて。飼い主募集してみるよ。それまで預かってくれそうなところも当たってみる」
 cloverが飼ってあげられたらいいのだけど。
 ふかふかのダッフルコート越しに、胸に手を当てる。
 ようやく戻れたこの体の、寿命がどこまでかわからない。
 ヴァルキュリアのcloverは、その体と心を巡って長い長い道を辿ってきた。
 『命』に対して無責任なことはしたくない、と思う。
 このワンちゃんだって、叶うなら最初の飼い主と一緒に居たかったはずだから。
 今度は本当に、最後まで一緒に居てくれる誰かと巡り合えるように。
「……ありがとうな」
「えっ」
「わし一人じゃったら、寄り添うしかできなんだ。こやつが生きながらえたのはクロのお陰じゃ」
「ろ、録音するからもう一回」
「言わぬ」
 仕方がないので、その呆れ顔を保存する。
「困った時は、お互い様だよ。俺のこと頼ってよ。俺も、ライカを頼りにするから」
「頼りに……か」
「うん! 遊ぶだけじゃなくって、もっと、いろいろ!」
 友達でしょ?
 ……友達、かな
(俺は……それより、もっと)
 喉に引っかかるカタチにならない言葉を飲み込んで、cloverは2人を繋ぎとめた犬を力いっぱいに抱きしめた。





【紅蓮の猟犬、無垢なる琥珀 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お待たせいたしました……!!
ご依頼、ありがとうございました。
おまかせノベル、テーマは『ペット』からの触れあいわんこタイムでした。
お楽しみいただけましたら幸いです。

ライカは、
・ナイトメアとしての力を一切失い、ひとでもナイトメアでもない生命体
・SALFはそのことを把握していない
・衣食住、収入や食生活などは一切不明
という設定でお送りしております。
おまかせノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月08日

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