▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『どこかの話』
雨月 氷夜la3833

 どこでもない、黄金の霧に閉ざされた深淵。進展も後退もない停滞楽土。
 あるいはそこを、人は地獄と呼ぶのかもしれない。

「バルぺオル!」

 雨月 氷夜(la3833)は白亜の玉座を遠慮なくよじ登りながら、その天辺にるバルペオル(lz0128)を呼んだ。どうにか天辺に辿り着くと、悪魔は彼を無感情な目で一瞥だけをする。氷夜は対照的な笑顔を浮かべて、黒いリボンでラッピングされた平べったい赤色の箱を差し出した。

「えへへ。バレンタイン・フォー・ユーだぜェ!」

 対するバルペオルは――驚く様子もたじろぐ様子も、ましてや照れる様子もなく、凪である。「ふーん」と、人間の文化に全く興味と理解を示していない。ある種、彼らしいリアクションではある。まあ、それでめげるほど女々しい氷夜ではない。逆にベタベタされて「あまりにも思い通り」になる方が気持ち悪い。

「ナイトメアがチョコに興味ねェのは知ってるケド、ココはイベントにならって俺様が手作り☆チョコを作ってやったンだぜ! 喰ってよ。俺様、ガンバって作ったンだから」

 言いながら、目の前でリボンを解く。するりとそれは玉座の下へ落下していく。赤い箱を開けば、ナッツやドライフルーツ、アラザンなどでカラフルにトッピングされたマンディアンが並んでいた。

「物質摂取に興味ねえ」
「喰わねえの? チョコ甘いぜ。オマエ、甘党じゃねェの?」
「別に甘党ってワケじゃない。甘くて金色で綺麗な方が知的生命体の受けがいいからそういう魔境にしてたんだよ」
「あ〜……なるほど?」

 黄金魔境、酒池肉林。それは甘い夢と平和な死へと向かう安寧で、知的生命体をおびき寄せて閉じ込める地獄罠。確かに、そこは美しい方が都合がいいだろう。――ほとほと、バルペオルは「人間を何とも思っちゃいない」のだ。

「まあまあ、一個だけでもイイからさ、一個だけでも……口に入れてくれると嬉しい」
「……テメエの肉とか体液とか混入してね〜〜〜だろーなコレ……」
「ドン引きすんなって! してねェからそんなヤバイことは流石に!」

 ほら毒見、と氷夜は薄いチョコを一つ自分の口に放った。ぱりぱりと砕けたチョコはすぐに溶け、ナッツの香ばしさと口の中で絡み合う。

「な!」
「何が『な!』だよ……面倒臭いことするなぁ……」

 金色の煙と共にある溜息の後、バルペオルはその大きな手をぬっと伸ばした。箱の中身を鷲掴みにすると、まるでサプリメントを飲むかのようにざらりと一口。噛み砕く動作も嚥下の動作すらもない。人の姿は見せかけなのだ。

「おー……どう? おいしい?」
「俺に人間みたいな味覚はねーよ。せいぜい『人間が美味いと感じる成分が多いかどうか』の成分分析みたいなことしかできん」
「じゃあ……『人間が美味いと感じる成分』は多かった?」
「糖分が多かったからお前らは喜ぶんだろうな」
「へへ。なあなあ、洋酒入りのトリュフもあるぜ。ナイトメアってアルコールは平気なのかな」
「俺達がアルコールで酩酊するなら、とっくにSALFがアルコール散布爆弾みたいなの作ってるだろ」
「それもそっか」

 言いながら、小さなチョコレートを一粒口へ。柔らかいチョコレートはほろりと崩れて、中の洋酒が溢れ出す。

「うまいぜ。オトナの味ってカンジ…。……ちと酒を効かせすぎたかな? ……俺様、酒は飲めねえンだ。体質かはワカラネエが、合わねーの」
「この程度の物質でダメになるなんて、人間ってマジで脆弱な。よくそんなみみっちくて非合理的な臓器で生きてるよね」
「そう、弱っちくてザッコいの。同じ種族同士で殺し合う程度には」

 酒気を帯びた溜息を吐いて、氷夜はそーっとバルペオルに寄り添ってみた。「ベタベタすんな」と、やっぱり今回も肘でどつかれる。鋲だらけの服だから、どつかれると刺さってけっこー痛いのだ。

「いたァい……ほっぺにザクってェ……」
「お前が近付いたのが悪い」
「しょーがないじゃん、俺様、悪い子だから……」

 口を尖らせる。手元の赤い箱には、まだチョコが残っていた。

「ンー……。ただチョコを喰うだけじゃ、オマエもツマンネーよな。あのさ、お互いに相手のコトを褒めながら、1個ずつ食べていこうぜ」
「なんで?」
「バレンタインだからだよ」
「なんだぁその奇祭はよ……」
「奇祭だよねーほんっとにさ。じゃ、俺様からね」

 ――凄まれるとゾクゾクする。
 ――捕食する姿がカッコいい。
 ――なんだかんだで手加減してくれるトコロとか好きだし。
 ――大きいのも安心感があって好き。
 ――俺様の攻撃じゃビクともしなかったし、全力でぶつかっても返り討ちにしてくるし。
 ――あと、大きな手も好き。

「それから、それから――……あ。チョコなくなっちまった。まだまだいっぱいあるのになァ」

 指折り数えて、顔を上げて、からから笑った。相変わらず人ならざる者は、人の『奇祭』を理解しておらず、怪訝な目で氷夜の方を見ている。構わず、氷夜は言葉を続けた。

「えへへ。大好きだぜ!」
「ふーん」
「あ。酔ってるからってワケじゃねーよ。まあ……別にバカでもイイぜ。バレンタインはみんな浮かれてバカになるじゃン」
「へー」
「それで……サ。なんていうか……俺様も褒めてほしいナーなんて思ったり、思わなかったり……」
「なんで?」

 バルペオルは牙をいて笑った。

「なんでこの俺が、人間を褒めなくちゃならん?」

 ――この、絶対捕食者の残酷さと残虐さ。誰のモノにもならない嵐。
 チョコレートも人間も彼らにとっては同じ、手で掴んで口に運んで噛み砕いて飲み込むモノで。
 人間じゃない、人間とは違う、恐ろしさ悍ましさ――ゆえにこそ、氷夜は目が離せないのだろう。

「まー俺からしたら、人間なんぞ生きてるだけで十二分に使命全うしてんだよ。心臓さえ動いてりゃ、俺達の餌になるからな」
「じゃあ……バルペオルは、俺様がここにいるだけでいいの?」
「あ? あー……そうなるな」
「そーなんだ。――『ここにいるだけで』、」

 氷夜は俯いた。そうすると、視界がどんどん潤んでいくことに気付いた。
 それは「ここにいるだけでいい」という事実を心にリフレインさせる度に増していく。

「あれ……。ナンダコレ」

 ここにいてもいい。
 それはまるで、白昼夢から醒めるような。浮いていた脚がようやっと地面に着いたような。
 誤魔化すように笑っても、ダメだった。

「あ〜……しあわせだと怖くなっちまうみたい。人間ってヘンだナー……。バルぺオルに食べてもらえれば、この怖さも消えて……ずっと一緒に居られるのかな」
「消えたいか。それともずうっと眠るか?」
「ううん、今はまだ話せる方がイイ。食べられたり眠ったりすると、もう話せなくなるし。……しあわせでもツラいし、絶望してもツラいみたい。人間って、どうしようもねーな」
「俺達ナイトメアは、その難儀な感情による武器で負けたんだけどな」
「そう思うと……バルペオルと会えたのも、感情のおかげ、なのかな……」

 彼方の金色を見る。霧に閉ざされ、何も見えず、もうどこにも行けない。
 それでよかった。もうどこにも行けなくて。ここに居られればそれでよかった。今日がいつまでも続いて、明日がずっと来なくても、それでもよかった。



『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました!
異文化交流ですね。
シングルノベル この商品を注文する
ガンマ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.