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『いのち紡ぐ、褪せない記憶』
神取 アウィンla3388


 三重県、志摩半島。
 ナイトメアの襲撃を受け、ライセンサーたちへ周辺警護の任が出されていた。
 神取 アウィン(la3388)も、滞在者のひとり。
 秋が深まり海の幸も山の幸も熟してゆく実りの頃で、戦闘の起きない日は小旅行にでも来た気分になってしまう。
 『世界』は激動の中にあることを忘れてしまいそうなほどに、伊勢湾の海は美しい。


 巡回報告を終え、夕食を終え。
「さて」
 女性陣は各自の寝室へ戻った。
 アウィンは、ミーティング用の広間に残った三木 トオヤ(lz0068)とクロト(lz0143)を手招きする。
「地酒も、日本酒はここ数日で網羅したことだし。今日は変わり種を用意してみた」
 卓に乗せられるは、黄金色の2つのボトル。
「ビールか?」
「ああ。ここでは日本酒ばかりに目が行っていたから、まさに盲点でな」
「地酒網羅がアウィンの任務になりつつあるな」
 微笑みながら、トオヤはボトルの一つを手にした。
「水の綺麗な土地は酒が美味い。任務中に試飲するわけにもいかないゆえ、購入して飲むまでの時間も楽しみの一つだ」
「任務中に酒を買い漁るのもどうかと思うけどー」
「酒だけではないぞ。量を呑めないクロト殿も楽しめるよう、アテも見繕ってある」
「誰が下戸だばーか!!」
「クロト。言動が小学生を下回ってる」
 トオヤとは同郷のクロトが、嫌味にも負け惜しみにもなれない言葉を差し込んで一人で負けている。

 世界を滅ぼされないために、ナイトメアを滅ぼしたい

 暗い瞳で語るクロトの願いは、様々な角度から意見が寄せられ一時保留となっていた。




「お二人の故郷の味は、こちらでいうと辛いものが近いのだったか」
「妹に言わせると、そうみたいだな。特段おかしいとも思わないんだけど」
「酒の肴に関しては変わりないから、私も指摘されるまで気づかなかった」
 鮫の干物、チーズの醤油漬け、牡蠣の塩辛。
 夜遅くなので、肴はあくまで文字通りつまみ程度。
「果実のような香りが特徴だと、店主は語っていた」
「日本で一般に流通しているのは辛口が多いから、珍しいな」
 グラスに、深い琥珀色の液体が注がれてゆく。しっかりとした泡がグラスの淵へ立ち上った。
 小さなボトルは、1杯ずつ注ぐと空になってしまった。1人1杯。大事に味わうべし。
「……ビールか? これが?」
 鼻を寄せ、クロトは怪訝な顔をする。知っている飲み物と、香りが全く違う。
「ペールエールだ。その店の定番だそうだから、まずはこれから」
 特徴を簡単に説明し、アウィンは乾杯を促す。
 軽くグラスを鳴らして、まずは一口。
「ほう……」
 ビールと聞いて真っ先に浮かぶ、炭酸の弾ける感触がない。ないわけではないが、それよりも豊かな香りへ意識が向く。
 柑橘系のような爽やかさと、味の奥深さ。苦みが舌に残らない。
「肴も同じ店で購入したから、合うと思う……、……うん」
「美味い」
「……はー」
 醤油の味わいは、ビールの香りと融合して食べ物としての満足感を胃へ与える。
「これは、醤油そのものも欲しくなるな……。アウィン、あとで詳しく店を教えてもらえるか」
 きっと、何にかけても美味いはず。
「よかった。酒と肴、双方激辛コースも考えてみたが、意外に辛口のつまみが見つからなくてな」
「足りないと感じたら、持ち歩いているソースをかけるけど。これやると、怒られるんだよな……」
「だせーな、イオ。あんなちんちくりんに怒られるだけで自分の好みを捻じ曲げるってのか」
 ちんちくりん。
 転移の際に記憶を失ったトオヤに、この世界でできた妹のことだ。
 少女にとってトオヤはすでに大切な家族で、何かにつけてクロトに噛みついてくる。
 キャンキャンうるさい仔犬のようだ、と野良犬のようなクロトは思っている。
「持ち歩いていたのか、トオヤ殿……」
 髑髏マークが印刷された世界ランキング一位の激辛ソースの小瓶が卓に乗るも、開ける勇気はアウィンにはなかった。
 味や香りもさることながら、目まで痛くなると聞いている。眼鏡越しなら勝てるだろうか。
「味覚ってのは、他人から強要も矯正もされるもんじゃないだろ。自分が美味いって感じることを優先してしかるべきなんじゃねーの」
 もっともらしいことを言うクロトだが、彼だって普段の食卓に激辛ソースを持ち出すことはない。
 ただ、尋常じゃなく七味を振りかけたりはしている。




「あんたは、こっちに来て壁はなかったのか? 文化も全部、すぐに馴染んだ?」
「そうだな……。知らないものが多くて驚きはしたが、それぞれ興味深く体験した」
 クロトから放浪者トークを振られ、アウィンは顎を撫でてこれまでを振り返る。
「この地で過ごすならば適応にせよ警戒にせよ、まずは知るところからだと思ったし。その上で、拒否反応を示すほどのものはなかったと記憶している」
 日銭を稼がねば住むところにも困る。
 転移したばかりの頃は、アルバイトに明け暮れていたものだった。
「そいつは羨ましいな……。じゃあ、逆に、気に入って仕方がないものとかは?」
「酒」
「即答かよ」
 もちろんそれだけではないが、この場ではこれが正解だろう。
「ワインに似たものは元の世界にもあったので、それが入口だな。そこから幅を広げ、酒に合う食べ物を知った」
「あー、なるほど」
 鮫の干物を齧りビールを一口含むと、先ほどとはまた違う広がりが生まれる。こういうことだ。
 実感しながらクロトは深く頷く。
「ビールって辛いばっかりで旨味がないやつって思ってたな」
 料理の辛さとは違う種類の。この辺りの表現が難しい。
「そうじゃないのも、あるのか……」
「ああ。世界は広いぞ、クロト殿」
 2つめのボトルは、白みがかったホワイトエール。
「!!」
 これには三者が同時に顔を見合わせる。
 今まで味わった、どれとも異なる。
 飲み口こそ軽やかだが、控えめな苦みが引き締まった余韻を与える。
「これは……肴を選ぶほうが難しい」
 ビールの味を殺さない、主張の強くないものが求められる。流石のアウィンも唸った。
「たしか、妹が白身魚のマリネを買っていたはずだ」
「トオヤ殿、それに手を付けることは死亡フラグでは」
「大丈夫、慣れている」
「どういう生活してんだ、お前ら」




 酒の量より、話の質。
 他愛ないことから大切なことまで、語り合ったような気がする。
 常備している日本酒を1本開けたところでクロトがダウンし、今夜はお開き。
「アウィンは、これから勉強か?」
「ああ。目標へ近づいているのだと実感すればやる気も出てくる」
 酔いつぶれるという単語は、アウィンの辞書にはない。
 医師を目指す彼は、挑戦する資格を得るところからがスタートで、試験に向けての勉強は滞在中も欠かしたことはない。
 筋トレで培った体力やバイトの掛け持ちで養った集中力が、遺憾なく発揮される場面。
「今日もありがとう。今度は僕におごらせてくれ」
 クロトを寝室へ運ぶべく抱えたところで、トオヤは振り返り礼を伝えた。




 季節は巡り。


 スーパーの酒類が並ぶ棚に、ホワイトビールを見つけたアウィンの手が止まる。
 そんな夜もあった、と言うには苦みの強い記憶。
「世界は……守られた。守っていく。これからも」


 春風の心地よいこの季節、このビールには何が合うだろうか。
 軽い足取りで、アウィンは家路を辿った。




【いのち紡ぐ、褪せない記憶 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お待たせいたしました……!!
ご依頼、ありがとうございました。
同行NPCがこの2名ということで、飲んだくれ一択で。
志摩で過ごした一時期を切り取りました。今回は地ビール編です。
次から次と飲んでゆくよりじっくり味わうのが推奨メニューゆえ、種類こそ少ないですが内容は濃い…… 濃い?
お楽しみいただけましたら幸いです。
おまかせノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月10日

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