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『フィルムの残り枚数』
柞原 典la3876


 2063年のある日のことである。
 柞原 典(la3876)は雨守の戒杖とセレブロのメンテナンスのためにSALFを訪れていた。
 SALFに登録だけ残してはいるものの、既に第一線は退いた。今は、親子ほど歳の離れた写真家の助手をして学びながら、自分の仕事もこなしている。少しずつ依頼は増え始めていた。ライセンサーほど件数があるわけでもないが、今は信用を積み上げる時期なのだろう。
 色を探す、色のない世界。それを頼まれる度に依頼主の手元に届ける。
 現像、あるいはプリントアウトしてから、その中に「彼」がいやしないかと探してしまっている。

 終わりましたよ、と声が掛かった。典は装備を受け取ると、礼を言ってカウンターを離れる。
「お! 典! 典じゃねぇか!」
 陽気な大声が掛かった。見れば、エマヌエル・ラミレス(lz0144)だ。戦場では常に緊張したような顔をしていたが、元々の性格は陽気らしく、平時の彼は明るい。
「おや、ラミレスさんや。お久しゅう。ストレスハゲ増えてへん?」
「元々ハゲてねーよ! 依頼受けるの? まだ空きある?」
「んー、今日はEXISのメンテしに来ただけや」
 傘と拳銃を見せた。
「空きあるかっちゅうことは、ラミレスさん、この後予定あらへんのやね。飲みとかどう? 割り勘で」
 エマヌエルは一も二もなく了解した。


 個室居酒屋に入った。タブレットメニューで飲み物とつまみを選び、注文確定してできあがりを待つ。
「ネメシスの習得スキル増えた?」
「増えてんのかな……俺最近ACにハマっちゃって、そっちにSPぶっ込んでるんだよ。夢を飾る彩は取った」
「お、やったやん」
「あんま使う機会ないけどな。俺前衛での支援の方が好きだから」
 前衛で連続攻撃をしながら味方の大技を待つスタイルである。
「典は? 新しい恋はできてんのか?」
 問われて、典はゆるゆると首を横に振った。初恋の相手たるヴァージル(lz0103)が討伐されてしまい、かなり苦しい思いをしたものだ。エマヌエルには「新しい恋しちゃえば?」と気楽に言われた物だが……。
「二度目の恋はまだやなぁ……ヴァージル兄さんに土産話、出来るんやろか」
 ずっと心から離れない。今も、モノクロ写真の中に金を探している。
「俺、一途やったんやなぁ……なぁんて。いつもの何か深いこと言うてや」
「いつもそんなご大層なことは言ってねぇぞ」
 エマヌエルは頬杖を突く。
「納得いかないことに理屈付けるのが上手いだけだよ、俺は。そうやって自分の機嫌取ってんの。お陰様で今はだいぶ平和だが、メキシコは戦闘地域で結構な被害だったしな」
 アルタールの樹立を許したくらいだ。要するに、あの思想に共鳴する人間が多かったということで、それはメキシコでのナイトメア被害の大きさと、それにケアが間に合わなかったことを示している。
 あの「中立政府」にも、ヴァージルは絡んでいた。太平洋インソムニアの主に、人魚と一緒に荷担した。カンクン襲撃の際に病院にマンティスを放ち、路上でライセンサーを待ち伏せた。軍事施設も襲撃した。人間だったら、裁く国の制度にもよるが、かなり重い刑は免れないだろう。そう思っているところに、酒と料理が運ばれてきた。乾杯して喉を潤す。
「まあ、俺があの時言いたかったのは、ヴァージルのこと忘れて、新しい恋して楽になるならそれでも良いんじゃねぇのかってことで、好きが続くならずっと好きでも良いんじゃねぇの。死人忘れるのは悪いことじゃねぇし、死人想い続けるのも悪いことじゃないだろ」
 ゴボウの揚げたものをバリバリとかじり、ビールを飲みながらうんうんと頷いた。
「その上で、お前のこと口説いてくれる人がいるんだったら考えても良いんじゃねぇのって話よ。死人との思い出は更新できないけど、生きてる奴はいくらでも更新してくるからな」
「兄さん、俺との思い出更新してくれてたやろか」
 彼が擬態した故人は、もう思い出を更新することはできなかっただろう。でも、典は違う。故人が亡くなってから、入れ違いのようにヴァージルの前に現れ、会話と約束を重ねた。
 何か、心は動いてくれただろうか。
「まあ、ええわ。地獄で聞いたろ。ラミレスさんは、嬢さん大きなるまで独りなん?」
「そうだなー。養育費もあるからな。成長は見守りたいし」
「嬢さんおると心配やね。俺みたいの、彼氏にせんよう気ぃつけんと」
「ほんとだよ。お前みたいなのは、俺の友達としては好きだけど、娘の彼氏には考えにくいよな」
「討伐されてまうな」
「笑い事じゃねぇ」
 酔いが回っているのか、エマヌエルはそう言いながらもケタケタと笑った。


 エマヌエルが笑っていたのは最初だけで、後半から段々ぐずり始めた。スマートフォンで撮った娘の写真を見せながら、
「こんなに大きくなって……」
 と涙ぐんでいる。
「ほぉ、やっぱり似とるな」
「だろ? だろ? ハハハ、俺の娘だからな」
 泣いたり笑ったり忙しい男だ。結構なペースで飲んでいる。典は典で、気分良く飲んでいた。何だかんだ言って、同行も多く気安かったエマヌエルとは、一緒にいて結構楽なのである。
「だからさぁ……良かったよぉ……インソムニア全部潰せて……」
 などと言いながら泣き出した。なんやこの人。えらい泣き上戸やん。
「あー、せやな。そら良かったわ」
 適当にあしらいながら、飲み食いをする。エマヌエルがやがて嗚咽と「娘可愛い」しか漏らさなくなったころ、切り上げた。辛うじて財布を出す元気はあったようで、きっちり半々ずつ支払う。典はそのまま、タクシーを呼んでエマヌエルの家まで送った。終電は出ててしまったので、そのまま彼の部屋に泊まった。家主はむにゃむにゃ言いながら、娘らしき女性の名前を呼んでいる。
(俺も寝言で兄さんのこと呼んでたりすんのやろか……)
 とは言え、エマヌエルが一番事情を知っているし、理解も深いから、聞かれたところで別に問題はないだろう。典は目を閉じて、眠りに就いた。

 翌朝、起床したエマヌエルは、飲んで泣いた先の記憶がないらしく、典の顔を見るなり平謝りした。典が幹事と呼ぶライセンサーには、以前これでこっぴどく叱られたらしい。
「全然記憶がねぇ……」
「割り勘はきっちり払っとったで。その後のお世話代、朝飯奢ってくれたらチャラでええわ」
 典はあくびをしながら、さらりと対価を請求したのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
エマヌエルの泣き上戸、いつぞやのOPで書いたっきりで、典さんには初公開の気がします。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月10日

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