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『死者に弔いを、仇敵に復讐を』
伊吹 マヤla0180


 クリスマスのニジェール決戦の夜。伊吹 マヤ(la0180)はエオニア王国の首都エオスのホテルに滞在していた。
 スタンドライトだけの薄暗い部屋で、酒を片手に窓の外を眺める。
 窓の外はすぐ海で、海の向こうにアフリカがある。今日彼の地で熾烈な戦いをし、マヤは重傷を負っていた。
 痛む身体を労るように、背もたれに深く腰掛け、ウィスキーのロックをちろりと舐める。

「……雑種共の断末魔を肴に飲む酒は最高に美味い」

 昼間の戦いを思い出し、薄く唇の端を釣り上げた。
 早朝の戦いで、深手を負って医務室に運び込まれたというのに、マヤはじっとしていられず、ベットを抜け出して、インソムニア攻略作戦に参加した。
 激戦区であるインソムニア内部に入り、大型のガルラ兵相手に一歩も引かず。
 前哨戦で負った傷が利き腕に響いていた筈だが、仇敵を斬る愉悦の前では、痛みなど幻も同然だった。
 切って、屠って、刀の錆にしてやった。
 グラスを机に置き、傍らにあった相棒の刀を手に取り、鞘から引き抜く。帰ってきてすぐに手入れしたから、血の一滴も付着していない、ライトの光を浴びて綺麗に光っている。
 だが、今日の昼は血に塗れていたのだ。
 この手で討ち滅ぼした雑種共の骸を思い浮かべるだけで、愉悦だ。

 酒に浸って、勝利の美酒に酔って、今日を振り返ったマヤに、急激に現実が襲いかかる。心がしんと冷えた。
 オリジナルインソムニアが陥落し、最後のインソムニアも消えた。この世界の人類はナイトメアに勝利した。
 異世界にいるナイトメア達にも、この勝利は大きな衝撃を与えただろう。
 だが……マヤはギリッと奥歯を噛みしめる。
 されど、マヤの故郷を滅ぼした、あの憎き狂犬共が、大人しく諦めるタマとは思えない。
 ニジェールの一味がそうであったように。未だ故郷で狼藉を続けているのなら、何れこの手で必ず……!

 誰もいない室内を見渡すと、いまわ亡き家族や戦友の姿を幻視する。
 故郷を失った時の絶望と苛立ち、憤怒と嘆き。酒と剣だけがこの身を焦がす底なしの苛立ちを鎮めてくれる。
 グラスを手に取り掲げると、水面に月が浮かぶ。この酒は弔い酒で、骨一つ拾えぬ同志達への、束の間の手向けだ。
 罪なき人々が、無残に殺されていった。夫も子供もかの雑種に殺された。
 絶えぬ怨念、絶えぬ憤怒、絶えぬ業火。怨の焔を身のうちに抱えて、絶えず戦い抜いたマヤだったが、今は瞳に少し哀の色が滲む。

 立ち上がって窓を開けた。冷たい海風が頬を撫で、黒髪を揺らす。緋色の瞳で、じっと外を見据えながら、煙草を咥えて火をつけた。
 仄暗い夜のさなかに、ぽつりと火が灯る。煙を燻らせ、故郷に思いを馳せた。

 鬼神族の皇女で軍人であったとしても、マヤにも平和な日常はあった。夫と子供と過ごす時間。ほんの束の間、為政者の荷を降ろし、戦場の匂いを忘れるような。そんな平凡な時間が。
 その平和を打ち砕いたのが奴らなのだ。
 怨敵への復讐を誓い、妹と共に、宿敵を打ち倒すため、戦い続けた。
 己の心を殺して、敵の身を殺して、骸で山を築きあげた。
 けれど、その戦いに何の意味がある?
 今から故郷に戻ったとしても、同志達がどれだけ残っているかは知れない。
 この世界に来て過ごした時間を考えれば、希望は皆無に等しい。
 雑種をどれだけ屠っても、失った命は取り戻せない。過去は変えられない。
 あの日々は、もう戻ってこないのだ。
 だが今更悔いはない。どれだけ時間をかけても、この命尽きるまで、かの仇敵を屠ると決めている。

 灰が落ちかけて、灰皿に煙草を押しつけて火を揉み消した。グラスを手にして、ぐいっと呷ると、喉の奥がかっと熱くなる。
 けれどその熱さは一瞬。氷の消えたグラスに、ボトルからウイスキーを並々とつぎ、また舐める。
 刀を手に取り窓から空にかざす。切っ先を月に向けると、月光に照らされた刀身が輝き、その美しさにマヤはうっとりと目を細めた。

 SALFはナイトメアの一部と取引をしたらしい。この世界の人類は、ナイトメアと和解したのだ。
 マヤにとって許しがたき所業であるが、所詮異世界からの放浪者であるマヤに、異を唱える権利などあろうはずもない。
 この世界から、いずれ「敵」であるナイトメアは消え失せるのだろう。
 マヤの心は凍てついていた。復讐の焔を灯さねば、過去の惨劇の記憶で凍えそうなほど、大切な人を失った悲哀は重い。
 だから敵を憎み、恨み、憤怒し続けなければ、呼吸すらできない。
 グラスをぐいと呷り、喉を焼くような強い酒精を感じながら、死者への懺悔の言葉が口から転び出る。

「……いつか、必ず仇は討つ。待っていろ」

 修羅道を極めたマヤでは、死後は地獄行きだろうし、彼らと二度と会えないかもしれない。
 けれど、何処かで、見ていると信じている。マヤが仇敵と闘う姿を。
 憎き仇を必ず討つ。奴らの骸で山を築き、彼らの墓前に弔ってやろう。

 刀を鞘に収めて抱きかかえ、額に鍔を当て、鞘に口づけた。
 この相棒が、これからも共にいて、雑種共を屠ってくれよう。

 SALFがナイトメアが和解しようとも、別世界で今も仇敵は、のうのうと生きているかもしれない。
 それを許せるはずもない。だからマヤは考える。
 この世界から敵が消え失せようと、他の世界へ敵を探しに行けば良い。戦火の火種を蒔きにいこう。
 常闇の中で、敵を探し彷徨う。嗤いながら、敵を切り刻む。
 何処までも、何処までも、敵を追い続け、雑種を切って、屠って、殺し合う。
 たとえ、その旅路の果てが絶望の深淵だろうと、この修羅道に逃げ道はない。羅刹の終焉はマヤの身が朽ち果てる時だ。
 痛む腕をさすって考える。手を失えば足で、足を失えば口で。この身が動く限り、刀を振るって見せよう。
 この世界の人間の選択など知ったことか。命尽き果てる日までマヤの戦いは続く。

「それが伊吹一族の姫君たる私の宿命」

 マヤは改めて、宿敵への復讐の決意を固め、窓辺を離れスタンドライトが灯るベットサイドに戻る。椅子に深々と腰掛け、背もたれに身を預ける。手が届く所に愛刀も置き、じっと眺めて悦に入る。
 本来は病院にいるべき怪我人だ。今日くらい労るべきなのだろう。
 怨の焔を身のうちに潜めながら、静かに酒を飲む。
 失った故郷へ、家族へ、酒を捧げ、悲哀に心を凍てつかせながら、まんじりとせず一夜を過ごす。
 羅刹と化したマヤの姿を、煌々と輝く月だけが見ていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【伊吹 マヤ(la0180)/ 女性 / 27歳 / 瞳に哀を、心に焔を】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
この度はノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

たぶん、まだアフリカにホテルは存在していないと思うので、対アフリカ戦の前線基地のエオニア王国のホテルにしてみました。
常のマヤさんなら「焔」に焦がしているでしょうが、悲哀に沈む時、心は凍てついているだろうと想像しながら書かせていただきました。
お心に沿えれば幸いです。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月12日

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