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『英雄』
マクガフィンla0428


 かくて世界は解放され、平和へと邁進するのみであった。
 英雄たちは各々の道を選び、舞台装置たる己は拠点へ還り次の任務へ向かおう。


 などと美しく物語が幕を閉じるのには、どうやらもう少しばかり時間がかかりそうである。
「そうですか」
 グロリアスベースにて、異世界転移技術の進捗を訊ねたマクガフィン(la0428)の声に落胆の色は見られない。
 所作一つをとっても、彼女からは感情の一切が見えない。揺れない。
 射干玉の長い髪を音なく翻し、鳥の羽のような袖を揺らすことなく、彼女は研究所を後にした。


 技術的な問題で戻れないのであれば、トラブルではない。
 まだ、為すべきことがあるということだろう。
(必要ならば、引き戻す手段は幾らでも)
 マクガフィンの所属する『梟』であれば、それも可能であろうから。
 ならば、誰ぞ躊躇う『仕事』は在るか。
 続いて本部にて、依頼を確認する。
 多くは平和の礎となるようなもの。それまでの戦いを労うもの。わずかながら、未だ燻る火種。
 それと。
 指先を、トントンと鳴らし。しばし思案する。
 一見すると何の変哲もない討伐依頼のようだが――……
「これは、よくありませんね」
 厄介なのは。
 目的を持つナイトメアより、感情を持ちそれを制御できない人間なのかもしれない。
 とは、言わないけれど。




 違法改造EXISを売り捌いている組織の鎮圧。
 首領の拘束。
 それが課せられたミッションだった。
 EXISは、発動を含めてSALFの管理下にある。
 たとえば地球の裏側で犯罪を起こしたライセンサーがいれば、グロリアスベースにて犯罪者が所有するEXISの稼働を止めることができる。
 『EXISを扱う権利』=『ライセンス』を与えられたからこそのライセンサーだ。
 使い古しを他者へ譲ることもできない、やや柔軟性に欠けるシステムではあるが、強大な力を持つ兵器ゆえの危機管理だ。
 それがザルとなってはSALFの沽券に関わる。
 『違法改造EXIS』の存在は過去の記録にも散見されており、まったくもってよろしくない。
 製造元はどこか。
 入手ルートの割りだし。
 商売相手。
 元締めは生け捕りにし、あらゆる情報を吐かせる必要があるし、組織の人間に機密を持ち逃げされてはならない。
 幹部クラス以外は皆殺し――といかないのが、人道的組織の仕方のないところ。
「電気系統を落としてからの突入へ賛成です。これは地下を封じましょう」
 参加者たちの意見が出そろったと見て、マクガフィンは己の意見を伝える。
 裏口から単身、地下階へ通じる道を示す。
 図面では駐車場とされており、逃亡を図るにも何かを隠すにも恰好の場所であろう。
「動くとしても辿り着くまでに時間がかかるはず。それまでに場を整えておきます」
 人数配分としてもおさまりが良い。反対意見は出なかった。




 黒橡の視界の中。
 空気へ溶けるように疾り、ライトに竜胆色の袖が照らされるのは一瞬。
 その先から射出される弾丸に、番兵は声を出す間もなく崩れ落ちる。
 通信機を一つだけ懐へ入れ、あとは全て破壊。
 マクガフィンは引き続き、全ての車両のタイヤを撃ち抜く。
「これで逃亡の芽は潰しました」
 手短に現況をメンバーへ伝え、自身は通信機から組織側の動揺を受信する。
(やはり)
 そして、確信に至る。
 事前情報で元締めとされた男が捕縛されるも、どうも様子がおかしい。
(用意された首、ですね)
 そもそも今回の情報は、どこからもたらされたのか。
 ライセンサーたちの活躍ぶりは、世界から熱狂的に支持されている。
 それまで悪事に手を染めていた者が、恥じてリークしたとも考えられる。
 或いは。
 トカゲの尻尾切り。
 潰される前に、捨て石とせよ。
 組織そのもの、丸ごとに。

「逃亡の芽は潰しました」

 虚空に向けて、マクガフィンは言葉を繰り返す。
 反応はない。
 一台の車へ、銃口を向ける。迷いなく引き金を引く。
 後部座席が炎上した。

「生憎と、私は目が見えませんで。貴方の大切なものを燃やしてしまうかもしれません」
「嘘でしょ」

 闇の奥から返った声は、幼い少女のそれだった。




「わたくしは、全て視ていたわ。視ていました。貴女の正確無比な射撃を。暗闇をものともしない体裁きを」
 品のある、小鳥のような声。言葉遣い。
 年の頃は十を少し超えた辺りか。世間知らずの令嬢に思えるが、ただの令嬢がこの場所で平然とそんな言葉を吐けるはずがない。
「資格ある者は英雄と呼ばれ、さぞ気持ちのいい事でしょう。ねえ、英雄のお姉様。悪の組織を潰して満足? また一つ世界は平和に近づいたと?」
 令嬢がさえずる間に、マクガフィンは装填を済ませ小太刀に手を掛ける。
「選ばれし者だけが賞賛を得るだなんて不公平よ。平和じゃないわ。だから、わたくしは力なき者へ刃を与えるの」
 違法改造EXIS。ひとくちに行っても、性能は様々で。
「適合者ではなくとも、IMDさえ稼働させられるなら使用可能な強力な兵器……。ナイトメアがいなくなるのなら、それこそが世界へ求められるものではないかしら」
「ナイトメアがいなくなるのなら、斯様な武器は不要かと」
「そうかしら。そうかしら? わたくしたちは、いつまで英雄様へ守られなくてはならないのかしら」
 この手に、牙を。
 ライセンサーの特権には、しておけない。
 小鳥の囀りは、意見の一つとして簡単に否定できるものではないかもしれない。
「しかしながら、これが仕事ですので」
 瞬間。
 闇の中も見えるグラスを掛けていた令嬢の背後へ、マクガフィンは全力移動で回り込む。細い手首を、左手で一つにまとめて掴む。
「データは、此処でしょうか」
 鈴の音が響く。
 少女が首に着けたチョーカー。そこに機密事項が秘められている。
「元締めとされた男に、武器製造および物流、各界とのつながりは見えませんでした。しかし」
 男には、娘が一人。血縁はない。その少女はナイトメア絡みで両親を喪っている。現地入りしたライセンサーによる流れ弾だ。
「あの時わたくしに力があったなら、ライセンサーなど要らなかった。ライセンサーを殺してしまえたのに」
「欲しいのは組織の情報です。身の上話は、優しい方が聞いてくれるでしょう」
 今、実質的な権力を持っていなければ。子供といえど場合によってはマクガフィンは躊躇わず命を獲った。
 力なきひとびとを害する可能性のあるものを狩ることが、マクガフィンの役割であるから。

「あなたは逃げられません。おやすみなさい、良い夢を」




 ライセンサーが英雄であるのは、ひとえにナイトメアへ対抗手段を持つ唯一の存在だから。
 では、ナイトメアがいなくなったら? 彼らは英雄ではなくなると?
(否)
 共通敵がいなくなる日が来るのなら、なおのこと。
 英雄は英雄らしくあらねばならないだろう。
 奢らず、ひけらかさず、その上で眩しい存在であらねばならないだろう。
 それが命を懸けて繋いできた『英雄』たちへの経緯であり尊厳を守ることとなる。
 理不尽な憎しみを受け止めなければならないことがあったとしても。

「感情を持つゆえの混沌……それが『これから』でしょうか」


 かくて世界は、今日も回る。




【英雄 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お待たせいたしました……!!
ご依頼、ありがとうございました。
『これからの世界』『英雄という存在』に関する一幕をお届けいたします。
おまかせノベルとして用意していたお題群からは逸れるのですが、放浪者もすぐには戻れない現状と照らし合わせて起こり得そうなこと・マクガフィンさんならばどう動くだろう?
個人的にとても興味のある場面でありました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
おまかせノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月15日

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