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『同じ太陽の下で』
cloverla0874


 clover(la0874)の「四葉モード」と呼ばれるボディが寿命を迎えた。延命を望まなかったヴァルキュリアが永い眠りにつく。グスターヴァス(lz0124)を始めとした、親交のあったライセンサーはその眠りを惜しみ、お別れの会にはたくさんの白詰草を持ち寄った。

「あなたの魂に幸いあらんことを」
 グスターヴァスは涙目で祈りを捧げる。

 お別れ会には、コートジボワールでクラーティオ(lz0140)と共同生活を送っていた人々も数人、列席していた。皆、cloverの残り時間がこんなに短いとは思っておらず、ショックを受けている様だった。あなたのことは忘れない、と、眠る少女の周りに、一輪ずつ白詰草の花を置いた。


 それからしばらくの後、日本の某所で一人の女の子が生まれた。「日向」と表札のかかる家のベビーベッドに寝かされた彼女は、「四葉」と名付けられ。すくすくと成長した。四葉のクローバーが咲かせる白い花の様な、愛らしい少女として。

 四葉ちゃん、あなた、お姉ちゃんになるよ。弟が生まれるよ。ある日、母からそう告げられた。四葉はびっくりしてから、喜んだ。弟はとても可愛いものだと聞いていた。きっと、私の弟も可愛いに違いない。きっと、大事にしてあげよう。今度こそ、辛い思いをすることもないように。

(……こんどこそ?)

 今度こそって、何だろう。私は弟のことを知っているんだろうか。ううん、知ってるわけないよ。だって、弟はまだ生まれていないんだから……私より後に生まれるのが弟なんだから、以前に会っている訳がないんだ。

 自分の頭に、自然に浮かんだことを疑問に思いつつ、四葉は弟が母のお腹にいることを喜んだ。エコー写真を見せてもらって、誕生に思いを馳せる。

 それからしばらくして、四葉は母方の祖父母の家に預けられた。もうすぐ弟が生まれるからね、と言われてびっくりした。赤ちゃんってどんな風に生まれるんだろう。ぼんやりと思いながら四葉は祖父母の家で過ごした。お味噌汁はお母さんが作るのと同じ味がした。

 数日後、父が慌ただしく迎えに来た。四葉ちゃん、今日からお姉ちゃんだよ。それを聞いて、四葉は両手で頬を押さえてはにかんだ。今日から、私お姉ちゃんなんだ! その日から、お父さんがお仕事を休んで四葉と一緒にいてくれた。

 それからまた何日か経つと、お父さんは車に四葉のチャイルドシートと、もっと小さいシートを乗せて病院に行った。お母さんは腕におくるみに包まれた赤ちゃんを抱いていた。
 ほら、四葉ちゃん、弟くんだよ。ほら、お姉ちゃんだよ。弟は眠たいのか、薄らと目を開けるばかりだった。
 瑞々しい緑色の瞳が、四葉の黄金の目を見つめ、赤ん坊は少し笑った。あらぁ、お姉ちゃんのこと、好きみたいねぇ。その言葉は、四葉にとっても本当に嬉しい物だった。


 弟の名前は「蓬」に決まった。「四葉」と同じく、「『よ』で始まる三文字の植物の名前」だそうである。理屈はよくわからないが、よもぎくん、と口に出すとなんとなくしっくりきたので、四葉はすんなりと受け入れた。

 蓬は四葉が構うとよく笑った。まるで、出会って間もない姉を信頼しているかの様だ。お母さんよりお姉ちゃんの方が良いみたいねぇ、と言って母は笑った。姉弟仲を心配していたようで、その懸念がなくなったことを喜んでいる。

「よもぎくん、おはよーっ」
 四葉は朝に起き出すと、保育園に行く前に蓬に声を掛けた。蓬はその声を聞くとぱちりと目を開け、笑顔を見せたのだった。

 弟はテレビに蛇が映ると熱心に眺めていた。四葉も爬虫類は嫌いではないが、蓬は蛇が映る度にご機嫌だった。きっと、蛇が好きなのだろう。確かに舌を出している姿などは可愛い。

 それから一年が過ぎようとしていたある日、四葉は買い物に出掛けた。


 桜は終わってしまった。グスターヴァスは、徐々に強まってくる日差しに、額の汗を拭いながら河川敷を歩いている。
 美味しい草餅の店がこの周辺にあると聞いて買いに来た。最近は、コートジボワールからの避難民が社会復帰するのを支援している傍ら、各地の復興にも尽力していた。気が付けば六十歳が見え始めている。二十代だったライセンサーも、もうすぐ当時の自分の年齢に追いつこうとしていた。
 放浪者は何人か旅立ってしまったし、それぞれの事情でSALFを去った人間もいる。グスターヴァスは、まだ当分はライセンサーの立場に留まるつもりだった。

「あら、おかしいですね、この辺にあると思ったんですけど」
 スマホの地図を確認すると、どうやら道を一本間違えたようだ。歩きすぎたらしい。仕方ない、戻ろうと振り返ったその時だった。
「こんにちはーっ」
 幼い少女の声が掛かった。
「こんにち……え?」
 グスターヴァスは目を丸くした。
 白っぽい髪に、四葉の髪飾りを付けた、セーラーワンピースの幼児がきょとんとしてこちらを見ている。目の色は金。何より、つむじから双葉の様に飛び出している毛束。
「あれぇっ!?」
 cloverにそっくりだ。目が飛び出さんばかりに凝視してしまう。
「どうしたの? 私がそんなに可愛い?」
「はい、とても……じゃなくて、知らない人にそんな簡単に声を掛けてはいけませんよ。連れて行かれちゃったらどうするんですか」
「そっかー。おじさんは連れて行く人?」
「違います。お嬢さん、親御さんは?」
「おうちにいるよーっ。いくきゅーなんだってっ」
「それで、あなたはどうしてこんなところを一人で歩いているのですか?」
「あのね、もうすぐ弟の誕生日なんだ」
 そう言えば、「いくきゅー」と言っていた。恐らく育児休暇のことで、恐らくもうすぐ一歳になる弟がいるのだろう。
「あら、弟さん。それじゃあ可愛いでしょう」
 グスターヴァスは「愛でる」と言う意味で言ったが、少女は胸を張って、
「そうなのっ! すっごく可愛いのっ! きっと私に似てしょーらいゆーぼーだと思うっ」
 顔面偏差値も高いらしい。この少女と血が繋がっているならそれはそうだろう、とも思う。なおかつ、相当可愛がってもいるようだ。
「それで、お誕生日プレゼントでも買いに行くんですか?」
「うん。へびさんのぬいぐるみ買うんだ。弟はね、へびさんが好きなの。絵本とかTVにへびさん映るとにこにこしてるからっ!」
 へびさんが好き。その言葉を聞いて、グスターヴァスの脳裏には一人のエルゴマンサーの姿が浮かんでいた。コートジボワールを牛耳っていた少年。cloverが最後まで心を砕いていた、あの。
「……弟さん、目が緑色だったりしませんか」
「どうしてわかったの? おじさん、知り合い?」
「だったかもしれません」
「? へんなおじさん。おじさんニート? 今日はお休みなの?」
「そうです。お休みです。草餅を買いに来ました」
「そっかー」
 少女はポシェットを斜めがけにして、麦わら帽子をかぶっていた。手には赤茶の塊を持っている。よく見ると、犬の形をした防犯ブザーの様だ。しっかりしているな……と思う一方で、これはまた通報案件だな……とも思う。もっとも、これでグスターヴァスの親切が活きたとして、「おじさんは皆安全」と思うのもいかがなものか、とは思った。警察に電話して保護して貰った方が良いかもしれない。
 などと、脳味噌をフル稼働にして考えていると、少女はひょいとこちらの顔を覗き込む。
「おじさんは何で目に光がないの? どこかに落としちゃったの? 一緒に探してあげよっか?」
「んん〜〜〜? 強いて言うならお母さんのお腹の中かな〜? 少なくとも、あなたの見える範囲にはありませんよ。お気遣いなく」
「そうなの?」
「そうですよ」
 それこそ、自分も前世にでも置いてきてしまったのかもしれない。グスターヴァスはしゃがんで目線の高さを合わせた。すると、少女ははっと目を瞠る。もしや、怖がらせただろうかと身構えていると、彼女はぐしぐしと目を擦り、
「あれ? おじさんが今、メイドさんの格好してるように見えた……あれ?」
(生まれ変わり説真っ黒じゃないですか!!!!)
 忘れもしない。レビューサイトで評価がめちゃくちゃ(なおかつストーリーもめちゃくちゃ)なゲームを皆で遊んだ時、clover本人が持ち込んだメイド服を罰ゲームで着せられたのだ。なお、本来罰を受けるべきはグスターヴァスではなく、別のライセンサーだったので本当に「着せられた」のである。
「……お忘れなさい!!!」
「ぴゃっ」
 少女は竦みあがった。その時、防犯ブザーを強く握り……。

 河川敷に大音量が鳴り響いた。


 下手に逃げるのも良くないと思ったのと(そもそも後ろめたいことはない)、少女が心配だったこともあってグスターヴァスはその場に留まった。自分でも警察に通報し、少女が迷子だから保護してほしいと伝えた。駆けつけた警察官は、ブザーを鳴らし続けている少女と、腕を組んでいるグスターヴァスを見て困惑したようだった。その時、少女はグスターヴァスの後ろを指して、
「あっ、ねこさんいたっ! ……おじさん、また捕まっちゃう?」
「いやあ、もうその手には乗らねぇんですよ私も」
 その手ってなんだよ。警察官は困惑しつつも二人から事情を聞き、少女……日向四葉を親元に帰した。


 後日、正式にSALFを通して日向家から依頼があった。長女・四葉の買い物同行を依頼したいと。グスターヴァスは一も二もなく了承し、報酬区分は一番低くて良いと伝えた。
 指定の場所に行くと、四葉は母親に手を引かれて待っていた。よろしくお願いします、と頭を下げる。
「こちらこそ。ところで、弟さんはお名前何ておっしゃるんです?」
 蓬、と言うのが弟の名前だそうだ。「よ」で始まる三文字の植物の名前にしたそうである。
「よもぎ……」
 薬草の名前か。彼の来世には相応しいのかもしれない。
「じゃあ、四葉さん行きましょうか」
「はーいっ!」
 グスターヴァスは四葉の手を取って歩く。
「そう言えば、アフリカって興味ありませんか?」
「ちょっとあるかも! コート……コート……なんだっけ」
 やっぱりコートジボワールか。
「アフリカはね、昔ナイトメアっていう、よその世界から来た生き物たちが自分たちの陣地にしちゃったんですよ」
 言葉を慎重に選ぶ。ナイトメアに対して心を砕いたcloverの魂を、少しでも持ち越しているならば、あまり悪し様に言うのも良くない気がして。
「そうなの?」
「はい。あなたが気になるコートジボワールは、蛇さんの陣地でした」
「そうなんだ! へびさんがいっぱいいたんだね」
「ええ」
「それで、へびさんは今もいるの?」
「今はいません。お空に行ってしまいました」
 我ながらずるい物の言い方だな、とは思うが、この六歳かそれくらいの少女に言うことはないだろう。大きくなってから知る方が良い。
「へびさんたちと暮らしていた人は、今はそこにいませんが、いずれ帰れると思いますよ。そうしたら、あなたも弟さんと一度行ってご覧なさい」
 もし、子どもたちがcloverを……自分たちの為に心を砕き、短い残り時間を使ってくれたヴァルキュリアのことを覚えているならば、クラーティオのことをまだ惜しんでいるならば。
「きっと、歓迎してくれますからね」
 ぬいぐるみショップが見えた。四葉は指差してはしゃいでいる。

 少し日差しの強い、穏やかな昼日中。
 戦いのない六月がくる。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
四葉ちゃんもあとで怒られそうだったので、親御さんの許可を頂く形にしました。
とは言え、この頃には子供が一人で買い物行けるくらいに治安が改善していれば良いな、とも思います。
「蓬」が四葉ちゃんの弟に生まれたクラーティオ用の名前なのでこちらでも使いました。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月15日

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