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『哀愁物語』
霜月 愁la0034

 タタン、タタン、と揺れる電車のリズムが耳を叩く。
 シート越しに伝わる振動は心地良かったが、眠る気にはならなくて。さてこの時間をどうしようかな、と霜月 愁(la0034)は思考を巡らせていた。
(……随分、変わったなあ)
 思い出した、同じ道のりを辿ったかつての自分を重ね合わせる。圧し掛かる暗い想いを己ごと擦り減らそうと依頼に明け暮れていた、そんな時期においても特に神経を尖らせることになったとある任務の後の。
 眠れそうにないと思うのはその時と一緒だが、状態はまるで真逆だ。今の自分は、本当に、ただ十分に休息できていて疲れも無いから眠くないだけだった。心境はと言えば、穏やかそのものだ。
 ナイトメアとの戦いも決着がついて、ライセンサーの仕事が減ってきたから、だけではないのだろう。ここ最近の眠りがとても安らぎに満ちているからだ。帰ってくれば「おかえり」と出迎えてくれる人が居て。存在を、温もりを感じながら床に就く。
 改めて、自分は無理を重ねて来ていたんだな、と思い知った。激務に疲れは感じていなかったが、実際に疲労が無いわけが無かった。強引に無視していたんだろうけど、ちゃんと休むと身体はここまですっきりするんだなあと、変わりなく動かしてきた自分の無茶を理解する。
 あんな働き方を続けていれば、何時か自分は壊れていたのだろう──かつては、それこそが望みでもあったのだろうけど。
 苦笑して、思い出すのはそこでやめる。堂々巡りするような想いも、最早ないのだ。振り返りはあっけなく終了して、悩みはこの移動時間をどう費やそうかという事に戻る。
 そうして、あ、そうだ、と思い出して、駅前で買った本を鞄から取り出した。……これも、少し前の自分からは考えられない変化だった。ただ趣味の為のものを、買って手元に置くなんて。
(ああ……これも、報告しないと)
 はらりページをめくりながら、今日の目的地へと想いを馳せる──両親が眠る墓地、その場所へと。

 両親の墓の前に到着すると、いつものように周りを掃除して、墓を拭き清める。このところすっかり暖かくなったなあと実感した……その分、雑草も良く生えていたけど。
 一通りやり遂げて、最後に花を供えて、向き直る。
 ……やはり、胸は苦しい。喪った悲しみ、その責任が自分にあることの重たさ。
 でもこの罪とは向き合わなければいけない。ここに来る度にそう思っていた。いや、その為にここに来るのだとも。
 けど、今日は……罪の証としてではなく、もっと純粋に、ここに眠る魂と向かい合っている気がする。
(……ナイトメアと、決着がついたよ)
 静かな気持ちで。心の中で呼びかけるように、先ず、そこから報告した。
 仇討ち、というなら、自分にとってもこの人たちにとってもあまり意味は無いとは思うが。それでも、この先、自分たちと同じように分かたれる者たちは激減するのだろう。その事実は、彼らの眠りをもう少し安らかにしてくれるだろうか。
 ただ、正直に言えばこのことはやはり前置きだという気持ちだった。それもよりもっと、伝えたい事、伝えるべき事がある。
 ……自分自身の近況のこと。
 ナイトメアとの戦いを終えたら、その時もしまだ自分が生きていたら、その後どうするのか──かつて想像していたそれと、今の実際の愁の在り方は、あまりにも大きく結末を変えていた。
 その事を語る上で、説明不可欠な存在がある。ライセンサー同士として絆を深めた親友で、自分に再び幸せを教えてくれた恩人で──そして、愛する人。
 少し前までは名前を付けられなかった感情は、今は揺るぎのない確かなものとなっていて。更に幸福なことに、同じ想いを通わせ合って今は恋人同士となった。……そして、少し前から同棲を始めるに至っている。
(ずっと、生き残ったことを後悔していたけど。最近やっと、産まれてきて良かったと思えるようになったよ)
 この気持ちは、決して無理にではなく自然に生じていることを、こうして改めて確かめると。
(ありがとう、父さん、母さん)
 その言葉は、自然に零れてきた。
 ……ずっと。ここに来たら、「ごめんなさい」しか言えなかったのに。
 その時、風がそよぎ、愁の髪をふわりと揺らした。優しく撫でるような、春の暖かな風だった。

 感謝を述べて。伝えておきたいことはまだ、そこでは尽きなかった。
 彼、の事は、もっと話しておきたいと思ったのだ。どんな風に親しくなり、どんな時間を過ごしたのか。その中で彼がどんなものを示してくれて、忘れていたささやかな幸せを取り戻してくれたのか。それから、今彼と共に在る日々が、どれほど幸せに満ちているのかを。
 言いたいことは次から次へと溢れてきた。愁はそれでも、決して、語りすぎ、とは思わなかった。だって……、
(両親に。結婚したいと思ってる相手の紹介、なんだしさ……)
 ふと、そう意識した途端、急に顔がかあっと熱くなって心臓がどきどきと脈打ち始めた。ああ、そうだ。自分は近々……彼にプロポーズするつもりなのだ。実の所、今日両親に会いに来たのは、こうやって近況と自分の想いを報告するのは、その前に自分の気持ちをきちんと整理し直して決意を固める為でもあったんだろう。
 ……ああでも、やっぱり改めて自覚すると、期待とほんのちょっとの不安で急に足元がふわふわする。
(自分がこんなにデレるなんて思ってもなかった……!)
 ライセンサーとして戦場に出ている自分は、決して感情に流されたりしないはずじゃなかったのか。両親を失った悲しみ、奪われた憎しみ。それらは巨大な感情としてずっと渦巻いてはいたが、それに足を取られるなんて絶対に無かったし、許さなかったはずだ。もっと冷静に、自分は感情を制御できる、そう思っていた、それが。
(……ああでも、)
 そうして、思い出す。
 生前の両親もそう言えば、それはそれは仲睦まじかったことを。
(血は争えないってことかなあ……)
 苦笑と共に、愁は墓に向かって微笑んだ。
 ああ、そうだ。
 自分はこの二人の息子なのだ。
 二人を見て、育ったのだ。
 喪ったものは取り返せないけれども。受け取ったものを実感して生きていくことは……二人が確かに存在したという証には、出来るだろうか。
 だったら、これからは。
(僕は、彼と一緒に、二人の分まで幸せになろうと思う)
 願い、誓う。
 償うだけじゃなくて、そんな報い方も、在るだろうかと。

 長くなった報告も、流石にもう十分だろうと切り上げて──というか、いい加減これはただ惚気ているだけかなと自覚し始めたとも言う──最後に愁は、「それじゃあ、また来るね」と言って、墓前を後にする。
 これからも長男としてここを管理する責任はあるし、実際、また訪れることにはなるだろう。……その時は、正式に婚約者、或いは伴侶となった相手も一緒にだろうか。
 その時を想像して、くすり、愁の口元に笑みが浮かぶ。
 ……少し先の事を想像するのも、すっかり当たり前の事になった。
 かつては凍り付き、時を止めていた心が、今は確かに前に進んでいる。
 そんな彼が進む道を、示し照らすかのように。
 歩いていく彼の頭上では、枝に付き始めた桜のつぼみが一つ一つと、綻び始めていた。








━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
凪池です。ご発注有難うございます。
最後の依頼という事で、私なりの解釈として、霜月さんの物語は両親の死から始まり、その事にどう向き合っていくのが一つのテーマであるかなと思い、
肉体は滅ぶとも決して途切れる事の無い親子の絆という形に昇華させることで、ある種の決着を意識して書かせていただきまして。
霜月さんのこれまでの総括として、切なさから始まりつつも、優しさ、暖かみを感じるものへと繋がっていくそんなイメージが纏まりまして。
まあそんなわけで、タイトルがタイトル単品としてあってるのかどうかはともかくこれしか頭から離れなくなりましてこのように、という話でした(
改めまして、ご発注有難うございました。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月15日

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