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『珊瑚星の輝く季節』
朝日薙 春都la3079


 険しい山脈の尾根には雪が残っているけれど、麓の川には雪解け水が流れ、木の芽は膨らみ始めている。
 朝日薙 春都(la3079)は、とある山奥の温泉郷へ旅行に来ていた。
「空気が美味しいね、ティリル! 来た甲斐があったよぉー!!」
 両手を蒼天へ突き上げて、肩に止まる蒼い鳥のぬいぐるみ・ティリルへ呼びかける。
 宿へ荷物を置いたら、さっそく山を散策しよう。




 檀香梅の、金色の花が春都を出迎えるように咲いている。
「いい香り……。香りは持ちかえれないもんね。えへへっ、一人占めだ!」
 図鑑でも見なれた山菜の他に、見知らぬものもチラホラ。
 写真を撮って調べながら、春都はズンズン進む。
「おろ? カモシカだー! ねぇねぇティリル、見てる!?」
 木々の合間からこちらを覗く、ずんぐりとした四足動物。顔つきは鹿のようだが、長い毛足や体つきは山岳地仕様だ。
 山野草に夢中になっていたけれど、空を見上げればモズの姿。
 あらゆる生き物が、この雄大な山に抱かれて暮らしている。
 胸の奥が、なんだかムズムズする。生きている実感と、幸福感が溢れてくる。
 野草を傷つけないよう場所を選んで、シートを広げ、旅館でもらったおにぎりとお茶で小休憩。
「今年も、なんだか楽しくなりそうっ」
 
 少女の耳に、複数の悲鳴が届いたのはおにぎりを食べ終えた頃。

「野生の……じゃない、ナイトメアだ!」
 駆けつけると、猿を模したらしき6体の歪なナイトメアの姿があった。
 大きな戦いは終わったが、地球から全てのナイトメアが消えたわけではない。
 司令塔がなくなったからこそ、動きは読めなくなっている。
「今、助けます!!」
 春都は小さな体にそぐわぬ無骨な二丁の水平二連散弾銃のトリガーを構える。
 散弾の豪雨が、ナイトメアの群れを蹴散らす。
「なんだ、ライセンサー? 居るんじゃん」
 緊迫した状況にそぐわない、明るい声がナイトメアの向こうから飛んできた。
 くすんだグレーの作業着に身を包んだ青年が、鋭いハイキックと共にナイトメアの1体を吹き飛ばして顔を覗かせる。
 好奇心に溢れる緑の双眸が春都をとらえ、そのまま裏拳で背後から襲うもう1体を沈めた。
「わわっ? あ、朝日薙 春都、です」
(先に現着してたライセンサーさん? 何か雰囲気が違う、ような)
「どーも、スティーヴです。振り払うことはできるけど、殺せるのはあんたたちだけなんだよな。残りは任せていい?」
「殺!? えっと、ハイ! がんばりますっ」
 スティーヴ(lz0110)と名乗った青年に、春都は見覚えがある気がした。しかし記憶の糸を手繰る暇はない。
 彼に庇われる形で、体を小さく丸めている散策者の姿が見えた。その背にはいくつもの裂傷がある。
(早く手当てしなくちゃ……!)
「スティーヴさんっ。ナイトメアを右へ寄せてもらえますか!?」
「よし来た」
 春都の威嚇射撃に合わせて、スティーヴは体をしならせ広範囲を対象とする半月蹴りを繰り出す。
 ナイトメアが一塊になったところへ、春都は散弾銃から杖へとEXISを持ち替える。一直線に焼き尽くす、レールガン!




 襲われた一般人は4名。
 スティーヴは、偶然居合わせて春都より先に着いただけだという。
 話を聞きながら、春都は未開封のミネラルウォーターで傷口を洗い、応急処置を施してゆく。
「病院へ連絡しました、救急車が乗り入れられる場所までご一緒します」
「無理だろ、その身長で。4人全部ひとりで運ぶつもり?」
「え」
 いっしょにいかないのですか。これはいっしょにいくながれでは。
 立ち去る気いっぱいだったスティーヴへ、春都は目で訴える。
「こういう体になって、どこまで何が通じるのかなーって試したかっただけだし。付き合ってくれてありがとうな。そこは礼を言うけど」
 義理は無くない?
 カラッとした薄情。
 人情があるならそうはいかないだろう。情……、……?
「あー! ばるるんの!!」
「誰!?」
 思い出した。
 【金乱】と銘打たれた大規模作戦にて、討伐対象として名が出ていた。
 エルゴマンサー・スティーヴ。
 春都は顔を合わせる機会が無かったけれど、資料には目を通している。
 彼は、きっちりと孤立させられた上で美味しく調理され撃破されたと報告書にはあった。
 それが。それが!?
「よくわかんないけど、ナイトメアとしての力もないし人間としての能力? IMD対応とか。そういうのはないんだわ」
「幽霊さんなら、触れないですよね」
 先ほどナイトメアを蹴り飛ばしていたし、今も逃げないよう春都がしっかりと腕を掴んでいる。
「せっかくだから、この体で出来ることの限界とか、人類に負けた理由と自身の研鑽を目的とした研究会とかしてるんだけど」
「なんですか楽しそう」
「うんー、これはこれで楽しい」
 この男、悪びれない。
「だったら楽しいついでに、人命救助をしましょう! こちら3名を登山道まで運んでください!」
「割り振り、偏ってんな!?」
「この身長で4人は無理ですから!」
 先程の言葉で切り返し、春都は一番小柄な女性の肩に腕を回す。
「さぁさぁ、スティーヴさんならできるはずです。大切なのは信じる力! 想像すればなんでもできる!」
 ティリルも言ってるんで!
 ぬいぐるみが? 聞こえるの? あんた大丈夫?
 春都が鋭い蹴りを青年の脛へ入れたところで、一行は山を下り始めた。




 去り行く救急車を見送って。
「なんか、どっと疲れた」
「疲労感はあるんですねー」
「そうみたい。……新しい発見かも。手足は動くんだけど」
「たぶん、精神的疲労だと思います」
「せい、しん……?」
 精神的疲労を与えまくった春都がキリッと言うと、スティーヴは初めて聞いたとキョトンとしている。
「はー。これが精神ねぇ。面白いもんだなー」
 両手を閉じ開きして、イマイチ実感がないと首をひねりながらもスティーヴは感心した。
「あ。珊瑚星」
 微笑ましくその様子を眺めていた春都だが、北東の空へ目をやると琥珀色に輝く一等星を見つけた。
「星は知ってますか? 向こうの、琥珀色の大きな星です」
 更に東で輝く真珠色の星と。2つを結んだ中間点を西に進んだ輝きを結べば『春の大三角形』。
「朝日遮る悪夢を薙ぐ、春の一等星! 朝日薙春都見参! わたしの星です」
 戦闘時の口上よろしく表情を引き締め、それから春都はふにゃりと笑った。
 春都の瞳と同じ色の星。
 真珠星と呼ばれるスピカと対を為す夫婦星・アークトゥルスへ『珊瑚星』なる呼び名を定着させようと試みるも上手くいかなかったエピソードがあったりなかったり。
「ふあっ。旅館のお夕飯の時間! 温泉も入らなきゃ! スティーヴさんは、これからどうするんですか?」
 宿をとっているとか、帰る場所があるとか。
「気にしないで良いよ、その辺りは適当にしてるから」
「そうですか……」
 複雑な身の上のようだし、少なくとも害はないようだし。益へ貢献する気もないみたいだけれど。
 SALFへの報告などは、しなくても良いのだろう。
「それじゃあ、お元気で! また会えたら、よろしくお願いします!」
「楽しかったよ、達者でな。ティリルにもよろしく」
 不思議な距離感の青年は、笑顔で手を振り返した。


 季節は巡り、世界は変わる。少女は成長を続ける。
 星の下、月の下、太陽の下。
 まだ見ぬ誰か、いつか出会った誰かとの再会を重ねながら。




【珊瑚星の輝く季節 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お待たせいたしました……!!
ご依頼、ありがとうございました。
テーマは、【金乱】大規模時の一言からいただきまして『春の一等星』。
スピカとアークトゥルス、どちらかといえば色として後者かしら。と。
まだまだ続く春都さんの物語、その一端を描けていたらと思います。
お楽しみいただけましたら幸いです。

スティーヴは、
・ナイトメアとしての力を一切失い、ひとでもナイトメアでもない生命体
・SALFはそのことを把握していない
・衣食住、収入や食生活などは一切不明
という設定でお送りしております。
おまかせノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月16日

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