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『茶の香り、酒の交わり』
ノゾミ・エルロードla0468


 北京ダックと聞いて、ノゾミ・エルロード(la0468)はどんな高級レストランでも奢れるように、覚悟してやってきた。
 ノゾミの緊張を見抜いたかのように、志鷹紅葉(lz0129)は笑った。
「そんな悲愴な顔するほど高い店じゃない。飲茶食べ放題だし」
「……食べ放題ですか?」
「そう、飲み物は別料金だけどな。青島ビールに紹興酒。それに茶が美味い」
「紅葉さんは、お茶好きなのですか?」
「酒と同じくらい好きだな。酒と料理が美味い店はいくらでもあるが、茶も美味いとなると、そうそうないから貴重だ」
「確かに。お茶専門店だとカフェとか軽食くらいしかありませんね」
 お茶好きなノゾミはお茶が美味しい飲茶の店が楽しみになった。

 紅葉に連れられてきた店は、いかにも中華という雰囲気で、しかし落ち着いていた。
 食べ放題といっても、メニューを見て選んで注文し、オーダーが来てから作るらしい。値段も確かに食べ放題としては、良心的な価格だ。
「まず北京ダックに、ピータンと小篭包。エビチリ、フカヒレスープ、ニラ饅頭。それから、空心菜の炒め物に……」
「紅葉さん、私も頼みます! 翡翠餃子と大根餅をお願いします」
 紅葉がどんどん勝手に頼んでしまうので、ノゾミも慌てて頼む。
「飲み物はまずはビールと、東方美人かな」
「東方美人? 台湾のお茶ですよね?」
 ノゾミの専門は紅茶だが、中国茶も知識としては知っている。
「ああ。俺にぴったりだろ?」
「そこでそう言える貴方が相変わらずですね」
「『お前にぴったりだろ』って言えば良かったか。まあ、口説いても無駄な女を口説く趣味はないが」
「……口説く?」
 きょとんとするノゾミに、紅葉は呆れたようにため息をつく。
「普通、人妻が男と二人で呑みに行くってなったら、旦那は止めるんじゃないか? でもお前達の場合はお互い『絶対あり得ない』って、はなから考えもしてないだろ」
「そういえばそうですね」
 言われてやっと気づくくらい、相変わらず主従の絆は固い。
「相変わらず、お熱いこって」
 紅葉が茶化すと、ノゾミは照れたように目を落とす。人妻になって数年。けれど未だに主を想うだけで、頬を赤らめるほどに純情だった。

 料理の前に飲み物が運ばれてきた。お茶は中国茶器と一緒に来たので、手慣れた手つきで紅葉が淹れる。中国茶器は小さく、紅茶を淹れるのとはまた違って新鮮だった。
「……ずいぶん慣れてらっしゃるのですね?」
「茶は、結局自分で淹れるのが、一番美味くて確実だからな」
「確かに、自分で淹れると自分好みにできますからね」
 お茶を淹れる仕草の美しさを見ていると、紅葉の育ちが良いというのも頷ける。聞けば茶道も軽く習っていたらしい。
「ノゾミも紅茶淹れるの上手いんだっけ?」
「それを仕事にしています」
「じゃあ、今度は茶を集るか」
「紅茶を淹れるくらいなら、いつでも」
 紅茶について学んだのは、こちらの世界でメイドになってからだが、ノゾミの紅茶の美味しさは主お墨付きである。
 ノゾミの白魚の指先で、小さな茶碗をそっと持って、東方美人を一口飲む。ふわっと甘い香りが口の中で漂い、味は優しく繊細だ。
「良い香りですね」
「中国茶は香りの茶だからな」
 紅葉は美味そうに茶を飲み、そしてビールを飲む。茶と酒のちゃんぽんだ。そうしてるうちに、料理が次々と運ばれてくる。
「美味いけど、小籠包、あっつ!!」
「大根餅も、もちもちで美味しいですね。エビチリのえびもぷりぷりで」
「あ、紹興酒追加で」
「飲み物は別料金なんですよね? 本当に遠慮ないですね」
「タダ飯、タダ酒ほど美味い物はない」
 紅葉がニヤリと笑うと、呆れながらノゾミも笑う。
 美味しい料理を堪能しつつ、ふと紅葉の右手に気がついた。一件普通の手に見える。
「新しい義手ですか?」
「ああ。右と左のバランスを取らないと不格好だしな」
 左手とほとんど形状が変わらない、白く綺麗な手。その手を何度血で染め上げたのか解らない右手は、永遠に失われた。
「新しい義手の調子はどうですか?」
「すこぶる良いな。最新技術ってのはたいしたもんだ」
「……ずいぶん高かったのでは?」
「教師って信頼厚いもんでね。借金で買えた」
「……借金って……」
 絶句するノゾミへ、ニコッと笑って手を出した。
「というわけで、当分金がないから、また奢ってくれ」
「真面目に働いてちゃんと借金は返してくださいね。お仕事はどうです?」
 ノゾミは不安げに問いかける。紅葉が教師として無事仕事をしてるのか心配だった。
「まあまあ、無難にやってるよ。自由な校風らしくて、無茶が効くのは面白い」
「無茶って……何をやってるんですか?」
「昼の購買部でパン争奪戦とか?」
 思わずノゾミはぶっと吹き出した。紅葉の過去を考えれば、ずいぶん呑気な戦いで、笑いが止まらない。
「ふふっ……教師が生徒に交じってやることですか?」
「久遠ヶ原のパン争奪戦を甘く見るなよ。EXISを取り出していきなりバトルをおっぱじめるヤツもいる」
「それ、紅葉さんが死にませんか?」
「生徒を盾に避けて、横からパンかっさらって逃げる。これが結構スリルがあって面白い。あ、パン代はちゃんと払ってるぞ。ガキに世の厳しさを教えてやるんだよ」
「本当に……貴方は変わらないですね」
 思わずくすくす笑ってしまって、釣られたように紅葉も笑う。
 和やかに話しつつ、食事も進み、そろそろラストオーダーの時間だ。
「食後のデザートだな。ここの点心は甘い物も美味い」
「カスタードまんが可愛いですね」
「ごま団子、桃まん。ウーロンゼリーは外せないな。ここのは甘さのないゼリーの上に練乳がかかってるのがまた良いんだ。ああ、お茶は鉄観音で。食後はさっぱりしたいし」
「……」
 ノゾミは思わずジト目になった。食事中もじゃんじゃん酒を頼んで、食後のお茶まで集る。ふてぶてしいことこの上ない。
「生徒に集っちゃダメですよ」
「金のないヤツに集っても無駄だろ。下手なことして減給されたくないから、授業中にビシビシしごくだけだよ」
 ノゾミはほっと胸を撫で下ろす。案外教師に向いているのかもしれない。
「でも楽しそうに仕事をなさってて安心しました」
「ああ、俺は俺で楽しくやってる。だから聖母様々も『見届ける責任』なんてつまらんことは辞めて、勝手にいちゃいちゃしてろ」
「……紅葉さん」
「お前に監視されてるみたいで窮屈だ」
 とってつけたような言い訳が素直ではないが、ノゾミに責任を押しつける気はないという、紅葉なりの気遣いなのかもしれない。そう想うとノゾミは仄かに心が温かくなった。
「いつか、貴方の罪が赦される日が来るのでしょうね?」
「……別に。赦されたいとも想わんが、お前は赦しそうだよな」
「はい。聖母様ですので。全ての罪を赦します」
「お前も変わらないな」

 二人が出会ってから数年。互いに見た目も中身も変わらない。
 こうして平和に食事を共にできるのが不思議なくらい、殺伐とした出会いだった。けれど、二人の関係性は大きく変わった。
 罪を犯した男と、その罪を赦す聖母。そういう関係はこれから先も続くのだろう。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【ノゾミ・エルロード(la0468)/ 女性 / 22歳 / 赦しの聖母】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

「【未来】狂鳥「いつの日か、また」」の後の、いつの時期かはおまかせします。
ノゾミさんの未来は、ノゾミさんが決めることだと思うので、そこはぼかしました。
紅葉に「集らせて」と言った、いつかの約束の日ということで。
ちなみにモデルになった飲茶の店は実在します。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2021年02月16日

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